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 十撃目の打ち合いあたりで、空が見えるようになった。

 剣を押し返すと、リリアはくるりと宙返りをして崩れた天井の上に立つ。どう見てもちょっと身体能力が人外じみている。


「セレナといいっ……暗殺者でも目指してるの!? そんなルート1にはないでしょう!」

「マークスルートに女騎士エンドがあるじゃない」


 おのれ主人公補正、と内心で歯ぎしりした。ユーザーにストレスのたまらないゲーム設計は即刻見直されるべきだ。

 リリアは小首をかしげて可愛く笑う。


「やだ怒らないで、アイリーン様。しょうがないじゃない? だってヒロインの努力は必ず報われるのが乙女ゲームの醍醐味なんだもの」

「だったら礼儀のパラメーターも伸ばしてきなさい。第二皇子の婚約者でしょう、あなた」

「あれって運動と相性悪いのよね。でもアイリーン様だってゲームの恩恵を受けてるわよ、絶対。悪役令嬢って基本スペックが高そうじゃない? 攻略キャラごとにライバルキャラが複数いると能力が分散されるけど、1のアイリーンは一強だし」


 身体能力、頭脳、礼儀に知識に地位、肩書き。

 いずれ主人公に負かされる相手として不足のないように敵キャラは設定されるものだ。弱すぎては敵にならない。


「悪いのは性格くらいだと思うの」

「いいとは思っていないけれど、あなたに言われると腹が立つわ!」


 うしろに下がったアイリーンを追ってリリアがまた身を躍らせる。

 視界の隅でエレファスが移動するのが見えた。同じものを見たリリアが笑う。


「無駄よ」


 ばちっと扉に触れたエレファスがはじき飛ばされ、廊下に転がった。


「エレファス!」

「聖剣の封印よ。ラスボスとはいえ、ただの魔道士に解除できるわけがない。アイリーン様と私の楽しい時間を邪魔しないでくれる?」


 振り向きざまにエレファスに斬りかかろうとしたリリアの動きを先回りして止める。

 瞠目したリリアが体勢を崩して、隙が見えた。


(とにかく聖剣を取り上げる!)


 その刀身めがけて剣をなぎ払う。剣が弾き飛ばされる角度のはず、だった。

 その剣先にリリアが掌を突き出してこなければ。


「なっ……!」

「ふっふふふふ、いったああい、やだほんと痛いのねこれ……っ」


 そう言いながら笑うリリアの掌に、聖剣が呑みこまれていく。

 いつかの逆だ。瞠目し柄を引いたが、リリアが刀身をつかんではなさない。


「離しなさい!」

「ふ、ふふ、アイリーン様。ここはゲームじゃない、現実だってあなたは言うけど、設定って大事よ。たとえば聖剣って持ち主と一緒に成長するし、オーギュストは聖剣を借りるって設定でしょ? つまり聖剣を元に戻して、より一層強くできる」

「――わたくしの聖剣を取りこむつもり!?」

「返してもらうのよ。言ったでしょ、反省したって」


 全力で抵抗するために力をこめると、光が炸裂して爆風が巻き起こった。だがリリアは手を離さない。

 かつてアイリーンがそうしたように。


「考えたわ。アイリーン様に勝つ方法。――私が聖剣を持つだけじゃ足りない。アイリーン様のを奪い返さなきゃ。そうしたら、魔物だって魔王だって、滅ぼせる」


 そうだ。たとえ魔王でも、聖剣にはかなわない。

 もし、リリアの手にだけ聖剣が残ったら。


「ふふ、ふふふふふ! だからゲームのキャラみたいなこと言わないで、私とたっくさんお話してくれればよかったのに! ねえほんとに気にならない? たとえば、どうして聖剣の乙女の血筋であるはずの皇族から魔王が生まれるのか、とか」


 一度目を閉じる。聖剣、と唇だけを動かした。

 あなたは魔王の妻になる女の剣なのよ。


「そもそも聖剣の乙女って何者なのか、とか」


 聖剣はエレファスの魔力を奪い取った。足下にはクロードの魔力でできた影。できるはずだ。


(クロード様。どうか、力を貸して)


