表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
107/373

巨人の狂気

 ディアスのバイクにディアスとソフィー、プルルにアデルとヴェルノ、ヴェントにニルスとミルテ、そしてアンナは空から、ネージュがダッシュで崩れかけていると言われた西門へと向かう。

 王太子の指示通り、中央の大通りは軍の為に綺麗に開けられていた。一行は西地区まで一気に走り抜けるが、そこから先は負傷兵やその救援に当たっている兵士たちの集団に出くわしてしまう。

「どけどけぇ~~向かって右側、すぐに開けろー」

 バイクの上からディアスの怒号が響く。鬼気迫るそれに兵士たちは驚くと同時に、半ばパニック状態で盲目的になっていた状況から立ち直る。

「通り左手に移動しろ!応援の移動の邪魔になる!」

 救護隊の小隊長かがそう大声は張り上げると、道を塞いで移動していた兵士たちが揃って道の左側に移動する。そのことによってできたスペースをアデル達は一気に通り抜ける。


 通り抜けた先にあったのは破壊の跡だった。

 いや、現在進行形で破壊が行われている最中なのだが。その中心に文字通りの巨人の下半身の姿が松明の灯りに照らされ浮かび上がっていた。

「どけどけぇ~素人が下手に近づいても踏みつぶされるだけだ!一旦離れろ!」

 ……正規兵相手に素人呼ばわりはどうなのかとアデルは突っ込みたくなったがそこは流石に口にはしない。

 どうやら王太子も出張って来ていた様で、破壊跡の少し後方で近衛騎士に囲まれながら指揮を執っているようだった。

「アンナ、光を頼む。姿が見えてもビビるな、すぐに戻れ。アデル、フォローできるようにしていろ。」

 ディアスの指示にアンナとアデルが動く。

 まずはアンナだ。そのまま中空、高度10メートル付近で、精霊の助力無しの灯明の魔法を使う。

「お、おおお……」

 光が発せられると同時に周囲から感嘆と絶望が複雑に混ざり合った声が広がっていく。

 空中に突如現れた光に照らし出されたのは、槍と盾を手に持った白い翼を羽ばたかせる勇ましい少女の姿だ。光の中心であるそれは神々しく、見る者全てを魅了するに十分だった。しかし、それと同時に照らし出されたのは身長6メートルは越えるであろう濃緑色の肌を持つ巨人の姿。その右手には樹齢100年は優に超えていようと思われる巨木で作られた棍棒。

 そして、周囲を確認することで見えたのが――狂気の“無差別”破壊の跡である。

「こりゃあまた……」

 バリケードはすでに跡形もなく、周囲の建物も巨人の棍棒に薙ぎ払われたか、石造りの物は崩れ落ち、木造の物は強引に引き千切られたというような痕を晒している。

 さらに周囲には元は兵士たちと思しき血の海に浮かぶ肉片が各所に散乱している。そればかりか、恐らく巨人の味方であるはずの蛮族と思しき物のソレも多数見て取れた。

「アンナ!戻れ!」

 現状況を認識した双方はまず、アデルはアンナに声を飛ばし、巨人は突如湧いた不快な光源の元を薙ぎ払うべく棍棒を振るう。

 アンナは一瞬落下し棍棒の軌道の下に逃げると、そのまま滑空してアデルの所に戻る。光は空間に固定されたようで、術者の移動と共に動くことはなかった。

 次に動いたのはソフィーだ。

「ヴェルノ。前衛4人に“火力付与エンチャントウェポン”を!」

 そう言いながら自らは巨人の頭部に目掛け、先ほどと同じ爆発魔法を放つ。火球はそれほどの速度ではない為、巨人は易々とそれを避けようとするが、そこは経験者だ。元々直撃は狙っていなかったようで、巨人の頭部付近で爆発させると、その熱と爆発音が巨人の頭部を襲う。これには流石の巨人も両手で頭部、顔面をガードせざるを得ない様だった。

