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 それは言葉ではなく呪文だった


 とんと額を人差し指で突かれ、よろめいた瞬間ふわりと体が浮いた――と思ったら、次の瞬間、ぽすんと腰から落ち、柔らかいものに受け止められた。


 ベッドの上だ。

 突然現れた自分の寝室を何度もまばたきして見渡し、臍をかんだ。

 魔法で強制送還させられたのだ。


「……やられたわ。もうひと押しだったのかしら……それともはずした?」

 今一つ反応がつかめない人だ。淡々としていると思ったら、あっさり動揺したり、すぐ冷静に戻ったり。今回、ただの一度だって笑わなかった。

 白のカーテンの隙間から差しこむ朝日に目を細めて、アイリーンはため息を吐く。

(脅しじみてたのがよくなかったかしら。まあヒロインはあんなこと言わないものね……でも確か瞬間移動させられるのってだいぶ好感度上がった時に起こるパターンだったはず)

 ヒロインに惹かれていくのが怖くて、わざと距離を置こうとしたりするときにクロードは瞬間移動を使って物理的に距離を置く。

 その行動から推測すると、初日から結構いい線にいったのではないだろうか。

「そういうことにしておきましょう。時間がないし、明日はもっと強引にいくべきね。アプローチも変えないと……」


「失礼します、アイリーン様。アイリーン様……お目覚めですか?」

 寝室を叩扉する侍女に、アイリーンは声を返す。

「起きているわ。何か用?」

「旦那様がアイリーン様にお話があるそうです。もういい加減、立ち直れと」

 そういえば今の自分は婚約破棄のショックで部屋に引きこもっている設定だった。


(でも昨日の今日で立ち直れとか、相変わらずあのお父様は……)


 アイリーンの時は当然だと思っていたが、なかなか過酷な気がする。前世の記憶なんて婚約破棄より衝撃的な出来事がなかったら、普通切り替えられないだろう。

 だがそれはそれだ。嘆息したアイリーンはベッドから下りて、寝室の扉を開ける。


「分かったわ。お父様に何かご迷惑をかけていないといいのだけれど」

「旦那様はいつも通りでいらっしゃいます。ですが、セドリック様との婚約破棄の件で色々支障が出たようで……その件についてかと思います」

「そう」

 そっけなくアイリーンは応じた。仕方がないことだ。

 今、セドリックから婚約破棄されたアイリーンの評判は地の底を這っている。加えて、いろいろなことに想像がついた。

「嫌なことはさっさとすませましょう。支度をするから――いえ」

 魔法がかかった服を見て、アイリーンは怪訝な顔をした侍女に首を振る。

「このままで行くわ。あとで朝食を持ってきて頂戴」


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 魔力の名残がそよ風になって足元を流れていく。

 どさりと椅子に腰を落として、クロードはまぶたを閉じ、こめかみに指を押し当てた。


「なんなんだ、彼女は」

「あれ、強制転移させちゃったんですか? まさかとんでもないところに送ったり」

「してない。ちゃんと彼女の部屋に送り届けた」


 目の前から消えた令嬢がきちんと自室のベッドに落ちたのをまぶたの裏で確認する。何やらぶつぶつ言っている光景が視えたが、聞かないことにした。千里眼は便利だが音まで聞こうとすると神経を使うし、なにより悪趣味な力だと自覚している。

 目を開いたクロードの前に、キースがお茶を淹れ直してくれた。

「ならいいですけどねえ。いやー朝っぱらからにぎやかでしたね」

「王がわざわざ送り届けずとも、俺が窓から屋敷めがけて放り投げてやったのに」

「それは死にますって」

「あれは殺しても死なない女だ」

 真顔で断言したベルゼビュートに、キースは苦笑いを浮かべている。クロードも否定できなかった。

「だが、あれはまたくるのでは? どうされる、王」

「飽きるまで放っておけばいい」

「あのお嬢さんが飽きるより、クロード様がどうにかなる方が早い気がしますがねぇ……」


「魔王様、魔王様! 伝令! 皇帝ノ使イ、クル!」


 真っ黒なカラスがテラスでばたばたと羽ばたきながら鳴く。おやおやとキースが笑った。

「今日はお客さんが多いですね」

「魔物達に門の内側に入るように伝えろ。結界を張る」

 クロードの言葉を聞いてカラスはすぐさまばたばたと飛び去っていった。それを見ながら、ベルゼビュートが進み出る。

「王。追い返すのであれば、俺が向かう」

「だめですよ。不戦条約があります。あなた方が魔王様のためとはいえ暴力を振るえば、それだけまたうるさく言われますよ、色々ね」

 キースの嘲笑交じりのたしなめに、ベルゼビュートは舌打ちした。

「本当に人間はおろかだ。王が命じない限り我らは人間を襲わない」

「そういえばクロード様、アイリーン様はどうして城に入れてあげたんです?」

「自分の足で僕に会いにきたからだ」


 だから、話くらい聞いてやろうと思った。それだけ。


(用件はくだらなかったが。ああ、でも……)


 ――あなたの強さを、尊敬します。


 再度目を閉じる。この城とその周囲にある森を囲う柵にまで、意識の範囲を広げた。

 誰もこの城にはたどり着けない。たどり着かせない。

 ここは、魔王の城なのだから。



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