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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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死闘

Death Match

「ばかな……何故グリフォンが……我らを襲う?」

 ヴェンの表情は驚愕に満ちていたが声は静かだった。商会の者たちはただひたすらに困惑していた。ただ、1人――いや3人か。様子がおかしい者がいたことにヴェンは気づく。

 2体のグリフォンは見事な編隊飛行で接近し、最初の襲撃で4頭の馬車馬を仕留めると、悠然と高度を上げながら左右に散開ブレイクする。そのまま斜上機動シャンデルに入ると高高度でさらにこちらに向き直る。

「だめだ!剣を向けてはならん!荷物を置いて逃げろ!」

 ヴェンがそう叫ぶうちに更に数頭の馬が血の海に沈んでいく。

 そして――

 一際激しい風が起きると同時にアデルの目の前でプルルの首が胴から離れた。

「!!??」

 一瞬、何が起きたのかアデルには理解できなかった。しかし数秒して首から吹き出す血の勢いが落ち、ゆっくりとプルルの体が崩れ落ちるとアデルは現状を疑いつつも把握し正気に戻った――否、正気とは言えないか。

「こ、の、野、郎……!」

 ショックと悲しみ、そして数秒遅れてやってきた怒りに全身を震わせる。

「ダメだ!馬車を置いて逃げるんだ!剣を向けるな!」

 ヴェンの叫びはアデルには届かない。様子のおかしい3人とはアデルとネージュ、そして昨晩アデルと同じ宿に割り当てられた管理責任者のヨハンである。

 アデルとネージュはドルケンの神獣グリフォンと事を構えようとしており、ヨハンは震えながらうわごとの様に何かを呟いている。

 平地のど真ん中でグリフォンから逃げれる訳はない。普段ならこう返しているであろうアデルだが、今回はもう言葉は出てこなかった。ただ静かなしかし相反する感情が全身に渦巻く。

「アンナ、この前の空の敵を降ろす魔法の準備を。合図がでたらすぐに発動してくれ。」

「わかりました。」

 アデルの言葉にアンナは冷静にそう返すとすぐに風の精霊の召喚に掛かる。

「もし俺に何かあったら――いや、逃げろと言う合図があったらすぐに不可視を掛けてネージュと一緒に逃げろ。時間は稼ぐ。」

 続く言葉にアンナは何かを言いたげな表情を見せるが、まずは下降気流の魔法の準備を優先する。

 2度目の攻撃を終え、再浮揚し30メートルほど上空にいる2体のグリフォンは次の狙いを定めると、一気に急降下をしてくる。その内の1体がすぐ隣の馬車の馬を狙い降りてくるのが分かる。プルルを殺した奴だ。

「狙いはあっちだ。絶対に許さん。行くぞ……」

 アデルはアンナにそう静かに声を掛けると、楯を構えグリフォンの進路を予測しそのラインに割り込む。

「おい、馬鹿!やめろ!」

 アデルが戦闘状態で馬の守りに付いたところでヴェンは再度叫んだ。

「来るぞ……今だ!」

 アデルの合図とともにアンナが魔法を発動する。すると、不意の強烈な気流にグリフォンは体勢を崩した。

「死ねやおらぁ!」

「死ね。」

 地上からの攻撃が届かない高さを滑るように接近して馬を狙っていたグリフォンは、その機動を強制的に数メートル、ほぼ地表付近にまで降ろされる。そこへアデルとネージュが一斉に飛びかかった。

「KYOEEEEEEEE」

 甲高い叫び声をあげ、グリフォンから鮮血が飛ぶ。

「馬鹿な……なんてことを……」

 少し離れた位置でヴェンがそんな事を呟いているが当然アデル達には聞こえていない。

 突然の反撃に慌てたグリフォンは下降気流を強引に振り切り即座に高度を上げた。しかし、喉元にはアデルの槍が付けた傷が広がっておりそこから少なくない量の血が滲み、流れ落ちている。翼もネージュの蛇腹剣によって引きちぎられた羽根が大量に抜け落ちていた。その状態で高度を維持するのは困難かと思ったが、程なくして下降気流が止ったらしく、多少傾きながらもほぼ通常通りの羽ばたきに戻る。

