出会い
タイトル詐欺を多分に含みます。違う。そうじゃない!という方は見なかったことにしてください。
(最初のストックが尽きたら)マイペース(おそめ)でぼちぼち更新していきたいと思います。
彼は大変に困惑していた。
目の前にぶら下がっているのは半裸の、全身傷だらけの……幼女とも少女とも言える貧相な娘。
もしこれが街の裏通りだったり、街道沿いだったりしたのであれば間違いなく憲兵が飛んで来ている状況だろう。
だがここは街道から少し外れた森の中だ。この辺りには町――などというものはなく、集落と呼べる程度の場所からすらかなり大きく離れている。
しかも彼――アデルは狩りの真っ最中。周囲に熊などの危険な肉食獣は見当たらなかったものの、今も大型の猪を仕留めようと片手槍を投擲しようとしたところだった。そこに、木に引っかかるような状態で気絶している幼女を見つけたのである。
行き倒れ……と言うにはいささか不自然な状況だ。
年の頃は“人間なら”10歳くらいと言った所だろう。
傷だらけではあるが、真っ白い肌。ただその体は痛々しい程に痩せ衰えている。肋骨の輪郭がはっきりと分かるほどだ。
髪もまた同様に白く、ただこちらは白くと言っても白髪とは違う、絹の様な光沢を帯びた白髪だ。そしてそのような髪色を持つ者もこの地方の“人間”にはいない。
そもそも、この地方に限らず“人間”には彼女の背中にある様な皮膜の翼などないのだ。つまり――彼女は“人間”ではない。
竜人族だ。
そしてそれがまたアデルを一層困惑させている。何しろ“人族”と“竜人族”は仲がとても悪いのだ。否、限りなく敵に近いと言ってもいい。
(何も見なかったことにして狩場を変えるか……)
彼がそう思った瞬間、幼女の体がズルズルと木の枝の隙間からずり落ちていき……地面に落下する。
「「――あっ……」」
竜人の少女は目の前の、黒髪に褐色の肌を持つ人間に気づいて思わず声を上げた。
――そしてすぐに警戒態勢をとる。
竜人にとって、人族は敵だ。例え自分が“まだ”人族に対し何もやっていないとしても、相手が自分を殺しに来ても何ら不思議はない。
慌てて立ち上がろうとしたが、足にうまく力が入らなかった。
(死にたくない!)
そう思った瞬間、黒髪の人間――年の頃は人間だとするなら10代後半だろうか?は、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ……最後に自らの右手で顔を覆うとため息をついた。
「……話は出来るのか?」
発音が微妙に違うせいで聞き取りにくいがなんとか言葉の意味は分かる。
相手は戦闘態勢には入らず、武器から手を離すと両手を上げて声をかけてくる。
(やり過ごせるかな?)
そう思い少女は頷いた。
「言葉通じるんだ……」
安堵とも困惑ともとれる表情を浮かべながらアデルは少女に声を掛けた。
「飛んでて居眠りでもして落ちこけたか?」
「落ちこけた?居眠りなんてしないけど……疲れて動けなくなったのは事実かな?」
「ふむ……まあ、とりあえず正直に答えてみろ。少なくともこの場でどうこうする気はない。
まず1つ目。見た目の特徴からして、おまえさんは『竜人族』で間違いはないな?」
「……うん。」
「では二つ目。なんでこんな状態でこんな辺鄙なところにいたんだ?」
「……」
竜人幼女が押し黙る。
(斥候にしては余りに貧弱そうですでにボロボロ状態だ。人族の内情を探る密偵としては……論外だな。初めて見る俺でも一目見て竜人族と分かる様じゃ話にならない。)
そう思いを巡らせながら、返事を待つが返事はない。
「なら質問を少しだけ変えようか。何でお前さんみたい幼女が1人でここにいたんだ?仲間がいるというなら、体力を回復した後、ここからゆっくりと引き返してくれりゃあ見逃してやるんだが?」
近くに仲間、特に親などがいるとしたら見逃すなんて言っている場合ではない。ここから全力で逃げないとこちらがヤバいのだ。
「……幼女じゃないし!」
「そこっ!?」
アデルが今後の予定と危険について考えをめぐらせている中返ってきた言葉はそれだった。
「まあ、うん。なんだ。人間と竜人じゃあ時間の流れも成長の仕方も違うだろうしな。近くに仲間とかいるのか?だとしたらお兄さんはここから全力で移動しないと――まさか、囮か!?」
