生命
鶴の一声ならぬ、獅子鷲の一声 (但し精霊経由)にて、場は完全に収まっていた。
交渉が妥結し、アデルがプルルとヴェントの皮を涙ながらに剥ぎ取っている中、アンナはまず2体のグリフォンの治療を行った。その間に話を付けたか、アデル達を除くカイナン商事の者たちはプルルを含む、馬車馬がいなくなった馬車から、他の馬車に移せるだけ荷物を移し、飛竜騎士の“先導”の元、王都へと引き返す事になった。ウルマン子爵を信用できなくなった一行は馬だけ手配して町は通過せずに向かうとのことだ。
ヴェン達が“同行”という名目の“連行”を余儀なくされる中、グリフォンの一存でアデル達には別の仕事が与えられた。4つあるグリフォンの卵の巣への返還だ。ネージュに押さえられていた母グリフォンが葛篭の中の卵の状況を確認したところ予断を許さない状態の物が1つあるとのことで、アデル達素人目に見ても大きなひびが入っていており、一部窪みまで出来てしまっているものがそれであろうということはは分かる。
そこで指示されたのが、その卵はアデルがしっかりと抱え、竜に乗って運べと言うことだった。他の3つは馬車の幌を一つ外し、それを風呂敷の様にして葛篭ごと父グリフォンが前足で運ぶと言う。
アデルとネージュは同時に困惑と不満の声を上げたが、この状況下で拒否はできない。竜状態のネージュを含めて平和的(合法的)に飛竜騎士と別行動を取ろうとするならこれに従うしかないのだ。
ネージュはアデルの頭を顎で軽く叩くと、首を下げ乗れと言わんばかりに首を向ける。アデルの方も恐る恐る首の付け根に跨ると、ネージュは2~3回羽ばたいて空中にと浮揚し、すぐに着地する。
「ン゛」
どうやら飛行には問題ない様で、ネージュは低く短く唸るとアンナに視線と首の向きで件の卵をアデルに渡すように促す。
ネージュが伏せていたとしても首の付け根、アデルのいる位置までは高さが2メートル弱はあるため、アンナが卵を抱え、翼を広げて浮揚しアデルに渡そうとする。その姿にヴェン以外の全ての者が思わず声を漏らすが、アンナは気に留めずに卵をアデルに渡した。
次にネージュが同様にしてアンナも乗るように促すと、自分で飛べるからと一度遠慮したが、今度はアデルが後ろから支えてほしいと言うとそれに従うことにした。流石のアデルも鞍も何もない状態で、手がふさがったままで竜の首に跨って飛行するのは怖いというのだ。
その案をグリフォンが否定しなかったため、結局アンナがアデルの背後に回り、アデルのフォローと緊急時の対応をすることになった。
ネージュは何故かテンション高めで「Vyahaaaaaa!」と咆哮を上げると、2~3羽ばたいた後、一気に数メートル離陸した。どうやら楽しいらしい。が、5メートルを超えた辺りでアデルが「高い高い高い」と音を上げだす。
「下を見ないように、前だけ見てれば大丈夫です。」
「いや、アンナは自分で飛べるから良いけどね?」
「私も最初の頃は怖かったですよ?」
どうやらネージュに飛び方を教えられ始めた頃は翼人であるアンナでも結構怖かったらしい。ネージュが言う、「アンナの翼は私が育てた。」は強ち間違いではないのかもしれない。そんな事を考えているうちに高度はすでに15メートル付近にまで上がっている。
「ぬぉおおおおおおおおおお!?」
アデルが恐怖とも気合入れともわからない声を上げると、アンナが後ろから言う。
「飛竜騎士さんから……『空に憧れた我々でさえ、最初はそんなもんだ。すぐに慣れる。』だそうです。」
飛竜騎士の風の精霊経由か、そんな伝言が届いたらしい。
「両手に落せないヤバ目の荷物抱えてるんですけど!?」
「……『落としらたグリフォンも陛下も決して許さないだろう。慎重に運べ。』だそうです。」
「……善処します。」
ある意味、無茶と言うか理不尽な言葉にアデルは逆に落ちついた。その様子を見て、幌風呂敷を前足で掴んだ父グリフォンも慎重に離陸を始める。それを先導する様に母グリフォンが垂直に離陸すると、ゆっくりとベクトルを前方へと傾けていく。
一呼吸おいてネージュもその後ろを追うようにゆっくり飛行を始めるとアンナは地上のヴェンや飛竜騎士達に手を振って挨拶をした。
そして1時間程飛行したころであろうか。地上の傾斜や蛇行するように作られた道など一切気にせずに東へ飛んていた一行は既に王都ドルンを通り越し、ドルケンの聖域、グリフォンやドラゴンの住処と言われるグルド山の領域に入る。だが、程なくして異変が起こる。アデルが卵の内側から殻をつつくような感触を感じたからだ。
「ん?中から突いて……殻が割れて……え?産まれる!?」
殻の内側からの気配を感じたアデルが、腕の中の卵を確認すると殻のひびがすでに穴と化し始めていた。
「まずい……」
先導する母グリフォンが慌てた様子で高度を降ろすと、父グリフォンとネージュもそれに続く。
「ぬぉあ!?」
慣性の法則など当然知る由もないネージュは背中にいる者がどうなるかなどまったく考えずに急降下をした。同時に一瞬から数秒に掛けて消失する重力にアデルが驚いた声を上げ、ネージュの首を挟む両足に力が籠る。
「あ……」
アデルが漏らした言葉に全員が急停止する。急な機動変更による卵に掛かる負荷など誰も知る由はない。
「目があった……と、思う。」
中にいた何かがアデルの目を卵の内から窺っていたのだ。その後は慎重に着陸したところで、全員で卵の状態を確認する。程なくして殻は完全に貫通して穴が開き中から全長30センチメートルほどの四足の鳥が姿を現した。
そして、母グリフォンがアンナの口を借り衝撃的な言葉を述べる。
「え?……『これは王の子ではないか。』だそうです……」
その言葉に全員が沈黙した。




