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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
12/373

転機

 討伐完了の翌々日。

 予測より大幅に早いアデルの帰還にアリオンは大いに驚いた。

 そしてその理由を聞き、暗い表情を浮かべる。


 依頼の完遂は例によって依頼主が証明書を用意してくれてあったためすぐに認められた。まずはご苦労様と労ってくれたアリオンだが、なぜアデル達だけ異様な早さでで帰って来たのかを尋ねると、ネージュが村に立ち入らせてもらえなかったためだと正直に告げた。

『受注条件に“亜人”お断りとは書いてなかっただるぉ!?』と揉めそうになりかけた事も付け加え、更にヴェーラ達は村の宴に参加し帰還が少し遅れる旨を付け加える。

 この地方では村を挙げての依頼が完遂されたとき、村からの感謝ということで、その晩から翌日に掛けて食料――主にその村の特産品を持ち寄って小宴が催されるのが通例のようだ。これは村の規模、戦力が小さいほど大切にする傾向がある。今回は襲撃と撃退が夜遅くということで、翌日の丸一日が小宴の準備と催行ということになった。

 しかし、結局最後までネージュの立ち入りは許されなかったのである。

 2人ともある程度は覚悟していたとは言え、一番の大物を仕留め、その為に唯一物資的な損失を出したにもかかわらずでだ。

 これを聞いたアリオンの表情は“暗い”を通り越し“深刻”な表情に変っていた。アリオン自身もある程度は種族や出自によるそういった不利益もあるだろうとは思っていたがここまで徹底した場所があるとは思っていなかったようだ。


 コローナに於いて“亜人”はそれなりの人数が滞在している。都市部を中心に差別を悪い事という考えが強いコローナは他国よりも多いと言われている。ただ、差別を悪しきとする傾向は、近年、ある程度自分たちの生活に余裕のある層から広がっていったもので、コローナでも地方や田舎に行けばその限りではない事も事実のようだ。

 探せば彼らが寄り集まってできた村もあるのかもしれないが、基本的に個人か家族レベルの小さい単位で各町に住んでいる感じで、コロニーの様なものは見られない。獣人たちも他の種を祖先とする種族との交流は殆どない為、その集団を一々危険視したり咎めるたりする者は基本的には多くはない。だが、“鬼子”に関しては同じ人間(他の人族から生まれることもある)から生まれてくるにもかかわらず、先祖が蛮族である鬼族に孕まされたなどという話や、出生時に母体を傷つけてしまう事が少なくないという影響もあり、見下されるというよりも不浄のものという扱いを受ける。それは非敵対的な獣人達よりも風当たりが強かった。


「お前たちはまだパーティとして一つになってはいなかったよな?」

「ええ。ヴェーラ達がちょくちょく村へ戻る必要があった様ですので別行動を取れるようにしてあります。」

「お前は今後どうしたい?パーティとして組むなら能力的に少しお前らが先行してるが、バランスとしては申し分ない。お前らの足りない部分をあいつらが補い、あいつらに足りない部分をお前らが十二分に補えるからな。」

「……ソロの冒険者ってのは珍しいんですか?」

「いなくはないが、珍しい部類に入るだろうな。ただ、依頼の合同受注ってのは珍しくない。他店でも登録している冒険者たちの能力を考慮して店の方から合同受注を紹介するということもある。」

「なるほど。」

「ふむ……たしか……」

 アリオンはそこで少し考え込み手元の書類を漁る。

「確かにお前らはしばらくはそっちの方が良いかも知れないな。お前ら、王都へ行ってみる気はないか?」

「王都ですか?」

「紹介状は書いてやる。王都にブラーバ亭という店があってな。俺の昔の仲間……ってゆーか俺のパーティのリーダーだな。がやっている冒険者の店がある。」

「元パーティ仲間がまた別の冒険者の店ですか?」

「俺らくらいのパーティになると後進の育成ってのも大事な役割になってくるんだ。お前は馬車も扱えるんだったな?」

「そうですね。2頭立とかはまだ扱ったことはないですが。」

「うむ。お前は自前の馬を持っていて、且つその馬で小さな馬車は扱える。そしてすでに《戦士》として一人前の力は充分に持っている。俺やブラバド――リーダーの名前だけどな。の店にいる限り“妹”の能力も認めてくれる筈だ。」