 仕切り直しか……アデルがそう楯を構えた時、遠くから、しかしはっきりとした声が響き渡ってきた。

「貴様ら!何をしている!やめろ!すぐに武器を置いて投降しろ!」

 ドルケンの飛竜騎士だ。

「グリフォンが慌てて飛んで行ったので何事かと思えば……貴様ら、自分が何をしているのか分かっていないのか!?」

 飛竜騎士の問いかけにヴェンが応える。

「理由はわからんが突然襲われた。こちらに交戦の意思はない、おい!アデル!やめろ!」

「家族を殺されても指咥えて見てるだけかあんたは!傭兵とか言っても思いの外根性ないんだな!」

「違う!そうじゃない!」

 ヴェンはアデルが何を言っているのかすぐには理解できなかったが、見境を失くしている事だけはわかった。

「お前ら!そいつを止めろ!これ以上やらせるな!」

 ヴェンが強い口調で商会員に命令する。はっと我に返った商会の者たちがアデルを取り押さえようと武器を構え包囲をするが……ネージュがそれを妨害する。アデルの背面を庇うように入り込むと、蛇腹剣を横に一凪ぎする。最初は牽制の、次に警告を含んで足元を狙うと、数人の商会員が脛を切りつけられ姿勢を崩す。

「そういうことか!お前の気持ちは分かった。馬なら代わりを用意する!グリフォンは“馬しか狙っていない”!状況を考えろ!」

 ヴェンの言葉に少しだけ意識を向けたアデルだったが、

「プルルの代わりなんている訳ないだろ!」

 状況は分かったが意味は理解出来なかった様だ。そもそもヴェンとアデルは論点が合っていない。

「俺達だって、仲間を失った後に出た撤退命令に不服を覚える事はある。だが、命令は命令だ!」

「俺は傭兵じゃない!」

「なら冒険者として、雇い主に従え!」

「……!!」

 アデルが動きを止めた瞬間、もう一体のグリフォンがアデルをピンポイントで狙うような動きを見せる。

「くそっ!全員退避!そいつから離れろ!」

 ヴェンの叫びに商会員たちは一斉に散開する。

 それとほぼ同時にそのグリフォンがアデルを襲う。アデルは楯を構えカウンターを狙うが、下降気流の支援なしにそれは叶わなかった。

 高い位置からの前足の引っ掻きを楯で防いだところでグリフォンは少しだけ体を横移動ヨーイングさせると、もう片方の前足で上へと伸ばしきっていたアデルの左腕を薙ぎ払う。熱い飴を切り裂くかのように新調した鎧の継目から左の肘から下部分が切り落とされ、その衝撃でその部位周辺の肉が小間切れになる。グリフォンがさらに後ろ足でアデルの胴に鋭い蹴りを浴びせると、アデルは3メートルほど吹き飛ばされ転がった。

「ぬあああああああ!」

 アデルは左腕の切断面から大量の出血をし、胴はミスリル鎧に保護されたが、鎧には鋭い爪痕が刻み込まれており、その衝撃は内部の肉体を傷つけるに十分な威力であった。

 起き上がろうにも左手の肘から下がなくなっており咄嗟に起き上がることはできない。そこへ先ほどアデル達にカウンターを食らったグリフォンが前足を伸ばしながら急降下してくる。当然だが楯もなければ回避の余裕もない。

(ここまでか……)

 アデルは何とかアンナ達に逃げる指示を出そうとしたが、息すらうまく吸えない状況だった。

 そんな時、背後から強烈な冷気が発せられ、アデルは強烈な寒気に襲われる。

(助からない……)

 アデル自身を含めてその場にいた人間全員がそう考えた。

(死ぬ時は本当に呆気なく死ぬもんなんだな……)

 プルルと自分の死の瞬間のイメージが重なり、広がる。両親、プルル、そしてあの晩死んでいった村の知っていた顔が頭に浮かぶ。次にネージュとアンナ、そして師である隣人と狐人の母子。意外なほど恐怖は感じなかった。ただ身体が冷たく震えている。

 しかしそれは、死に瀕した寒気や無意識の恐怖による震えかと思ったがそうではない様だった。

 アデルそろそろ来るはずの衝撃に目を閉じ、全身を強張らせていたが、その瞬間が来ないまま数秒が過ぎていることに気付く。

 不思議の思い目を開くと周囲には霜が降りていた。いや、それどころではない。片手をついて俯き状態の狭い視野の中の範囲だが、どうやら周辺の地面が凍っている様で表面に白くひんやりとしている。

 冷気が迫って来る背後を見ると、いつの間に近寄っていたのか――見た事のない白い竜が佇んでいた。


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