王家の本気
翌朝、アデルは朝食を済ませるとネージュのみを伴い真っ先にアモール防具店へと向かった。
店員に連れられ、奥へと入ると、宣言通りと言うか、アモールは夜を徹してアデルのミスリルプレートを仕上げてくれていたようだった。
左の肩当てに、豪快と言うべきアリオンの鎧の原型をそのまま残し、それ以外は一転してスマートな造りになっていた。当初懸念した、分不相応感を消すために鎧全体に敢えて煤を焼き付け、パッと見ミスリル製には見えないような配慮がなされている。アモールは、贅肉というと語弊があるが、原型のどっしりした胴鎧、ゲートル部はすっぱりと減量し、その材料をベースにして立派な楯を作ってくれていたようだ。
「もう少し時間があれば、肩以外全部黒く塗りたかったんだがな。希望通り肩当ては原型を残しておいた。他をお前さん好みのシンプルな造りにしたら逆に肩当てだけが目立ってな。せっかくお前さんの物になったのにそれじゃ面白くなかろうと、肩当ての代わりの象徴となる楯を作ってみた。純ミスリルではないが、今迄の楯よりは若干軽く、強度も十分だろう。」
アモールの口から“面白くない”という言葉が出たのは意外だったが、その気遣いはこの上なく嬉しかった。全体の作りも楯の作りも、まさにアデルの好みといった具合の逸品だ。
「それじゃ、早速調整だ。」
アモールはにやりと笑ってアデルに早速装備する様に促した。
調整を終わり、早速装備してブラーバ亭へと戻ると、その姿を見たニルスとミルテ、そして元の鎧の持ち主の仲間であったブラバドは感嘆の声を上げた。
「こりゃあ……すげえぇな。アモールめ、やってくれる。」
かつての仲間の装備の面影を残す肩当てを軽く小突き、胴鎧部、腕部、ゲートル部と確かめるように強めにノックし、最後に楯を手に取ってため息をつく。
ニルスとミルテもある種の羨望の眼差しでアデルの新装備を確かめる。
「これなら確かに、パッと見ミスリルプレートには見えないよな。」
ニルスが言う。実際、そうと知らない店の他の冒険者たちはアデルの新装備にそれほどの関心を示していない。元々周りには中古品になるとは言ってあったものの、新調したはずの装備がこのように黒ずんでればどういうことだ?と疑問に思っても良さそうな物だが、その様は反応は一切ない。
旧来の楯はアンナに譲ろうと思ったが、サイズが違う為すぐには使えこなせそうにないということで、保管しておいて戻ってきたらガーダーに加工しようという話になる。
「間に合ったなら出陣式を見てくるか?今年は新年のパレードがなかった上に、王子様方総出の出陣となればかなり人が殺到するかもしれんな。まさかこういう形でお披露目されるとはゆめゆめ思わなかったが。」
そんなブラバドの言葉にアデルは尋ねる。
「出陣式って何があるんですか?」
「まずは総大将となる王太子が王宮の庭で将兵と共に国王に勝利の宣誓。続いて参加する将兵に演説をして鼓舞かな。一般じゃ王宮に入れないからその辺りは見られないな。そうなると……実質的にはパレードと変わらんか。装備が儀礼装備でなく、本気の戦争装備になってるだろうが。中央からも何人か有力貴族が出るらしいしそれなりの規模になるだろう。」
「なるほど……そうなると……この装備で人混みに入りたくないしなぁ。東門の外で待ちますかね。演説が聞けるなら聞いてみたいところでしたが。」
「演説を?」
「ええ、まあ。色々話を聞いて王太子がどういう人物か興味が出てきましたし。アンナ?」
アデルがチラリとアンナを見ると、アンナは少しだけ困った表情を見せて……
「丸々は覚えられないでしょうけど、ある程度は……」
と答える。
「うむ。まあ、紋切り型のよくあるやつだったらさっさと見限って戻って来てくれていい。兵士、冒険者的に何か響くものがあったらその部分だけ抜きだしてきてくれ。」
「わかりました。」