「《暗殺者》技能ですか?」

「うむ。《斥候》のみの半端な奴よりは間違いなく重用されるだろう。もし王都に行く気があれば急だが今日の夜までに返事をくれ。今なら“得意先”を紹介してやれる。」

「得意先?」

「コローナ各地やオーレリア、フィンと国境を股にかける商会の主さ。本人も隊商として護衛を雇いながら旅をする事が多い。真っ当な物からそうじゃないものまで幅広く手にかけている商人だけどな。悪い様にはならない。少なくともお前たちと相性はいい筈だ。専属契約するかはお前ら次第だが……護衛として十分な能力をもつ“運び屋”ならここよりも王都の方が間違いなく仕事は多いだろう。」

 アデルは少し考え込む。王都に店や得意先の紹介つきで行けるなら願ったり叶ったりの話だ。ヴェーラ達には少々申し訳ないし名残も惜しいが……

「真っ当じゃない商品てどんなのですかね?」

「ん?そりゃ、そういう商品さ。“違法ではない”からまあ、深入りしなければ大丈夫だとは思うが……実のところお偉方もそれを承知の上で利用してるしな。」

「公然の秘密?暗黙の了解?」

「まあ、そんなところだよ。強いて言うなら法の隙間産業ってところか?で、そんな奴だから馬車が扱えて信用できる紹介の護衛なんて喉から手が出るほど欲しい筈だ。実際、子飼いにするしないにかかわらず、新鋭の冒険者には支援の手を差し伸べてる事でもこの業界じゃ有名だ。まあ、趣味が冒険者の青田買いって冒険者ギルドから揶揄されている奴だからな……」

「なるほど……でも必ずしも専属契約を結ばなければならないと云う事でもないのですよね?」

「原則、契約は冒険者の店とだ。お互い余程気に入ったようならそう言う話もって感じだな。」

「わかりました。せっかくのお話しですし、一度受けてみたいと思います。」

「そうか。なら……紹介状を用意してやる。」

 アリオンはそう言うと一度席を外し、10分ほどで戻ってくる。

「これがブラーバ亭への紹介状。こっちが商人への紹介状だ。まずはこれを西大通り、こちらから行くと左手に見える大きい店だな。ジョルト商会と言う店に持って行け。話をしてみて受けていいと思ったら受けて見ろ。王都に着いたらこちらだな。」

「有難うございます。」

「あいつらにはうまく伝えておいてやろう。王都はとにかく人が多い。自分に関わらない人間にはとことん無関心と思ってもいいだろう。田舎もんのお前らにはちょっとしんどいかもしれんがその分機会にも恵まれている。どうしても無理そうだったらいつでも戻ってこい。」

「有難うございます。」

「先にレベルの更新をするか。今回の討伐は……オーガか。お前がやったのか?」

「俺とネージュで片しました。“聖壁”と“灯明”の支援は貰ってましたがね。」

「ふむ。まあ、グリズリーをソロで倒せるならいけるよな……他の分もオーク3にゴブリン20か。山分けしてこれじゃないよな?」

「今回は、俺とネージュが倒した分をそのまま貰いました。村でちょっと不当に扱われたせいでテントやら荷物袋やらやられちゃいましたしね。」

「うむ。不愉快な思いをさせたのは俺の方も悪かったな。あの村の風習はメモしておこう。とりあえず全部加味して……」

「これくらいが妥当だろう。」

 更新されたギルドカードを確認する。ついにレベル20、一端の冒険者だと認められたことになる。充分な下地があったとしても半年未満での到達は異例の早さだ。

「有難うございます。」

 アデルの口からはそれ以外の言葉が出てこなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アデル

 冒険者レベル:20 ランク:D

 《戦士:20》《騎手:10》《狩人:14》《薬師:1》《指揮:8》

ネージュ

 冒険者レベル:16  ランク:D

 《暗殺者:16》《薬師:1》

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アリオンに紹介されたジョルト商会の店舗はすぐに見つかった。

