動き出すもの
ここ1週間あたりの投稿で、王太子の名前が間違っていたので修正しました。
✖ レオナルド(王太子)→〇 レオナール
で、エストリア防衛隊長がレナルドです。
一夜明けて陽が昇るとイスタの町の被害の様子がくっきりと分かるようになった。
やはり異常なのは西門周辺、巨人が破壊した町並みの跡だ。
西門から侵入し100メートル、町の2~3区画を完全に破壊しつくした様子が窺える。しつくした、というのは少し違うだろうか。範囲内は更地や瓦礫の山になっていたわけではなく、建物の多くが薙ぎ払われ、複数階建ての背の高い建物は横に真っ二つになっていたりという、通常の破壊ではあり得ない状態で残されている物も多数ある。
アデル達は――というかネージュはポールに一つの交換条件をつけて、北東へと撤退した蛮族達の様子を偵察しにいった。交換条件とは、巨人がどうやってネージュ達偵察の目をごまかし、いきなり西門に現れたのかを徹底調査し、報告するという条件である。最終的には夜闇に紛れさせたと言うことになるのだろうが、行軍は日中から行われており、況してネージュなら夜間であろうと、遠目であろうと巨人が普通に歩いて移動していたなら見落とす事はありえない筈であった。
西門の現場検証に付き合ったディアスやソフィーの話を聞くと、昨夜の巨人は主に山岳部に生息する“ギガース”と呼ばれる巨人の内の1種――1部族ともいうべきか、であるそうだ。その部分に関してもソフィーの方からポールに、この巨人がどこから来たのかは今後重要な事項になるだろうと念入りに調べるように申し入れをした。アデル、ソフィー、そしてネージュの話をすり合わせても、ギガースに限らず巨人族が魔の森にいたとう話は聞いたことがないと言う。
昼前に戻ったネージュによると、昨夜東門に現われ撤退していった集団は、北東方面からの援軍と合流し、北東の拠点に向っている様子だと言う。
ポール経由でその情報を得、イスタの被害状況の確認が済むと、レオナール王太子とエリオット侯爵は自分の軍の負傷者の治療を優先させ、その後軍を率いてエストリアへと向かった。
王太子はアンナの同行を望んだようだが、ポールが“発行した依頼の内容”と、“エストリアと冒険者ギルドの不和”を理由に諦めさせたと言う話である。
ロゼールとポールはイスタに残り、救護・治療活動の手伝いをした後、王都へと戻る事になったそうで、アデル達も当初の“依頼”通り、神官団に随行し、彼らと活動の後に王都へ戻るという事になった。エストリアには第2王女マリアンヌが同規模の神官団を率いて向っているのでそちらの心配はないだろうという話だ。
その後のイスタはここまで王太子に同行していた2将軍の軍300が当面そのまま駐留する運びとなった。
結局、兵士に関しては損失のほとんどの者が即死という特殊な戦闘であったため、随行した神官の数の割には負傷兵と云う者の数はそれほど多くなく治療は半日で完了し、負傷した住民の治療も夕方までには終わった。戦死者の大半は原形をとどめていない者がほとんどで、日没前にはイスタの南西に装備と共にまとめて埋葬して弔われ、遺髪と遺品は所属先の軍の将に引取られた。
イスタへの救護団は翌日には王都へと向かうこととなり、その夜はアデル達はソフィー宅で過して、翌朝、日の出とともに合流して帰還することになる。
ソフィー宅で、イスタの住民であるソフィーのもてなしによって、小宴が催された。
この時、ディアスはミルテの持つ剣と巨人の膝を切り裂いた技に興味を持ったようで、いろんなこと尋ねていた。
驚いたことに、彼等もまたテラリアの辺境の出で、出産と同時に死亡した母の代わりにその父親、彼らにとっての祖父が育ててくれ、また剣技を教えてくれたと言う。元々はもう少し小ぶりの刀を扱う流派だったのだが、ニルスは間合いと呼吸がうまく合わず、ミルテも体躯に合わず、流派の型は基礎だけ学んであとは自分のスタイルを独学で身に付けたそうだ。ちなみに剣閃はその流派の技で、ニルスも基本原理は理解していて、それだけに集中すれば出来るには出来るとのことだが流動的な実戦の中では難しく、その辺りは昔から黙々と励んできたミルテの方が上らしい。
ニルスからディアスには、剣や防具に関しての質問がされ、ディアスも丁寧にアドバイスをしていた。ミルテは武器の特性上、打ち合いに不安があるため、ソフィーに“火力付与”の基礎を習っていた様だ。
アデル達はというと、まずは先日の聖騎士の一件、そしてその依頼を受けていたエスターとフォーリがそれに巻き込まれ、全滅したという情報が入ったとヴェルノに伝えた。
それを聞いたヴェルノは、悲しそうに一言、「そうでしたか……」とだけ呟き、一緒に話を聞いていたディアスとソフィーはテラリアの聖騎士に腹を立てていた。
「同じ“聖騎士”でも偉く違うな。」
