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雨宿りで君と見た虹を私は忘れない

作者: 歌田うた

「なんでこんなことになっちゃったんだろ」


 私は、たぶん数分前、友だちと一緒に山頂を目指して山道を歩いていた。先生からは、道は整備されているけど、所々危ないところがあるから気をつけなさいと言われていた。それなのに私は、友だちと好きなアイドルの話をするのに夢中で、足下を見ていなかった。

 そしたら、大きな石みたいなのに足をぶつけて、そのまま踏み外して――。 


 「……痛い」


 身体の隅々までズキズキする。こんな痛み、十二年間の人生の中で初めてだった。半袖の腕は所々すりむけ、血が滲んでいる。下はGパンだったから、かろうじてすりむくのは避けられたけれど、右膝の部分が軽く破れかかっている。お気に入りのGパンだったのに。ショックで思わずため息を吐いた。


 私が背負っていたリュックは私から数メートル先に落ちている。崖から落ちる前にリュックが半開きだったのか、中身が全部飛び出していた。痛む身体を起こして、何とかリュックのあるところまで歩いて行き、中身を一つずつ拾い上げてリュックの中にしまっていく。プラスチックのお弁当箱の残骸。何個かのチョコレートとお菓子。飲みかけの水筒。ハンカチ。ティッシュ。虫除けスプレー。押し花にしようと思って拾った綺麗な花が入った袋。お土産用のお金。林間学校のしおり。

 リュックの中に一通り荷物をしまい、ファスナーをしめると、私の瞳からは自然と涙がこぼれてきた。


 そのうち、こぼれるだけだった涙は、次第に溢れてきて、私はすりむいた腕で一生懸命涙を拭った。空は曇天で、薄暗い。お兄ちゃんから借りたスポーツウォッチに目を遣ると、時刻は十四時半だった。携帯は持っていないし、持っていても持ち込み禁止だったから、連絡出来るような手段は無い。これからどうなるのか、不安でいっぱいになった。助けがくるまで私はひとりぼっちなのだろうか。どうしよう。


 後ろを見ると、崖は斜めになっていて、しかも所々で木が生い茂っているからどこから落ちてきたのかは分からなかった。ただ、結構の高さがあり、その斜面を滑り落ちてきたようだ。私が居る場所が芝生になっていて助かった。もし岩だらけだったら、もっと大けがをしていたかもしれない。


 私は、リュックを抱えて、立ち尽くした。辺りを見ても、どうやって進めば良いのか、分からない。それとも、ここに残って助けが来るのを待っていた方が良いのだろうか。頭が混乱して、状況を上手くつかめなくて、放心してただ立ち尽くした。

 その時だった。


「倉田!倉田佳穂、居るか!居たら返事してくれ!」


 不意に、どこかからか聞き覚えのある声が聞こえた。幼なじみの遠藤涼の声だ。もしかして、涼が、私を探してくれている?

 私は声を張り上げて、一生懸命、全方位に手を振った。


「居る!ここに居るよ!涼?涼なの?」

「うん、俺だ、良かった、生きてたんだな!」


 左側の茂みの間から、涼の姿が現れた。涼も全身傷だらけだ。私より傷がひどいかもしれない。左の腕からは流血していて、ハンカチで止血されているのに、そのハンカチも血だらけになっている。


「その傷、大丈夫?まさか涼も落ちたの?」

「運悪くな」

「涼がドジするなんて珍しいね」

「うるせー」


 涼は私の傍まで歩いてきて、腰を下ろした。私は一人でなくなった安心感と、妙な偶然で一緒になった相方が涼だったことに安堵して、へたり込むようにして隣に座った。


「皆、私達のこと見つけに来てくれるかな」

「どうだろうな。でも、絶対ここに居た方が良いと思う。そんなに大きな山でも無いし、数時間もすれば迎えに来てくれるだろ」

「よくそんな冷静で居られるね」

「お前がおっちょこちょいで心配性だから、こんな時こそ冷静でいないと」

「何それっ。涼だって崖から落ちたくせに」

「それは不可抗力ってやつだ」

「どういうこと?」

「お前にはわかんないだろうな」

「ほんと涼って性格変わったよね。昔はもっと優しかったのに」


 涼とまともに会話するのは大分久しぶりだけど、涼とは、私がおむつの頃からの付き合いだ。家も隣同士、家族も仲良し。幼稚園も一緒で、男女の分け隔て無くよく遊んだ。喧嘩も沢山したし、お互いの家に行ってゲームをしたり、一緒に旅行へ行ったこともある。


