魔女サフィーア《絶悦の花》
とある世界の城下町、その外れの林の泉の近くに仲間外れにされたように建っているボロボロの古びた洋館。そこに一人の魔女が住んでいた。
「ウフフ……今日も雲一つ無い良いお天気ですわねぇ。私の溢れる欲を発散するには良い日だこと――」
コンコン
オンボロの屋敷のオンボロの扉からノックする音が聞こえてくる。
「はぁ~い!今開けますのよぉ~」
《私の所に訪ねてくるなんてどんな物好きかしらぁ?》
そう考えたサフィーアだったが、すぐに考えを取っ払い扉を開けた。そこには七三分けの整った顔立ちの眼鏡を掛けた青年が立っていた。
「やあ、お早うサフィーア。今回は久々に頼みたい事が――」
「オグデン! 久々じゃなぁい、どうしたのぉ? 市長の仕事が暇すぎてぇ、やんなっちゃったのぉ? それとも私の事が恋しくなったのかしらぁ~?」
過度なスキンシップを取ってくるサフィーアをじゃれついてくる犬を追っ払うように振り払いオグデンは言った。
「……で、頼みたい事なんだが君にはある花を取って来て貰いたいんだ。南方にある砂漠にだけ咲くと言われる幻の花をな。」
「それぇ、私には特があるんですのぉ?」
サフィーアが懐疑的な視線を向けるも、オグデンは顔色を変えず答えた。
「勿論、でなきゃ頼まない。実はその花はとても効き目の強い媚薬の材料になるんだ。」
“媚薬”という言葉を聞くや否やサフィーアは顔色を一瞬にして変え、直ぐ様に旅の準備を整えた。
「何でそれを早く言わないんですの!? 勿論承りますわよ、それで手に入れたら初めは貴方に使ってあげますわ……私の“初めて”を奪ったア・ナ・タ・にぃ!」
「奪ったのはお前の方だろう! それに処女膜を魔法で再生させるような奴が何を言うんだ。」
情を煽るサフィーアにやや取り乱すオグデン。しかしオグデンはサフィーアにバレないようにニヤリと微笑む。
「もう、ツレない人! 貴方がうんと小さい頃からの付き合いですのにぃ。」
サフィーアは膨れっ面をしながら青い色をした箒を取り出し外に出た。そして箒に跨がるとフワッと宙に浮く。そして方向を地図を見ながら南の砂漠がある方へと定め――
「魔女っ娘サフィーちゃん、イっちゃいますわぁ~!!」
ビュンと空の彼方へと消えていった。イヤらしい言葉を響かせながら……。そんなサフィーアを見送ったオグデンは、やっと厄介払いができたと言うように肩を下ろした。
「単純な奴だ。悪いなサフィーア……城下町の住民は――いや、王までもがお前の存在を許しちゃくれないそうだ。まあ、お前なら死にはしないだろうが良くても二度とここには戻れないだろう。」
そんなオグデンの思惑も知らず、サフィーアは媚薬のことで頭が一杯になっていた。
サフィーアが箒で飛び立ってから二日後、ようやく砂漠に着いたサフィーアは無邪気に媚薬を探し回っていた。
「媚薬♪媚薬♪媚薬~♪媚薬の材料のお花ちゃあ~ん、良い子だから出ておいでぇ~♪」
最初は調子が良かったがあまりの暑さ、そしてどこまで行っても広がる何もない砂の大地に次第に元気を失っていくサフィーア。
「び……や…………く……ぅ~……」
そして数時間後……とても良かった機嫌がどんどん斜めになっていきテンションも下がり、最早怒る気力さえ無くなっていっ恍惚とた。
「そもそも……こんな不毛な大地に花なんて咲きますの……!? まさかオグデンったら私を騙――」
オグデンの思惑にサフィーアが勘付こうとしたその時――
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ちょっとぉ!?地面が沈んで……」
突如サフィーアの足元がアリ地獄のように沈んで行く、そしてサフィーアは訳の分からないまま抵抗もできず砂と一緒に沈んで行く。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁああん」
埋もれていったサフィーアは息もできず、気を失いかけていた。そして薄れる意識の中、サフィーアは何故か恍惚とした表情を浮かべていた。
《こういう……楽しみ方も……あるの……ね………》
圧縮される身体、呼吸もままならない、そんな状況をサフィーアは何故か楽しんでいた。
《圧縮プレイ……と名付け……ましょ……》
死に際にまでそんなことを考えていたサフィーアだったが次の瞬間、ファサッと砂から放り出される。
「へっ?」
