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「わたくしはリリア様のように優しくないわ。誘導して男の矜持を守ってやるなんてことしないわよ。もちろんあなたもつらかったのねなんて、手を差し伸べてもあげない」

「……アイリーン様。ですが俺は」

「自虐もいらない。アーモンドのことなら、わたくしは決して許さないわ。……でもクロード様は、きっとあなたを許すでしょう。そういうひとよ。わたくしはそういうあの人を愛しているの。ふさわしくありたいの」


 だから、とアイリーンは鉄格子を強くつかんだ。


「みっともなくすがりなさい、エレファス。惨めに這いつくばって許しを請うのよ。矜持も何もかもかなぐり捨てて、故郷を救ってくれと。――そうしたらわたくしはアーモンドに言い訳できるから!」


 唇を噛みしめたアイリーンを、エレファスは澄んだ瞳で見上げていた。魔力を持つ者の証である赤みがかった、優しい橙の瞳。

 その瞳が一度、伏せられて――次の瞬間、エレファスは左目に自らの指を突き立てた。


「あなた何してるの!?」

「――魔王の魔力を受け取るだけの強力な媒介が必要で、俺の右目を使いました。魔力の強い魔道士の目は、強力な魔法具になるんですよ。今、俺の右目は皇太后の魔法具に組み込まれています。その時、俺の左目があれば、魔王にかけた術を解除できるようにしました」


 掌に落ちた左の眼球は、ばきばきと音を立てて赤い水晶に変わっていく。

 エレファスはそれを差し出し、跪いて顔を伏せた。


「これを使えばクロード様の記憶も魔力も戻るでしょう。これが今の俺ができる、精一杯の忠誠です。……アーモンドの命に代わるとは思えませんが」

「……」

「ああ、足手まといにはなりません。体内の魔力で視覚は補えますし、目は魔力が回復したら右目と同じようにそれらしいものを作ります。今は目を伏せておきますね」

「……あなた、馬鹿なのね」


 そう言ったアイリーンに、エレファスは両目を閉じたまま顔を上げた。その頬には血の跡もない。それすらこの赤い水晶に変わったのだろう。


「やはり、泣いてはくださらないんですね」

「どうしてわたくしが泣かなくてはいけないの」

「右目を差し出したことを知った時、リリア様は泣きました。何もできなくてごめんなさいと謝られました。俺は彼女に助けて欲しかったわけじゃない。そう答えました。でもそれは嘘です。俺は故郷を助けたかったし、俺を助けて欲しかった。誰かに――今は、あなたに」


 クロード様がうらやましかったです。

 リリア様に愛されているはずのセドリック様よりも、あなたに愛されているクロード様が。

 その言葉を聞かなかったことにした。彼が差し出したのは忠誠心だ。恋心じゃない。


「馬鹿な一族です。だまされ、虐げられ、復讐にしか希望がない。止めてください。クロード様が記憶を取り戻した時、俺はどんな処罰でも受けます。だからどうか、お願いします」


 頭を下げ、ひらすら請うエレファスに、アイリーンは一度天井を仰ぎ見た。


(助けてあげてもいいわよね? アーモンド)


 まっすぐで強い魔物だった。このまま赤い水晶だけを取り上げて見捨てることもできるけれど、そんな真似をしたら軽蔑されてしまう。口をきいてくれなくなるかもしれない。

 鉄格子に触れると、氷のように牢が砕けて消えた。それでも動かないエレファスに、アイリーンはくるりと背を向けた。


「その水晶は持っておきなさい。わたくしが持っていて間違って聖剣にでも触れたら粉々に砕けそう」

「……それは……でも、いいんですか? 俺に持たせたままで」

「いいわ。二度とわたくしに刃向かう気を起こさせないから」


 深呼吸し、聖剣で牢の壁をぶち破った。地下牢だったらしく、地面がえぐれ、階段ができている。今日の聖剣は気が利くらしい。


「さあ、行きましょうか」

「あの……助けてくださいね? 滅ぼさないでくださいね?」


 素知らぬ顔をしてアイリーンは土の階段を登り、地上へと出た。爆発音が聞こえたのか、遠く悲鳴が聞こえる。その内皇都に突撃すると息巻いている連中もくるだろう。両腕を組んでアイリーンは待つことにした。エレファスがそっと斜め後ろにつく。


「そういえば、皇太后の魔法具ってなんなの?」

「ああ……おかしいと思いませんか? あの皇太后の若さ」


 まさか。頬を引きつらせたアイリーンに、エレファスは頷く。


「あれは魔法です。いわゆる若返りの魔法。魔力を流すと、体の時を止める魔力の結晶を作る魔法具があるんです。その結晶を飲んで体に取りこむことで、若い体のまま時を止める。もちろん魔力が切れれば効果は消えます。だから定期的に結晶をとり続けなければあの姿は維持できない。そして結晶を生み出すには、膨大な魔力が必要です。それこそ魔道士一人分では足りないくらいの」

「……まさかレヴィ一族の人質はそのためなの!?」

「ご明察です。人質でもあり、魔力供給源でもあるんですよ。最初は魔力を持たせたままだと危険だということで取られた措置のようですが……」

「なんて魔道士の無駄遣い! もったいない! わけがわからない!」


 思わず頭をかきむしってしまった。


「頼りすぎるとよくないのはわかるわ、でも災害対策とか有効な使い道が山のようにあるでしょう! なのに用途が若作りとか……っ不老不死ならともかく若作り! 馬鹿なの!?」

「ちゃ……着眼点、そこですか」

「しかもその話の流れだと……今はクロード様の魔力を使ってるのね……?」

「……クロード様の魔力は膨大ですから。でも人質の皆が魔力を搾り取られて死ぬことはなくなりました。アイリーン様はもちろん納得はできないでしょうが……」


 こっちだという叫び声に聞き覚えがあった。先ほど牢の前にいた男の声だ。


「ただ、皇太后の年齢が年齢です。人質だけでは魔力が足りなくなってきていました。だから魔王の魔力を奪う俺の提案が受け入れられたんです」

「そう。本当に困ったひとだわ。全方位からもてるなんて……」


 嘆息し、アイリーンは集まってきた者達に向き直る。そしてエレファスに確認した。


「ねえ、あの屋敷、手入れされてないみたいだけど無人かしら?」

「? ええ、もう何年も前から使われていな――」


 右手で聖剣をふるうと、その衝撃波で屋敷が吹き飛んでいった。土埃が舞う中で、アイリーンは聖剣片手に優雅に笑う。


「初めまして、皆様。わたくし、アイリーン・ローレン・ドートリシュと申します」


 舞い上がった埃が晴れてもエレファスが笑顔のままで固まっている。


「気絶していたところを助けてくださって有り難う御座います。ところで皇都に攻め込むとおうかがいしたので、話し合いをしたいと思ったのですが、責任者はどなた?」

「――……おい、全員かまえろ。撃て、魔法で焼き殺せ!」

「まあ、あなたですのね! わたくしを見せしめにするって仰ってた!」

「あの……アイリーン様……ほんと穏便に……俺が謝りますから……」


 小声でエレファスが懇願したが、関係ない。一斉に放たれた魔力の矢をすべて弾き飛ばし、アイリーンはあくまで上品に微笑む。


「エレファスに助けられたくなかったんでしょう?」

「ひっ……」

「しかもわたくしのクロード様にあれこれしようとなさるなんて、その自信のほど、見せていただかないと。男らしく戦ってくださいますわよね? ――もちろん、死ぬまで」


 戦争するとはそういうことだ。

 不敵に笑んだアイリーンは地面を蹴って聖剣を振り下ろした。



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