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 豪奢な椅子に腰掛けお茶を飲むクロードと、それを間にはさんで言い合う従者達。


(……ほんとにここ、あのゲームの世界なのね……)


 驚きを通り越して感嘆するようになってきた。

 とはいえ、自分の生死がかかっているのにのんびり感動していられない。

「とにかく、僕にそんなつもりはないし相手にもそんな気はない。見ろ、剣を持っている。誰かに命令されたか、何かの罠か。いずれにせよ自害でもされたら厄介だ」


「それは誤解ですわ。わたくしは自分の意思で参りました」


 声を上げると、スチルが動いた。現実が動き出したかのようだ。

 三者三様の視線が、ソファに横たわっていたアイリーンに突き刺さる。キースは労りを、ベルゼビュートは分かりやすい警戒と敵意を。

 そしてクロードは完璧に感情を押し殺した眼差しを向けた。


「剣を持ってきたのは、自分の身を守るためです。敵意ではありません」

「こんなおもちゃで魔物に勝てると? 娘」

 ベルゼビュートが鼻で笑った。ソファに行儀良く座り直したアイリーンは、にこりと微笑んで応じる。その視界の片隅で、持ってきた剣がソファの隅に抜き身のまま立てかけられていることも確認した。

「わたくし、抵抗もせずに死ぬのはごめんですの」

「抵抗か。抵抗はいい。とても楽しい」

 魔物らしい感想に背筋が粟立つ。だがおくびにも出さず、背筋を伸ばし続けた。するとキースの方がたしなめにかかる。

「やめてくださいよ、人間のお嬢さんをばりばり食べるなんてさすがの私もごめんです。それでですね、ドートリシュ公爵令嬢」

「アイリーンとお呼びください、キース様」

「へえ、私めのことをご存知ですか」

「クロード様のことは、できる限り調べましたわ」


 思い出したが正解だが、そこまで言うつもりはない。

 クロードも興味がないのか、眦一つ動かさなかった。


(魔物としての姿が竜で森羅万象を司るのだけれど、人間の器では膨大な魔力を制御しきれなくて、感情が異常現象を引き起こす。設定を知ってはいたけれど、さすがに驚いたわ)


 怒りは噴火を。悲しみはやまない雨を。魔王の心の乱れは自然の法則を乱すのだ。

 そして彼の感情は魔物にも影響する。今、魔物達が人間を襲わないのは、彼に人間を襲う意思がないからだ。彼が人間への憎しみや怒りに駆られて魔王として覚醒すれば、魔物の大軍が一斉に人間達を襲いかかるだろう。

 魔王として覚醒した時、彼は竜の姿に変わり、ひとではなくなる。


 そしてラスボスとなり、アイリーンをついでで殺す。


 つまり、アイリーンは死にたくなければクロードのラスボス化を防ぐしかない。

 そこまでの結論は容易に導き出せたが、そこで問題が発生した。


(どうしてだか魔王覚醒イベントの中身を覚えてないっていう……! 他にも歯抜けみたいに記憶が抜けてるところがあるし! 魔王覚醒はエンディング直前だったとしか分からないってどういうことなの、命かかってるのに!)


 おかげで肝心要のクロードが魔王として覚醒するイベントを回避するには、何を回避すればいいのかが分からない。今日にでも思い出してくれればいいが、命をかけてそんな不確定要素にすがりついている場合ではない――だとすれば、次策を講じるしかなかった。


「それでですね、アイリーン様。あなたはどうしてここへ? セドリック皇子から婚約破棄をされたそうですが、その復讐に魔物の力を貸して欲しい、とかでしたら無駄ですよ。クロード様の方針は基本『毎日を無難にすごす』でしてね」

「まあ、気が合いそう。わたくしも無難、大好きです」

「いや、無難を好む人は普通、魔王に会いにきて、しかも求婚しませんよ?」

「クロード様がわたくしを愛してくだされば、わたくしも無難な人生が歩めますから」


 呆気にとられた眼差しが複数返ってきたが、かまってなどいられない。


 クロードが唯一魔王にならず人間に踏み止まる理由――それは、リリアへの愛だ。

 だがリリアは、クロードを攻略できない。クロードは必ず一度エンディングを見たあとでルートが解放されるいわゆる『二周目じゃないと攻略できないキャラ』だ。ゲームと違い、一周目しかない現実では攻略不可能なキャラであり、必ずラスボスになってしまう。

 だったらアイリーンがリリアの代わりにクロードを引き止める存在――すなわち、彼に愛される人物になるしかない。

 それが現状で選べるアイリーンの無難で最善の策だ。

 にっこりとアイリーンはクロードに微笑みかけた。


「というわけで、わたくしと結婚致しましょう。幸せにしますわ」

「――この人間の女、頭がおかしいのでは?」

「私もちょっぴりそう思いましたね、今……」

「ベルゼビュート、つまみ出せ」


 クロードの短い命令に、ベルゼビュートがなんの迷いもなく動く。

 それを見た瞬間、アイリーンはソファの端に立てかけてあった剣を手に取り、自分の首に突き付けた。



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