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 ハウゼル女王国の女王試験とは、その名前のとおり、ハウゼル女王国の女王を決めるための試験だ。

 ハウゼル女王国は世襲制ではなく、実力主義だ。女王が子どもを産んだとしても王子王女といった扱いはされず、女王が課す試験に突破できた女性が女王となる。

 女王試験の内容はそのときによって様々だ。過去を遡れば、他国が舞台になったことも何度かある。エルメイア皇国が試験会場にされること自体は、あり得ない話ではない。女王試験の内容は不正をふせぐため、発表当日まで内容が伏せられているので通知があとになるのも理にかなっている。

 だからといって、他国の次期皇帝に押しかけ花嫁とはいかがなものか。

 そうは言いたくても言えないのが政治である。


「皇太子妃殿下のおなりでございます」


 アイリーンが玉座の間に入室するなり、ざっと二十人ほどのご一行が逆三角形の形で並び、一斉に顔をふせた。全員、深く頭をさげたまま動かない礼はつま先まで完璧だ。

 銀と宝石でできた王冠と首飾り、職人が年単位で編むというレースや真珠をふんだんに使った純白のドレスを着こんだアイリーンは、孔雀の羽で作ったという絢爛な扇を片手にゆったりと腰かける。

 レイチェルを筆頭に、女官たちが「皇太子殿下に押しかけ花嫁!? アイリーン様がいながらなんて不敬な」「なめられてはいけません!」と、息巻いて用意したものだ。クロードの溺愛がひどくて失念していたが、女官というものは主人の立場を危うくする女性の存在をおしなべて敵視する。それが皇城での自分たちの扱いや立場に直結するからだ。

 今も壁際にずらりと並んで、射殺さんばかりに花嫁ご一行をにらんでいる。中にはアイリーンが何か馬鹿な真似をしはしないかと疑い、こちらににらみをきかせている者までいる。

 もちろんアイリーンもクロードの押しかけ花嫁を撃墜する気満々ではあったが、レイチェルたちの気迫にはやや気が引ける。


(だって全員年下の女の子で、まだ学生でしょう)


 だが、手加減はできない。


 五層から皇城までの大通りを金ぴかの豪華な馬車や荷台で埋めつくし、花をまき小麦や菓子を配りながらやってきたご一行だ。まるで他国の姫君が輿入れするかのごとく大仰な花嫁行列を見せつけるようにしてやってきたのは、自分たちが受け入れられるという自信あってのことだろう。

 実際、どんな形であれ、そうせざるを得ない。

 ハウゼル女王国の試験内容は全世界に公表される。それはもちろん、政治的な意味を含んでおり、ハウゼル女王国との関係をどうするかという外交問題になる。

 それに女王候補たちは学生ではあるが、高度な教育を受けている。女王の世代交代が行われない場合は女王の補佐として官僚や巫女になるが、いつ女王試験が行われるのかは女王にしかわからないため、どの女学生もまずひととおりの女王教育を受けるのだ。

 ましてや、最終試験というのであれば、ここにいるのは女王の座をつかもうとしている少女たちである。

 何より、全員がそろって着用している顔を隠すヴェールと、白を基調としたシンプルなシルエットの巫女服には見覚えがあった。

 『聖と魔と乙女のレガリア4』のスチルだ。

 とどめに運命の相手がなどとほのめかされては、方針はひとつ。

 叩き潰すのみである。


「――ようこそおいでくださいました、ハウゼル女王国の皆様方。楽になさい」


 余裕をもって、あくまで上品に。

 皇太子妃の許しに、一番先頭の少女が顔をあげる。おそらく一番女王に近い候補生なのだろう。


「ありがとうございます。アイリーン、皇太子妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく、このようにお目通りかないましたこと、恐悦しごふっ!」


 噛んだ。

 ヴェールの中で候補生が口を押さえて震えている。ひとことひとこと頑張っていたのは伝わっていたので、思わず本音が出た。


「――惜しい。もう少しでしたわね」

「も、もうひわけございまへ……緊張、してしまい」

「かまいませんわ。それで――皇太子殿下も不在のときに、どういうおつもりなのでしょうか?」


 試験内容のことなどそらとぼけて、アイリーンは説明をうながす。

 先頭で姿勢を正した少女が眉をひそめた。


「こ、皇太子殿下がご不在ですか……」

「ええ。この間のアシュメイル王国の件で、調整が終わっておらず」


 ハウゼル女王国の出方がわからないため、クロードはアシュメイル王国に外遊していることにした。

 実際は皇城にいて、この様子を見ているだろう。訪問先のアシュメイル王国――バアルとのつじつま合わせは今している最中という綱渡りの策だが、この花嫁一行が狙っているのはクロードだ。ライオンの前に、奪われてはいけない餌を素直に出す馬鹿はいない。

 クロードは不在扱いにして自分がひとりで対応するというアイリーンに、クロードは難色を示した。だが、宰相のルドルフは親指を立てて「負けたら家に入れないからね!」と送り出してくれた。ルシェルのときと同じで、父親の激励は正しい。

 舅に、あるいは第二妃だか側室だか愛妾だかを目指す少女たちに負けることは、アイリーンが皇妃になる可能性が潰えることだ。ドートリシュ公爵家に戻れるわけなどない。

 クロードは心配していたが、これは女の戦いなのである――だが、その先兵である先頭の少女は、そのままふらりとうしろによろめく。


「ちょ、あなた」

「だ、大丈夫、です……わ、私……少し体が弱くて……」


 それで女王を目指して大丈夫なのか、他国のことながら不安になる。


(それに体が弱い設定の女王候補生って……まさか、ね)


 嫌な予感を振り払っている間に、先頭の少女がうしろのふたりに相談していた。


「どうしましょうか……? クロード様がおられないと試験ができないのでは」

「帰ってこられるまで待てばいいだけでしょう。女王候補がうろたえるものではありません」

「そうですわ。女王試験はもう始まっているのですよ」

「何分、今は建国祭前でこちらも慌ただしい時期ですの。事前にご連絡いただければ、予定も調整できたのですが」


 いきなりの訪問だったからだと、あくまでこちらに非はないことを念押ししておく。

 そうするとうしろのふたりがそれぞれ、答えを返してきた。


「大変申し訳御座いません。礼を失した訪問であることは、重々承知しております」

「ご不快だとは思いますが、私達の滞在をお許し願いたく思います」


 滞在費はもちろん、女王試験の慣例にしたがい、ハウゼル女王国がすべて負担致します――と流れるように説明が続いた。


「ハウゼル女王国の女王試験です。皇太子妃殿下におかれましては、その意味をおわかりいただけるかと思います」


 しかも落ち着いた声で、脅しをかけてくる。どうもうしろのふたりの方がしっかりしているようだ。

 学生相手に緩みかけていた気が引き締まった。



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