 勿論、小学校も同じだ。小学校二年生くらいまでは同じように遊んでいたのに、何故か小学校三年生くらいになった頃から、涼は急によそよそしくなって、一緒に遊んでくれなくなった。それからは、お互い、同性の友だちと遊ぶことが増えて、涼は私のことを「佳穂」じゃなくて「倉田」と名字で呼ぶようになった。


 涼はお父さん譲りの整った顔立ちで格好良かったので、女子によくモテた。運動も出来るし、「ふかこうりょく」みたいに、少し難しい単語も知っていて、勉強も出来た。おまけに、同級生からだけでなく、学年が上がるにつれて、上級生や下級生からもよく告白されていた。

 私は、涼の幼なじみということで、涼のことをよく聞かれた。一度、悪気無く涼の好きなものを教えたら、後で涼から「勝手に教えるな」と凄く怒られた。赤ちゃんの頃から一緒に居たのに、今じゃどんどんよそよそしくなって、廊下ですれ違っても軽い挨拶くらいしか交わしてくれなくなった。そして、ついに、最近、涼に彼女が出来た、と友だちから聞いて、寂しい気持ちになったのだった。


 私は、もう小学校六年生だし、そういう人が出来ても当然かな、と思いながら、反対に私は何となく、涼以外の男の子とはあまり仲良くなれなくて、誰も好きになれず、恋をしたり、告白することが無かったことを思い出した。その代わりにアイドルに熱を上げ、その話で盛り上がりすぎて崖から落ちちゃったんだけど。


「雨降りそうだな」

 涼は空を見上げて、ぽつりと呟いた。確かに、雲の色がどんどんと濃くなっている。雨の匂いも微かにし始めた。

「雨宿り出来る場所、探した方がいいかな」

「あまり動きたくないけど、そうするしか無いな」

 こうして私達は、雨宿り出来そうな場所を一緒に探し始めた。あまり森の中に入っていくのは怖かったので、崖沿いに歩いて、穴が無いかを探した。

 でも、私達が雨宿りの場所を見つけるより先に雨が降り始めてしまった。

「ちくしょう。運が悪い」

 雨の勢いは思いのほか強く、私達はあっという間にずぶ濡れになってしまった。

「あっ、あそこに何か無い?」

 私が指さした先に、小さな穴が見えた。大きくは無いが、二人なら何とか入れそうだった。


「よし、あそこに入るぞ!」

 涼と私は痛む身体を引きずりながら何とかその穴に向かい、中へ入った。ひんやりと薄暗く、そして思いのほか幅が狭い。立ち上がれる高さはあっても、横幅は二人で身体を寄せ合わなければ雨宿りは厳しそうだった。奥行きは、荷物が置けるくらいの広さだ。

「……狭いな」

「うん」

 二人の間に気まずい空気が流れる。腕を内側に寄せなければ、肌と肌が触れ合ってしまいそう。


「と、とりあえず、タオルで身体拭かなきゃね」

 私はリュックを前に持って、タオルを取り出した。小さいタオルでも身体を拭くには役に立つ。髪の毛を拭き、痛む傷口を拭いた。Gパンや下着は濡れたままだが、涼の前で脱ぐわけにも行かず、気持ち悪い感触を我慢した。

 同様に、涼もタオルを出して、身体を拭き始めた。その様子を見ていると、涼の身体はすっかりたくましくなっていて、私は何故かドキドキしてしまった。なんで涼の身体にドキドキしてるんだろう、私は。


「……おい、これ着ろよ」

 涼は身体を拭き終わると、リュックの中から薄手のパーカーを取り出して、私の身体を見ないようにして、目の前に差し出してきた。

「えっ、良いの?」

「お前、下着が透けてる」

「!!」

 しまった、今日、薄い色のTシャツ着て来ちゃったんだ。涼に下着を見られた。私はたちまち顔が赤くなるのを感じて、涼からパーカーを奪い取って、肩に掛けた。色んな意味で恥ずかしい。