 飽く迄「エストリア支店」であるにも拘らず、他の一般的な店よりも倍以上大きいのだ。名前を知り、だいたいの場所さえわかっていれば地図も案内も必要ないというのは間違いでなかった。

 大きさは40m四方と言った所だろうか、中型のスーパーマーケット――商品の内容的には小型のホームセンターに近いだろうか。の様な存在だ。

 アデル達が店に入ると、店員にいらっしゃいと迎えられる。

「何をお探しですか?」

「えーっと、今こちらに滞在中のジョルトさんに、エストリアの曉亭からの紹介で来たと。」

 言われたとおりに伝えると、店員は「ほほう」と小さく呟いた後、

「少々お待ちください。紹介状はありますか?」

 と紹介状の提示を要求してくる。

「これです。」

 店員――おそらく受付だろう――は封筒の表裏を軽く確認した後、別の店員に指示をする。

「ご案内します。彼についていってください。」

 しばらく待たされた後、アデルとネージュは受付から引き継いだ店員に促され奥の方に連れていかれた。

「取り次ぎますので少々お待ちを。」

 恐らく応接室だろう、上質そうな家具が置かれた部屋にアデル達を通すと、受け継いだ店員が丁寧に告げ、どこかへと消えて行く。

 人目がなくなったところで、ネージュがここぞとばかりにソファに寝転がる。

 嗜めるべきかとアデルは考えたが、この程度で腹を立てる様なら冒険者とうまくやっていけないだろうと放っておいた。

 室内には高価な調度品やら装飾品もありそうだったが、アデルもネージュもその辺にはあまり興味はない。仮にあったとして盗もうなどと思えば何かしらの監視はあるのだろうしすぐばれるであろう。

 一通り高級ソファの感触を満喫したネージュが不意にアデルの膝に乗って来て耳打ちする。

「天井裏に2人、タンスの中に1人かな?」

「天井裏の1人しかわからん……」

 アデルも天井裏に1人は潜んでいる事に気付けたが、ネージュの方が上だったようだ。

「窓側?廊下側?」

「窓側。」

 ネージュの答え合せに片方だけ答えると、ネージュは廊下側の天井に向って手を振って見せた。

「なるほど……よくわかったな?」

「ソファでバフバフやったら動いた。傷でもつけると思ったのかな?」

「あれ、わざとかよ……まあ、こっちから手を出さなきゃ大丈夫だろ。」

 そんなやり取りをしている間に一人に男性が入ってくる。

 30代後半~40代前半と言った所だろうか。日焼けした逞しい腕は商人と云うよりも冒険者に見えない事もない。 

「待たせたね。君達がアリオン殿のご紹介かね?」

「はい。俺はアデル、でこっちが妹のネージュです。」

「妹……?」

「まあ、先祖返りの鬼子のようでして色々……」

「なるほど。」

「馬を扱えるそうだが?」

「農耕用だった馬を一頭連れています。小型のキャリッジ(馬車の馬に牽引される車両の部分)なら引かせられます。」

「小型のキャリッジ……ね。まあ、商品を運ばせる分の馬車はこちらで用意できているがね。」

 曰く、小型馬車一台増えた所で扱う商品量を考えると大した差はないというところか。

「いや……もしかしたら……ふむ。せっかくだ。やっぱり馬車を出してもらおう。キャリッジはこちらで用意する。紹介は、馬も扱える護衛って話だからね。」

 と思ったらすぐに掌を返した。想定外の用途を思いついたのだろうか。

「半年待たずにレベル20だそうじゃないか。頼もしい限りだ。妹さん(?)の話も書いてあった。なかなか珍しい技能をお持ちの様だが……さて、この部屋の中に人は何人いると思う?」

