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「どうしてくれるのだ、お前らは!」


 バアルの怒鳴り声に、アイリーンと一緒に床に腰を落としたクロードは首をかしげた。


「どうもこうも、壊れた物は直らないだろう、普通」

「国宝を壊しておいて言う言葉がそれか……!?」

「形あるものはいつか壊れますわ」

「お前はエルメイア皇国の国宝を壊されてもそう言えるのだな?」


 低く凄まれてさすがに少し気まずくなった。クロードが面倒そうに嘆息する。


「君がおとなしくしないから」

「……わたくしのせいだとおっしゃるの」

「そうは言っていない。だが先に手を出してきたのは君だ」

「まあ……クロード様、反省してませんわね」

「僕のどこに反省するところがある?」


 床に置いた剣を持ち上げる。クロードも無言で柄に手をかけた。

 砕け散った硝子やら陶器やら国宝で踏み場もない床を踏みつけ、バアルがその間に入る。


「いい加減にしろ、こりもせず!」

「――できました」


 脚が折れて斜めになったテーブルの上で何か書いていたロクサネがそう言って立ち上がり、並んで床に座っているアイリーンとクロードの前に紙を差し出した。

 全員でそれをのぞきこむ。ゼロがたくさん並んだそれは請求書だ。


「弁償代です。お支払い願います」

「こんなに!?」

「国宝ですので」

「こんな……クロード様のせいで!」

「君のせいだ」

「無理だとおっしゃるならば、エルメイア皇太子妃へお支払いする迷惑料と相殺致しましょう」


 クロードとにらみ合っていたアイリーンは、ロクサネの言葉にまたたく。

 バアルも同じ顔をしていた。


「……気づいていたのか、ロクサネ」

「気づいたのは最近です。ただ、魔王――エルメイア皇太子殿下がきたということはそういうことではないかと」


 淡々とロクサネはそう言って、請求書を手に取り、破り捨てた。


「これでそちらにも、我が国にも手落ちはありません。そういうことでよろしいですね」

「――ええ。けっこうですわ」


 感心してアイリーンは頷き返す。待て、と止めたのはバアルだ。


「余は承諾しておらぬ。勝手に決めるな」

「僕も納得できない。妻を勝手に誘拐したあげく妃にしておいて」

「ではそちらはそちらでお話し合いください」


 一言で夫達をあしらい、ロクサネはアイリーンに向き直った。


「まず、誤解のないよう申し上げます。わたくしがクロード様を招き入れたのは、こちらの魔方陣の書き方を教えてもらうためです」


 そう言ってロクサネがさきほど書いていた紙と本を差し出した。本にはいかにも不吉そうな図案が描かれている。ただし、それを真似たのだろう紙の方は、がたがたした線で子どもの落書きのようになっていた。

 バアルとアイリーンに目を向けられたロクサネがさっと頬を赤くし、咳払いをする。


「……わ、わたくし、絵心はありませんので」

「見ていられなかったんだ。書き写しているはずなのに違うものになるから」


 さりげなくクロードがひどいことを言った。アイリーンは肩を落とす。


「理由と状況は大体わかりましたわ……でも何故、魔法陣を?」

「せっかくですから、魔王に魔竜を持って帰っていただこうかと」

「そんなお土産みたいに!?」


 愕然としつつも、それはありだとアイリーンは唸った。


(そうだわこの魔法陣、ゲームでロクサネが魔竜召喚に使っていたスチルの……!)


 ゲームのロクサネは絵心があったのだろうかとどうでもいいことを思ってしまう。


「わたくし、てっきり魔王は魔竜を回収しにきたのだと思ったのです。それが魔竜の暴走を止めるためなのか隠匿するためなのかはわかりませんでしたが、それならそれでかまわないとお話させていただいたところ、魔王でも魔竜の居所がわからないと言われて……」

「だから呼び出すために、魔法陣を……?」

「はい。魔竜が見つかれば引き取ると承諾していただけたので」

「――どうしてお前がそんなまねをする!」


 たまりかねたようにバアルが怒鳴った。ロクサネは淡々としている。


「あなたが考えておられるとおり、エルメイア皇国と戦うのは得策ではありません。我が国がハウゼル女王国の代理戦争に使われるなど、あってはならぬことです」

「……」

「ですが魔竜をなんとかしなくては、戦わない聖王への不満が増すだけです。だから回収をお願いしてみたのですが……」


 ロクサネがちらとクロードを見ると、クロードがそのあとを引き継いだ。


「どうも魔竜は迷子になっているようでな」

「迷子だと」

「初めての外だからな」


 仕方のない子だ、とでも言うように慈しみをこめてクロードは語った。


「はしゃいで飛び出したはいいが勢いよく結界にぶつかって力が分散してしまい、混乱したんだろう。魔界に帰りたくても帰れない状態なのだと思う」

「……ちょっと待て。それは魔竜の話なのか」

「魔竜の話だが?」

「余をだまそうとしてないか」

「何故だます必要がある」


 バアルが床に両手を突いて苦悶し始める。

 国を脅かす魔物の話が、いきなり家に帰れない迷子の話に成り果てたのだ。気持ちはわかる。


「いや――待て、だまされんぞ。毎晩、余の元に魔竜が現れているのだ。あの邪気、まがまがしさ、あれが家に帰れない迷子とかあり得ん!」

「それはよその魔竜なのでは? うちの魔竜はそんな子ではない」

「魔竜にうちの子もよその子もあるか! 全部お前のうちの子だろうが!」

「そう言われるとそうだな……おそらく、気が立っているんだろう。閉じ込められて」

「閉じ込められて?」

「ああ」


 尋ね返したアイリーンに、クロードが頷く。


「僕が呼んでも返事がない。国外ならわかる、聖なる結界が阻むからだ。だがここは同じ結界内だ。なのに僕のところへこないのは、どこかに閉じ込められているせいだろう」

「貴様、魔力は使えないはずだろう。だからではないのか」

「いいや、魔力が使えなくても僕は魔王だ」


 そうだ。記憶喪失になり、魔力を失っても魔物はクロードがそうと望めばそれに従った。


(そうか、だからリリアは……それにセレナだって言ってたじゃないの!)