予定が決まると、ブラーバ亭の店員から2食分のサンドイッチを貰い、アデル達は東へと向かうのだった。
東門には、今回の緊急依頼を受けたのだろう、ブラーバ亭や他の冒険者の店の冒険者たちがアデル達と同じように東門の外で待機していた。
「お前らも行くのか。なんでも今回は王太子殿下が直々に軍を率いるって話だからな。成り上がるには良いチャンスだよな。」
アデル達を見つけてそう声を掛けてきたのは、今年の新年祭余興の折、3位決定戦でアデル達を打ち負かしたAランクパーティの面々である。
「あれ?一人……綺麗な子がいないじゃないか?」
Aランクパーティのリーダーがそう声を掛けてくる。レベル28の戦士だった筈だ。
「アンナには……殿下の演説をとやらを盗み聞きに行ってもらいました。少し興味があったので。」
「盗み聞きって……まあ、庭とは言え、王宮に入れないからそうなるか。便利だな。“不可視(インビジ(ュアブル))”の魔法。」
実際はそれだけによる盗み聞きではないのだが、話を合わせておく。
「そうですね。効果を維持するのにいくつかの制限があるようで、戦闘にはあまり使えませんけど……」
「ははは。今だから言えるってやつだけどな。もし“白風”戦でやってた、“不可視”+《暗殺者》の連携をされたら、俺達じゃ勝てるかわからんと思ってた。」
「お、おう……そうだったんですね。同じ奇策を2回連続ってのはどうかと思って選択肢から外したんですが……ゴリ押ししてもよかったのか。」
「まあ、もちろん、ただじゃやられない様な作戦は考えたけどな。」
彼らとそんなやり取りをしていると、突然、王都中央から地鳴りの如く大きな空気の振動が起こった。恐らくは将兵の歓声。王太子が響く演説をしたのだろうか。
「さすがレオナール殿下だ。」
Aランクパーティのリーダー言う。
「今まで縁が出来るとは思ってなかったのでノーチェックだったんですが……どんな方なんですか?」
「真面目で国民思い。それでいて、軍を率いさせれば冷徹な采配で敵を圧倒するって話だ。今までは主に西方面の魔物やら蛮族やらの討伐で相当な戦果を上げられている。政治に関しては……まだ未知数だな。政治に関しては今の陛下がかなりのやり手ってのもあるしな。北の戦争も国には極力負担のない形で取りまとめた様だしな。」
王太子も国王もかなりの高評価のようだ。アデルとしては、西方面で活躍と冷徹な指揮という言葉が少し気になったが、その辺は後日ディアスかソフィーに聞いてみようかと考える。国王は政治に強いのか。その辺りは……機会があれば、ロゼールかポールに聞いてみよう。
そんなことを考えていると、背後から翼を隠し、術を解いたアンナが声を掛けてくる。
「パレード?が始まりました。王宮を出たところで、東に向かう軍と西に向かう軍と別れましたが、どちらも沿道は凄い人でした。重装備で見に行くのは避けて良かった感じですね。」
「まあ、そうだよなぁ。で、演説はどんなだった?」
「今、コローナは四方で戦が起きていて未曽有の危機状態であるが、国土・国民を守るために王家、王宮、将兵一丸となって一つ一つ確実に対処し、国民の不安を一刻でも早く解消しなくてはならない。国民の安寧と、家族の平和の為に我が身を賭して必ず脅威を取り除く――みたいな感じでしたね。」
「なるほど。国民の不安を取り除くべく、か。それに王家のカリスマが加われば兵士は気合も入るって訳か。」
本音はどこにあるにしろ、テラリアの皇国至上主義よりは受け入れやすいかな。というのがアデルの感想だ。あとは実際の采配か。
そして程なく、東門外側が俄かに騒然としだす。本隊の到着だ。前哨の兵士たちが周囲の冒険者たちを押しのけ、道とスペースを確保していく。そして、やたら高価そうな鎧をまとった騎士に周りを固められ、白馬にのり悠然と姿を現す、金髪の美丈夫。その姿が見えた瞬間、先ほどのパーティ含めすべての冒険者たちがその場で跪きだす。王太子だろう。アデル達も慌ててその真似をする。その辺の関心が特に薄いネージュは動く気配がなかったのでアデルは急いで腕を引っ張って真似をさせる。流石のネージュもそこまでされれば何をすべきかは理解できたようだ。
