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いきなり動力室の床が、壁が、すべて傾きだした。
「わ、わっなんだなんだ!? すべっ――ドニ、お前手くらい止めろって!」
「何かにつかまってください! アーモンドさん、ベルさんもいったん引いて!」
エレファスに怒鳴られ、ジャスパーが動力部の分解に夢中になっているドニを慌ててつかんで支える。狭い通路で戦っていたベルゼビュートもすばやく動力室に戻ってきて、扉を閉めた。
聖具やら魔具を投げてサポートしていた小窓から、アーモンドもばたばた飛んで戻ってくる。急いでその窓をしめて、アーモンドを抱いたままエレファスは地面に伏せた。
遠くで爆音や地響きが鳴っているのは慣れてきていたが、このゆれは違う。
ぐらぐら、まるで宮殿全体がバランスを保とうとしているようだ。
(まさか、浮力部分の神具が壊れた!? あのあたりでの戦闘はさけてくれと、あれだけ……)
動力炉を本格的に爆発させてアシュメイルに墜落させるのは、ここに助けが来てから。そういう手はずになっている。それが魔力の使えないエレファス達ができる精一杯だから――そう考えて、ふと違和感に、あるいは当たり前の感覚に目を見開いた。
魔力が戻っている。
エレファスの下からばっと顔を出してアーモンドが叫んだ。
「魔王サマ!」
思いもよらぬ方向から爆音が響いた。通路でひしめき合っていた白い兵隊共をすべて粉みじんに吹き飛ばし、風穴をあけたその人物が笑う。
「よく頑張った」
「クロード、様……」
赤い瞳に黒い髪をなびかせた、主がそこにいた。
ベルゼビュートが跪き、アーモンドが羽を広げてその胸へ飛びこんでいく。
ほっと、膝をつきそうになったそのクロードの背後から突風が舞いこんでくる。そして羽ばたいていった巨大な白銀の鱗に、つきそうになった膝が止まった。
クロードがあけた穴から吹き込んでくる強風にベレー帽を押さえ、ジャスパーが叫ぶ。
「なん、なんだこれ!? 白い竜!? 今度は何したんだよ、魔王さん!」
「どうして僕が怒られるんだ。あれは僕のせいじゃない、父親だ」
「まさかルシェル様があなたのかわりになったんですか!?」
「相変わらず僕の魔道士は察しがいいな」
神の復活だ。
頭を抱えたくなった。同時に、間延びした悲鳴が飛んできて、白い尻尾の先でぺいっと振り払われたふたつの影が動力室の壁に激突する。
ウォルトとカイルだった。
「いやあれ無理でしょ! でかいし俺らがかなう相手じゃないってマジで!」
「な……泣き言を言うな、仕事だウォルト……!」
「こんなん過労死だよ!」
クロードの加護があるのでふたりとも無事だが、ウォルトの言い分には全力でエレファスも頷きたい。
その気持ちが通じたのか、クロードが飛んでいく竜を見て目を細めた。
「そうだな。ウォルトとカイル、エレファスはここにいろ」
「えっマジで言ってんですかクロード様? 一緒に死のうって言わないんですか?」
「僕をなんだと思ってる。ベル、こい。全力でいけるな」
「もちろんだ、王。あなたも父君も、我ら魔物が全力でお守りする。今度こそ、必ず」
ベルゼビュートの力強い返事に、クロードが唇をほころばせた。
「アーモンドはここで皆の連絡係だ、できるな。ゼームスは別件で手が離せない」
「イエッサー!」
「でもクロード様、魔物がいるとはいえおひとりでは」
進み出たカイルにウォルトも真顔になっている。エレファスも立ちあがった。
仕事であるからこその、死を覚悟する矜持はあるのだ。
だがクロードは首を横に振った。
「ただの役割分担だ。とにかく、今はあの馬鹿な父親を止めないと」
「そ、そういえばルシェル様はどこへ向かって」
「決まっている、エルメイアだ。皇都アルカート」
ざあっと顔を青ざめさせたのはそこに知り合いや友人が大勢いる、ジャスパーだった。
「止まるのか!?」
「止めるんだ。まず、宮殿を落とす予定だったアシュメイルにたたき落とす。それで聖王も巻きこむ」
「だからどうやってだよ! あんなでかいの、方向転換させるのも一苦労だろ!」
「できた――――――――――!!」
突然のドニの叫びに、全員が口を閉ざした。きらきらした目でドニが振り向く。
「すごいですねこれ! 魔力とか聖力とかそういうエネルギー部分はわかんないですけど、操縦部分! すごい技術で……でも魔力でしか動かせないなんて非効率なんで手動操縦できるようにしてみました!」
「で、できるようにしてみましたって、やっちゃったんですか……」
「え、だって誰でも動かせるほうが便利じゃないですか?」
きょとんとしたドニに全員が閉口する。考えこんだクロードが尋ねる。
「じゃあ、この島を動かせるのか。武器は?」
「大砲とかあるみたいですよ! でもそこは完全に魔力で動かすみたいでちょっと……」
「つまり、エレファスが動かせるんだな?」
「……はい? どうやって、俺が?」
嫌な予感を、ドニが的中させた。
「あ、エレファスさんを動力にすればいいんですね! なるほど!」
「なるほどじゃないですよ、動力!? 限界まで魔力がしぼりとられるやつじゃないですか、それ!?」
「お前なら大丈夫だ。アイザックとは連絡はとれるか?」
「は、はい! あと、少しだけだと思いますけど……!」
立ちあがって聖石を取り出したレイチェルに、クロードが頷く。
「だったらそれを使って、どうこの宮殿を動かすか指示を出してもらえ」
「く、クロード様。そんな無茶ですよ、相手がどこにいるかも見えないのに」
「アーモンドが外の様子を見れるし、実況中継できる人間だっているじゃないか。まだ海の上だが、新聞記者という職業柄、地理には詳しいんだろう?」
クロードに目を向けられたジャスパーが、自分を指さして目をぱちくりさせる。
「アイリーンの優秀な部下達だ。みんな、できるに違いない」
「そ、そうは言ってもさあ。いくらアイザック坊ちゃんでも……」
「のっとられて正気でなかったとはいえ、僕をあそこまで追い詰めたんだ。できないとは言わせない」
口端を持ち上げたクロードに反論する猛者は、少なくともここにはいなかった。




