王族の本音
コローナ東部領、エストリアの第2の都市、イスタの防衛は成功に終わった。
巨人が倒れ、後続のコローナの援軍が到着すると、西門ではそのまま残党を挟み撃ちにして掃討し、東門でも無理のない範囲で追討戦が行われた。但し、夜間で光源らしい光源もなく、相手は夜目を持った蛮族軍と云う事で、東門の方はそれほど大きな戦果は上がらなかった様子だ。
イスタ市の市庁舎1階に臨時に設けられた指揮所の中には、総大将である王太子レオナール、救護団長の第3王女ロゼールの他、エリオット侯爵ら将軍3名とイスタの統治者である代官、イスタの防衛隊の隊長らが今回の戦の報告を受けていた。
損害は西門周辺の建物を中心に相当規模、人的損失は軍がやはり西門を中心に、死者が騎士3名を含む42名、重傷者24名、負傷者多数、内重傷者はすでに救護隊により治療を施され、命は取り止められているとの事だ。冒険者にも3名の死者が出たが、イスタの住民には火災による負傷者が数名でた以外に死者は0という、防衛戦としては上々の結果であった。
戦果の方も、西方面の200は殲滅、東門も当初の400の内の大多数は討ち取り、100数十が逃散したという。
「北からくるという敵の増援はどうなっている?」
「分かりません。こちらの防衛が予想よりも早く集結したため、引き返したという話もありますが……」
「甘い。」
「はい。アルシェ殿が北に斥候を放ち確認しているとの事です。」
「やはりポールか。むしろここはロゼールを褒めるべきか?」
報告の返事にレオナールは脇に控えている妹をちらりと見る。ロゼールは曖昧な笑みを浮かべて肩を竦めて見せた。
今回の戦に関する情報の7割位はポールを経由して、ロゼールが推薦してきた冒険者によって齎されているものであるためだ。
「偵察に長けたパーティだとは聞いていましたが……翼人が所属していたとは。私も一度見てみたかったですな。」
そう口を挟んだのは、今回の戦で冒険者の窓口を務めていたイベール子爵である。
「あんな状況でなければ……いや、あの状況だからこそか。見事な美しさ、むしろ神々しささえ感じられた。」
「しばらくは兵士たちの中でも語り草でしょうな。」
レオナールの評価にエリオットも正直に同意する。
ロゼールが父王に働きかけ、引っ張り出した冒険者パーティ、その一人が先ほどの防衛戦で大活躍した翼人であるためだ。ロゼールがただ頑なに信頼できると断言するだけで、詳細を余り語らない為、当初は半信半疑だった他の将軍たちも、先ほどの戦果を受けては認めざるを得なかった。
「北は続報を待とう。東で逃げた敵と合わさると300ちょっとか。数は少ないとはいえバリケードがもうないからな……各門、きっちりと警戒、防衛態勢は維持するように伝えろ。」
「はっ!」
レオナールの言葉にイスタ防衛隊長が返事をし退出するとその言葉の伝達に向かう。
「さて、まだ終わったとは言えない状況だが……今回の戦功はどう考える?」
王太子がエリオット侯爵に尋ねる。
「第一はやはり王軍中隊長のポール・アルシェ殿でしょうな。事前情報、東門の戦果、騎士の中では群を抜いております。」
「そうか……まさか“蒼き竜騎兵”まで駆り出してくるとはな。それも功績とするなら間違いなく第一だろうな。」
「“蒼き竜騎兵”?」
エリオットが首をかしげる。
「知らんのか?我が国でも5指に入ると言われた冒険者パーティだ。間もなくコローナで4つ目のSランクパーティになると言われていたが、去年の頭に欠員が出て解散、引退したと聞いていたが……。例の巨人を倒した者たちを纏めていた男だ。」
「左様で、冒険者の事は余り詳しくなく……」
エリオットが言葉を濁した。
「引退した……ですか?」
軍議においては珍しくロゼールが口を挟んだ。少々意外に思いながらもレオナールは妹に説明する。
「お前が言っていた冒険者らと一緒にいた2人だ。お前が所属したのは……そうか。ブラーバ亭の大先輩と言ったところだな。あの翼人たちともつながりがあるのだろう。」
