一章-2
次の日起きると、 既に朝食が準備されていた。 スクランブルエッグに、 ベーコンとブレッドというイギリス風な朝食だった。
アカネが、 ケンジの部屋のキッチンで作ってくれていたらしい。
丁度、 アカネがこちらに向かって来る所だった。
もう昨日のことは水に流したらしく、 気にしていないようだった。
「おはようございます」
「ああ、 おはよう。 随分と早いな、 まだ七時だぜ? 」
「早めに学校に行かないと学園長からのお小言が長くなりそうだな、 と思ったので」
アカネでもお小言とか言うんだな……。 ケンジはそんな下らないことを考えていた。
「それにしても、 随分と目覚めが良いですね。 それに、 七時だってすぐわかるなんて」
「うん? まあ、 三時半に一回起きて、 トレーニングして、 風呂入ってからの二度寝だったしな」
「……え? 」
まあ、 確かに早起きだとは思うが、 そこまで驚く顔をするものだろうか。しかし、ケンジが質問したのはまるで見当違いなものだった。
「なに? 魔法使いって運動しないの? 」
「え、 えと、 戦うのに自分自身が動くことは余り無いので……」
そして、 アカネも普通に答えてしまったので、 最初の疑問が吹っ飛んでしまった。
「動かない? 戦闘なのに?」
「……すいません。 少し語弊がありますね。 肉弾戦にはならない。 そういう意味での動かないです」
「なるほどね。 アカネはスタイル良いけど、 それはやっぱ美容なのか? 」
「魔法使いは女性しか居ません。 これまでは、 ですが。 なので、運動は殆ど趣味ですね。 美容だなんてそんな大層なものではありませんが」
「なるほど。 そりゃ大変そうだ」
魔法使いにはスタイルが良い人とそうでもない人との意識の差、 戦闘力などの差とかはあるのかだろうか。
ケンジはそんなことを思いながらも、 アカネと朝食を食べることにした。
実際はケンジの早起きは世間一般的にも早いものなのだが、 男性とあまり話す機会のなかったアカネが一人で納得してしまったので、 自然と会話が噛み合ったという状態になっていた。
結局、 アカネの最初の疑問である早起きをする理由についての答えが、 ケンジから語られることは無かった。
「さてと、 では行きましょうか」
ケンジとアカネは準備を整え遂に学校に向かうことにした。 ここから学園には、 近場にある転移場から魔法陣を通じて直接行くことになるらしい。
「ああ、 今からドキドキだな」
「ケンジさんでも緊張するんですか? 」
なんか今さり気なくdisられたのだろうか。
「そりゃまあ、 人並みに」
「そうなんですか」
アカネはそう言うとクスッと少し笑った。
なんかもうアカネの周りの景色が一瞬アナログに見えてしまった……。 それぐらい可憐な笑顔だった。
「どうしたんだ? 」
しかし、 それを口に出すとアカネが恥ずかしがってしまって、 会話にならないので言わないことにする。
ケンジは誤魔化すようにアカネに笑顔の理由を聞く。
「いえ、 あんな強大な力を持っているのに、 人並みと言うのが少し可笑しくて」
ケンジが少しバツの悪そうな顔をすると、 アカネも笑みを消し始めた。 それでも暫くは止まらなかったが……。
転移場はホテルから五百メートルと離れていない場所にあった。 意外にも景色の開けた場所にあり、 人が来ればすぐにでも目に付いてしまいそうだった。
「こんな所に転移場なんかあったのか」
「私もここに来て初めて知りました」
「なんで知らなかったんだ? 」
「私たちの知る転移場の魔法陣とは少し異なりまして……、私たちでは感知出来なかったのです」
「なるほど」
この模様は、 あの人が作った魔法陣か……。 まあ、 関係ないな。
ケンジは心の中でそう断言して魔法陣の上に立つ。
「では、 行きます」
