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「――クロード様ったら! 話の途中で強制転移するなんて!」
怒ってはみたが、時刻は真夜中。黙って家から抜け出た身としてはありがたい処置だ。それに、愛しているなんて言葉を残されては怒るに怒れない。
夜の外出を誤魔化してくれていた侍女のレイチェルに声をかけ、化粧を落とす。軽く湯浴みを手伝ってもらい、寝間着に着替えて寝台に入った。灯りを落として横になると、すぐに心地いい眠気がやってくる。
(でも助かったわ。今度は最初からラスボスが味方だもの)
クロードを口説き落とすのはそれなりに苦労したし、2のラスボスであるゼームスを味方に引き込むのも大変だった。
だが今回はエレファスの期待にこたえるだけで、ゲームで起こる『エルメイア皇国滅亡』とか笑えない事態はさけられるはずだ。そう考えるとずいぶん楽でいい。
問題はエレファスが何をしたかだが、1のラスボスであるクロードが生きている以上、大したことができるとは思えない。あの魔王様ときたら、ゲームバランスを崩しかねない最強っぷりを発揮している。
そもそも、1のFDではクロードは――。
(――ん? クロード様って確か、出てきて……た!?)
がばっと起き上がった。
思い出したのは、スチルだ。さっきエレファスを見た時によぎったあのシーン。
あの時、確かゲームでは、何か魔法を用意していた。
「――アーモンド! 出てきてちょうだい、リボンでもベルゼビュートでもいいわ!」
寝台から出るなりアイリーンは叫んだ。だが月明かりに作られた影はうんともすんとも言わず、変化もしない。
どくんと心臓が一つ鳴った。偶然、たまたまだ――そう思いたい。だが確かめずにはいられず、アイリーンはテラスを開ける。
エレファスが出てきた以上、ゲームはいつ始まっていてもおかしくない。
「アイリーン様、今お呼びに――……ど、どうされたんですか!?」
テラスを開け、手すりの縁に足をかけているアイリーンに、様子を見に来たレイチェルが仰天する。
「わたくしクロード様のところへ行くわ! あとはよろしく!」
「えっまたですか!? しかもこんな時間に――」
「アイリーン、アイリーン!」
満月を背に飛んできた巨大なカラスの声に、アイリーンは顔を上げた。
「アーモンド……! どうしたの、まさかクロード様になにかあった!?」
「魔王様、居ナイ!」
アーモンドも焦っているのか、テラスの縁に降りもせず、ばさばさ羽根を動かしたまま、まくし立てる。
「魔王様、消エタ、見ツカラナイ! 返事ナイ、魔王様、魔王様!」
「ア、アーモンド、落ち着いて」
「探ス、魔王様! アイリーン! 森ノ結界、消エタ!」
それは、クロードが魔物達を守るために自らの魔力で作ったもの。
彼を魔王たらしめるもの、だ。
(……まさか……まさか、クロード様)
「アイリーン。ごめんね、夜中だけれど、緊急事態だから失礼するよ」
「だ、旦那様!」
ノックもなく娘の寝室に入ってきたドートリシュ公爵ルドルフに、レイチェルが慌てて一歩下がる。テラスでアイリーンは振り返った。
父親が楽しそうににこにこ笑っている。――これは、アイリーンが今から困難に立ち向かわねばならない合図だ。
そしてルドルフが何を告げるか自分は知っている気がして、アイリーンはアーモンドを抱き締める。アーモンドも静かだ。
(嘘よ)
ほんの数時間前だ。愛している、と言われたのは。
「皇城に詰めさせているうちの人間から、報告があった。クロード様が倒れられたそうだ」
「魔王様!」
「命に別状はないよ、アーモンド君。ただね、どうも記憶を失っているようで――」
でもいつだって、愛を失うのは一瞬。一度目も、そして二度目も。