「あれ?パレードって手を振ればいいんじゃなかったの?」
ネージュが小声でそんなことを言い出す。
「まあ、見送りに一般はな。俺らからしてみると上の上の雇い主、臨時とは言え主だから。」
「ふーん。」
関心のなさそうに周囲に倣う。
程なくして、王太子自ら冒険者たちに立ち上がるように指示が出されると、
「東部、魔の森周辺の状況は聞いての通りだ。冒険者――戦士としての先輩諸兄の協力に感謝し、活躍に期待する。」
と挨拶をした。テラリアの皇族と冒険者の身分を考えれば口を裂いても出てこない言葉だ。その辺りは例え万全のお膳立ての上でも、冒険者として活動した経験がそうさせるのであろう。
それに応えて多くの冒険者が、「ははっ!」と恭しく首を垂れる。
「冒険者の対応はイベール子爵に一任してある。諸君はイベール子爵の所にいき、指示を仰ぐように。」
王太子がそう言うと、イベール子爵であろう、上級騎士が一人、馬に乗り数歩前に出、軍の脇に移動し冒険者に集合を掛ける。
アデルはポールの所に行けと言われていたので少し困惑したが、他の冒険者たちと同様に一旦そちらに向かおうとしたところで見覚えのある男に声を掛けられる。
「君たちはこっちだ。」
声を掛けてきたのは、北部戦線の支援にと向かった先遣の神官隊にいた《修道僧》の男だ。
「また会えてうれしいぜ。もうBランクが見えてるって話じゃないか。そちらの2人は初めまして。か?俺はジョセフだ。よろしく。」
《修道僧》はジョセフと名乗り、ニルスとミルテに握手を求める。2人も若干戸惑いながら名を名乗り、握手を交わす。
「こっちだ。付いて来てくれ。」
ジョセフに言われ後について行くと、そこには先日一緒となった神官団のメンバーがさらに数人を増やして待っていた。中心にいるのは例の司祭だ。
「君たちは立場的には我々の護衛と言うことになる。勿論活躍の場はそれ以外に用意されている様だがね。その辺りは後でアルシェ様より連絡が入るだろう。」
「なるほど。よろしくお願いします。」
どうやらこの辺りはロゼールやポールと深くかかわっている様子だ。神官団としての役割を持ちつつ、王軍、神殿、そしてアデル達をつなぐ存在である様だ。ポールと共に《指揮》能力を推薦してくれたあたり、元々知り合いだったのだろう。
「ポールの旦那は、クラス的には《聖騎士》だ。」
ジョセフがポールについてそう言う。
「え?」
と、アデルが驚くと、
「《聖騎士》と、言ってもテラリアに行ってた訳じゃなく、技能としての《聖騎士》だな。と、いうかコローナで《聖騎士》と言ったらだいたいこっちの意味なんだけどな。テラリア出のお前さんにゃわかりづらいか。」
ジョセフがそう補足する。この場合、というかコローナで一般的に言われる《聖騎士》は、単純に《騎士》と《神官》のハイブリッド的なクラスと言う意味のようだ。あれ?と、なるとアリオンやレナルドにあほなこと言ったのか?俺。と考えてしまうが、恐らくどちらもアデルがテラリア出であることは知っているのだろう。このジョセフ達でさえそうなのだから。個人情報保護法?ロゼール王女ですら筆跡で公務に捻じ込んでくる様子なのだから、その様な物はないのだろう。そうなると、“ロゼ”に明かしたネージュとアンナの素性がどのあたりまで周知されているのか気になるところである。このところの言動を見るあたり、ロゼールの優先度は国>友人であるのは明らかだ。