はっと何かに気付き、慌てて踵を返そうとするアデルに竜人幼女の方もはっとして言葉を投げ返す。
「……仲間なんていないよ。――私、逃げてきたんだから。
でも、そう……あんまりゆっくりはしてない方が良いかも。」
「逃げてきた?(仲間からか?)どっちの方角から逃げてきたんだ?」
「あっち。」
そういうと森の奥の方角を指差す。北東――それはアデルが移動してきた方角だ。
つまり逃げにゃならん方角は同じと云う訳か。
「おう、何から逃げてきたんだ?場合に寄っちゃ一緒に逃げるという手もなくはないが……」
「……部族から……周りの馬鹿共が先走って作戦失敗して……私なんてもう後がないから……」
「竜人がか?部族から逃げる?」
幼女の言葉にアデルは首をひねる。開拓村の田舎育ちの彼には大した知識なんてものはないが、それをフル動員して考えを巡らせる。
竜人族は『亜人』と呼ばれる中では最高位の種族だ。
基本的に万全の状態で1対1で対峙したとすれば、9割以上の率で竜人族が勝つだろう。そもそも、竜人に対し人族1人で挑む時点でそれはもう万全とは程遠い状態なのだ。竜人1人に対し、人間ならそれなりに場数を踏んだ者が5~6人でも倒すのがやっとというレベルの強さである。
今回の相手は、満身創痍のしかも見た目幼女で武器らしい武器も持っていないと云う状況とは言え決して舐めてかかっていい相手ではない。
だがそれは話に聞いただけで実際に遭遇するのはアデルも今回が初めてである。
「私は生まれつきの“出来損ない”だったから……」
「出来損ない?」
「竜玉を持ってなかったの。普通の竜人なら生まれると同時に1人1つ持っていて、それに力を込めると竜化できるんだけど、私にはそれがない。そういうこともたまにあるらしいけど、その場合は例外なく部族の中じゃ最底辺扱い。妖魔なんかにも馬鹿にされるんだ。1対1でやれば私の方が絶対勝つのにね。」
悲しそうな、不機嫌そうな表情と声色でそう教えてくれた。
(いわゆる“珠なし”ってやつか。話くらいは聞いたことあるけど、正直わからん。幼女に直接手を下すのもアレだし、見なかったことにしちゃおうか……)
「仕方ない。碌に何も食えてないようだしその格好じゃいろいろ困るだろうからこれをやろう。体を休ませたらなるべく人目に付かない方に……そうだな。この辺からだと南がおすすめか?竜の山に逃げ込んでしまえば何とかなるだろ。」
「……え?」
「え?……」
背負い袋から、大きめのケープと保存食を取り出し告げるアデルの言葉に竜人幼女はポカンとした表情を浮かべ……
見捨てる気満々という感に気付き、悲壮な表情を浮かべる。
「ちょ……」
その表情にアデルは頭痛と眩暈を覚えた。その表情はかつて“見捨てざるを得なかった”“妹”が最後に浮かべた表情。
(ああ、そうか。アイツもこれくらいの年の頃だったよな……)
アデルの中で良心と後悔と現況が渦を巻いて暴れだした。
「…………」
自分のそんな表情がアデルの過去のトラウマを暴れさせているなど露にも知らない竜人幼女は手渡されたケープを頭からすっぽりと纏い、保存食を無邪気に齧りだす。
「ぬう……」
苦い表情を浮か、呻きすら漏らしているアデル。
竜人幼女がゆっくりとした足取りでアデルに寄ってくる。
彼女自身が人族に対して何かをしでかしたという証拠はない。生まれつきの欠陥で妖魔にさえ馬鹿にされるくらいなら、力も大してないのであろう。
生まれつきの出来損ない……
家族を失い、唾棄し続けた故郷も消え、父の形見の馬だけが相棒となった今、これ以上失うものもないと言える。
「結局こうなるのか……」
力ない笑みを浮かべ、アデルは幼女の手を取った。
「わかった。ならこれから生き抜く為の秘訣を一つ教えてやろう。」
「うん?」
「これから俺の事は『お兄ちゃん』と呼ぶんだ。それ以外は認められない。」
「……お兄ちゃん?」
故郷と家族を失って半月、アデルは新たな「訳あり家族」を抱え込み新天地へと向かうことになったのである。
(ちょろい)
相手の事情を知らない竜人幼女は内心でそう呟き、アデルの足にしがみ付いたのである。
いろいろ詰め込みすぎずに、いろいろくろい。
具体的な背景や種族などの世界設定などはまた次回に。