そう言うとアカネは自分の魔力を魔法陣に流し始めた。 そうすることで転移出来るらしい。
そして、 一瞬目の前が真っ暗になった。
「着きましたよ。 ここが私の通っている高校、 黄金の航海者です」
ケンジの目の前に広がる高校は正しく、 ゴールドだった。 至る所に金箔が貼られており、 キラキラと輝いている。
まだ登校時間ではないのか、 生徒の姿は見えない。
「へぇ〜。 随分とまあ、 豪華な校舎だな」
「学園長の趣味ですよ」
なんかアカネも気にしていないようだったので、 ケンジも気にしないようにする。
「学園長には、 俺のことは? 」
「連絡しましたよ。 かなりの興味をお持ちでした」
「そか。 ならさっさと行こうぜ」
ケンジとアカネはそのまま学園長室に向かうことにする。 幸い部屋までの道のりで生徒に会うことは無かった。 会った場合なんと説明しようか悩んでいたので、 正直ホッとした。
学園長室は一階の玄関から一番遠い所にあった。
しかし何故か、 魔王みたいな雰囲気がドアから伝わってくる。 扉もなんか悪魔の絵とか描いてあるし……。 取り敢えずアカネがドアをノックする。
「どうぞ」
中から聞こえて来たのは意外にも強気そうな声だった。
恐らく同い年、いや二、三歳は上かもしれないが、 それでもそう、離れてはいない気がする……。
部屋の中に入ったケンジの目に飛び込んで来たのは、 なんか、 怖い女の子だった。
「お前がイレギュラーの男の魔法使いか……。 初めまして、 この学校の長。 的葉アンヌだ」
「初めまして、 三啼止ケンジです」
学園長アンヌの外見は、 肩甲骨まで伸びた黒髪の前髪に赤いメッシュを入れた、 ガラの悪い不良女という感じだった。
しかし、 かなりの美人だ。
意外だな、 アカネが真面目だから学園長も真面目だと思ったんだが……。
「今失礼なこと考えてたな? 」
アンヌに睨まれるも、 ケンジは無表情で「いえ別に」と答える。
「学園長だから真面目。 だなんて誰が決めたんだよ? オレはな、 自分の好き勝手に行動する為に学園長になったんだ」
「スゲー自由だな実際……」
ケンジもタメ口になったが誰も気に掛けていないようだった。
なるほど、 こんな感じで良いのか。
学園長室の内装は至る所に魔法陣が刻み込まれており、 所々にホワイトボードもある。 来客者用に豪華なソファーも置いてあるが、 あまり使われている形跡は無かった。
「そういや、 お前。 アカネの魔法式を読み取ったり、 身体からドラゴンを出したりとか色々破天荒なことやってるみてえだな? そして、 胸も揉んだとか? 」
「! //// 」
アカネが言ったみたいだな……。 さて、 どう説明したもんか。 間違ったことは何も言ってないからな……。
「さて、 どうしてくれようか? 」
「なにすんの? 」
ケンジが聞くとアンヌはニヤッとした。
うわ、 笑顔怖っ。
「いや〜? オレはそういう奴が好きだからな。 気にしないし、 そういう奴を待ってたんだよ」
アンヌはそう言うとケンジの身体をジロジロと見始めた。
なんだこれ。
「学園長は世界に七人しか居ない魔導王の一人です。 恐らく、 身体の中身を見て属性を見極めようとしているのでしょう」
「なるほどね。 でも、 多分無意味だぜ? 」
「無意味? 」
アカネが首を傾げると同時にアンヌも顔を上げた。
「ああ、 確かに無意味だった。 雷は話に聞いてたから持ってるのはわかるが、 それ以外はなんもわからんな」
「なっ!? 学園長でもわからないんですか!? 」
二人はケンジの方を何か信じられない物を見るかのような目で見た後
「ますます気に入ったぜお前! 顔も可愛いし! なあ、 オレの物になれよ! 」
「えっ!? 」
アンヌの爆弾発言でアカネも目を見開いている。
つか、 この不良何言った今?
