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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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交渉

 アデルはヴェンの様子からしてグリフォンが言っている事が本当なのだろうと察した。

「ヴェンさん?どういう事ですか?」

「それはこちらが聞きたい。昨晩何があった!?」

 怒りと悲しみを通り越したアデルの静かな質問にヴェンはそう返した。

「……だ、そうですよ?」

 アデルは、昨晩の彼らの班の責任者、ヨハンにそう尋ねる。ヨハンはただ震えるのみで口を開けないでいた。

「そういえば、ネージュが昨晩、馬が騒いでいたとか言ってましたけど。グリフォンと一緒に死にます?それとも先に、グリフォンの腹に入れてもらってから一緒に死にますか?」

 アデルは無感情に、しかし柔らかい口調でそう言うと槍を崩れ落ちた膝先に突き立てる。

「ひ、ひぃ……俺は何も知らない!子爵のご家来が『これは子爵の返礼品であるが、ヴェン様の指示でここに運ぶように言われたと』と……」

 ヨハンの言葉でアデルがヴェンに向き直ると、ヴェンはアデルが口を開く前に言う。

「知らん!そんなわけがあるか!なんで俺が公邸にいて、馬車も一緒にあるのにわざわざそっちの宿に届けさせるというのか……」

「…………」

 アデルと飛竜騎士は無言で聞いている。そしてグリフォンも恐らくはアンナの訳で聞いている様だ。

「では、卵を返すことに異論はありませんね?」

「もちろんだ。」

 ヴェンの即答によって、アデルの全方位交渉戦が始まる。


 まずは下手に動かれると一番危険な対象、白竜――ネージュからだ。アデルは数歩踏み出し、恐る恐る声を掛ける。

「聞こえてるか?俺が分かるか?」

 アデルの問いかけに、ネージュは覗き込むように頭を下げ、グリフォンAをしっかりとを押さえつけながら低い唸り声で応えた。

 双眸は開ききって獰猛そうな視線で光を跳ね返してくるが、少なくとも攻撃をしてくる気配はない。記憶と理性は保たれている様子だ。

「よし、少しそのまま大人しくしていてくれ。」

 アデルは静かにそう声を掛けると、次にヴェンに確認をする。

「今回の件、まったく身に覚えはないのですね?」

「ない。」

「子爵からその様は話を聞いたことは?」

「あるわけなかろう……確かに、出発前に馬車の中を確認しなかったのは俺の落ち度だが……」

 そこで口ごもる。言動を見る限り、少なくともヴェンは本当に関わっていない様だ。少なくともナミからはそのような話は出ていないのだろう。これで嘘なら相当の役者だ。それにたとえ嘘だったとしても、今の状況を切り抜けるにはそれを前提にするしかない。

「アンナ、通訳を頼む。『卵は全て返す。グリフォンも共に治療する。だが、その前に2つ条件がある。1つ目は、あの騎士たちを大人しくさせる事。2つ目はこのタイミングで俺達に襲い掛かってきた理由の説明だ。交渉の余地があるというのなら、まずは先に最低限の治療を行う。』ここまでだ。」

 アンナがアデルの言葉をそのまま風の精霊を経由してグリフォンに伝えると、グリフォンBがゆっくりと立上った。そして同じ様にしてグリフォンからの要求がアデルに伝えられた。それと同時に、周囲で距離を取りながらこちらを包囲する様に控えていた飛竜騎士達が武器をしまい一歩下がる。どうやらこちらの1つ目の条件を先に叶えたようだ。状況からして、下手に動いても2体のグリフォンを助けることはできないだろうという判断だ。

「グリフォンからの要求は3つです。卵の即時返還、密猟に関わっていないというなら真犯人の割り出し、最後に卵を巣まで戻す手伝いです。」

「む?まあ、一つ目は問題ない。アンナ、グリフォン達の出血を止めてやってくれ。まずはそこまでだ。交渉に不利になりかねないから、いきなり全快にはするなよ?」

「……わかりました。」

 アンナは少々不服そうだが、自分たちの安全と立場を確保するための交渉であることは理解しているのでアデルの指示に従う。アンナが近づくと、ネージュがグリフォンの翼を治療できるように少しだけ場所を移す。アデルの言葉は届いている様だと、アンナは安心しネージュに笑みを向けた。