「あ、ありがと」

 ぼそっとお礼を述べ、リュックを下に置いた。羽織ったパーカーに袖を通すと、私の身体より大きくてダボダボだった。そして、微かに涼の家の懐かしい匂いがした。


「み、見たこと他の人には内緒にしてよね!」

「言うわけ無いだろ、そんなこと」

 疑われたのを不快に思ったのか、涼が私をにらみつけたのが分かった。私は少し涼から身体を引いて、間を取った。私は話題を逸らそうと、気になっていたことを涼にぶつけてみた。

「そういえばさ、涼って仲良しの女の子が出来たの?」

「仲良しの女の子?」

「その……彼女、っていうのか」

「俺に彼女なんて居ないけど」

「えっ、周りの友だちが涼に彼女が出来たって言ってたから」

 その言葉に、涼は大きなため息を吐いた。


「それは、学級委員の花田さんと間違えてるんじゃないの?学級委員は色々やることがあるから放課後に話し合ったりするんだよ。二人で机を向かい合わせて色々作業してたから、誰かが勝手に間違えて噂でも流したんだろ。だいたい小学生なのに彼女とかませすぎだろ」

「なんだ、そうだったんだ」

 何故か私はホッとしていた。

「お前こそ、そんな派手な色の下着なんか着けて、仲良しの男でも出来たのかよ」

「なっ、色まで見てたの?」

「見てたんじゃ無くて、お前が見せてたんだよ」

 私はあまり下着に頓着が無くて、お母さんが買ってきた下着を身につけているだけだった。お母さんは原色系が好きだから、私もその色の下着を身につけていただけだ。

「仲良しの男の子なんて居ないもん」

 私は立って居るのが疲れて、その場に座り込んだ。涼も同様に疲れたのか、その場に座り込んだ。二人の距離は、否が応でも近くなる。私も涼も、何も言わずに暫く黙って雨の音を聞いていた。


『ねえ、涼って好きな女の子居るの?』

『居るよ。でもお前には言わない』

『えー、なんで!』


 いつだったか、私達に距離が出来る前、こんな話をした記憶がある。誰かを好きになるとか、そういう感情がよく分かっていなくて、ただ、仲良くしたいとか、ずっと一緒にいたいとか、そういう感情が「好き」だと思っていたあの頃。


 今でも「好き」が何かはよく分からないけれど、仲良くしたいがために気軽に男女が触れ合うのはあまり好ましくないのは分かってきた。学年が上がるにつれて身体の構造も変わり、保健体育で男女の違いだとか、子どもが出来る仕組みだとかを習い、おませな女の子がおませな雑誌を買ってきて「オトナの恋愛」について講義してみせる。

 私も涼も、あの頃みたいにじゃれ合って仲良く遊ぶことが出来なくなってしまった。涼の体つきにも、このパーカーの大きさにも、涼の口調にも、私が下着を見られて恥ずかしいと思った感情にも、「仲良く出来ない」ことが現れている。


「止まないな、雨」

「そうだね」


 雨は激しくなる一方だ。どこかでゴロゴロと音がなっている。


「寒いね」

「ああ、寒いな」


 短い会話で、それ以上続かない。長らくまともな会話をしなかったせいで、何を話したら良いのか分からなかった。


 雷の音がどんどん近づいてくる。嫌な予感がしたその時、目の前で稲光が照らし出され、雷の大きな音が近くでとどろいた。

「うわあああああ!」

 雷が苦手な私は、思わず隣に居る涼の腕をつかんで、目を強く閉じた。雨は穴の中にも入ってくるほど強くなっている。しかも、雷の音はそれ一回で終わらず、暫く数十秒単位で鳴り響いた。あまりにも怖くて、涼に掴まったまま蹲っていた。

 涼が、さりげなく私の背中を抱いてくれていることにも気がつかずに、私は雷の音が遠くに行くまで、そのまま震えていた。


「おい、おい、大丈夫か?」


 十数分もすると、雷は止み、雨も弱まってきた。私がハッとして顔を上げると、やっと涼の腕に自分がしがみついていて、涼が私の背中を抱いていてくれていることに気がついたのだった。


「わ、わっ、ご、ごごめん」

 私が慌てて腕を放すと、涼は可笑しそうに吹き出した。

「叫び声が『うわあああああ』って、お前、男みたいだな」

「うっ……」

 私はまた顔が熱くなるのを感じた。涼が笑ったところを見るのは久しぶりだった。涼が笑うと、見惚れるくらい格好良かった。普段あまり笑わない涼の笑顔を見れば、沢山の女の子がたちまち涼に惹かれてしまうのも、何だか分かる気がする。涼は成長する度に、どんどん格好良くなって、それで、私からもどんどん遠くなっていく。


