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「……皇太子妃殿下に取り次ぎを願えるだろうか」


 体の力が戻る頃に、静かな声でアレスがそう言った。

 床に足を投げ出して座ったままそれを聞いたオーギュストは、唇を噛む。

 そう言うだろう、と思っていた。現状、それしか方法はない。サーラを助けるためには、それしか。


「――自分が王様になるために利用しただけの、奥さんだろ」

「違う。俺が王になりたかったのは」

「奥さんのためだとか言うなよ! 自分のためだろ」


 アレスが寝台の上で何か反論しようとして、口をつぐんだ。

 そうだな、という小さなつぶやきが返ってきた。


(だから……だから、なんだよ。なんの解決にもならないだろ、そんなこと)


 立てた膝頭に額をぶつけて、オーギュストは息を吐き出す。しっかりしろ、と言い聞かせた。

 私情をはさむところではない。ハウゼル女王国が攻めてくるかもしれないのだ。戦力は多いほうがいい。

 たぶん、出世する男とは、そういうことをちゃんと選べる。嫌だなんてそれだけで判断したりしない。


「話、通してくる」


 立ちあがったオーギュストにアレスがほんの少し瞠目した。

 それを無視して、決心がにぶらないうちに、部屋を出て行こうとした。


「――お前のことは、覚えている」


 取っ手に手をかけたところで、声をかけられた。ぶっきらぼうな声だった。


「満身創痍だったとはいえ、一瞬でやられたことなど、初めてだったからな」

「……そうかよ」

「サーラを助けられたら、そのあとは、お前の気が済むようにしてくれ」


 奥歯を噛みしめて、返事をせずに部屋を出た。乱暴に扉を閉めて、廊下を足音荒く歩きながら、なんだか意味もなく目ににじんできそうなものを拭う。


(悪い奴は悪いままでいてくれたほうが、楽なのに)


 自分の醜さと苦さを呑みこんで、前を向いたところで、肩がぶつかった。セレナだ。


「ちょっと、ちゃんと周り見て――どうしたのよ、あんた」

「……どうって?」

「大丈夫?」


 眉をひそめたセレナが、珍しく気遣いをこめた声をあげる。自分はどんな顔をしているのだろうかと、少しおかしくなった。


「大丈夫だよ。――ごめん、アイリーンに話があるから」


 それだけ答えて先へ行こうとすると、腕をつかまれた。

 振り向くと、セレナが据わった目でこちらをにらんでいる。眉間にしわがよっているし、腕をつかむ手には痛いほど力がこもっているし、怒っているのかと思わず身構えてしまう。


「な、何?」

「――……い……いっ……」

「い? どこか痛いとか――」


 少し身をかがめようとしたら、そのままぐいと腕をひっぱられた。かみつかれるのかと思うような勢いで近づいてきた唇が、頬に押しつけられたのは一瞬。


「いってらっしゃい!」


 捨て台詞のように怒鳴られ、そのまま置いていかれてしまった。

 呆然と頬を指でなぞりながら、オーギュストはぱちぱちとまばたいて、破顔する。我ながら単純だ。でもそれでいい。

 好きだ。可愛い。守りたい。願いを叶えたい。勝ちたい。

 許せなくても、悪い奴でも、みんなが幸せになれる未来がいい。――そう願えるなら、それがいちばんいいのだ。





 心臓がばくばくしている。

 たかが頬に挨拶のキス程度で緊張しすぎだ。そうわかっているが顔の熱は引かないし、荒々しい足音も止まらない。


(あいつがヘタレだから! あんな顔してるからよ!)


