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 現れたカラスはひときわ大きい。目は魔王と同じ赤、通常ではありえない鋭く大きな爪で、やっぱり頭蓋骨を持っている。放せない仕様なのだろうか。

 アイリーンは地面に降り立ったカラスに目線を合わせるべく、膝を突いた。


「あなたが一番強い方?」

「ソーダ! 魔王様ノ門番! 娘、証、ヨコセ!」

「つけて差し上げるから後ろを向いてくださる? あなた、魔王様と同じ目の色なのね」

「魔王様、同ジ!」


 すっかり浮かれきった様子でカラスがくるりと後ろを向く。

 その目の前に、アイリーンは開けたままのバスケットを置いた。


「よろしかったら、好きなクッキーを味見なさって」

「娘、イイ心ガケ。俺様、アーモンド!」


 器用にくちばしの先で一枚だけアーモンドクッキーをとり、ぱくりと食べる。

 その間にアイリーンは蝶ネクタイを首にそっと回した。

 意外にふわふわした羽毛が心地良い。


「ウマイ! ウマイ! 娘、貢ギ物、持ッテクルダケ、許ス!」

「あら嬉しい、あなた、綺麗な羽をなさってるのね」

「俺様、一番、強イカラナ! 娘、オ前見ル目――グッ」


 びくっと全身を震わせた後、ばたんと真横にカラスが倒れた。

 瞬間、視界が開ける。


 明るい森の小道が一瞬で薄暗い魔王の森に変わった。

 枯れた木の上には昨日と同じカラスの群れがいる。ネズミやモグラに似た魔物達もいた。完全にアイリーンが取り囲まれている形だ。


「このカラスさんの命がおしくば動かないでくださいませ、皆様。愚かな魔物だこと……人間を信じるだなんて」

「人間ノ台詞カ、ソレ!?」


 アイリーンは、ぶるぶる羽の先まで震えているカラスをしっかりと抱き、パラソルの先に仕込んだ隠しナイフを突きつけながら優雅に笑う。

 腕の中でカラスが呻いた。

「グ……何、シタ、娘……!」

「クッキーにしびれ薬をしこんでおきました」

「殺ス! 殺ス、娘!」

「あら、魔王様に迷惑をかけたいのですか? わたくしはドートリシュ公爵家の令嬢。わたくしが魔物に殺されたとなったら、魔王様の立場が悪くなりましてよ」

 薄く笑ったアイリーンを非難するように、があがあとカラスがわめく。他の魔物達も殺気立っていた。だが腕の中にいる仲間が心配なのだろう。襲ってはこない。

 かまわず、声を張り上げた。


「さあクロード様、この魔物を助けたければわたくしの前に出てらっしゃい! でなければ今からこの魔物の羽を一枚一枚もいでハゲに」


 台詞を爆風が遮った。

 闇を模した黒髪。宝石より深い輝きを宿した瞳が、空中からアイリーンを睥睨している。


「王!」

「魔王サマ! 人間ノ娘ガ裏切ッタ!」

「ごきげんよう、クロード様」

 無言しか返ってこない。だが、狙いの人物を引きずり出せたのだから十分だ。

「この方を治して差し上げられて? 時間がたてば平気になるはずですけれども」

 クロードが正面に膝をつく。そして、アイリーンの腕の中でしびれているカラスに、そっと手を触れた。

 瞬間、かっと目を見開いたカラスがばたばたと羽を動かし始める。どうやらしびれが取れたらしい。

「さすがですわねえ」

 感心するアイリーンの腕からもがき出たカラスが、クロードの肩に乗って叫ぶ。

「娘! 殺ス! 絶対殺ス!」

「あら。これでおあいこでしょう」

「何がだ」

 立ち上がったクロードが短く尋ねる。にこりとアイリーンは笑った。


「わたくし、忘れておりませんわよ? カラスの皆様によってたかって侮辱されたことを」


 完全に冷め切っていたクロードの表情に、わずかな動揺が見えた。砂埃をはらい、アイリーンはクロードの真正面に立った。

「そこでわたくしに負い目を感じるなら、最初からカラスを教育すればよろしいのです。ねえ、先程わたくしに騙されたカラスさん」

「殺ス!」

「仲直りしましょう。お詫びにチョコクッキーを差し上げますわ」

「騙サレナイ! 騙サレナイ!」

「大丈夫ですわ。しびれ薬はアーモンドだけですの。その証拠にわたくしがほら、半分食べてみせますから」

 そう言ってアイリーンは取り出したチョコクッキーを、さくりと音を立てて口に含んだ。きちんと飲み込むまで、蝶ネクタイをしたカラスが凝視している。

「ね? 大丈夫でしょう。さあどうぞ。これで仲直りしましょう?」

 食べかけのクッキーを差し出す。赤い目がぎょろぎょろとアイリーンと、それからクロードを交互に見た。


 クロードがため息と一緒に、アイリーンから食べかけのチョコクッキーを受取り、一口かじる。


 思いがけない展開にアイリーンは目をまばたいた。クロードはすました顔で飲みこみ、半分になってしまったクッキーを肩の魔物に差し出す。

「大丈夫だ」

 途端、ばくりとカラスがクッキーに食いついた。

「ウマイ! チョコ、ウマイ!」

「マ、魔王様……」

 周囲の魔物達がそわそわしだす。クロードがアイリーンを見た。

「アーモンド以外は大丈夫なんだな?」

「え、ええ……でもどうしましょう。こんなところで困りましたわ」

「……どういう意味だ。まさかチョコクッキーにも何か仕込んだと?」


「はい。クロード様にその気になっていただこうと思って、男性にしか効かない媚薬を」


 にこやかに答えたアイリーンの背後で、雷が落ちた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アイリーンと愉快な魔物たちのやり取りが最高です! 最初は男側が主人公より7年も歳上なのか…と迷いながら読み始めたのですが今は続きを読むのが楽しみで仕方ないです。
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