 そしてまずは両グリフォンの翼、そしてグリフォンBの胸元の傷が消える。羽根を赤く染めた相当量の出血の跡は当然すぐに消えることはなかったが。

「密猟に関わっていないというのはどういうことだ?」

「いえ、最初に『卵を返せ』と風の精霊に言われた時から、こちらの状況の説明をしていました。」

 どうやら、アデルの交渉よりも先にアンナが状況の説明、交渉を始めていた様だ。グリフォンBがただ高度を維持するだけで動いてこなかったのはこのためか。

「ヴェンさん。できますか?」

「真犯人と言われても……いや、こうまでされて黙っている訳にはいかんか。持ち込まれた経緯からルートまで可能な限り全力で溯って必ず見つけ出す。」

「わかりました。じゃあ、アンナ、次の返事はこうだ。『この隊に持ち込まれた経緯や持ち込んだ輩を割り出し全力でルートを割り出し、背後を洗い出す。ただ、こちらも寝耳に水の状況で時間は掛るだろうし、そちらの言う密猟の実態の話も聞きたい。』と。」

「わかりました。……その条件に応じるそうです。まずは卵の無事を確認したいと。」

「わかった。……ヴェンさん。身に覚えのない荷物を先にここに出してください。あとから変な物が出て来てもグリフォンや飛竜騎士の心象が悪くなるだけだと思いますよ?」

「わかっている……」

 アデルの言葉に、ヴェンは先ほど覗いた馬車から、葛篭つづらのような黒い箱を取り出す。アデルが開けてみると、そこには4つの卵が緩衝材の藁と共に収められていた。その内1つはすでにひびが入り、下手に動かすと危なさそうである。

「……蓋を空けずによくこれが卵だとわかりましたね?」

「話を聞いてピンときた。グリフォンが人を襲う状況など限られている。」

「次にグリフォンに聞く。奪われたと言う卵の数は?」

「……3つだそうです。」

 こちらにはアンナがグリフォンに代わって答える。

「3つ?」

 ここで初めて状況と食い違い話が出てくる。

「……卵は4つあるぞ?そもそもこれ、本当にグリフォンの卵なんだろうな?」

 アデルの問いに、グリフォンBは一瞬思案の様子を見せ、翼を広げずに駆け足でアデルの方に寄ってくる。アデルは特に何も言わずに場所をグリフォンBに譲ると、グリフォンBは中を確認した。

「……グリフォンの卵で間違いないそうです。が、数が合いませんね。と。」

「そもそも、運んでいた隊商ですら知らない事を何故お前らが知ったんだ?と。尤もこちらが知らないと言うのを何処まで信じられるかは敢えて聞かないでおくが。」

「……今朝、風の精霊がやってきて告げたそうです。今日ここを通過する隊商が我々(グリフォン)の卵を密輸していると。」

「…………卵が奪われたのいつだ?」

「……一昨日の晩だそうです。」

「一昨日の晩?この隊商が王都を出たのはもう一週間も前だぞ?それがようやくこの位置だ。ドルケンには山の巣から2晩でこの位置まで卵を輸送できるルートとか手段があるのか?」