 ぞっとするほど冷たい表情に放置はまずいと直感でわかったが、かといって気の利いた言葉も何も思いつかなかった。何か手本ないかとまずアイリーンやレイチェルを思いうかべたが、即座に却下した。あのふたりは自分の男を自分の思い通りに転がす才能が致命的にない。

 そして次に出てきたのが、こともあろうかリリアとサーラだった。しかし、あのふたりならうまくこの場面をのりきる確信があった。健気に見送りながらも背中を押すと同時に無事を願う高度かつ言葉にすると長ったらしいあれこれを口づけひとつで解決して、男をだますもとい立ち直らせるのだろう。その光景と手順が難なく想像できた。

 しかし果たして目を閉じてやったところで、あの鈍いオーギュストがちゃんと空気を読むだろうか。読まないに違いない。

 だからああするしかなかった。事情はさっぱりわからないが、オーギュストは単純なのであれで勝手に立ち直ったはずだ。


「でなきゃ蹴り飛ばすわよあの馬鹿!」

「大丈夫だと思うけど、もっと可愛くしたほうがよかったと思うわ!」

「あんたも当たり前みたいにのぞき見しないで!」


 もはや突然現れるリリアに驚くこともなくなった。即座に怒鳴り返したセレナに、リリアが小さく笑う。


「さっきのは偶然、たまたまよ?」

「どうだか。――何の用? サーラならまだ目をさましてないわよ」

「協力して欲しいの! やだって言ってもまきこむからお願い!」

「それお願いじゃないでしょ……いいわよ」


 呆れつつ頷いたセレナに、リリアがきょとんとした。それが小気味よくて、鼻で笑う。


「勝つために必要なんでしょ? なら協力してあげる。報酬は私の幸せも確約すること」

「……」

「サーラは? 寝かしたままでいいの?」


 ひょっとしてこの女ならサーラを目覚めさせる方法を知っているかもしれない――そう思ったのだが、なぜかリリアは遠い目をして、深くため息を吐いた。


「そんなあっさり話が進むなんて……もっと嫌がって欲しい……」

「変態なの、あんた。ああ変態だったわね、そういえば」

「そうやってすぐ自己完結しちゃうしぃ。まあいいわ。ヒロイン同盟だもんね!」


 しなを作って可愛くポーズを取ったあと、ゆっくりリリアはセレナに向き合った。

 対等な人間にそうするように。


「サーラは大丈夫。あの子、そういえば意外と真面目キャラなのよねー。仕事が終わったら戻ってくると思うわ」

「仕事? ……まさかあの右手」

「そう、取り戻されたときについていっちゃったってわけ。あの右手にあった、魂に」


 それは――誰の。

 問い返そうとしたセレナに、リリアは意味深に笑い返す。


「ここまできたら、誰のなんて言わなくてもわかるでしょう? その魂の力を削り取って、あの女は自分の力にしてたのよ」

「……じゃあ、サーラは」

「手こずってるみたいだけど、神の娘の真骨頂は癒やすこと。魂だって修復できるわ、さすがヒロインよね。そうでなくっちゃ」


 楽しそうに笑ったリリアは、ずいっとそのままセレナの顔を下からのぞきこんだ。


「エンディングの条件はそろってる。たりないのは、勝つ方法だけ」

「……アイリーンサマでも止められなかった、あの女をたおす方法ね」

「そう。だから、私がそれを用意するのよ」


 くるりと踊るような軽さで、リリアが背を向けた。


「私はプレイヤーだもの。お気に入りのキャラの見たいと思ったエンディングを選ぶわ」

「お気に入りって……」

「大丈夫! アイリーン様が一番の推しだけど、セレナも入れてあげる! サーラもね」


 またわけのわからないことをと思ったが、ふと疑念が胸をかすめた。


(……そのエンディングの中に、あんたは入ってるの?)


 自分は違うとばかりに読めない笑みを浮かべているこの女が、いつも不気味だった。気に入らなかった。

 けれど――唇を噛みしめて、セレナは疑念を呑みこむ。


「詳細はあとで知らせるわ! じゃあまたね」

「……右手を取り返されたとき、助けにきてくれたでしょ」

「え?」

「サーラと私のこと。ありがとう」


 思い出したのか、リリアは少し間をおいてくすりと笑い返す。


「アイリーン様のついでよ」


 そう言って、リリアは軽い足取りで廊下を戻っていく。

 嘘つきめ、とセレナは目を細める。たとえアイリーンがいなくても、リリアは助けに飛んできたに違いないと、そう思う。


 だって、あのとき見たあの背中は、かつて自分が憧れた聖剣の乙女そのものだったのだ。



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