空中へと放り出されたサフィーアは腰から地面に落ちて行き、腰を打った。
「痛いですわねぇ……落とし穴だったんですの? せっかく気持ち良かったのに……」
起き上がったサフィーアが辺りを見回すとそこはまるで遺跡のような場所だった。松明が灯っており少々薄暗いが足元は見える程度には明るい。あまりにも何かありそうな場所にサフィーアはここに媚薬の材料の花があるのだと根拠も無く確信する。
「やだ私ったら、オグデンのこと疑っちゃってぇ~。これは絶対花はあるわぁ! いいえぇ、無いとは言わせませんですのよぉ~!」
こんな所に花が咲くのか……とも考えず意気揚々と前へ進んで行った。
暫く鼻歌を歌いながら進んでいたサフィーアだが、急にまた元気とやる気を失っていた。
「溜まってたモノが……発散しなきゃ…………溢れちゃうぅぅぅぅ……」
暫く媚薬のことで頭が一杯だったサフィーアは欲を発散するのを忘れていたのだ。
「そういえばもう、三日近くはイってないですわ……何か……何か無いかしら……」
一心不乱に自分の荷物を漁るサフィーア。しかしあるのは食糧や水ばかりだった。
「困りましたわ……このままじゃ…………」
そんなサフィーアの目に一本の人参が目に留まる。
そしてサフィーアはある“良いコト”を思い付いた。
「これならイけますわね。」
そう言うとニヤリと笑みを浮かべ、包丁を取り出した。そして茎を切り、皮を剥き、丁度良い大きさに削るとそれをスカートの中に入れ……――
……暫く“とても気持ち良いこと”をした後、サフィーアはいつも以上の調子を取り戻した。
「お花ちゃあぁぁん♪出っておいでぇぇ~♪」
奇妙な歌を歌いながら妙に高いテンションで媚薬の材料の花を探すサフィーア。するとどこからか微かな甘い匂いを感じ取る。
「この匂いは……花の匂いかしらぁ!?」
匂いの元を辿りながら進んで行くと、奇妙な洞穴へとたどり着いた。その洞穴の入口は普通とは思えない無数の太い蔦が絡みついていたがサフィーアは気にせず更にテンションを上げながら洞穴へと入って行った。
壁に絡まる太い蔦、甘い匂いもどんどん強くなっていく。それを辿って行ったサフィーアは大部屋へと
着いた。
「まあ、何……て綺麗なのぉ……!?」
そこにはこの世の物とは思えない程に鮮やかで美しい花が大量に咲いていた。
「何て良い香りなのかしら……あまりにも良い香り過ぎてこのまま……あらイケない。早く摘み取れるだけ摘み取ってぇ♪オグデンにあげてぇ♪自分の分もぉ――」
最早、高いとか低いとかでは言い表せられない程のテンションで花を摘もうとするサフィーアだったが…………
「うぅ……!? なぁに、コレぇ……ぬ、ヌけなぁいいぃぃぃ……!」
妙な声を出しながら何度も花を引き抜こうとするサフィーア、しかしそれでも花はビクともしなかった。
「ああん、ダメぇ…!」
手が滑り腰を抜かしたサフィーアはあまりにも根強い花に困惑する。すると突然地面が揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「何ですのぉ?!」
次の瞬間、戸惑うサフィーアの足元が盛り上がった。サフィーアが慌てて盛り上る“ソレ”の上から飛び降りる。
「地面が沈む次は突き上がるなんて……」
“ソレ”は天井を思いっきり突き抜けると低い唸り声を上げた。
「グォォオオオオォォォオオ……久々ノ……餌ガ……来タヨウダナ……」
太陽に照らされ全貌が明らかにになった“ソレ”は巨大な根のような魔物だったのだ。どうやら頭の花で獲物を引き寄せていたらしい。
「オ前ハ俺ノ花ノ匂イニンマト釣ラレタ馬鹿ナ餌ダ……サア、トットト俺ニ食ワレルガ良イ。」
そう言うと魔物は大量の蔦をサフィーアへと伸ばした。一方、そのサフィーアは震えていた。勿論、恐怖などではなく怒り……でも無く砂に埋もれた時と同じ、いやそれ以上の恍惚の表情を浮かべ悦びに震えていた。
「何っっっっっっって素敵なお花ちゃんなのおおおお!? まさかこんなに大きいなんてええええ! 持ち帰るのに困っちゃいますわあああああ!!!! アッハハハハウフフフフフフ!」
狂気染みた叫び声を上げたサフィーアは懐から杖を取り出すとニヤリと笑みを浮かべ振るった。
「固まっちゃ~……エイ!」
そう唱えた瞬間、杖先から銀色の光が放たれた。その光が蔓に命中すると蔓は瞬く間に石に変化し動かなくなった。
「ウッフフフフ……こぉんなに固くなっちゃってぇ……」
