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「――『学園は正直、つらい。勉強もついていくだけでやっと。でも選ばれたんだから頑張って女王になるんだ。女王様も、目をかけてくれてるみたいだもの。それにここにいたらまたあの人に会えるかも』……まさかこのまま全部読むのか?」
「そうよセドリック、頑張って! 早く早く、次!」
楽しくてたまらず、リリアは寝台に上半身を起こしたセドリックの横にひっついてせかす。
喋りっぱなしのセドリックの喉を気遣ってか、マークスが水差しを差し出した。古城の中庭から戻ってきたら、いたのだ。レスターが手回しし、アイリーンが許可を出して、北の塔の警備員からセドリックの近衛騎士に昇格したらしい。
セドリックがけが人であることを考慮して、この日記の読み上げに立ち会える人物は制限された。
いるのはリリアとマークス、セレナ、ゼームスとオーギュストだ。ゼームスはセドリックが読み上げる口述を筆記する係もかねている。部屋に誰も入ってこないよう、外の見張りにウォルトとカイルがついていた。
押しかけた面々にセドリックは面食らっていたが、アイリーン側にも情報を共有することに抵抗しなかった。
なんだかんだ、セドリックは異母兄を慕っているのだ。だから、助けて欲しいのだろう。
そして助けられるのは、アイリーンだと思っている。リリアではなく。
「? リリア?」
「いいから早く読んで、続き」
ぎゅっと腕にしがみついてせかすと、セドリックは嘆息してページをめくった。
「……日が飛び飛びで、短いのが多いな。忙しかったんだろう、女王試験のメモみたいになっているところもあるが」
「読んで読んで。『あの人』の名前は出てる?」
「いや……女王試験が始まる、ようだ。この日付の次の日から」
「あっじゃあそこよ! 第一試験は迷宮探索でしょ、そこで名前を名乗るはずだから!」
セドリックを含む全員がなぜ知っているという目を向けたが、誰も何も言わなかった。
セドリックも静かに肯定する。
「迷宮探索……だな、確かに。迷宮の奥にある物を持って帰ってくる試験だそうだ。だが、途中で魔物が出たと書いてある。そのときに助けてもらって、名前がわかったようだ。名前はええと、ルシフェ――違うな――ルシェルというようだが……これは」
「やっぱり!」
手を叩いて喜んでもやっぱりもう、誰も何も言わなかった。
セレナの教育が行き届いたらしい。快適だ。
「それで、迷宮探索の試験の一位はグレイス・ダルク?」
「いや、アメリア・ダルクのようだ」
「えっすごい。グレイス・ダルクを抜くなんて」
できなくはないが、だいぶ効率よくやらないと第一試験でグレイスを抜くのは難しい。
素直に感心すると、セドリックの関心はグレイスにうつったようだった。
「グレイス・ダルクは……合格すれすれというか、別枠みたいだな」
「まさか不正がばれたの!?」
体の弱いグレイスは、女王試験を不正で突破していく。それが断罪イベントにつながり、女王試験から排除される直接の原因になるのだ。
「いや。迷宮で出た魔物と戦い、迷宮攻略中の候補生をすべて外に出すために、迷宮ごと破壊して戻ってきた……と」
さすがに、それは想像できなかった。
「聖なる力の強さだけは証明されたので、合格にはなっているようだが。結局グレイスに助けられた候補生のほとんどが試験を辞退して、合格者数は規定数におさまったらしい。『試験を突破したわけじゃないんだから、不合格にしないのはおかしい』と書かれているから、規定外の扱いなんだろう」
「……。第二試験は? チームを組んで、協力して魔物を水晶に捕縛するやつ」
「ちょっと待ってくれ……あった。アメリアがまた一位を取っているな。歴代最高得点だそうだ。だが……これは……」
「……。グレイスね?」
神妙な顔でセドリックが頷いた。
「水晶に捕獲して何になると、試験用に用意された魔物を片っ端から気絶させ、魔界に直接叩き返したらしい。目撃者が多数いるので不合格にはならなかったようだが……」
「……。その人、アイリーン様以上におかしくない?」
リリアの感想に誰も異を唱えなかった。
「確かにグレイスは聖なる力は強いって設定だったけど……アメリアは、なんて?」
「……ひいきだ、と書いてある。女王の娘だから、ひいきされているに違いないと」
「まあ……そう思われてもしかたないよね。私も疑うわ」
セレナがアメリアの心情を肯定する。
「どういうつもりかさぐりをいれたら『女王になる気はない』と返されたとあるな。『君がなるといい』と言われたようだ。馬鹿にされているとだいぶ腹を立てている」
「真剣に女王をめざしてる側の人間からしたら、怒るのはしかたないな」
マークスが渋い顔で理解を示した。セドリックは日記に視線を向けたまま続けた。
「他の女王候補生達からも不満はあがっていたようだが……外部からグレイスを女王に推す声は大きかったようだ。自分は女王を守る騎士向きだと、騎士服を着てよく町を巡回していたらしい。よくも悪くも目立つ人物だったようだな」
「あーそれ、庶民に人気があって、落とそうにも落とせないやつね」
セレナのまとめに、セドリックは頷く。