苦々しく呟くディアスに、「テラリアならむしろそっちが常識で、自分たちはむしろ“白風”を見て驚いた。」と答えると、「そう言うものなのか……」と唸った。ディアスたちの話によると、コローナの《聖騎士》には、何人か会っているが、皆高潔で慈悲深く信頼できる人ばかりだと言う。この辺りは《聖騎士》の《神官》部分である面で、豊穣と慈愛の女神と呼ばれる地母神レアを奉じている為なのかもしれない。因みにテラリアの聖騎士が奉じるのは光と秩序の神、主神テリアである。コローナにいる本物の“聖騎士”はやはりその大半が貴族出身で、騎士を目指す者が多く、冒険者はかなり少ないという。その辺りを踏まえると、己の立身に一切こだわらず、主に自家領とはいえ、ただ領民の為に活躍する“白風”は本物のSランク冒険者だとディアス達は言う。尚、ローザ・フォルジェと言う名前は知らないらしい。
ヴェルノは「冒険者の道を選んだ時点で皆覚悟はしていた。」と言うが、勿論最初からそのつもりで冒険者など選ぶわけはなく、周囲に流され、結果として非業の死を遂げた友人の冥福を祈った。
その後は今日の戦の評価や、《指揮》技能に関してなどの話題に移り、最終的にアンナの今後の話に及ぶ。本人の希望としては、引き続きアデルやネージュと共に冒険者を続け、またもっと積極的に精霊と交流を深めたいとのことである。
「そういえばご褒美って何が欲しかったんだ?」とアデルが尋ねた処、「もうすぐ15になるのでその時にお祝いが欲しいです。」とだけ返ってきた。
「なんだかんだでもうじき1年か。」
「アンナの翼は私が育てた。」
アデルとネージュの呟きに、アンナは嬉しそうに笑っていた。
翌朝、ディアスはアデル達が神官団と合流するのを待たずに先行してバイクで自宅へと帰っていった。
曰く、今後もイスタが対東の前線になる様ならこっそり移住も考える。とのことで、この言葉にソフィーがこっそりと喜んでいた様だ。
アデル達が神官団、ポールやロゼールと合流をするとやはりポールがディアスについて尋ねてきたが、先に自分の村へ戻ったと伝えると、「そうですか。機会があればまたお礼を述べましょう。」とだけ言い、神官団と王軍の1隊、イベール子爵の部隊とその管理下の冒険者達と共に王都への帰路に就く。
3日の行程は問題なく進み、野営の折にジョセフがネージュにリベンジを挑んだものの結局返り討ちにあって終わった。ネージュがそこでいつものドヤ顔でもするかと思ったが、何となく不満そうな表情を浮かべたのにジョセフが一層の悲しみを背負い同僚の神官団からの同情を誘った。
最終日には、日没後、アンナの光の魔法の中でネージュ以外も、ニルスとミルテが王軍の上級兵士と、アデルとアンナは兵士と何度か模擬試合を行ったが、概ねアデル達の満足する結果となった。一度だけポールとニルスが対戦したが、馬がなくてもポールが始終優勢に事を運び、結局そのまま押し切っていた。王軍の中隊長というどれくらいの権威なのか分かりにくい立場のポールだが、十分な戦闘能力も保持していたようである。また、アデルの方も周囲に促され、イベール子爵と馬無しと騎乗戦闘でそれぞれ試合をしたが、そこは一軍を預かるイベールである。地上戦はイベールの辛勝、騎乗戦はイベールの圧勝という結果に終わる。戦闘後、イベールから騎乗戦闘中の視線の配し方、重心移動と攻撃、防御の関連性など、アデルとしても有益なアドバイスを得られることが出来た。それをきっかけに、王軍、国軍、冒険者と枠を超えた模擬戦闘や試合が行われたりと、少々異例ながら大いに有意義な時間を過ごした。ここにはエストリアで広がる、正規軍と冒険者の不和、お互いをライバル視する王軍と国軍の上級兵士の片意地を懸念するポールがイベールと申し合わせて仕組んだ交流であったのだが、それを知る者はこの2人に将以外にはいなかった。
そんな単純な男どもの裏で、アンナは一部裏切りともとれるロゼールへの当てつけか、常時アデルのそばに張り付いていたが、逆にアデルがほかの同行メンバー。とりわけ王軍の兵士から冷めた目で見られるという結果を生んでいた。妹という設定が吹き飛んだ今、未成年の少女をかどわかす不逞の輩に見えたのだろうか?アデルとアンナには年令差がそれほどある訳ではないが、実年齢を知らぬ者たちには、大柄で少々大人びて(すれているともいう)見えるアデルと、王都でも比較的恵まれたエリアで暮らす王軍の兵士たちが知る成人直前の少女と比べると、やや発育のわr遅いアンナではそう見えてしまうのだろうか。
一方ロゼールの方は、良く言えば凛とした、悪く見れば憮然とした表情で特に感情を押し出すわけでもなくそれを見つめていた。ポールから実は知っていたと告げた時のアンナたちの様子を聞いていたのだ。どちらにしろ、神官団だけならまだしも、王軍の兵士の前で“個人”を晒す訳にはいかなかった様だ。
アデル達の不利にならないように“進んで協力”を得られるようにしたい。ポールにはそう伝えていたが、王女としての本音はまた別であり、ロゼとしての本音もそれとはまた別だ。北の遠征から戻るときまでは同僚であった神官たちも、流石に今はもう当時の様には接してくれない。唯一、ロランとジョセフだけは師弟、兄弟子として接してくれてはいるが。
隣国の思惑が生んだ今回の騒乱は、期せずしてコローナ国内に潜んでいた様々な思惑が顕現する引き金となったのである。