「聖と魔と乙女のレガリアってなんなのか、とか――ッ!?」

「そんなもの、愛の力に決まってるでしょう!!」


 リリアの顔色が変わった。驚愕した顔から目論見がうまくいったことを悟って、アイリーンは笑う。

 光輝く聖なる剣にまとわりつく黒い稲妻のような影。足下の影から聖剣が吸い上げたクロードの魔力だ。


 これがアイリーンの、聖と魔と乙女のレガリア。


 本物の聖剣の乙女に勝つためには、これに賭けるしかない。


「――ッ正気なの!? あなたの魔王様は今、死にかかっているのよ。魔香に抵抗できてるのはまだ魔力が残っているから、なのにその魔力を吸い取って聖剣に付加するだなんて!」


 わかっている。

 だが躊躇せずアイリーンは剣を押しこんだ。リリアが持っている聖剣が火花を散らし、拮抗する。今度はリリアが身を引いたが、もちろん逃がすわけがない。腕をつかんで、引きよせる。


「魔王様を殺す気なの!?」

「クロード様がわたくしを置いて死ぬわけがないでしょう!! それに――」


 光がはじけ飛んで、リリアの聖剣が削れる。同時に、ばりんと音がした。奥の扉をふさいでいた聖剣の壁が消えたのだ。


「クロード様を先に助ければいいだけの話よ!」


 エレファスが駆け出す。アイリーンの意図を見抜いていたらしい。だが、扉に触れたところで止まった。


「――駄目ですアイリーン様、魔力で封じられてる! 開けられない!」

「なっ……」

「ふ……ふふ、ふふふふふ、あっははははざああんねん!」


 リリアがアイリーンの手首をつかみかえした。鼻先でにらみ合いながら、リリアが叫ぶ。


「さあァ、どうするのアイリーン様? エレファスは魔力が足りなくてあの扉の封印をとけない! このまま魔王様の命と私の聖剣、どっちが先に消えてなくなるかためしてみる?」

「……っ……!」

「ほおら放して、でないと聖剣が消えてなくなっちゃう! ううん、放さなくてもいいのかしら? 私の聖剣はなくなったってまた復活させればいい、でも魔王様には時間がない! 魔王様が死ねばアイリーン様の聖剣は元通り、私のものになるしかないもの!」


 私の勝ちよ、とリリアが哄笑した。


(何か、何か)


 あともう少しなのだ。今引けば、リリアの聖剣を消せない。クロードだって助けられず、負けてしまう。

 聖剣にまとわりつく黒いクロードの魔力がかすんでいく。力をなくしていくのが目に見えてわかった。クロードが死にかけているのだ。もう時間がない。

 それでも視線を巡らせていると、扉の前で立っているエレファスの姿が見えた。

 微笑んでいる。


「短い間ですが、お世話になりました」


 こういう時に起こる嫌な展開の内容は決まっている。


「大丈夫。あなたにささげたものは俺が自爆しても、残りますから」

「待ちなさい、駄目よエレファ――」


 叫び声が喉につまった。もう、何もかも終わってしまったあとの、夢かと思った。


 けれど。


「俺様、モウソロソロ、出番?」


 ひょっこり天井から顔をのぞかせたその顔も、赤い蝶ネクタイも、声も、間違えるはずがなくて。

 泣くのは最後だ。

 まっすぐに前を向いてアイリーンは叫ぶ。


「――アーモンド! いきなさい、あの扉を壊すのよ!」

「任セロ!!」

「なっ……」


 リリアが気をそらしたその瞬間、お互いの聖剣が最後の光を振りまいて消えた。これで一直線に飛ぶアーモンドを止める手立ては何もない。

 大きな翼を羽ばたかせたアーモンドは、そのまま扉を吹き飛ばした。


「俺様、チョーカッコイイ!」


 自慢げなアーモンドの破った扉の中にエレファスが転がるように入る。

 そしてその真ん中で不気味に佇む大きな時計に、赤い水晶をはめこみ、回す。

 ぎぎぎぎとさび付いた音を立てて、時計が逆回りを始め――最後に、澄んだ鐘の音を皇都の空に響かせた。


 それは、誰かの目覚めをうながすように、一回、二回と、鳴り続けた。




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