「翼人……ですか。」
報告の際にロゼールもアンナの活躍は聞かされたが、ロゼールとしては少々意外に思っている。
「アンナの方が活躍するとは思ってもみませんでした……」
ロゼールが知る限り、アデル達の中で一番戦力にならないのがアンナだ。ロゼールはそう認識していた。
「何も討ち取った数だけが戦功ではない。状況を有利になるように支え戦の流れを引き寄せるのも大きな戦功だ。そう言うなら、あのパーティのリーダーも東門においてしっかりと仕事をしていたようだな。」
レオナールがそう答えたが、ロゼールの意図した答えではなかった。ロゼールとしてはネージュかアデルがもっと活躍するだろうと考えていたのである。
「しかし、正直ここまでの結果になるとはな。僥倖でもあるし、掘り出し物も見つかったが……結果だけを見ると少々惜しい事をした。いや……むしろこのまま軌道修正を行うべきか。」
「と、仰せられますと?」
レオナルドの独り言にエリオットが反応する。
「……いや、何。独り言だ。」
レオナールはエリオットに目配せをする。この場では言い難い事柄の様だ。
「左様ですか。」
「まずは全員、ご苦労だった。逃げた敵軍も含め警戒は怠らない様に。北の続報が入るまで各々自分の軍を纏めて待機していろ。何かあったらすぐに呼び戻す。解散!」
王太子の解散の言葉を合図に指揮所となっている部屋から将軍、代官たちが次々と出払っていく。
レオナールとロゼール、そしてエリオットが残ったところで、レオナールはエリオットに部屋の扉を閉めさせる。
「さて、独り言の続きだが……当初は我が軍が西、ブリュノの軍を東に大きく展開しようと考えていたのだが……例の情報により逆になってしまった。しかし、今になってみれば……私が東と南、ブリュノが西、クロードが北に目を向けるべきという気がしてきたな。」
エリオット侯爵は王太子の言をすぐには理解できなかった。
「と、仰せられますと?」
「……なに。今の辺境伯たちは……口ばかり偉そうな割に大した軍を持っていないようだな。とな。」
レオナールは暗に、現在四天と呼ばれ、コローナの守護者と評されている東西南北の辺境伯達に何かしら不満があることを窺わせる。
「大した益もないのに攻めたがる北、緩衝地帯を良いことに周囲に注意を払わず、まんまとテラリアに出し抜かれる東、いつまでたっても蛮族を追い出せない西、矛先が違うとはいえ、ギリギリまで戦争の気配を察知できない南。」
苦々しいという口調で呟くレオナール。
「確かに。しかし、どの方面も住民や寄り子達からの信頼は高く……特に西は……」
「ああ、ウェストンは良くやっている。西のベルンシュタットはフィン以上に油断ならない相手だからな。故に私が自ら西の蛮族を掃討しに西に影響力を付けようかと思っていたのだが……まずは北か東か。」
「北か東ですか?」
「ああ。今回の侵攻は明らかに北と東の辺境伯の失態だろう。ノールも何度か検証したが、やはり最初の時点で防げていないのはおかしい。わざと侵攻させ、北の貴族共を焚き付け、国の物資を引き出して自分達の領土を広げようとしているのだろう。実際、国の金と兵士でノールを復興させつつ、自分たちの軍はオーレリアに遠征中だ。東は……まあ、平和ボケというか……今まで火種がなかったから良かったものの、辺境伯1人で治めるには少々広すぎるのも事実だ。グランがどうなるかで、今後の展望ががらりと変わる筈だ。」
「救援依頼……来るでしょうか?」
「遅かれ早かれ寄越さざるを得なくなるだろう。来てくれないといろんな意味で我々も困るのだがな。そうなると……やはり北が頭痛の種だな。ロゼールの方は……?」
「……少し、当てを外されています。」
「……そうか。まあ、お前が――」
レオナールが何かを言おうとしたところで、部屋の扉が強くノックされ大声が響く。
「申し上げます!エストリアに蛮族が襲来、都市に大きな被害が出ているとの情報でございます!」
「なんだと!?」