「雨のせいですっかり濡れちまった。寒いし、最悪だな」

 涼はそう言って、私の背中を抱く力を強めた。何故か、涼は私から腕を放さない。

「あ、あのさ。気のせいじゃ無ければ、私の背中に涼の腕、当たってない?あと、肩にも」

「別に……気のせいじゃ、ないけど」

 涼は私から顔を逸らして、壁の方を見つめた。涼の手や腕の感触が、自分の身体を通じて伝わってくると、どうしてもその部分を意識せざるを得ない。こういう時、何て言葉を返したら良いのだろう。胸の奥が締め付けられるような、何だか窮屈な気持ちになる。でも、何だか、嫌な気持ちじゃ無くて、切ないような、恥ずかしいような、むずがゆいような、不思議な感覚。


「少なくとも昔は私達、親しかったはずなのに、急に何かが変わっちゃったね。こうやって涼が私に触れるだけで、何かドギマギしちゃってるし。昔じゃ普通にじゃれ合ってたのに」

 涼は、壁に目を向けたままで、表情をうかがい知ることは出来ない。私は穴の先の芝生を見つめた。雨の滴が跳ね返って、いくつかのくぼみに水たまりをつくっている。


「小学校三年の時、クラスメイトに言われたんだよ。いつまでも女とベタベタして女々しいやつだなって」

「……」

「それで、急に、お前とどう接したら良いか分からなくなった」

 視界の端に、涼の瞳が映った。私も芝生から涼に視線を移すと、涼の瞳の奥は揺れていた。

「本当は、変わらないままで居たかった」

 私に向ける眼差しは、いつものよそよそしくて大人びた涼ではなく、何か心につっかえたものを吐き出せずに苦しんでいるような、切羽詰まった眼差しだった。

「……悪かったと、思ってるよ」

 急に弱気になった涼に、切羽詰まった涼の瞳に、気付けば私も共鳴していた。きっと私も、同じことを思っていたんだと思う。本当は、変わらないままで居たかった、と。

「そう思うなら、ここから出られたらさ、また幼なじみに戻ってくれない?たまには一緒に帰るとか。中学では普通に仲良くしてくれるとか」

「それは、無理なんだ」

「え、何で?」

 はっきりとした否定の言葉に動揺して涼から視線を逸らすと、涼は私の身体を引き寄せ、私を抱きすくめる体勢になった。狭い穴の中、涼は壁に背をもたれさせ、私を涼の身体の内側に丸め込んだのだ。一瞬何が起こっているか分からなかった。


「俺、転校するんだ。中学になったら」

「……えっ」


 私がその言葉に思わず顔を上げると、至近距離に涼の顔があって、慌てて顔を背けた。涼が居なくなる?どういうこと?

「父さんが転勤になって、少なくとも、三年家を空けることになった。だから、中学は倉田とは別なんだ」

 何故だろう、急に胸の奥が、心臓が、身体が冷たくなっていく。なんだかんだ言ってもずっと傍に居た涼が、あと数ヶ月で居なくなってしまうなんて。せっかく、また普通に話せるようになるかもしれなかったのに。


「お父さんからもお母さんからも聞いてないよ、そんなこと」

「俺が言わないでくれって言ったんだ。俺から言うって。でも、なかなか言い出せなかった」

 弱まっていた雨が霧雨程度になった。その分、風が吹くと霧雨が穴の中に吹き込んでくる。涼は背中を穴の入り口に向けて、私に雨が当たらないようにしてくれた。

「……全部、ぜんぶ遅いよ。今更そんなこと言われたって、私」

「情けないよな、俺も。学校では女子にキャーキャー言われて、そんなのちっとも嬉しくなかった。本当は違うやつにキャーキャー言って欲しかったのに、女々しいって言われたのが悔しくて、ちゃんとそいつに言えなかった。せめて転校する前に、ちゃんと言いたくて、だから、その」

「まさか、わざと落ちてきたの?」

「お前が、崖から落ちた時、俺はお前のことを少し離れたところから見てたんだ。それで、とっさに思った。あいつを助けなきゃ、って。それと同時に、あいつと二人きりになれれば、言えそうだ、って思った。だから、思いきって飛び降りた」


