表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/344



 晴天に向けて真っ黒な鴉がばさっと音を立てて飛び立ち、黒猫が横ぎる。

 不吉な予感だけが行進する道のりだ。

 アイリーンは細身の剣を片手に持ち、カンテラの灯りだけを頼りに深夜の森の中をまっすぐ歩く。

 がさっと巨大ネズミが茂みから飛び出して、足を止めた。一つしかない大きな目玉がぎょろりとアイリーンを見る。耳は異常に大きく、牙も鋭く口からはみ出ていた。


(……魔物。初めて見たわ。第一層では滅多に見ないものね)


 カンテラの明かりを向けると、魔物ネズミは向かいの茂みに飛びこみ、姿を消した。

 剣を握り直し、再度足を進めようとして気づく。

「カラス……? どうしてみんな頭蓋骨持ってるのかしら。まさかあれも魔物?」

 しかも枯れた木の上にずらりと並んでアイリーンを見下ろしている。一斉に襲いかかられたらたぶん、いや確実にただではすまない。

 があがあと鳴く声が、どう自分を仕留めるかを話し合っているように聞こえる。

(さすがにあの数はつらいわね……でもここで引いたら死ぬわけだし)

 進んでも死ぬかもしれないが。


『カエレ』


 ひときわ大きな鴉が喋った。やはり魔物のようだ。

 それを機に、アイリーンを取り囲むように鴉の声が反響する。


『カエレ、ニンゲン』

『ココカラ先ハ、魔王様ノ城』

『魔王様、読書中』


 妙になごむ状況報告が混ざっていたが、鴉が喋るこの状況でさすがに笑う気はなかった。


『何シニキタ、娘。殺サレタイ?』

『昨日、婚約破棄サレタ娘ダ。復讐カ? クダラナイ』


 ぴくり、と目尻を吊り上げた。かあかあと鴉が嘲笑のように続ける。


『シツコイトフラレル、コレ常識』

『オ前、評判、サイアク』

『ワガママ、傲慢、皇太子ニ愛サレテルッテ勘違イ――』


「うるさいわね、焼き鳥にされたいのかしらあなた達」


 ぴたりと視線を鴉に見据えて睨む。背筋を伸ばして、優雅に微笑んだ。

「魔王の命令で集めた噂かしら? 魔王がそんな低俗な趣味をお持ちだったなんて意外だわ」

 ぎろりと一斉に鴉の目が集中した。魔物は魔王を敬愛する。魔王を侮辱するのは、魔物に喧嘩を売ることに他ならない。挑発は自殺行為だ。

(でもそんな程度の人物なら、こちらからお断りよ)

 さながら魔王に挑む勇者のつもりで、アイリーンは気高く宣言する。


「アイリーン・ローゼン・ドートリシュが、クロード・ジャンヌ・エルメイアに会いにきたのよ。ことの重大さが分からないようなら、黙ってなさい。魔物でも人間でも、噂でしか判断できない愚か者なら、わたくしは相手にせずさっさと帰るわ」


 言い捨てて、アイリーンは優雅に歩く。すると何故かわめくのをやめた鴉が、陰鬱な森の小道を進むアイリーンを追うように空からついてきた。ふと見ると、茂みの中もアイリーンを追うようにがさがさとうごめいている。

 自分から負けるなど許されない。そう教育を受けたアイリーンは、無視して前へ進む。

 やがて視界が開けた。

 星のない夜空の下に、廃城が現れる。あちこちが崩れかかっており、タペストリーはすすけて破れたまま、蔦に絡まれた支柱は折れていた。城門付近の木は枯れ果てており、小さな池はドス黒く濁り、底なし沼と化している。アイリーンを追い越した鴉たちが降り立ち、いかにもな雰囲気を醸し出していた。

 魔王の城だ。

 さすがに気を引き締め直した。

(本当は優しい性格なはず……だけれど、正ヒロイン限定とか――あり得るわよね)

 希望的観測は敵だ。覚悟して行くしかない。深呼吸して、顔を上げた。

 人骨らしきものが散らばる切り株の横を通り抜け、進む。錆びた鉄の扉を力一杯押すが、なかなか動かない。息を切らして何度が挑んだが、びくともしない。

 だからと諦めるわけにもいかず、再度手を伸ばした時、後ろから声が聞こえた。


「手伝おう」

「あら。ご親切にどうも――」


 轟音と一緒に鉄の扉が吹き飛んでいった。

 反射で浮かべた愛想笑いを引きつらせたまま、アイリーンは鉄の扉を指先一つで吹っ飛ばした相手を見る。

 闇より深い艶やかな黒の髪がさらりと湿った夜風になびき、顔立ちが露わになった。その顔は記憶にあったはずなのに、魔性の美貌に息を飲む。

 整った鼻梁や薄い唇、顔立ちの造作も体躯も、何もかもが一級の美術品のように完璧だ。だがそれ以上に印象的なのは、血濡れた紅の双眸だった。


(ス、スチルよりも生の迫力がすごいわ……!)


 でもこの顔を自分は知っている。――そのことが逆に、アイリーンに腹を括らせた。

 アイリーンには時間がない。婚約破棄は、セドリック攻略ルートのイベントフラグだ。このまま何もしなければ自分は死ぬ。

 また前世と同じように、恋も何も、青春のすべてを謳歌できないまま。


「人間が僕に何の用だ」


 魔王であり、エルメイア王国の第一皇子でもあるクロード・ジャンヌ・エルメイアが赤い双眸に一切感情を宿らせないまま、唇だけを動かす。

 怖じ気づいてはいけない。アイリーンは顎を引き、髪をかき上げていつも通り微笑む。


「いいお話よ? わたくし、あなたに求婚しにきましたの」


 反応がないと思った直後、空から雷が落ち、枯れた大木が真っ二つに割れて燃え盛った。

 まるで神の逆鱗に触れたかのようだ。


「……」

「誰が、誰に、結婚を、申しこむ?」


 笑顔を保ったままのアイリーンに、淡々と目の前の人物が丁寧に問い返す。

 その背後はめらめらと踊るように炎が燃え上がり、周囲を照らしていた。ちょっとした地獄絵図だ。

 だが意地で微笑を取り繕う。


「ですから、わたくし、あなたに求婚しに――!」


 自分の周囲に三回立て続けに雷が落ちると、意地も本能に負ける。

 返事を聞く前に、アイリーンはそのまま後ろ向きに卒倒した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆コミカライズ試し読み◆
★コミックス発売中★
― 新着の感想 ―
[一言] 漫画の試し読みで気になり来てみました! それにしても、、、 魔王が、、、"僕"、、、 魔王がぁ!"僕"ぅ、、、⁉︎ ギャップ萌えが凄い、、、✧*。ヾ(,,>﹏<,,)ノ゛✧*。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