 魔竜がどこに行くかなど決まっている。クロードの元だ。それもせず、人間を操って襲ってくるわけがない。人間に操られて襲っているのだ――魔香で!


「ああでも待って、魔香は教会……っアシュメイル王国とは仲が悪いはずで」

「だが教会とハウゼル女王国は仲がいい」


 アイリーンの思考を読み取ったようにクロードが答えた。振り向くと目が合う。


「要は罠だ。おそらく君が誘拐されたところから」

「誘拐……から?」

「ハウゼル女王国は不侵略・不可侵の国だ。魔王相手とはいえ、自ら争いをしかけるのは信条に反するのだろう。だからアシュメイル王国に仲介の条件として、ハウゼル女王国が用意した聖なる力を持つ女性を後宮に入れるよう要求した。魔竜対策の人材とでも言ったのだろうが、実際は内側から開戦を煽るためだ。そして君はハウゼル女王国の指定した船ごと女性達を後宮に連れ帰った。そこにエルメイア皇太子妃がいるとも知らずに。違うか?」

「答える義理はない」

「では聞くが、誰がエルメイア皇太子妃を君に誘拐させたんだ?」


 バアルは答えない。壁に背を預けて、クロードは肩をすくめる。


「まあ、心配しなくても僕がここにいれば、必ず魔竜は解放されるはずだ。アシュメイル王国とエルメイア皇国を戦わせるために――聖王に魔王を斃させるために。あるいは神剣で僕を貫くために」

「――わかっているなら! どうしていらっしゃったの!」


 平然と危機を語るクロードを怒鳴りつけた。

 立ち上がったアイリーンを見上げて、クロードは穏やかに答える。


「でなければ魔竜が殺される」


 その答えはこれ以上なく的確だった。少なくとも必死でクロードだけを護ろうとしていたアイリーンには出せない答えだった。

 この人は王だ。そして、アイリーンはこの人の妻だ。

 ふらりと足を一歩前に出す。そして衝動のまま、クロードの胸ぐらをつかんで引き寄せた。

 この方法以外に、この気持ちのぶつけ方をアイリーンは知らない。


「――……!」


 瞠目するクロードの赤の瞳、ぶつかる唇の感触。

 乱暴に、でもこれ以上なく柔らかく甘くとける。


「――わたくし、まだ怒ってますのよ」


 まばたきする睫の先まではっきりと見えるクロードの顔を、間近でねめつける。照れ隠しもこめて。


「でも! わたくしはあなたの妻です。――必ず治しましょう!」


 気合いを入れ直すアイリーンに、クロードがもう一度目を開く。


「君は……気づいていたのか……?」

「何も言わないでくださいませクロード様。すべてわかっております!」

「そうか……妻に隠し事はできないな。だがここなら安全だ。暴走もせずにすんでいる」

「ぼ、暴走ですか。ぼ、暴走とか、するんですね……あ、あの、そういった場合、わたくしどうしたら……」


 なにせ経験のない話だ。やる気はあっても怖じ気づいてもじもじしてしまうアイリーンに、クロードはどこまでも優しい。


「大丈夫だ。頼みたいことがあれば言う。だから無茶はしないでくれ」

「クロード様……は、はい。わたくし、すべて受け止めてみせますわ……!」

「なんだこの茶番は。しかも会話が食い違っている気がしてならん」

「よくわかりませんがわたくしもそう思います、バアル様」


 バアルとロクサネがいることを思い出して、我に返った。

 クロードとお互いへの理解を深めている場合ではない。


「今はとにかく、これからの対処を考えましょう。お互い事情はあれど、ハウゼル女王国の思惑通り争うのは癪でしょう?」

「断る。余はこのすかした顔が気に入らぬ」

「僕も人の妻を寝取ろうとするような男には協力したくない」

「ここまできて二人とも……っお互い様でしょう、何様ですか!」

「余は聖王だが?」

「僕は魔王だな」


 息と意見を合わせるところが違う。頭痛をこらえてアイリーンは助けを呼んだ。


「ロクサネ様、なんとかおっしゃってくださいな!」

「誰かきます」


 すっと淑女の見本のように綺麗な動作でロクサネが立ち上がった。

 アイリーンは時計を確認する。明け方前だ。なのにばたばたと荒々しく、足音は複数。時折混ざる金属音は、剣を揺らす音だろう。正妃の寝室に向かってくるには、物々しすぎる響きだった。


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― 新着の感想 ―
敵国の正妃の寝室で夫婦喧嘩始める魔王夫妻に爆笑してたら、次は聖国ビビらせてた魔竜が、ただの初めてのお使いに失敗した迷子に成り果てて笑いすぎて死ぬところでした。本当にこの作品ツボです。らぶ。
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