絶望が降りてくる
An Encounter
ドルンを出て3日。往路では4日掛かったウルマン領~ドルンであったが、長い下りであった為か3日目の日没頃にはウルマン領の都に到着した。門はまだ閉じられておらず、ヴェンが門兵に話しかけるとどうやら待ち構えていた様ですぐに上へ連絡をすると言われ少し待たされる。
総じて馬車11台の一行は目立つことは間違いないが、門兵の『お待ちしておりました。』に、アデルは漠然と不安と警戒感を覚えた。しかし、当のヴェンはそうでもない様子である。
「ここまでは順調だな。」
誰にともなくヴェンが呟いていた。確かにヴィークマン伯爵やその派閥の者、さらにはヴィークマン伯爵と繋がりがあるであろう盗賊ギルドの気配は今のところ感じられない。
「国境の貴族が軒並み伯爵派だというのに、領が隣接する下位の子爵が侯爵派なんですね……」
不安から来たのか、アデルはなんとなくそう返していた。
「うちとの取引が金になると踏んだのだろう。ドルケンには内戦なんてする力はないからな。中央で主流派であるダールグレン侯爵に付いた方が潤うという判断だろう。往路の際の挨拶でも収納の魔具を一つ提供したからな。」
何の感情も込めずにヴェンがそう答えた。
「国土が狭くても派閥ってものを作るんですね。貴族様方は。」
「全体としての利益の総量は限りがあるからな。そうなれば力を持つ者同士での奪い合いが起きる。それに有りつくにはその力を持つ者の誰かに与するしかない。例えば……もし、うちとジョルト商会が水面下で反目しあっていたらどうする?」
ヴェンが少し意地悪な笑みを浮かべそう言う。
「え?」
妙にリアルな例えにアデルが驚くとヴェンは笑って見せる。
「もしもの話だ。ジョルト商会はコローナ全域に販路を持っていて、フィンとのつながり……太いパイプがある。うちはせいぜいコローナの東から南、グランとのつながりもファントーニ侯の失脚で大分弱くなってしまってきている。何もないところで広く門戸が開かれていたら、誰しもジョルト商会に行きたがるだろう?」
「そうですね。」
「だが、君は今我々と共にいる。何故だ?」
「え?……そうですね。仕事を優先的に回してもらえるから?まあ、おこぼれもそれなりに有り難かったですし。」
「そこで、うちとジョルト商会が不仲になったらどうする?」
「いきなり抗争とか始まらない限りは……実入り優先するのかな?」
「それと同じだよ。貴族に限った話じゃないのさ。誰に付くのが得か、誰に付いた方が安全か、危険が及ぶようなら離れるタイミングはどこか等と考えるうちにより有利な方との結びつきが強くなるんだ。国と言う条件が同じなら、使う方も国への貢献よりも自分の仕事への実績や貢献が高い方に余剰分の利益を回すなり自分の影響力のある所に便宜を図ったりする。まあ貴族とかだと、己の損得以外に領地の地勢的な物やら国や周囲の圧力、住民への影響などやらが影響してくるんだろうがな。今のお前の言葉だと、例えば仕事量と報酬が同じだとすれば、おこぼれが美味しいうちはうちに、抗争という危険が及んでくるようなら離れ時、結果としてうちと行動することが多くなっていて、いまここにいる。実際、うちとジョルト商会が同じ時期に依頼を出していたこともあっただろう?」
確かに、一時期ジョルト商会のフィン往復の依頼とカイナン商事の依頼が被っていた時期はある。ただあの時は報酬云々でなく、フィンの危険性を考慮してのカイナン商事だったのだが。
「むう。」
ヴェンの説明にアデルは何となくわかった様な、分からない様な表情を浮かべる。
「まあ、今のところは心配するな。ジョルト商会とはうまく住み分けが出来ているからな。ただ、フィンとグランの戦の行方次第ではわからんかもな。ただ一つ言えるのは……不利な状況でも最後まで支持していたものが起死回生を果たしたら、その分リターンも大きくなる。この危機をファントーニ侯がうまく乗り越えたら大きいぞ?まあリスクとリターンの見立て、力の入れ具合と離れるタイミングが重要なのは貴族も商人も傭兵も冒険者も大して変わらん。判断する情報さえしっかり集めていればな。」
やはり重要なのは情報か。カイナン商事としては、ファントーニ侯に相当のbetをしているのだろう。しかし集めた情報によると侯の状態が予想以上に悪くなり始めた。ナミの焦りはこの辺りから来ているのだろうか?
