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「ねえ、ひょっとしてセドリック様はわたくしが選んだ人達を全て切った?」


 アイリーンの笑みを見て後ずさりつつ、ジャスパーが頷く。

「あ、ああ。アイリーン・ローレン・ドートリシュが選んだ人間なんて信用できない、しかも第五層の人間なんてってな。……皇太子様がそんなこと言っちまっていいのかねえ」

「……。取り繕うのをやめることにしたそうよ」


 内心では馬鹿にしながら、どうでもいいからと表向き合わせていたのだろう。

 本音はそちらだったわけだ。

 世の中は取り繕う方がいいこともあるのに。


「ま、俺はただの悋気じゃねぇかと思うけど」

「どういうこと?」

「ほら、お嬢様が選んだ幹部連中、何故か若くて顔のいい男が多いだろ。それをリリア様に近づけたくなかったんじゃないかって俺は思ってる。べた惚れだなーありゃ」


 そんな理由であの人材を手放すのか。呆れてアイリーンは目を丸くする。

 だが今回ばかりは有り難い。アイリーンが欲しい人材が、そのまま残っているのだから。


「でも、あなたに頼む手間が省けたわ。人材だけをどうしようかと思っていたから」

「んん? なんかまたやらかすのか」

「お父様に言われているのよ。とられた事業の損失を補填しろって」

 ジャスパーが目を丸くしたあと、口笛を吹いた。

「さっすがドートリシュ宰相。娘にも容赦ねぇなー娘だからこそか?」

「クビにされた全員に、よかったら仕事を紹介すると伝えておいて。城の修繕を頼みたいわ。あとは馬車を作って欲しいわ。急ぎの仕事だから報酬ははずむわよ」

「ほんとか? そりゃあいつらも喜ぶぜ、助かった。もうアイリーン嬢しか頼る人いねえって泣きつかれてたからよ」

「でも過酷な仕事よ。どんな仕事でもやる気のある者だけ集まるように言って」

「大丈夫じゃないか? あいつら、お嬢様に見込まれただけあって腕は確かだしな。第五層出身って偏見と癖が強くてとにかく大人しく従わねぇから、干されちまうだけで」

「なら結構よ。あとは薬の方だけど……これも一つ心当たりがあるわ。集まる場所や日時はいつも通り、あなたを仲介してお願いしていいかしら」

「おお、了解だ」


「それと、あなたにもう一つ頼みたいことがあるんだけれど。正義の味方さん」


 呼びかけると、ジャスパーはたちまち嬉しそうな顔をした。


「何だ? 特ダネか」

「キースという高官を知っていて? 魔王の従者で有名なはずだけれど」

「ああ、そりゃあ……ってお嬢様。なんでまたいきなり魔王なんだよ?」

「彼の給金が支払われていないわ。恐らくだけど、魔王に関する予算を誰かが横領してると思うの」

 目を丸くした後で、ジャスパーは声をひそめた。

「本当か? 魔王つっても皇子だし、生活苦で魔物をけしかけられないよう、結構な予算が固定費で組まれてるんだろ」

「と、わたくしも思っていたのだけれどね」

 うらぶれた廃城が瞼の裏に浮かぶ。あれがとても、予算が割かれた結果と思えない。

「ひとまず調べてみて頂戴。大物が引っかかるかもしれないわ。何せ、魔王の予算だもの」


 普通、そんなもの横領しようとしない。

 するとすれば、クロードが訴え出ないことをあらかじめ見越せるような、そういう人物だ。必ず何か裏がある。


 神妙な顔でジャスパーは頷いた。

「分かった、調べておく。連絡はいつも通り?」

「そうね、新聞社に投稿するわ。呼び出しは広告で返して頂戴」

「了解だ。しかしそうか、魔王かァ。いいねぇ、皇位継承権を剥奪された禁忌の皇子!」

「正義の味方なら、魔王は敵でしょう。複雑ではないの?」

 真意を探るべく水を向けると、ぶんぶんとジャスパーは手を横に振った。

「ンなことねぇよ。散々子供の頃から命狙われまくったのに魔物をけしかけず廃城に引きこもってくれるなんて、できた皇子様だろ。魔物対策なんてほとんどしてもらえねぇ四層と五層の連中は、騎士団より魔王様々だしな。魔物が悪さしなくなったのは魔王のおかげって」

「……あら、そうなの?」

「下々の連中には人気だぜあの魔王様。魔物が『脆弱な人間共、魔物の力を思い知れ』とか『王にひれ伏せ!』とか言いながら現れるんだけどさ。豪雨でふさがった道をあける作業も倒壊した建物の片付けも、騎士団より先にきてやってってくれるって」

 ベルゼビュートだ。もう少し言い回しが何とかならないのかとこめかみに人差し指を当ててしまう。

(……でも、クロード様……そう。お人好し……というより、これはもう)


 器、ではないだろうか。為政者の器。


 鳥肌が立った。

 皇妃という名前の臣下になるはずだった教育の名残だ。どうしても考えてしまうことを、アイリーンは頭から振り払った。今の自分にそんな余裕はない。

「だったら下々に寄り添う魔王様の財産で私腹を肥やす貴族連中の横領は、なかなかウケがよさそうね」

「ああ。ただ魔王様が表舞台に出てきてくれねぇからなー。一目見たら忘れない美形だって話だし、写真でも撮れたら女性受けもよさそうなんだが」

「それは最重要懸案事項に入れておくわ。じゃあ、あとはお願いね」

「おう。そう言えばお嬢様は、どうするんだ?」

「行くところがあるの」

「その行き先も気になるが、知りたいのは今後だよ。セドリック皇子は諦めんのか? 俺はお嬢様が皇妃になるの、楽しみにしてたんだけどなあ」

 嫌味のない言い方だったので、腹は立たなかった。実際、この男は皇妃になったらこいつに気をつけろ等々、色んな情報をくれたのだ。それが役立つ日は、もうこない――けれど。


(生き延びたら、そういう日もまたくるかもしれない)


 そのために目下やることは決まっている。


「他にやることがあるのよ。セドリック様よりいい男を見つけてしまって」

「――はっ? いやいや、婚約破棄されたのって三日前だよな!?」

「愛に時間は関係ないのよ?」


 含み笑いを浮かべたアイリーンは、優雅な足取りで先へ進む。

 女ってこえぇ、というジャスパーの声は聞かなかったことにした。


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