「の、ようだ。……そのこともまあ、勘に障るんだろうな。このあたりからずいぶん罵詈雑言が……『早くいなくなればいい』とか……日記だし、思うだけならいいが。それで……次は第三試験か。その前に、出生を知ったらしい。グレイスと自分が双子の姉妹で、双子が不吉だと信じる臣下に命を狙われ、しかたなく父親と自分がミルチェッタに逃げることになったと」
そこはゲームと時間軸も合っている。
だが、この状況でアメリアがゲームと同じ心境になるはずがない。
セドリックがページをめくって、瞠目して、口を閉ざした。それを見逃さず、追及する。
「アメリアはそれを知って、なんて?」
「……そのまま読むぞ。『つまり私とあのグレイスは、反対の立場でもおかしくなかったってこと? ううん、グレイスさえいなければ、私がずっと女王の娘だってちやほやされて、尊敬されて、人気者になれた? 勉強だってこんなについていけずに、恥をかかずにすんだ?』」
アメリアは父親と幼少時をすごしている。父親はハウゼル女王国との関係を絶つため支援を受けず、裕福ではなかった。だが、かわいがられて育ったはずだ。父方の親族にミルチェッタ公国というエルメイア皇国の兄弟国を作ったことが、それを物語っている。
けれど。
「お母様――ここからはハウゼル女王のことだな。『お母様の予知では、私は女王かそれ以上の、世界を救う聖女になれる素晴らしい素質があるんだって。でもそれ、余計におかしいじゃない。ならどうして私を残してくれなかったの? グレイスが体が弱くて外に出せなかったなんて言い訳よ! 女王にふさわしい私がここに残るべきだったはずなのに!』」
ほんのちょっとした違いで、もっといいと思うものを、手に入れられたとしたら。
「『だから、女王にふさわしいのはグレイスだっておかしなこと言う奴が出てくるんじゃないの! なんでよりによってグレイスに、女王は君だなんて言われなきゃいけないの!』」
笑って姉のグレイスは女王の座を譲ると言う。自分はそれを守る騎士であればいい。
冗談じゃない、負かして手に入れた地位ならともかく、まるで譲られたようだ。このまま比べ続けられる人生なんて、吐き気がする。
こんな運命は正しくない。だから。
「――『いなくなればいい。グレイスは私を可愛い妹ができたって喜んでるし、何より間抜けだもの。きっとうまくいく。他の女王候補生からも反感を買ってるし、簡単よ。最終試験前に逃げ出したってことにすればいい』」
魔界に堕とそう。もう二度と、戻ってこないように。
それはゲームどおりであり、ゲームとは違う展開だ。
「じゃあ――アメリア・ダルクは姉を魔界に堕としたのか!? 確かグレイスが魔王と通じてあやつられ、聖剣の乙女に斃されたと言われているが、これでは……」
歴史を知っているマークスが口を覆う。ゼームスが筆記する手を止めて、嘆息した。
「女王試験から脱落させるためには有効な手段だ。魔界から無事戻ってきたとしても、何か影響を受けているのではと疑われる。何より、試験自体が終わっている可能性が高い」
「なんか、悲しいよな。せっかく、姉妹だってわかったのにさぁ……」
「あんた馬鹿ね、姉妹だから許せないのよ。私だって叔父一家、絶対に許さないわよ」
「……ごめん。俺は家族いないから、もったいないと思っちゃうんだ」
ぽつりとこぼしたオーギュストに、セレナがはっと顔をあげ、すぐに気まずそうな表情で目をそむけた。それを見ていたリリアと、ばっちり目があう。にらまれた。
「なによ、言いたいことあるなら言えば」
「え、やだ。くだらないもん。……でも、そう。そういう流れなのね」
最終試験の前に女王試験の不正を暴かれたグレイスは、双子の妹を蹴落とすため魔王と通じようとして、魔界に落ち、魔王のいい操り人形にされてしまう。それを憐れんだアメリアに聖剣で斃されるのが、ゲームの展開だ。
「外側だけならゲームどおりなんだけど……それで、どうなったの?」
「あ、ああ。……グレイスがいなくなってからは、ずいぶん落ち着いている。最終試験の内容が言ってしまえば期間無制限だから、そこは不安がっているみたいだが」
「最終試験はあれよね、『魔を司る神に愛を教えよ』。ルシェルとの進展は? 最終試験前にケーキ食べに行ったりしてない?」
「……行っている。勉強を頑張れと、応援に花をもらったとある。以前は冷たい感じがあったが、今は優しいと喜んでいるな。最終試験が公表されて少ししてからは回数が増えて……半月に一度はなんだかんだ会っているな。半年ほどその状態が続いている」
では、ちゃんとヒーローを攻略していたことになる。
「ちなみに『時の竜』って出てきた?」
「ん? ああこれか。何か悪さをする竜がいるらしいという話をルシェルとして、ルシェルが焦ったとあるが……それ以上は特にないな。むしろ、ルシェルが魔物と通じているかもと言われていることを知って、不安がっている。グレイスが消えたこともあって、この頃魔界に対する警戒が強まっていたようだ。魔物の出現回数が増えたとかで、女王候補生達も魔物を水晶でとらえ、魔界に帰すための作業に追われて――」
「じゃあもうそろそろ魔王様の宣戦布告じゃないかしら」
読めないが一緒に日記をのぞきこんでいると、ぴたりとセドリックがページをめくる手を止めた。
「どうしたの?」
「……グレイスが、戻ってきた、そうだ。聖剣を持って、魔王と結婚したと」
ああやっぱり、アイリーンと一緒に4の世界にいきたかった。
心底、そう思った。