 その間にヴェルノも手際よくディアスとアデルの武器に魔法をかける。

「無理に当てる必要はない。遠距離攻撃は頭部を狙え!近接武器は……今は邪魔だ!抜けた他の蛮族たちの始末に向かえ!」

 ディアスの言葉に複数のリアクションが起きる。

 まずは兵士たちだ。弓兵が巨人の頭を、そして近接武器を持つ者はこれ幸いとばかり巨人の足元から離れ、周囲に散開しようとする。

 次に騎士……確かエリオット侯爵だったか?が、

「貴様!殿下を無視するどころか勝手な指示を――」

 と、怒鳴り声をあげるが、すぐに王太子に止められる。

「良い。これはもう軍同士の戦争とは異なる。大型の魔物退治は経験のある者にはどうやってもかなわない。ここは任せ、学べ。」

「む……」

 王太子の言葉にエリオット侯爵は何かを言いかけて唇を噛んだ。王太子から『任せろ』と言われたら『そうはいかない』と返すかもしれないが、『学べ』と言われてしまうとそうする他ない。この辺りは王太子の方が上手のようだ。

「王国騎士はこのまま巨人と門の内側を固めろ!これ以上奴らを通すな!防衛隊は速やかに町に侵入した蛮族たちを始末しろ!まだそれほど数は多くない筈だ!」

 王太子の檄が飛ぶ。コローナ軍は直ちにその指示に従った。

「まずは膝だ!狙える奴は膝を狙え!打撃でも刺突でも構わん。遠距離は引き続き頭部を。奴に下を意識させる暇を与えるな!」

 一方でディアスの指示に咄嗟に動けたのは、アデルとニルス、ミルテだけだ。4人で一斉に巨人の右膝を狙う。右膝と言っても、大柄である筈のニルス達の頭よりも高い位置にある。ディアスとアデルは跳躍し、ニルスとミルテは武器を振りかぶって攻撃する。

「巨人は表情を読みにくい。つーか、見上げてる暇なんてないからな。接近している間は足と膝の動きに全神経を傾けろ。重心の動きをよく見計らえ。もし後ろに下がったら上からの打撃か蹴りだ。気を付けろ。どちらにしろ食らえば終わりだ。」

 ディアスのアドバイスが終わると、次はネージュとアンナがそれぞれ真逆の声色で尋ねる。

「「私たちは?」」

「アデルに聞け。そっちの方がより有効だろう。」

 この2人にはアデルの方がより効果の高い案が浮かぶだろう。ディアスは言外にそう言っている。

「ネージュに“不可視インビジ”だ。あの太さの首は(刎ねるには)難しいだろう、ネージュは目を狙え。」

「りょ。」

「いえ、それだと……」

 アデルの指示に同意するネージュ、しかしそれをアンナが止める。

「目を狙う瞬間に他に見られますよ?」

「「…………」」

 アデルとしてもこの状況なら致し方ない。あとでポールかロゼールに責任を取らせ、遣り繰りしてもらおうかと思ったが別の手段があるならそうしたい。それに応えたのは意外にもネージュ本人だった。

「お兄。ミスリルソード貸して?あとはアンナと打ち合わせする。まずは膝。姿勢を低くしたときにヤる。」

「わかった。任せよう。」

 アデルが腰からミスリルソードを抜くとそのままネージュに渡す。

「決まったか?まあ、膝だな。二手に分かれる。俺とアデルで右、ニルス達で左だ。最初からそうして――夜食でも賭けとけば良かったな。」

 巨人の蹴りをうまくかわしつつ、アデル達の成り行きを見ていたディアスは実に楽しそうな笑みを浮かべていた。



 そこから先は地味、それでいて凄惨な戦いとなった。

 近接武器で巨人にとりついているのはアデル達だけだ。勘や観察眼で巨人の重心が移動するタイミングを見極め、蹴り払いや蹴り上げに注意しつつ、黙々と膝を攻め立てる。巨人の外皮は金属の様に堅かったが、腹や腿のように分厚い筋肉はない。何とか外皮さえ破れれば好機はあるだろう。そして頭部には嫌がらせの様にチクチクと矢が飛び、時折大きめの爆発がソフィーら数名の冒険者の《魔術師メイジ》達により巻き起こされる。