「…………無理なんじゃないかな?飛竜でもいなければ……と。」

「飛竜でもいなければ?」

 その言葉にアデルは飛竜騎士たちを睨む。リンクするようにネージュがそちらに首を向け、口を開いて息を吸い込む。

「待て!我々は与り知らん!」

「では、なぜほぼ完ぺきと言えるこのタイミングでここに?」

「さっきも言っただろう。グリフォンの番が大慌てで飛んで行ったのだ。それは即ち卵か羽根の密猟を意味する。」

「そうなんですか?」

 アデルは今度はヴェンに尋ねた。

「だいたいそうなる。基本的にドルケンのグリフォンが人間を襲うことはない。今回だって馬だけ――」

 馬だけ――と言いかけたところで、アデルとネージュの怒りの矛先が向きかけたのを直感したヴェンは口を閉じた。

「全く……『無理なんじゃないかな』じゃねーよ……これ本当にお前ら(?)の卵なのか?」

 アデルの突っ込みにグリフォンBは首を傾げる。グリフォンはキマイラ程賢くないというのが通説になっており、アデルは一抹の不安を感じだした。

「グリフォンの卵である事は間違いないと。」

「……それじゃ別のグリフォンの巣も荒らされてそれがこれってことか?そもそも何で風の精霊が今になってお前らに告げ口をしたのかと……」

 そこへ来てグリフォンBはようやく深刻な事態を飲み込めたようだ。グリフォンBにとって深刻な事態というのは、ここにあるのは自分たちの卵ではない。と言うことだが。

「……恐らくは“精霊使い”と契約している精霊ではないかと。とりあえず、グリフォンの卵は禁輸品であるからすぐに返せと言っています。」

「いや、返すには返すけどな。それじゃあ、なんでプルルはお前らに殺されたんだ?ってことになる。勿論、卵を奪って唆してこの隊商を襲わせようとした奴が一番悪いってのは理解出来るが……」

「……えええ……はい。盗んだ奴が悪いと……とにかく時間がないから、卵をすぐに戻せ。だそうです。」

「時間がない?」

「……はい。もう孵る直前の物もある様で……巣以外で孵るのは危険なんだそうです。」

「……わかった。卵がダメになったら本末転倒だしな。だけど、この卵はお前らの卵じゃない可能性が高い。そこは理解しておけよ?」

「ええと……えええ?えーっと……それなんですが……」

 アンナが困惑の声を上げだす。

「私たちに巣まで届けろと……」

「Ha?届けろってどうやって?」

 アデルの言葉にアンナはネージュを向いた。

「Veeeeeeee」

 状況を察したネージュが低く唸った。言葉にはなっていないものの、アデルとアンナにはその響きから、いつもの面倒事を押し付けた時の“人型”のネージュが不満の声を漏らす時のソレと分かり、2人で苦笑を漏らす。

「持てるか?」

 アデルが問いかけるとネージュは立ち上がって接近。少し浮揚すると葛篭を持ち上げてみてそっと降ろすと、首を横に振る。

 その様子を見たグリフォンAが立ち上がるとB同様に駆け足で寄ってくる。

「……こちらが母親だそうです。このひびが割れているのは、もういつ孵ってもおかしくないような状態だそうです。私たちで丁寧に抱えて運べと……」

「知らんがな。」

 アデルの呟きをアンナが訳すと、グリフォンの恐らくつがいであろう2体は首を傾げる。

「アデルさんが竜に乗って運べと。残りの物は葛篭ごと父グリフォンが持つそうです。ただ、馬車の幌を一つ要求しています。代わりに、飛竜騎士達には取り成すと言っていますが……」

「GuAH!?」

(あ、今間違いなく「HA?」って言った……)

 ネージュの低い乍も素っ頓狂な声にアデルはそう思いつつヴェンと飛竜騎士を交互に見遣る。

「……こちらも最低事情聴取は受けねばならんだろう。済まんがそうしてやってくれ。もし、皆が無事に戻れれば必ず報いる。」

 先ずヴェンがそう言う。続いてグリフォンが取り次いだが、飛竜騎士達も、グリフォンがそう言うなら無碍にはしないと約束をした。

「乗れと言われてもだな……」

 アデルがそう呟きネージュを見ると、ネージュは首を伸ばして下げた。そこへ乗れという事なのだろう。

「釈然としないが……現状他に道はないか。プルルの件はまだ納得できていませんからね?」

「わかっている。必ず落し前は付けさせる。」

 アデルの冷淡な言葉に、ヴェンは怒りを隠しながらそう答えた。

「先に……プルルと――ヴェントだけでも埋葬したい。」

 アデルが静かに呟くと、ヴェンは「騎馬の様に一部の皮を剥ぎ取って加工してやれば良いのではないか?」と言う。畜産目的でない馬、ひいては騎兵等の騎馬が戦場以外で死亡した場合、遺品としてその体の一部を加工すると言うのは珍しい話ではない。

「……そうですね。3人分のブーツとグローブでも作りましょう。」

 静かに呟いたが、押し殺していた感情が溢れ出る。アデルは大粒の涙を流しながらプルルとそしてヴェントの剥ぎ取りを黙々と行った。

 その異様な雰囲気に、周囲の者は皆すべて黙ってそれを見守っていた。


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