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乙女ゲームの世界なので、侍女でもホワイトデーがあります

連載1周年御礼小説。

これからも宜しくお願いいたします。


 春の訪れを感じる晴天の下、若々しい色の芝生が萌える上に、ひんやりとその屋敷は建っていた。


「……クロード様……これは……?」

「ホワイトデーのお返しだ。ここで今日、僕と二人きりですごそう」


 さわやかな魔王の笑顔に、レイチェルの主人がぎこちなく問い返す。


「わたくし、なにも、してません、わよ?」

「もちろん、悪いのは君ではない。君を不安にさせた僕だ。バレンタインのチョコに自白剤を仕込んでまで、僕の過去の女性関係を気にしているとも知らず」


 だからこれは僕の君への愛だ、と美しく妖艶に魔王は告げる。


「愛を疑われたのは僕の愛が足りないせいだと反省した」

「い、いえっ、わたくし、十分です! じ、自白剤をまぜたのは、クロード様に恥ずかしい過去とか弱点とかないかしらーとかちょっぴり思っただけで……っ」


 ごおっと背後から春を装った突風が巻き起こる。圧を増した魔王の気配にアイリーンが笑顔を引きつらせて叫んだ。


「あ、あなたのことをもっと知りたかったんです!」

「なるほど。なら余計に、今日一日、あの屋敷で僕とすごさないか。僕の愛を感じて欲しい。それとも執務室で一日中君に愛の言葉をささやこうか」

「屋敷に入ります!」


 判断力のある主人は勇ましく氷の屋敷に向かう。

 魔王はその背中を見て満足そうに口端を上げる。

 それを見ていたレイチェルは、先ほどの選択が罠だと確信した。きっと今日、主人は魔王の愛の熱にうなされ、ふらふらになって帰宅するだろう。

 同じように主人の背中を見ていた従者とふと目が合う。


「ホワイトデーだっていうのに物騒ですみませんね」

「いえ、クロード様らしいと思います。アイリーン様宛のホワイトデーのお返しは、私がかわりにドートリシュ公爵家に持ち帰って、あとでアイリーン様が確認できるようにしますね」


 クロードが氷の屋敷なんてものにアイリーンを閉じ込める意図にちゃんと気づいているレイチェルに、キースが目を丸くしたあと、淡く微笑んだ。


「助かります。ですが、一番はアイリーン様と二人きりですごしたかっただけですよ、あれ。いやはやアイリーン様が器の大きい方でよかった――ああそうだ、これ」


 ぽん、と可愛くラッピングされた紙袋を手渡された。紙袋の口をしばっている紐には、可愛らしい小さな花が何種類もがくくりつけられている。


「バレンタイン、アイリーン様と一緒に大量にクッキー作ってくださったでしょう。ホワイトデーのおかえしです。私めと魔物達から」

「まあ、気にされなくてもよかったのに」

「そうはいきませんよ。女性にろくにお礼もできないなんて、魔王の恥ですからね。――魔物達おすすめの飴で、私めの支払いでベルゼビュートさんが買ってきました。花は魔物達が集めて選んできたものです」

「有り難うございます」


 これを用意するための役割分担が想像できて、笑ってしまう。大人の笑みでどういたしましてとキースは返した。


「今日はあなたもお忙しいでしょう。アイリーン様のことは我が主と一緒に私めが世話をしますので、ホワイトデー、楽しんでくださいね」

「そんな。私は」

「アイリーン様もそれを望んでおられますから」


 レイチェルよりはるかに年季が入った従者歴を持つキースにはかなわない。

 苦笑いして、レイチェルはもう一度頭を下げた。

 ホワイトデー、それはバレンタインに勇気を示した女性のみに特別な一日だ。

 しかし、レイチェルはあまり期待していない。

 あくまでレイチェルを仕事仲間の位置に置いておきたいあの人は、オレンジピールが特別かどうか、確かめなかった。

 


「えっアイリは魔王様と氷の屋敷……ってこれどうしたらいいんだろ……屋敷に入れてもらえるかなあ、俺」

「俺達と一緒なら大丈夫だろう。護衛を叩き出すなどありえない。ああ、ありえないとも」

「そんなことされたら全力で扉を蹴破って、アイリちゃんとの逢瀬邪魔してやるもんね」

「なんか二人とも魔王様の護衛!って感じになってきたよな」

「……調子にのりすぎだ、たかが護衛の分際で」

「あ、ゼームスが妬いてる」

「誰がだ!?」


 元生徒会の面々はレイチェルから事情を聞いて、にぎやかに屋敷に向かっていった。

 レイチェルもそれぞれからお返しをもらった。おいしいクッキー、ハンカチ、花飾りのついた髪留め、外国語の簡単な辞書と、各人の性格が出たお返しだ。ゼームスまでレイチェルにお返しをくれたのは正直、意外だった。そもそも名前を覚えているかすらあやしいと思っていたのだが、ちゃんと存在を認識されていたらしい。