エリオットが慌てて扉を開き、伝令に確認を取る。
「ポールの……アルシェの情報は?」
今度はレオナールが伝令に尋ねる。
「届いておりませぬ。今しがたエストリアの伝令がその一報を知らせてきたのですが……」
「エストリアの伝令?どうなっている?まずは将軍たちを至急呼び戻せ!それからアルシェも、斥候の帰着に関わらず一度出頭するように伝えろ!」
「承知いたしました!」
レオナールの大声に伝令は慌てて踵を返す。
「巨人の事前情報もなかったが……一体、何が起こっている?ロゼール、ポールに代わり例の冒険者たちについていろ。何か情報が届いたらすぐにパーティを連れてここへ来い。」
「わかりました。」
状況の変化にロゼールは険しい表情で頷いた。
---------------------------------------------------------------------------------
指揮所で戦果報告が行われている時、アデル達は北の様子を見に行ったネージュを除き、ディアスとソフィー、それにヴェルノも含めて東門の近くの民家を借り、ポールから説明を受けていた。
ポールの説明によると、今回アデル達に国王から直接依頼が出たのは、王族たちの会議の中で、ロゼールが地図の出所に心当たりがあると父王に伝えたところから始まったという。
まずは、“王家の慣習”について改めて説明があり、その中で冒険者の店の店主以外にはその素性を明かさないことが鉄則であったという。そしてロゼールがその折に知り合った冒険者があの地図に書かれていた特徴的な字を書いていた。というのが最初だったそうだ。ほぼ同時に王軍経由の特殊なルートで届けられた“意見書”の方も含めてその心当たりに間違いないと言い、その冒険者に今回の東征に参加させようとしたそうである。
ただし、その時点ではアンナとネージュの素性は明かされていない。その地図や意見書が彼らの手によるものであると確認できていなかったためだ。意見書に関してはサインも別人だ。そこでロゼールは同じ神官としての師を持ち、自分付きの騎士であるポールに確認させ、そこでポールにのみその地図の正確性の裏付けとしてネージュの存在を知らせたという。
ポール曰く、ロゼールには口外は固く禁じられたそうだ。それ故最初の数日――昨日のディアスの合流までは全く知っている様な素振りは見せなかったという。
アデル達3人はロゼールにとって得難い数少ない友人であるが、それ以上にロゼールが今の4人いる王女の中で王女であるという意識を一番強く持っている王女であると力説された。
「それじゃ、他の王女は適当なんですか?」
とのアデルの問いに、ポールは苦笑いで、「上のお二人は別の方向にいたく真面目で、その功績が計り知れない。」と言う。
その言葉に補足したのがディアスだ。
「噂くらいは耳にしていないか?第1王女は魔具開発において“稀代の天才”と呼ばれ、第2王女は“地母神の祝福を受けし者”と呼ばれる、どちらも《魔具士》《神官》の枠に収まりきらない存在だと。」
「なんかつい最近聞いた気が……そんなに凄いんですか?」
「第1王女に関してはもはや詳細な説明は不要だろう。第2王女も、征西で何度か一緒になったことがある。1日に1回、万全な状態でのみだが、10秒ほどで小さな町に住む人全ての傷を治療できる馬鹿げた範囲の回復魔法の使い手だ。」
「なんですかそれ……というかそんな神聖魔法あるんですか?」
「……少なくとも一般的ではないな。コローナ広しといえどもそんなことが出来るのはマリアンヌ様のみだ。他でもそんな神聖魔法は聞いたことがない。」
ディアスに続きポールが答える。流石エリート中のエリートの血を持つという王族。どちらもとんでもない規格外の能力の持ち主らしい。
「でも今の話だと……」
「ロゼール様にもまだ開花してない才能があるのだろう。……と、話が少し逸れているな。上お二人がその方面で著しい活躍をされていると同時に……王女としての公務は余り……なされていないのだ。」