「うん? 聞こえなかったか? ケンジ、 オレの物になれ! 」
「いや、 聞こえてるわ。 なに言ってんだアンヌ? お前の物ってなんだよ。 あと顔が可愛い言うな」
「そりゃアレだよ。 オレの旦那になれってことだ! 」
聞き間違いだと思いたかったが、 その期待が簡単に裏切られた。
見ればアカネも絶句している。
「いや、 初めましての相手に求婚はおかしいだろ。 せめて恋人からじゃないか?」
「それも違うと思いますよケンジさん!? 」
アカネはもう何だか見てるのも可哀想になって来るぐらいあたふたしていた。 いや、 別に本気では無かったんだが……。
「ケンジ、 お前本当に面白い奴だな。 ただ、 これ以上はアカネに申し訳ないからな。 その話は後だ」
「……ん? 」
なんで申し訳ないのだろうか。 確かにあたふたしているが、 そのような言葉で無くても良かったのでは? と思う。 だが、 それよりも
「アンヌ、 俺が聞きたいのは幼馴染みの捜索についてだ」
「ああ、 それについてもアカネから聞いたよ。 今捜索中だ。 申し訳ないが、 時間はかかると思う」
「それでも良いよ。 アイツに会えればな」
その後ケンジたちは少しずつ、 自分たちについて話し始めた。
アンヌはTHE・支配者になるのが夢らしく、 色々と好き勝手にやっているらしい。
だから、 一階の中でも一番遠い所に学園長室があるのか。 とんだ迷惑な長だな。
アンヌに睨まれたため口には出せなかったが。
「そういや、 ケンジ」
アンヌは話題転換のためかケンジ、 と名前を使って話し掛けて来た。
「ん? なんだアンヌ? 」
「お前の顔、 誰かに似てると思ってたんだが……、 メビウスに似てるな」
アンヌがそう言うとアカネは首を傾げながらも言葉を発する。
「メビウスって……、 魔導神ですか? あの人は伝説上の人物だと聞いていましたが……」
「いや、 魔導神は実在してるぜ。 全ての魔法と知識を持つ唯一の魔法使い。 アイツは最強だった。 オレは一度も勝てたことが無い」
「そ、 そんな人物とケンジさんが似てるんですか? いやまあ、 確かにケンジさんも破格の強さですが……」
「ん、 だから他人の空似だろ。 なあケンジ? 」
「母さんと他人の空似だったら矛盾するな。 それはそれで見ものだけど」
「だろ? ……ん? 」
「はい? 」
二人の顔がケンジの方を向く。
ケンジは当然かのように一言言う。
「魔導神は俺の母親、 三啼止エレンのことだよ」
「な……、 お前が魔導神の息子だと? 」
ケンジの発言にアンヌは絶句する。 アカネは最早人形状態だ。
「ああ」
ケンジの短い返答にも反応しづらそうだ。
そんなに驚くとは……、 魔導神の名は影響力が強いな。 あの人は一体何をやったんだ……?
「つか、 俺の母さんと戦ったって……。 アンヌ何歳? 」
「十九だよ! つか、 問題はそこじゃねえだろ! 魔導神に息子が居たなんて、 初耳だぜ!? 」
「そんな年齢でも学園長になれるんだな……。 アンヌ、 さっきの結婚の話受けるぜ」
「えっ!? 」
「え、 あ、 それはありがと/// 、 いやだからそうじゃなくて! 」
アンヌもこれには反応するらしい。 そして何故かアカネも動揺している。
そしてアンヌの反応が可愛いらしい。 オレ系女の子が照れるって最強だなやっぱ。 とケンジが他人事の様に考えるが、 二人がまだまだ聞きたそうだったため、 取り敢えず話を進めることにした。
「わざわざ公表するまでも無いってことだろ。 それに、 アカネ」
「はっ、 はい? 」
未だに頬の赤みが抜け切ってない二人。 そんな照れるのかアレ。
「俺たちは既に魔導神の魔法に触れてるぜ? 」
「え!? ど、 何処でですか? 」
「ここに飛ぶ時に使った魔法陣」
「あ、 アレが!? 」
二人とも興味津々だな……。
魔導神の魔法陣にはある特徴がある。 それは実にわかり易いものだ。
「魔法陣の真ん中に何か変な『輪』が無かったか? 」
「そういや、 お前たちが飛んで来た時に見た魔法陣……、なんか真ん中に模様があったな」
アンヌもようやく復活したらしい。 それでも、 少し照れてるような顔だが。
「うん、 ありゃメビウスの輪だよ」
「メビウスの輪? って、 捻れた輪のことですよね? 表と裏が定まっていない……」
「うん、 そのメビウスの輪。 母さんはメビウスの輪が好きだったからな」
「何でだ? 」
「それは知らん。 興味も無い」
そのケンジの言い方に何か棘があるような感じがして、 二人はそれ以上の追求を諦め、 また雑談に入った。
しかし、 到底納得してないらしく後でまた、 聞かれる可能性もあるが。
途中、 アカネにも「俺は来る者拒まずだぜ? 」と言うと赤面して黙ったりもした。
この二人恋愛系の話、 苦手だな〜。
ケンジは魔導神の話になりそうになったらこのネタで弄って誤魔化すことにした。