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「お金が必要だわ」
ついにできあがった廃城の会議室で、アイリーンは両腕を組んで宣言した。長机の左右に分かれて座っているいつもの面々が、それぞれ反応を示す。
まずアイザックが、頬杖をついたまま怪訝そうな顔をする。
「金って。ドートリシュ公爵の要求はこなしただろ? 話題のオベロン商会を知ってるなんてさすがドートリシュ公爵家の情報網、娘は魔王と知り合いって一目置かれ出してるじゃん」
「新しい事業やるってことですか? うちの化粧品をまとめて買った人への初回限定特典の化粧箱のデザインは終わりましたけど」
図案をみんなに回しながらドニが言う。ちらとそれを見てから、リュックが手を挙げた。
「この間のハーブビネガーを改良して農作物の害虫駆除ができる薬品なら、もうできあがってますが」
「……。ただどれも、材料が足りない。現時点で大量生産は不可能だ」
クォーツは図案に目も落とさずに、両腕を組んで目を伏せたまま言う。アイリーンは唯一、テーブルにつかず壁に背を預けている人間に目を向けた。
「ジャスパー」
「……。へいへい。いいんだな」
「かまわなくてよ。時間がないもの」
アイリーンの手に、ジャスパーが資料を渡す。
アイリーンはそれと手書きの計画案を人数分、テーブルの上へと滑らせた。
「資料は写しよ。計画案は各自、確認した後この暖炉に放り込んで処分して頂戴」
「……。えっ」
資料を見て声を上げかけたドニが、慌てて自分で口を塞ぐ。リュックは目を丸くしたあとに、口元に手を当てて資料をまくる。クォーツは難しい顔でゆっくりとアイリーンが書いた計画案を読み込んでいた。
真っ先に資料とアイリーンの計画案に目を通したアイザックが、厳しい目をアイリーンに向ける。
「マジでやんのか。不戦条約ギリギリだ、一歩間違えたらこっちが大損害だぞ」
「魔物を守ることは、オベロン商会の利益になるわ。それにこちらには切り札がある」
「切り札?」
「はーい切り札のキースでーす! 弱みを握られて味方しに参りましたー!」
やけくそのような明るい声が響き、会議室の扉が開いた。
ぎょっとするアイザック達を尻目に、キースはアイリーンの横に立つ。
「弱みを握られただなんて。わたくしは正当な対価を用意したでしょう?」
「うわあ、ぬけぬけと。これだから権力者って嫌ですよね! さぁアイリーン様の下僕達、さくさくっと情報漏洩いきますよー」
「下僕……」
「安心して下さい、今は私も下僕仲間ですから! アイリーン様に『キース様を貸してくださる?』って可愛くねだられてオッケー出したうちの魔王、覚えてろ! 自分一人じゃお茶の場所も分かんねぇくせに! ベルゼビュートさんがお茶いれるなんて無理ですからね!」
「大丈夫か、こいつ」
アイザックが親指を向けて尋ねる。アイリーンは頷いた。
「権謀術数はあなたより得意でしょう。何せクロード様を」
「はーい結界内でそういう話やめましょうね、絶対聞いてますからねあの魔王! ――ではどうやって私めを助けてくれるんです? アイリーン女王陛下」
やけっぱちだった明るさを一瞬で鎮め、キースが胸に手を当てて尋ねる。アイリーンはにこりと笑った。
「あなたを冤罪から救うだけよ」
「冤罪、ね。――まあいいでしょう。私だってね、魔王の左腕ですから」
はああ、と大袈裟な溜め息を吐いて、キースが眼鏡の縁を持ち上げた。
アイリーンはぐるりと周囲を見回す。
「やってくれるわね。わたくしはあなた達を信頼している。あなた達の力が必要なの」
全員が顔を上げて、それから溜め息を吐いた。
その動作を了解とみなして、アイリーンはテーブルに手をつく。
「策に不備があるならアイザック、あなたが修正して頂戴。ジャスパーは確実な証拠と情報収集をキース様と一緒に。新しい情報は常に共有すること。ドニ、リュック、クォーツは作業を始めて」
アイリーンの指示に、アイザックがまず燃え盛る暖炉の中に計画案を放り込んだ。次にドニとリュックが、最後に資料に目を通したクォーツが資料と一緒に計画案を燃やす。
「一週間ないわ。いつも通り、素早く仕事にとりかかって」
「アイリーン! 敵襲! 敵襲! アイツラマタ来タ!」
影からぽんと飛び出てきたアーモンドに、アイリーンは振り向く。
暖炉をそれぞれ見つめていたアイザック達も顔をしかめた。
「敵襲? こないだの誘拐がどうのこうのはカタがついただろ?」
「違ウ! クロード様、怒ッテル!」
「――リリア様達がきたのね?」
全員がぎょっとする中で、アーモンドが「正解!」と叫ぶ。
不敵に笑うアイリーンの背後にある暖炉の中で、『魔物の売買取引』という文字が燃えて消えた。




