隻腕の竜人
ロゼールの後ろに続き指揮所の入り口までやってきたアデルはその扉が開くと同時に緊張した表情に変わった。
部屋の中には王太子を始め、今回のイスタ防衛の援軍となった国軍と王軍、それに現地の当局者が一堂に会していた。
部屋に入ったアデルにまずは王太子が直接声を掛ける。
「そのままで良い。此度の活躍、誠に見事であった。小隊単位で評価をするなら君たちが間違いなくトップだろう。」
「……もったいないお言葉です。」
かつて隣人であった元皇国騎士の師に連れられ、テラリアのクーン領主と面会するときに教わったそれっぽい言葉を返し、頭を下げる。
着席していた騎士たちも、再編成の時のような見下すような表情をしている者はいなかった。興味深げにアデルと、すぐ隣にいるアンナを見ている。
「褒賞はいずれ用意されよう。まずは急ぎの件だが……ディアスは来ておらんのか?」
「ディアスさんは飽くまでイスタ防衛の義勇軍だと。実際にパーティとなるとこの5人で活動しています。それらしいパーティ名はまだ考えていませんが。」
「そうであったか。まあ、今は良い。それよりも北の様子は?」
「うちの斥候が追ったのは東で逃散した敵の動向でした。どうやら北部から寄せていた増援部隊と合流して……北東、魔の森の境、奴らが最初に防衛陣地を作った村に戻ったようです。」
アデルはそう述べ、確認するようにネージュの顔を覗く。ネージュは無言で頷いた。
「そうか……実は今しがた情報が入ってな……エストリアに襲撃があったらしい。」
「どの部隊が……どれくらいの規模だったのでしょうか?」
「それがな……」
レオナールは脇に控えていたポールの顔を見る。ポールはそれを受けて、その続きを述べた。
「どうやら、エストリアへの襲撃は竜人が単騎で行い、空から一方的に魔法等による破壊行為を繰り返し、程なくして北東に引き上げたそうだ。」
「単騎で!?その竜人、腕は2本ついていましたか?」
アデルの言葉に周囲が俄かにざわついた。
「君たちは年末のエストリア辺境伯の東征にも参加していたのだったな。その通り。その竜人は隻腕だったと報告が入っている。」
ヤツか……アデル達5人が同時に同じような表情を浮かべる。
「被害の規模は?」
アデルがポールに尋ねると、ポールは一度レオナールの表情を伺った後に答える。
「エストリア城の一部が崩壊、町も数カ所の爆撃を受け、それだけで今回のイスタ以上の被害が出ている様子だ。あとは城壁の一部が損壊、あと最後に補足情報として……」
ポールがそこで二呼吸程の間を置く。
「交戦した冒険者らしき者が何人か連れ去られたそうだ。」
「交戦した冒険者?」
報告に呼ばれたはずだがすでにアデルの方が質問の数が多くなってしまっていた。しかし、今のところ王太子をはじめ騎士たちの方からそれを咎める様子はなかった。
「エストリアの町の冒険者の店各店と、エストリア辺境伯が独自に手配したパーティの冒険者、それにエストリア防衛隊が竜人と交戦――交戦と呼べるようなものではないらしかったがな――の後、竜化し冒険者数名を拉致して引き上げていったとの事だ。」
「片腕の竜人がわざわざ冒険者を?少しわかりませんね。どんな冒険者なんだろう……」
「……その辺りの詳細は届いていない。必要なら調べさせるが……」
(必要ならネージュが暁亭に向かった方が早いか?)
