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 婚約破棄からエンディングまでの間で、アイリーンの進退に関係する重要なイベントは二つある。


 一つは自分の死因に直結する魔王覚醒に関するイベント。

 そしてもう一つは、セドリックがアイリーンとの婚約破棄を公にし、リリアとの婚約発表をする夜会イベントだ。


 悪役令嬢のアイリーンは婚約破棄を承諾せず、リリアとセドリックの婚約発表を阻止しようと、ならず者を雇ってリリアを誘拐し、夜会に出席できないよう企む。ところがこれは当て馬キャラ――マークスがこれに当たるとアイリーンは見ている――によって未然に防がれる。

 そうとも知らずセドリックとよりを戻そうと夜会に出席したアイリーンは、会場に現れたリリアから告発を受け、ドートリシュ公爵家からも切り捨てられてしまい、平民として下町に放り出されるのだ。アイリーンにとってできれば阻止したい展開だった。


 なぜならば、平民になって生きていけるだけの能力がない。

 生憎、前世にもなかった。


 かといって、夜会に出席しないという選択肢も、もう選べない。

 今朝、一応父親に「やっぱり夜会は欠席しようかしら」と探りを入れてみたら、驚いた顔で「平民になりたいのかい?」と返された。あれは本気だ。あの父親は絶対やる。欠席が同じ結果を生む。

 かといって起こるかどうかも分からない誘拐を防ぐ作戦を立てるのは、リリアに近づくという意味で、誘拐を目論む行動と紙一重だ。怪しまれるのも危険である。

 つまり現状、ゲームのフラグ回避については、具体的に打つ手がなかった。


(でもせめて、クロード様を夜会にパートナーとして連れて行って、婚約破棄が心の底から嬉しいと周囲にも分かるようにしておくくらいはしておかないと……!)


 そうすれば別の誰かがリリアを誘拐しても、アイリーンの方に動機がなくなる。何が起こるか分からない以上、まず確実に打てる手を打つべきだ。

 あとは、父親の『ドートリシュ家に損失を補填しろ』という任務もこなさねばならない。


(時間がないわ。――同時並行で進めるしかないわね)


 そんなわけで、昨日の今日にもかかわらず、アイリーンは森の小道を歩いていた。

 清楚な白のワンピースに、編上げのブーツ。大きめのバスケットを持ち、パラソルをくるくる回して歩く姿は我ながら完璧なご令嬢だと思う。


 問題は、ぐるぐる小一時間、同じところを歩かされていることだろう。


「これは結界というやつかしら」

 目印代わりに木の枝に結んでおいたハンカチをほどき、アイリーンはパラソルを閉じた。

 空を見上げても影一つない。鬱蒼とした木々も、どこか作り物めいて見えた。


「森に入る柵まではいつも通りだったのに……誰かいらっしゃらない?」


 ぐるりと見回すと、不自然なまでにしんと沈黙が返ってきた。

 ためしにもう一声、投げてみる。


「わたくしごときを怖がって姿を現さないなんて、ずいぶん魔王様は臆病でらっしゃるのね」


 風景は変わらない。だが、気配がした。魔王を侮辱されて怒ったのだろう。

(私にだけ誰も見えていない、とか? ゲームでもそうだったけれど、本当に魔物に好かれてるのね)

 そしておそらく、クロードも魔物達に弱い。

 アイリーンはしおらしくため息を吐いた。

「わかりました、今日お会いするのは諦めます。でも誰かいらっしゃるんでしょう。出てきてくださらない? お詫びの品を持ってきたの」


 返事はない。だが、戸惑いの空気だけはなんとなく伝わる。


 アイリーンは持っていたバスケットのふたを開け、誰もいない空間に中を見せた。アーモンドにチョコととりそろえたたくさんのクッキーだ。

 意外なことに魔物が人間の食べ物を好んで食べるというのは、ゲームのおかげで知っている。

「わたくしが作ったの。お口に合うかどうか分からないけれど、もらっていただきたいわ。それとこれを、カラスの皆さんにと思ったのだけれど」

 そう言ってバスケットの内ポケットから一つ、小さな蝶ネクタイを取り出した。深紅の絹のリボンはすべらかで、決して安物ではない。

 それを片手ににっこりアイリーンは笑う。

「昨日も言いましたけれど、カラスの皆さんの出迎えは魔王様の評判にかかわります。なので魔物の皆様にも、品位を持っていただきたいの」


 風景は何も変わらない。変わらないが、戸惑いの空気だけは肌で感じた。


「そのためのアクセサリーです。カラスの皆様の中で一番強いまとめ役の方だけでも、これをつけていただけないかしら。魔王様が信頼している門番の証として」

 声も聞こえない。だが、門番の証、という声が聞こえた気がした。

 昨日のベルゼビュートの片腕というつぶやきと同じ、浮かれた声色だ。

「代表で誰か出てきてくださらない? それとも魔王様はそれも駄目とおっしゃる?」


「人間ノ娘、ヨコセ!」


 ばさあっと突然何もない空間からカラスが飛び出てきた。

 アイリーンが薄く微笑んだことも知らないで。



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