配置が整ったところで行軍が始まる。まず、イスタへ向かう王太子軍と、エストリアへ向かう第3王子軍と南北に分かれる。イスタへ向かう一行は南東ルート、恐らくはディアスのいる村を通り、ソフィーのいるイスタへと向かうことになりそうだ。一方エストリアへ向かうのは“東の森”を抜ける、真東への道を進む様だ。
イスタ方面隊は、先頭を見知らぬ将軍の軍、その次に王太子軍、次に2人別の将軍がいて、その後ろにポールが率いる王軍、最後尾に他の冒険者を纏めるイベール子爵の軍と冒険者という隊列になった。
アデル達の方は、アデルが自分とパーティの荷物を纏めてヴェントに。ネージュとアンナがプルルに、ニルスとミルテは今回は結局徒歩で従軍することにしていた。700の軍勢のうちの大半は歩兵だった。将軍他騎士と思しき者は当然騎馬、“戦馬”に騎乗しているが全体の1割もいないだろう。ただ、冒険者の中にも一部は《騎手》技能持ちか、騎乗している者が10名ほどおり、アデル達が悪目立ちすると云う事はなかった。
初日は昼からの出陣、行軍と云うことでそれほどの距離は移動できなかった。ほどなくして最初の野営の準備が始まる。そこで初めてポールが神官隊の所に姿を見せた。
「すまないね。ブラバド殿から話は聞いているとは思うが、君たちのお陰で陣容が変わってしまった様だ。」
神官たちの前でそう声を掛けてくる。
「聞いていますが……君たちのお陰と言われましても……」
「評価してのことだぞ?実際、君たちと入れ違うようにエストリアからの追加情報が届いたしな。」
「それならそっちのお陰ってことでいいでしょうに。」
アデルが苦笑するがポールは真剣な顔で返す。
「裏付けにもなるし……エストリアからの情報だと、敵軍の構成までは記されていなかったからな。」
「……レナルドさんは一体何をやっているんだ……」
「……防衛隊長はよくやっているとは思うが、今のエストリア辺境伯はその才能をすべて内政に特化しているかのような方だからな……正直、国軍を任せるには不安な面もある。」
エストリア辺境伯は実は軍事に興味がないのではないか?――誰かがそんな懸念を口にしていた気がする。レナルドの様子を見ても、その気配はわずかだが感じる。しかし内政が得意というなら無謀な攻めはしない気がするのだが……その辺は、テラリアの皇女が1~2枚上手だったのだろうか。アデルも少々の不安を覚えた。
「まあ、今回は殿下始め、エリオット侯爵、イベール子爵と戦上手が揃っているからな。クロード殿下の方にもオランド大将軍が同行しているから大丈夫だろう。」
アデルにとっては知らない名前がちらほらと出てくるが、ポールがそう認めているのなら実力は確かなのだろう考える。
「当初の予定とどう変わったんですか?」
「どう変わると聞かれてもな。まあ、元々王太子殿下は西方面ですでに相当な戦果を上げていたから、殿下を西に向かわせれば西は大丈夫だろうと皆踏んでいたのだ。それが蓋を開けてみたら東が思いの外危険な状況。そこにまだ経験の浅いブリュノ殿下や、初陣となるクロード殿下では荷が重かろうとレオナール殿下が直々に東征に乗り出されたのだ。
「なるほど……」
何の気なしに聞いた質問で、アデルは王太子の高い評価と、東方面の軍事的不安を改めて実感することになった。
「とにかく今は一刻でも早くイスタに入ることだ。出来ればもう少し準備時間が欲しかったところだが……ロラン様達にも無理をさせて申し訳ない。」
「いや、北と違い、東と西はまさに未曽有の一大事。アルシェ殿が気に病む必要はない。」
「忝い。」
ポールは司祭――ロランと言うのか。初めて知ったぞ。達にも頭を下げた。王直属部隊の中隊長というならそれなりの身分の持ち主だろうが、何とも頭が低い。アデルは改めてコローナの《聖騎士》達の見方が変わったのだが、実はポールの《神官》部分の師匠がロランであったということは知らぬ方が幸だろう。
ポールは何かと忙しいようで、そう挨拶だけを済ませるとまた本陣の天幕の方へと戻っていった。