アデルとネージュ、そしてポールも同様な意見を持ったようだ。ただ、アデルだけはその後に「“不可視”を掛けるとはいえ今は竜人を1人で向かわせるタイミングではないか……帰りが困るしな」と付け加える。
「そこで竜人を知る君たちにいくつか質問がある。」
そう切り出したのは王太子の横の席に座る騎士、たしかエリオット侯爵だったか?である。
「答えられる質問なら。」
アデルの返事に、侯爵が頷く。
「まずは、空からの爆撃と言う物がどんなものであるかだ。」
「うーん、そう言われても一概には。空から放つ爆発系の魔法だったり、或いは竜化後のブレスだったり。前者は高位の真言魔術だと思います。詠唱が終わると、5メートルほどの巨大な火の玉が現れ、それが空中でいくつにも分かれて地上を襲います。その分かれた小さい火球の威力が、先ほどの戦闘で東門や巨人の頭に命中した爆発の魔法と同じくらいですかね。一回の詠唱であの爆発を起こす火球が3~5個ほど出来ると思ってもらえれば。」
アデルの言葉に、実際に先ほど魔法を見ていた騎士が険しい表情を浮かべる。
「ですが、危険なのはブレスの方ですね。火でなく、光の巨大な球で速度も高速、着弾と同時に10メートルほどの範囲の地面が綺麗に抉れました。直撃を受けた兵士たちは跡形も残らず消滅したのを覚えています。」
その言葉に今度は騎士たちの顔は険しい表情から一転、引き攣るような表情に変わる。
「空からの攻撃だったのだな?」
「はい。まあ、空と言っても10メートル弱と言ったところでしょうか。それこそ今日の巨人の頭……もう少し高い位置かな。ただ、一方的に撃たれたということに変わりはありません。」
「どうやってそれを撃退した?」
「……まずは、竜化前に風の精霊の力を借りて、強力な下降気流を起こし高度を下げさせました。その時に別の隊の者が跳躍と共に切り付け見事に腕を切り落とし、我々の攻撃でもそれなりの傷を負わせましたが……そこで竜化され高度を取り直されると、その腕を囮にして何とか高度を下げる瞬間を狙い攻撃。竜状態の相手にも深手を与えましたが倒すには至らず……同じ手はもう使えないでしょうし、同じような状況でもう一度やれと言われても無理でしょうね。耐火、耐熱の魔法などを用意し、行き渡らせるなりしない限りは下手に兵を送り出したところで犠牲が増えるだけになるでしょう。」
「風の精霊か……その魔法はまだ使えるのかね?」
エリオットの問いかけに、今度はアンナに視線を送る。
「この場所では無理ですが屋外なら……とは言え、竜化されるとあちらの力の方が上で効果はありませんでした。」
「そうか……」
アンナの言葉にエリオット、そしてレオナール他の将官たちも一様に険しい表情を浮かべる。
「現時点で有効な手なし……と。」
「槍の投擲も躱されました。ただあの時のエストリア軍には弓兵がいなかった覚えがありますが……」
「弓……或いは弩による狙撃か飽和攻撃、或いは何らかの手段で地面におびき寄せた一瞬を狙うかか……」
レオナールの呟きに周囲は顔を見合い、やはり沈黙するのだった。
「もし君たちが依頼を出されたらどうする?」
「……申し訳ないですがお断りさせてもらいます。現時点で竜化した竜人を倒す手段が思い浮かびません。況して敵軍の真っ只中となれば寝首を掻くというのも難しいでしょう。それこそSランクの方々を複数集め、十分な耐熱や回復等の支援を行わないと……」
アデルの言葉に騎士たちは険しい表情で沈黙する。
「そこまでか……やはり亜人最強種は伊達ではないな。」
レオナールの呟きに、ポールとロゼール、それに後ろにいたニルス達がネージュを見遣る気配を感じるが、珠無しと珠持ちではその能力は比べるべくもないというのは周知のとおりだ。況して未熟なネージュにどんな支援をしたところでどうにか出来る相手だとは思えない。
「……わかった。ご苦労だった。北からの増援がないのであれば今日はゆっくり休んでくれ。明日以降も手を借りなければならないことがあるかもしれん。」
レオナールに退出を促されると、アデル達は一礼して指揮所を出る。
「あれ、絶対、対竜人戦にも出て来いっていうだろうぜ?」
部屋から出たところでニルスがそういう。
「一応断ったつもりだったんだけどな……強制とか言うならそれこそ夜逃げの準備をしないと。」
アデルがそう言うと、ミルテが真剣な表情で言う。
「とにかく、高さを下げられれば十分に機会はある。何か作戦はないか?」
「すぐには思い浮かばんよ。とりあえずソフィーさんちに行くか。」
アデル達はそのままロゼールを置いてソフィーの家に戻るのだった。




