忍び寄る気配
1日の休息を挟み、アデル達はすぐにコローナへと戻る事になった。
カイナン商事の者たちが荷物の積み込みを行う間にアデル達は先日世話になった防具屋の所へ向かった。
「お?おお、お前さんらか。スーツのサンプル、ありがとな。」
防具屋の店主はアデルの顔を覚えていた様だ。そしてその様子からしてアモールのレザースーツのサンプルが届けられていたであろうと察する。
「どうでしたか?」
「いや見事な縫製だ。素材はまあ、ありきたりだが、関節を複層構造にして違和感なく仕上げるとはなかなかだ。」
話を聞くと、どうやらスーツの大部分を頑丈な革で誂え、関節部分は伸縮性のある素材の上にその隙間となる部分を覆い隠すように、強い革に少しの遊びを持たせて作られているそうだ。
今の今まで構造に関して関心を持っていなかった彼等にもようやく「少しの工夫」というものがどういうものか理解できた様である。
「そいや、兄ちゃんたちも……中々の物を装備してるじゃないか。ん?これはミスリルか?おいおい。兄ちゃんそんなに凄かったのか。」
アモールが悪目立ちしない様にと施した煤の偽装もほぼ一目みるだけで見破るあたり、流石は専門職である。
「ちょっと大きな話がありまして。引退した先輩に譲られた物を加工しました。」
「ふむ。ここまでとなると、うちの国の騎士にもそうはいないぞ。これならワイバーンのレザーなんていらないだろう?」
「ん~どうでしょう。やっぱりそれなりの音と重さは出ますし、まあ、俺よりも斥候系のそっちか。」
アデルがネージュを示すと、店主はネージュの装備も確認する。
「これもミスリルかよ。スーツはこれと同じ様だな。ふむ。そっちは?」
店主はネージュとアンナの装備も確認していく。
「これは……なんだ?」
するとアンナの胴鎧の素材が気になったようだ。
「しばらく前に遺跡に潜りまして……そこのゴーレムを解体して加工した物ですね。」
「ほほう。そりゃあまた貴重な。ちょっと見せてもらえないか?……え?」
「「「あ……」」」
悪意はなかったのだろう、店主がアンナのパーカーに手を掛けた瞬間、小さくたたんでいたアンナの翼に気づく。
「すまねぇ……いや、待ってくれ。」
店主は軽めに謝りつつもアンナの顔を見ると、周囲の様子を窺いながらぼそりと不穏な事を言う。
「違うか。王家の関係者や、どこぞの貴族やらが、“水色の髪の翼人”を血眼になって探している様子でな。」
その言葉に、アデル達は顔を見合わせる。
「いつごろ……どんな人ですか?」
「いやぁ、最初はもう二十年も前だな。俺が修業してた先が王家の御用達でな。王宮の人間が尋ねてきてそんな話を聞いたことがある。水色の髪ってのはそいつらさ。思い出したのは最近、どこかの、辺境の貴族らしい奴の手下が尋ねて来て翼人を探していた。それが半年……もっとこっちか。3~4ヶ月前ってところか?」
「そうですか。」
アデルとネージュの気配を感じたのか、店主が何かを察する。
「……悪かったな。まあ、得意先を売るつもりはないさ。だが気を付けてくれ。この間来た奴はなんというか……貴族の小間使いって訳でもなさそうな、胡散臭いやつらだったぞ?」
「わかりました。」
低いトーンのアデルの声に、店主が困惑の表情を見せる。
「そうだな。ちょっと変かもしれんが、その鎧を見せてくれたらお礼とお詫びにこれをやろう。どうだ?」
どうしても鎧は見たいらしい。ある面で強かな店主であるが、差し出した物を見て、いや、聞いてか。アデル達も驚く。
「お前さんらが寄った次の月くらいに入ったキマイラの皮だ。珍しかったが、状態がいまいちであまり素材として取れる部分が少なかったが……嬢ちゃんのスーツ1着くらいは作れるだろう。」
その話を聞いてアデル達の表情が少しだけ和む。
「もしかして、売りに来たのは猫人が2人いるパーティですか?」
「ん?あれ?知っているのか?」
どうやら、アントン達の様だ。つまりは、アデル達が倒したキマイラの素材である可能性が高い。そう言えば、渡した素材は自分たちのホーム(ドルン)で換金したいと言っていた気がする。
「多分知人な気がします。」
結局アデル達は笑って店主の提案をのむことにした。
店主曰く、このゴーレムの素材も、そしてキマイラの皮も魔法との相性が良さそうとの事だ。そいえばアモールもゴーレム素材に関してそのような事を言っていた様な気がする。店主が言うには、これに防護系の魔法を掛ければ、通常よりも高い効果が得られるだろうと言う。恐らくはゴーレムもキマイラもそれ自体が元はもっと魔法が発展していた前文明時代の疑似生命体である。その様な性能を秘めていても不思議はのかもしれない。
別れ際、店主に翼人の口止め、そしてもしまた尋ねてくる奴がいたら、こっそりカイナン商事に伝えてほしいと頼むと、笑顔で了承してくれた。少なくともこの店主にはその手の悪意は見えない。3人ともそう考えてのことだ。
防具屋を出ると、ネージュが温泉に行きたいと言い出したが、しばらく迂闊な行動は出来ないと却下した。もう少し抵抗するかと思ったが、ネージュがあっさり引き下がった事に少しだけアデルが驚く。
その後、ヴェン達と合流し、元来たルートでこちらで仕入れた交易品をもって帰る事になった。出来るだけ持ち出したいというので、商会の小型の荷車をプルルとヴェントに付けようとしたが、ヴェントには嫌がられてしまう。どうやらずっと騎乗用として使われていた様で、荷馬として経験がないようである。
仕方なくプルルにだけ荷台を付け、仕入れた魔石の原石を荷台の半分くらいに乗せる。
準備が整った翌日、一行はナミ、そしてニルスとミルテの見送りを受けてコローナへと帰路に就いた。




