今夜こそ(エルメイア第二皇子夫妻の場合)
Twitter掲載SS:加筆修正版
「今夜こそ覚悟を決めてもらうぞリリア!」
決死の表情で寝室に入ってきた夫の姿に、寝台でぼりぼりクッキーを食べていたリリアは、首をかしげた。
「なんのこと?」
「お、俺達は夫婦だ!」
「あーうん、そういう設定になっちゃったわよね!」
「せって……いや、事実だ!」
「でもこのゲーム全年齢だから無理!」
「わけのわからないことを言って煙に巻くのはやめてくれないか!?」
半分泣きが入っている夫の姿に、紅茶を飲んだリリアはふむと考え直してみる。
いつもなら「もういい……」とげっそりした顔で諦めるのだが、今夜のセドリックは本気らしい。まあそれはそうか、と思わないでもない。
(魔王様に突かれたか、アイリーン様に馬鹿にされたか……さすがに結婚して一ヶ月すぎれば、忙しいも恥ずかしいも疲れたも通用しなくなってくるか。あーめんどくさい)
さて、どうやって今夜も逃げようか。
寝台脇に紅茶を置いて、セドリックに向き直った。
「セドリック。実は私――」
「それは多分一昨日くらいに使った手じゃないのか?」
「真面目な話よ」
「それは半月くらい前にも言われた」
「私、続編が諦めきれないの……!」
眉間にしわをよせて、セドリックが唸る。
「それは毎日聞いてる……まったく意味がわからないが」
「セドリックが嫌いってわけじゃないのよ?」
「それは昨日も聞いた……」
「むしろ好きよ?」
「それはどうも……」
喜ぶのではなく疲れた顔で、セドリックは答える。ほんの少し前までは好きよなんて口にしたらそれだけでなんでもごまかせたのだが、だんだん手強くなってきた。そういえば魔王様の弟だったなと思いながら、リリアは笑う。
「もう少しだけ待って」
ごまかされなくなってきた男は、リリアが含む真剣な響きをちゃんと受け取ったようで、顔をあげた。
「……なぜ。……やっぱり、俺との結婚が……いや、婚約したときから君はずっと」
「好きよ」
二度目は不意打ちだったのか、寝台の脇に立っているセドリックが固まった。いや、きちんとリリアの本音を聞き分けた、と評価すべきか。
そのくせ、今夜こそと意気込んできたのだろうに、強引にことを運べない。こういうあたりが本当に王子様だ。
そう、王子様――なのに。
「だから色々考えちゃうのよね、今になって。私はあなたを皇帝にしてあげられたのに、とか。こんな塔に閉じこめられるようなそんな生活を送るはずじゃなかったのにって」
「今更、何を……俺は今でもじゅうぶん」
「知ってるわ。でもなんだか、ちゃんと呑みこめないの。ゲームが現実になっちゃったから」
膝立ちで近づいて、セドリックの頬に手を伸ばす。不思議だなと思った。
スチルでもないのに、この瞬間が特別だと感じることが。
「だから待ってて」
「……その言い方は卑怯だ……」
溜め息まじりに唸ったセドリックが顔を片手で覆った。ふふっとリリアは笑い返した。
「ありがとう、セドリック」
了解を――だがしかし不満もあるのだと示すように、セドリックがリリアの体をやや乱暴に抱き返す。
「……俺は兄上と違ってそんなに我慢強くはないぞ」
「大丈夫よ。あなたは魔王様じゃなく、王子様だもの」
そう、あなたは王子様。
ゲームと称して遊んでいる間にリリアが引きずり落としてしまった。
けれど今も間違いなく、リリアのいちばんの王子様なのだ。――だから。
「王子様はそういうことはしないはずよ!」
「そろそろ怒っていいか?」
青筋を立てたセドリックに抱きついて、リリアは声をたてて笑う。
ねえ本当にいいの。
そう聞けばいいとあなたは笑うだろう。
けれど、リリアがそれでいいのだと思うまでは、このままで。
だってこの世界は、選択肢だけで進むゲームではないのだから。
いつも読んでくださって有り難うございます!
次回は番外編で魔王様護衛ふたりの話を更新する予定です。
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