 時折鬱陶し気に、怒りを滲ませながら振り下ろされる棍棒を避け切れなかった弓兵が数名、スクラップと化し血の海に変えられる。アデル達も余所見をしている暇はなかったが、本人や周囲の悲鳴や気配から犠牲者が徐々に増えていくのがわかった。

「やるぞ!」

 短く声を上げ、息を吸い込んだのはミルテだ。

「そちらの蹴り上げの気配があったら合図してくれ。」

 ミルテがアデル達右膝担当組にそう言う。

「わかった。」

 恐らく例の剣閃技を使うのだろう。それを知らないディアスも、右膝での蹴り上げの瞬間、それはつまり全体重が左足に集中する瞬間を狙うのだろうとすぐに理解する。

 その後、何度かの小さな蹴り払いを回避したところでついにその瞬間がやって来る。

「「くるぞ!」」

 アデルとディアスがほぼ同時に声を上げ、自分たちを襲う蹴り上げの軌道から逃れる。身体が大きい分、予備動作も大きい巨人はそんなことを構いもせずに少し右足を後ろに下げて蹴り上げのモーションに入る。その瞬間だ。

「食らえ!倒れろ!」

 ミルテが気合と共に両手で構えた太刀を振り下ろす。すると刀身が一瞬光るとともに、振り下ろした先から空気が裂ける。そしてそれは巨人の左膝に大きな裂傷を作ると、そこにニルスが渾身の振り下ろしを叩き込む。

「GAAAAAAAAA」

 巨人のものと思われる低い咆哮が周囲を震え上がらせると同時に膝から前に崩れ落ちる。

「退避!退避~」

 慌ててその倒れる場所にいる者たちが回避をするが、巨人は両手をついて倒れこむのを防ぐ。巨人は下を向いたま付いた手を一度上げて、地上をうろついている兵士を押しつぶすと同時に、短い叫びをあげて顔を持ち上げた。

 正確には首筋を剣に刺され、反射的に首を逆“く”の字に上げただけなのだが。

 巨人の影に隠れるようにネージュが首にミスリルソードを突き立てていた。膝を崩した次の行動を取ろうとした瞬間に重力の力を借りて首に剣を突き立てたのだ。そして手を地面に強く突き、次の行動まで数瞬の間を擁する状況になった瞬間、作戦通りわずかだが顔が上がった瞬間を狙ってアンナが巨人の目に長く、そして太めの氷の槍――最早杭というべきか――を突き刺し、離脱していた。少なくとも眼孔から2メートル、脳に直接深手を与えられる長さの槍だ。

 巨人は上体を持ち上げ、右手で突かれた目に何かの処置を施そうとする。しかし、脳中枢にまで届いていたそれはすでに巨人の生命維持に大きな支障をもたらしていた。

 ネージュが傾斜のついた巨人の背中を滑り降り、アンナがふわりとアデルの脇に着地すると、1~2秒の間をおいて巨人がその重さを維持する力を失い倒れ伏した。ディアス、ニルス、ミルテが完全に地に着いた頭の後部に渾身の力で武器を突き立てる。

 2~3度ビクリと動いた後、巨人は完全に沈黙したのである。


 巨人の沈黙を受けて、周囲が1回目の大歓声を上げる。しかしそれは王太子によりすぐに止められてしまった。

「まだだ!敵は残っているぞ!市内に入り込んだ者、門から入ろうとする者をすべて叩け!伝令は直ちに東門の状況を確認させろ!」

 その後、10分ほどの追討戦が行われたのち、西門の外を見張っていた物見が告げる。

「援軍!到着しました!国軍と王軍の様です!」

 西門で再度沸き上がった歓声は、今度は市中を抜けて東門まで到達するのだった。



「……この巨人、どこに隠れてたんだろう?何で味方まで区別なく殺してたんだろう?」

 歓声の中、ネージュだけがそんな疑問を口にしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