「それでロゼ……ール様がそのフォローにと?とりあえず今の状況に必要な情報でもない様な……まあ、ロゼに自分から素性を明かしたのはネージュやアンナの方だけど……」
「まさか、王女様だったとは想像もできず……迂闊でした。」
アンナの表情には若干の後悔の表情が見て取れた。それに気づき、ポールが悲しそうな顔をする。
「ロゼール様はあなた達に大きな敬愛と友誼の念を持たれております。ですか、ロゼール様は単純な1個人ではありえないのです。そこはどうかご理解願いたい。」
「で、どうするよ?」
その話を聞いていたディアスがアデルとポール両者に声を掛ける。
「取り敢えずはどうにも。今後も強制に近い依頼が届くようならその時に考えます。」
「こちらとしても……ロゼール様に至っては急を要しない限りその様は話は極力避けたいと仰られている。」
「まあ……どの方向にしろ“退路”は確保しておけと。そんなところですかね。」
ディアスに2人がそれぞれの答えを返す。
「そうか。まあ、その辺は俺がとやかく言う事はない。が、俺と同じような目には合うなよ?」
「はい。」
アデルの即答に、ポールはやはり影のある表情を落とすのだった。
そしてその時、家主である住民が扉をノックしながら声を掛けてきた。
「騎士様に急な伝令の様です。」
「伝令?わかった。感謝する。」
ポールがそう言って部屋を出る。すると入れ替わるように、件のロゼールが姿を現した。
(盗み聞きしていたのか?)
アデル、アンナ、そしてディアスが同じような疑惑の表情を向けると、何となく空気を察したロゼールが言う。
「たった今知らせが入りました。エストリアの町が蛮族の襲撃を受けたとの話です。」
「「何っ!?」」
アデルとディアスが思わずそう反応し、顔を見合わせた。
「北からイスタに向かっていた奴らが取って返したか?」
ディアスがアンナを見る。
「どうでしょう?夕前――昼過ぎですね。の段階では北の増援部隊もこちらに向かっていた筈ですが。」
「……しかし、ネージュの戻りも遅いですね。北西に向かった軍にそのまま付いて行ってしまったか?」
当初の予測では、そろそろイスタ北数キロメートルの所に敵増援、北東の村を拠点としていた部隊の姿が見えてもいい筈の頃だ。で、あるならネージュはとっくに戻ってきている筈なのに……
「少なくとも、北東の部隊が現在こちらに向かって来ていないというのは事実らしいな。姫様はなぜこちらに?」
ディアスがロゼールに尋ねる。
「斥候……ネージュの戻りに関係なくポールは一度指揮所に出頭するようにと。恐らく情報収集と分析、今後の予定の打ち合わせでしょう。私はポールに代わってネージュの報告を待てと。」
「……そうか。」
ロゼールの言葉に一同が黙り込む。そしてその十数分後、ようやくネージュが姿を現した。
「「どうなってた!?」」
姿を見ると同時に勢いよくそう尋ねてきたアデルとディアスに、ネージュも敵の動きがある程度知れ渡っていると察する。
「東に逃げたやつらが北の援軍部隊と合流した。その後はそのまま北東の村に戻ったみたい。エストリア……北西に向かった気配はないけど……」
「とりあえずネージュが戻ったら一度皆さんを指揮所にお連れしろとお兄様が。一緒に来てもらえますか?」
ロゼールの言葉に全員がネガティブな表情を浮かべる。
「すまんが、俺は飽くまでイスタ防衛の義勇兵だ。パーティと言うならアデル達だけで向かってくれ。」
「……そうですね。ここも借りたままという訳には行きませんし……後程ソフィーさんの家で。」
「ああ。」
結局、無碍に断るわけにもいかず、アデル達3人とニルス達の5人だけでロゼールの後について行くことになった。
(分かり易いのか、難いのか……)
ロゼールはアデルの横顔を見てそんなことを考える。
ロゼールの案内で指揮所に到着すると、そこにはすでに集まるべき人たちは集まっていた。
そこにもたらされたのは……意外とも驚くべきとも言える衝撃の情報だったのである。