 ジョルトは意地悪そうな笑みを浮かべアデル達にそう問うてくる。

「部屋の中なら人は4人かな?天井裏に随分と大きい“ネズミ”が“2体”居座ってるみたいだけど?」

 満面の笑みでネージュが答えると、先ほど手を振った方から微かな物音がした。

「HAHAHA。困ったネズミさんだね……」

 ジョルトは乾いた笑いの後、少し呆れた表情でため息をつくと、急に真顔になる。

「うむ。合格だ。今回の道中の護衛の手配はもう済んでいたんだけどね。アリオン殿の紹介と云うのも含めて採用しようじゃないか。出発は明日の早朝だ。間に合うかね?」

「前回の依頼で持ち物に少々損害が出たので補充をするだけですね。テントと毛布と……松明と保存食くらいかな?このお店で売っていますか?」

「HAHAHA。勿論だとも。ただ今の段階では悪いが従業員価格は適用できないがね?」

「大丈夫です。でしたら昼過ぎにでも出発できると思います。一度曉亭に戻って挨拶して馬を連れてくる必要がありますが。」

「大丈夫だ。先ほど言った通り出発は明日早朝、日の出とともに出るからそれまでに準備を整えて集合だ。

 期間は8日程、天候などの影響もあるから10日は見ておいてもらいたい。報酬は君達2人と馬をパーティと見做して、それに2000ゴルトだ。今回のルートは大丈夫だと思うが、賊などの危険があった場合は戦果に応じて追加で出そう。馬の餌はこだわりが無ければこちらで支給する。」

「わかりました。宜しくお願いします。」

「到着後はそのまま王都に?」

「そのつもりです。ブラーバ亭への紹介状も頂いてます。」

「ああ、なるほどそういうことか。では期待しているよ。他の護衛は西門集合としているが、君には馬車を引いてもらう。日の出前に一度ここに立ち寄ってもらいたい。」

「わかりました。馬を連れて明日早朝ですね?」

「うむ。では明日また会おう。」

「はい。」

 商談成立だ。退席を促されるとアデルは会釈をして部屋を出る。ネージュは――窓際の方のネズミに手を振っていた。



 その後、予定通りオーガ達に引き裂かれたテント、リュック、毛布や松明等の補充をジョルト商会で済ませ、エストリアの曉亭に戻ったアデルはアリオンに採用と出立の報告と、割り込みにもかかわらず採用されたことに紹介状が大きく影響したことに対する礼を述べる。

「なかなかの好感触のようだな。実際、ここと王都を結ぶ街道じゃあそうそう賊の類は出ないだろう。勿論油断は出来んがな。」

「何から何まで有難うございます。」

「何々、どうってことはねぇ。まあ、また森に熊が溢れる様になったら呼び戻すかもしれんがその時はよろしく頼む。」

「ははは。そうですね。軌道に乗ってある程度蓄えができたら、出来ればこちらに戻って来たいと思っています。」

「嬉しい事を言うね。ただまあ、一度王都の生活に慣れると……そこは人それぞれか。英雄の帰還を楽しみに待つとしよう。」

 別れを覚悟しているのだろうか、いつになく持ち上げてアリオンが話す。

 アデルがいずれ戻って来たいというのは現時点では偽りのない事実だが、飽く迄現時点の話だ。少し大げさだなと思いつつも笑顔で返す。

「明日、日の出とともに出発だそうです。なので、集合はもっと早い時間になりますので先に挨拶をと。短い間でしたが本当にお世話になりました。」

「大したこともしてないのに大げさだな。まあ、ヴェーラ達や衛兵たちには宜しく伝えておくよ。」

 アリオンもまた笑顔で返してくれた。

(出る前に衛兵にも出来る範囲で挨拶しておくか)

 出自の怪しい自分たちを街に受け入れてくれ、曉亭を紹介してくれた衛兵。狩りで出入りするときに注意など話してくれた馴染みとなった衛兵にも一言くらい伝えておくか。

 戻ったら、ヴェーラやヴェルノからは文句を言われるかな?

 アデルはそう思いながらエストリアでの3カ月強を振り返った。


序章終了です。次回からは王都編!(尚到着はもう少し先になる模様)

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