 ちょうど耳元に涼の左胸が当たって、涼の心臓の音が聞こえる。鼓動が、凄く早い。

「馬鹿」

 私はそう言うので精一杯だった。私の身体は冷えていたのに、涼の言葉で、私の顔だけはものすごく熱くなっていく。まるで、頭と身体が別々の世界に存在しているように。

 涼の手が、遠慮がちに濡れた私の髪に触れた。その手つきは優しくて、温かい。何だろう、涼の手が触れると、自分でも分かるくらい、緊張して、恥ずかしくなってしまう。それで、もっと触れて欲しい、と思ってしまう。こんな気持ちになったのは、初めてだった。


 ――もしかして、これが、好き、ってこと?



「佳穂、俺、お前のことが、ずっと好きだった。ちゃんと言えなくて、ごめん」


 顔を恐る恐る上げると、薄い涙の膜が張っていて、切なげに笑っていた。私は、何故かその顔を見て、涙がこぼれた。

「やだ、なんで泣いてるんだろ」

「さあな、嬉しかったんじゃねえの」

 照れ隠しに涼が呟くと、私は涼に涙を見せないように蹲って、涼の身体の中で体育座りをした。

「本当に今更すぎて、何も言えない。好きって何?」

 下を向いて放った言葉はくぐもって聞こえた。

「他のやつが見えなくなる。あと、触れたり触れられたりしたいって思う」

「……」

 相手に触れたり、触れられたりしたい。少なくとも、さっき触れられた時、もっと触れて欲しい、と思った。

 他のやつが、見えない。私は、他の男子にはあまり興味が無くて、何となく涼を見ると涼のことを目で追いかけてた。


 つまり、私は、気がついてないだけで、涼がずっと好きだったんだ。


「お前が良ければ、だけどさ。三年間、待っててくれないか。戻ってきたら、ちゃんと付き合って欲しい」

「……他の子を好きになってるかもしれないじゃない」

「生憎、俺は私立の男子校なんだよ。男は悪いけど、そういう対象じゃない。お前こそ、どうなんだよ」

「どうって?」

「俺のこと、どう思ってる?」

 二人の間に、暫く沈黙が流れた。何て言おう。素直に、好きって、言えば良いのかな。

「……涼に気付かされた。さっき」

「何を」

 何とか顔を上げて、私は前を見た。いつの間にか雨が止み、雲の隙間から光がポツポツと射し込んでいる。涼の顔は恥ずかしくて見ることが出来ないけど、せめて、顔を上げて言いたかった。

「好きってこと、涼を。私、疎いからそういうの。分かんなかった」

 涼は、私の身体を一層強く抱き締めた。その力は痛い程強くて、一緒に遊んでいた頃の涼よりもずっと成長していることを伺わせた。

「痛いよ、涼」

「佳穂、浮気すんなよ」

「大丈夫だと思う、たぶん」

「たぶんじゃ無くて、ちゃんと守れよ」

「それじゃあ、毎月手紙書いて。お互い携帯買ってもらったら、毎日連絡してよ」

「分かった。約束する」


 その時、遠くで微かに私と涼を呼ぶ声がした。涼と私は、その声に導かれて穴から出て、辺りを見回した。まだ姿は見えないが、きっと助けが来たに違いない。

「あっ、見てあれ!」

「すげえ」

 空には、綺麗な虹が架かっていた。さっきの雨雲が嘘のように消え去り、雲一つ無い青空に綺麗な虹が広がっている。私達は自然と見つめ合い、はにかんで笑った。そして、少しだけ、手を繋いだ。身体はびしょびしょで冷たいし、傷口は痛むけど、もう、そんなことはどうでも良くなっていた。

 助けに来てくれた先生達の姿が見えるまで、私と涼は手を繋いだまま、空を見上げていた。

 私は、この景色を絶対に忘れない。たとえ二人を取り巻く環境が変わっても、この綺麗な虹の景色は、二人だけで共有し続けられる想い出だから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 思春期の少年少女の、お互いを意識し過ぎて敬遠したようになってしまう、誰もが一度は通った心理が丁寧に描かれていて、とても自然に、違和感なく感情移入できました。著者の筆力の賜物かと。 少年が多…
[一言]  いいお話ですね。
2018/02/09 08:37 退会済み
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