そんなことを考えている内に連絡に向かっていた兵士が戻ってきてヴェンに伝える。
「ヴェン殿の隊を丸々受け入れられる宿は我が町にはないだろうとの事で、5台をウルマン様のお屋敷へ、残りを手配した宿2軒へ割り振るようにせよとの事です。流石に2頭立て馬車10台に1度に動かれては往来も混乱しますのでここで割り振って頂けますか?順番にご案内いたします。」
「なんと……それは恐縮です。すぐに手配しましょう。」
ヴェンは兵士の案内通り10台、プルルの物を入れると11台になる馬車を組み分けした。当然ながらヴェンを筆頭とした商会の幹部級はそれぞれの宿へ派遣する1人ずつを残しウルマン邸に、それ以外は3台ずつに分けられた。アデル達は当然というか、一番序列の低そうな集団に分かられる。
「では先にこちらの方々の宿からご案内致します。」
兵士がそう言って最初に移動を促したのはアデル達だ。アデル達3人にプルルとヴェント、そして商会の2台の馬車とそれに直接携わる商会員――御者や荷物の積み下ろし、馬や馬車の手入れをする者達、そして護衛の約30人だ。
アデル達はプルルと共に宛がわれた宿に泊まることになる。他に2台の馬車と共に割り当てられた宿に案内された。案内はどうやらウルマン子爵の家来の様だ。見た感じは厩舎付きの普通の宿である。派閥的には味方であるはずのウルマン子爵家だが、ナミの注意もある。油断はできない。
プルルとヴェントを厩舎に預け、アデルは部屋に入ると同時にネージュと共に異常はないか、緊急時の脱出はどうするか等を丁寧に検証する。
子爵としては、隊がしっかり休めるようにと言う配慮なのかもしれないが、味方を分散させて夜を明かすというのは思いの外心配も増す。
とりあえずは異常はなさそうなのでアデルとネージュは目配せをしてアンナを休ませる。今回はアデルが先に休み、ネージュが夜前半の警戒、後半になったら交代という形で夜を明かす。
ベッドがある分寝心地は良く夜半過ぎにネージュに起こされて交代する。異常はなかったかと尋ねると、厩舎の馬が少し騒いでいたくらいだと言う。結局その夜は何も起きなかった。
翌朝、ウルマンの町の西門の外で3ヶ所に別れて夜を明かした一行が合流する。ヴェンの方からは特別な話もなく今迄通りの出発の合図で国境へと向かうことになった。
町を出発して数刻、度々アデルは振り返ったり周囲を見回したりしていた。ウルマンの町から西に出ればコローナまではずっと見晴らしの良い平原だ。しかし、アデルは何となくしばらく前から何者かに見られているような感覚にとらわれる。その様子にネージュが気づいて何事かと尋ねると
「何かにつけられているような気がする。だけど……この平原でこのペースじゃ隠れてついてくるのは無理だよな……」
アデルが首を傾げながらそう言うと、ネージュはそんな感覚はないといいながら周囲を見回す。すると意外なところから意外な反応がある。
「うーん……私もそんな気がしてたんですが……誰もいませんよねぇ。」
アンナである。ここ1年でアデルやネージュにみっちり仕込まれたアンナであるが、アデルやネージュ程観察や、察知能力は高くない。
そんなやり取りをしつつ、結局何事もなく昼時になる。しかし小休止を取ったところで馬たちが一斉に怯えだし、休憩中にも関わらず西へと急ごうとし出す。
「何だ?」
アデルもネージュも、そしてヴェン始め歴戦の傭兵たちも周囲を観察するが特別な気配はない。
「上だ……あっち、何か来る!」
ネージュが大声を上げ東の空を指さすが特に何も――見当たらないと思った。しかしそれは確かにいた。最初小さな点かと思っていた“何か”が2つ、ほんの数秒でみるみる大きくなる。
「そんな……馬鹿な……」
ヴェンがうわごとの様に呟くと、ソレはさらに加速して隊商に襲い掛かってきた。
アデルがそれが何か認識できた次の瞬間には、周囲は赤い血飛沫が舞いだしていた。
1週間ほどエルサリア大陸に遠征してました。
リアナもティアリスもエルウィンもKONEEEEEEEEEEEE!
帝国の軍門に降ろうかと思います。