 預かろうかという申し出に自分でわたすとそろって返してきたのは、やましさのなさの現れだろう。だから無理に引き止めず、見送った。

 そして逆に、オベロン商会の面々は全員がレイチェルに預けていった。


「あ、じゃあこれお願いします! 氷の屋敷に似合うと思うんですよね、このオルゴール」

「オジサンも頼むわ、このペアチケット。魔王様とどーぞって。……これなら魔王様に怒られないよな?」

「ではこの香水をお願いします。商品化はしませんよって言っておいてくださいね」

「……。できるだけ早く水に。今朝、咲いたばかりの花だ」


 そしてみんなそろって、レイチェルにもアイリーンと同じものを置いていった。

 まるで予防線だと、レイチェルはひそかに笑ってしまう。皆、魔王に対しての立ち回りがしたたたかだ。

 きっとアイザックも同じ手でくるのだろう。そう思っていたので、廊下で待たれていても、うろたえたりしなかった。


「これ」


 ぶっきらぼうに押しつけられたのは、細長い箱だった。ちょうどアイリーンへのお返しをドートリシュ公爵邸にいったん持ち帰ろうと運んでいる途中だったレイチェルは、確認する。


「アイリーン様にですか?」

「は? なんで」

「あ、アイリーン様は本日は、魔王様と一緒に氷の屋敷ですごされる予定なので、ホワイトデーのお返しは私が預かった方がいいかと……」

「なんだそりゃ……」


 呆れたため息を一つついたアイザックは、再度箱を差し出す。お預かりしますね、と答える前にアイザックが言った。


「お前に」

「え」


 まばたいている間に、アイザックはそっぽを向いてしまった。

 驚きを隠せないまま、レイチェルはおずおずと差し出されたものを受け取る。


「あ、ありがとうございます……あけてもいいですか」

「……どーぞ」


 いったん荷物を廊下脇のテーブルに置いて、包装をほどく。

 さすがにどきどきしながら箱をあけると、中からネックレスが出てきた。

 しずくの形をした銀の輪の中に、透明な薄水の宝石が一粒だけあしらってある。アクアマリンだ。シンプルだからこそデザインのよさが際立つ一品だった。手のひらにのせて、思わずつぶやく。


「かわいい……」

「そりゃよかった。じゃーな」

「えっ? あの、アイリーン様には? ご自分でわたされるんですか?」


 最後の一言に、きびすを返しかけていたアイザックがそのまま止まった。


「それは、アイリーンに直接渡して欲しくないって意味か?」

「そ、そういう意味じゃっ……」


 あわてて言い訳しそうになってから、はっとした。その反応は、アイリーンの侍女として正しくない。


「――本日、アイリーン様はクロード皇太子殿下と二人きりですごされる予定です。申し訳ありませんが、クロード様がアイザック様を屋敷に入れてくださるかどうか、わかりません。ですからドートリシュ公爵家に私が持ち帰る方が、確実にアイリーン様にお渡しできるという話です」

「……ふぅん?」


 意味深な視線を向けられたが、本当のことだからと背筋を伸ばす。

 腹の探り合いのような沈黙が少しだけ続いたあと、アイザックが先に口を開いた。


「残念。俺はアイリーンに何も用意してねーから、お返しはお前だけ」

「え?」

「オレンジピール、うまかったからそのお礼。あれ、好物なんだよな俺の」


 ――そこで白々しく知ってますともそうなんですかとも返せなかったことが、答えになってしまった。

 どちらでもいいから適当に流さなければならなかったのだ。そうすれば、ただ一つだけ特別に入れたオレンジピールを意識してくれるのか、その反応をレイチェルが意識していたことをごまかせたのに。

 じゃあと背を向けたアイザックの口端が持ち上がっていたのは、気のせいではない。


(油断してた……!)


 まさか今になって自分の反応を確かめようとするなんて、思ってもみなかった。完全な不意打ちだ。

 しかもアイザックが残していったのはそれだけではない。


(お返しは私だけって……!)


 とんでもない爆弾を置いていかれた。

 廊下の壁によりかかって、レイチェルは顔を両手で覆ってうなる。手強い。それでこそと思うけれど、恥ずかしい。


(……むいてないかなあ、こういうの。でも、がんばらなきゃ)


 ただ恋をして憧れているだけではきっと彼は振り向かないから。



「アイリーン様、おかえりなさいませ」

「レイチェル……わたくし……帰ってこれたのね……わたくし、生きて帰ったのねあの屋敷から……!」

「お、お疲れ様でした。もうおやすみになられますよね?」

「いえ少し仕事をするわ、このまま寝たら確実にクロード様が夢に出てくる……! あの凶器みたいな顔と声が迫ってくるのよ! もう二度と目がさめない気がするわ……!」

「そ、そうですか……あ、アイリーン様。こちらに皆様からのホワイトデーのおかえしが」

「……そういえばレイチェルはどうだったの? アイザックと」


 お仕着せの下になって見えないネックレスを指先でたどって、レイチェルは敬愛する主人に微笑む。


「内緒です」





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