花の魔物は何が起こったか分からずに戸惑っている。サフィーアは青い箒を取り出して跨がると空を飛び花の魔物の頭部分へと向かって行った。
「貴様……騙ッテ食ワセロ……餌ガ捕食者ニ楯突クナアアアアア」
向かって来るサフィーアに対して無数の蔓を伸ばし捕らえようとする。しかしそんな猛攻もサフィーアはものともせずに次々と石に変えていった。
焦る魔物。しかしサフィーアはそれに構わず容赦なく魔物の身体の一部を次々と石に変えていく。
「ヤメロオオオオオオ」
「アハハハハウフフフフフ! 止めませんわよおおおお、貴方はぁ、もう私のモノなんですからああああ !!」
抑えようの無い快感の中、サフィーアは過去を思い出す。
“宝石の魔女”。サフィーアは世界に十二人しかいない魔女の内の一人だった。宝石の魔女達は人間が害虫のように嫌いで嫌いで仕方が無かった。一人、サフィーアを除いては。
サフィーアは人間を滅ぼすという計画を企てる他の魔女達を尻目に、自分は人間を愛していた。深く深く深すぎる程愛していた。愛欲の対象としても、生物としても。
宝石の魔女達が計画に失敗し、サフィーアを残して全滅した時もサフィーアは人間を愛して愛して愛しまくっていた。仲間のことなんて毛ほども微塵も気にせずに。
サフィーアは所構わず、老若男女問わず愛し続けた。その果てしない愛欲はついには人間だけでなく亜人や動植物、無機物、魔物にまで対象になった。自分が一番望むモノ……“愛の結晶”とやらが誰と愛を育んでも生まれないということも知らずに。
そう、魔女は永い時を生きられる為に子を宿すことを必要としないのだ。それを知ったサフィーアは絶望……はしなかった。ただ、ひたすら考えた。孤児院を開けば良いのでは? とも思ったがどうせ愛欲の対象としてしか見られないに決まってる……いったいどうすれば……
そしてサフィーアはある考えに至った。愛欲が無くなるまでどんどん他者を愛せば良いじゃないと。そして愛を発散し尽くした後なら子供達を変な目で見ることなく無償の愛で包み込めるのではないかと。
こうしてサフィーアは――
「長いですわ! 尺稼ぎとか時間稼ぎとか嫌われますのよ!」
……話を戻して。サフィーアは花の魔物の伸ばてくる蔓を全て石に変えて魔物を追い詰めた。
「グギギ……貴様…魔女ダナ?」
「あらぁ? 今頃気付きましたのぉ?」
サフィーアは魔物にトドメの魔法を掛けようと、杖を向ける。
「何故、魔女ナラ俺ヲ殺ソウトスル? 一応ハ同胞ノ筈ダロウ!?」
「殺すぅ? 誰がそんなことお言いになりましたのぉ?」
魔物は何を考えているのか分からなった。そして――
「モウ食ベルノハ止メダ! 消エテ無クナレ!」
魔物はそう言うと頭の無数の花から白く濁った液体を勢いよく噴出した。
「!!」
しかし、サフィーアはすんでの所で躱し掠っただけだった。ただ飛沫を浴びた箇所は瞬時に溶けていた。魔物の悪足掻きも虚しく失敗に終わった。
「あん、服が汚れちゃいましたわぁ……イケない子……フフフフ!」
寧ろ服が汚れて嬉しそうなサフィーアは魔物へと杖を向け直す。
「ヤメロ! 近寄ルナ……!」
「大丈夫ぅ、怖くないわぁ! 私の取っておきの“魅了の魔法”でぇ、タ・ノ・シ・イ・コ・ト・しましょう? アハハハハウフフフフフオホホホホホホホホホ
」
砂漠に魔物の悲鳴が響き渡った。
三日後、朝になると何故か全裸になっていたサフィーアは服を着ると大きな欠伸をした。
「ちょっと、楽しみ過ぎましたわねぇ……」
サフィーアはソッと隣の“物体”に目を向ける。そこにはさっきまで力強く咲いていたのが嘘みたいに干からび、小さくなった花の魔物がまるで悦んでいるかのように震えながら倒れていた。
「こんなシワクチャになったら使い物になりませんわねぇ……どうしましょう。オグデンに怒られちゃうぅ~。」
まだ騙されていたことに気付いてないサフィーア。しかしそんな不安よりも三日三晩も“発散”できた喜びの方が大きかった。
「ありがとう花の魔物さぁん、とても良かったですわよぉ~。また遊びましょ……」
恍惚の笑みを浮かべて花の魔物に向けてお礼を言うと、青い箒を取り出して跨がった。
「さ、魔女っ娘サフィーちゃん帰りまぁす!」
そう言うと自分の家がある城下町の方向へと飛び立っていった。
一方その頃、サフィーアを上手く騙せたと思い込んでいるオグデンは優雅にコーヒーを飲んで寛いでいた。追い出した筈の厄介者が戻って来ることも知らずに。