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「と、いうわけでこの城を修繕しましょう。わたくしのポケットマネーで」


 結界に阻まれず廃城にたどり着いたアイリーンは、にこやかに交渉を開始した。

 廃城内で唯一部屋として機能している応接間はさわやかな日差しが降り注いでおり、心なしかいつもより明るい。森の小道も季節外れの小さな花がいくつも咲いていたので、クロードの機嫌がいいのかもしれなかった。目視する限りは、相変わらずの無表情だったが。

 そんな中真っ先に反応したのは、想定通り、今日も寒そうな格好のベルゼビュートだ。


「人間共を城に入れろというのか! 不敬にもほどがある、娘!」

「こんなぼろぼろの城に王を住まわせている方が不敬でしてよ」

「ぼろぼろだと? かっこいいだろう! あの退廃的な空気のよさが分からないとは、これだから人間は」


 あ、こいつ厨二病だ。


 誇らしげなベルゼビュートの説得を一瞬で諦めたアイリーンは、まともに話のできるキースの方に話を差し向ける。

「どうでしょうキース様? いい話ではなくって?」

「確かにすきま風ひどいし、城の修繕は有り難いですけどねえ……ただアイリーン嬢のポケットマネーからの支払いというのがどうにも。利率いくらです?」

「無利子で。担保はクロード様でいいですわ」

「うっわあ非人道的ですね。のった!」

「誰が担保だ」


 一人掛けの椅子に座っているクロードが、頬杖をついたまま呆れている。風が吹いたり花がしおれたりしないあたり、アイリーンに慣れてきたらしい。

 ベルゼビュートが一人、首を傾げた。


「担保とはなんだ……?」

「妻にとっての夫のことです」

「いや、それはいくらなんでもあんまりじゃないですかね、アイリーン様……」

「クロード様。人助けだと思って城の修繕を許可してくださいませ。クロード様にも悪い話ではないでしょう?」

 最後に話を向けてみると、クロードは無表情で足を組み替えた。

「……人間に魔王の城を修繕させるなんて無理だ。君に貸しは作る気はないし、そもそも魔物に必要ない――と指摘しても、君は答えを用意してるんだろう」


 まさしく答えを用意していたアイリーンは、先回りの指摘に戸惑う。


「確かに、用意はしておりますけれども……」

「だからこう聞きたい。どうして公爵令嬢の君がそんな事業を自分でやる必要がある?」

「それは――人助けですわ」


 クロードが半眼になった。居心地の悪さを感じながら、アイリーンはさらに説明をする。


「それに、セドリック様を見返すいい機会ですし」

「セドリックのために人生を一秒も無駄にしたくないと豪語していた気がしたが」


 記憶力のいい男だ。アイリーンは別方向から攻めてみた。


「いい人材なんですもの。捨て置くのはわたくしの信条に反します」

「答えないならもういい、時間の無駄だ。結界で人間の出入りは監視するが、目立たないように出入りしてくれ。うるさい貴族連中に目をつけられたくない」

「そ、それはもちろん気をつけます。……って、いいのですか? 修繕しても」

「ああ。君のやり方はともかく、もたらそうとする結果は信頼している」

 掛け値なしの評価に、言いくるめる気満々だったアイリーンは出鼻を挫かれて口を噤む。

「キース。お前の給金の件だが、僕への補助金も出てないだろう。うまくやって資金を作ってこい。それを支払いに充てる」

「お、久し振りのお仕事ですね。はりきって参りますよ」

 慣れた様子で指示を出すクロードに、アイリーンは慌てた。

「あの! ジャスパーという記者がいまして、その方に探るように……」

「もう手を回したのか。なるほど、僕を担保にする気なんて最初からなかったわけだ」

 さらっと見破られてアイリーンは唸る。


 そう、まずはアイリーンが資金を出す。そしてジャスパーに情報と証拠をつかませて、横領の犯人を脅すか暴く。その流れでクロード達に金を回す。そうしたら、アイリーンが負担した分は取り返せることになる。

 頭の中にあった資料だけでクロード達に回っていない金の総額を見込んだだけの大雑把な計算だったが、今回の修繕費を払ってなおクロード達の手元に金が残るはずだ。だが借金という形がなければ、金を取り戻したとしても、クロードは受け取らない気がしたのだ。


「君は本当に素直じゃない」


 アイリーンの思惑をその一言で片付けてしまったクロードは、斜め後ろのキースに目をやる。

「キース。ジャスパーという男は信頼できそうか?」

「バリエ新聞社の社長ですね。ガッツのあるいい記事書きますよねぇ、彼。アイリーン様は目の付け所が大変よろしいかと」

「……随分色々ご存知ですのね」

「魔王様の左腕ですので。ではお久し振りに私め、出勤致しますかねぇ」

 ふふふと笑うキースがただ者ではない気がして、アイリーンは渋面になる。ゲームでも油断のならない有能従者だと描かれてはいたが、現実で見るとただ不気味だ。

 もちろん、有能でもなんでもない平凡な人間が、魔王の従者として人間社会で生き残れるはずがない。

 それは分かっているが、なんだか悔しい。


「――君は貸しを作られるのが苦手だろう」


 陰がかかったと思ったらクロードの顔が鼻先にあった。驚いて息を飲んだアイリーンは、上ずった声で反論する。


「ク、クロード様が動くのは、わたくしへの嫌がらせ、ですかっ!?」

「いや? ただ、君が泣くのを期待してる」


 魔性のささやきに歯を食いしばり、距離を取る。

 無駄に跳ね上がる胸の鼓動を押さえ、つとめて冷静に唇を動かした。


「では、もう一つお願いします、クロード様。この森を含むクロード様所有の土地を貸してくださいません? 賃料はもちろん払います。小さな農園を作りたいのです」

「それはここへ人間の出入りを、長期にさせたいということか?」

「……そうですわね。ものになりそうなら、そういうことになります」

「やってみればいい。だが、魔物とトラブルを起こすようなら、城の修繕と一緒に途中で出ていってもらう」


 逆に言えば、魔物とうまくやっていけるなら話を聞いてもらう余地はある。何より魔王であるクロードがもっとも憂慮すべきことを、無下にしてはいけない。


「分かりました。城の修繕で様子を見ながら……ということでよろしい?」

「そうだな。あとは君がいかに素直に頼めるかだ」

「……。どうして、素直に、なんて言葉がつきますの。きちんと正当な対価は支払いますわ」

「そこに興味はあまりない。ただ君は、素直に頼むのは苦手だろう?」

 むかっ腹が立ったアイリーンはすっくと立ち上がり、

 甘いんだか辛いんだか分からない言葉を平気で吐くクロードを睨め付けた。

「ではわたくしは早速作業に入りますわね。ベルゼビュート様!」

「な、なんだ」

「城を案内してくださいな。どう城を修繕・改修していくか考えます」


「アイリーン」


「なんですか」

 名前を呼ばれて振り返ると、クロードの人差し指が淡く光っていた。

 だが、光る指先をアイリーンに向けふっと横切らせただけで、光は消えてしまう。

 訝しんで左右に目だけを動かして、違和感を覚えた。足下の自分の影だ。穴がある。


「え……え、ええぇっ!?」


 影が膨らみ、ぱっくりと割れた穴から鋭い爪が、太い前脚が、明らかに影よりも大きい胴体が、穴から這い上がってきた。


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