八章-2
二人がリングに上がる。別にセコンドなどはつかない。あくまでもスパーリングの一環ということらしい。レフェリーもつかない。
「本気で良いんですよね?」
そんな中、ケンジがそう問掛ける。スパーリングと言いながらも、ケンジ自身の実力は全員が知っている。そして、リンスの強さは格闘サークルのメンバーが知っている。二人が本気で戦えば、スパーリングでは済まなくなるだろう。だが
「良いですよ。武器の使用もありです」
そう言うとリンスはリング横にある赤いボタンを押す。途端になにか膜が張ったような違和感がリングに募った。
「肉体へのダメージを精神ダメージに変換する。私たちの戦いはこっちの方が良いでしょう」
リンスのその行動に周りが内心ハラハラとする。この戦いは、本当に本気で行うつもりなんだと。それこそ、五体満足で返すつもりなどないと言わんばかりに……!
「やりますか」
そう言うとケンジは、いきなりバックスピンキックを仕掛ける。リンスはその蹴りを上手く躱すと距離を取り、顔を上げたケンジの顎に掌底突きをする。
「がっ……!」
ケンジは顎に食らった衝撃を殺さず、後ろに自ら飛び、両足で難なく着地する。
(やっぱ強えな)
見ればケンジの口角が上がっている。そしてその場で何回かステップを踏むと、一気にリンスに詰め寄り、腹部に三日月蹴りを繰り出す。
クリーンヒット。
リンスは顔を歪めるが、食らった部分を二、三回叩く。
「容赦ないですね……!」
「いやいやリンス会長こそ!」
二人は笑みを浮かべると、互いに右ストレート!お互いにクリーンヒットするが、まるで効いていないかのように、続けて二発、三発と打ち込んでいく。
とうとうケンジの右ストレートが顎に入った。しかしリンスは動きを止めることなく、撃ち返す。今度は左フックがケンジのこめかみに入る。圧倒的なパンチ力を持つボクサーは相手の頭蓋骨を陥没させることがあると言うが、正しくそのレベルだろう。互いにグローブは嵌めていないのだ。正に素手での殴り合い。
武器の使用は認められてはいる。それは魔法使いにしてみれば、魔導書の使用を認めるということだ。事実リンスは足首にはめているウェイトから魔力を発している。恐らく、それがリンスの魔導書。対して、ケンジの魔導書は鬼銃剣龍。銃剣だ。この勝負に使うには、ケンジのプライドが許さない。
「この……!」
ケンジはリンスの左フックに合わせてカウンターで右を合わせる。リンスの膝が落ちかけるが、それでもダウンはしない。
(この人耐久力どうなってんだよ……!)
ケンジの心には焦りが生まれてきた。
「いやあ、二人とも本気だねえ」
イツキは面白がるように、二人の試合を眺めている。
それに比べ、カスミは今にも気を失いそうだ。
「ふ、二人ともどうしてあそこまで打たれ強いんですの!?普通なら、この二分間で、十回は倒れていますわ!」
カスミの言う通り、二人はもう既に何発も身体に打ち込まれている。そして何故か、互いに全く防御を取らないのだ。カウンターを打ち込むためにかわすことはあっても、腕でブロックしたり、ローキックを足を上げてカットすることも無い。そのせいでお互いに体力をゴリゴリと削っている。
「多分、ガードしても意味無いんだと思う」
「意味が無いとは……?」
「ガードした腕を骨折させたり、足も折っちゃうレベルで二人の力が馬鹿げてるんだと思う。だからそれならいっそと、防御しないで攻撃にだけ気を使ってるんだ思うよ。かわしてるのは、反射神経に全部任せてるんだね」
いよいよ二人の戦いは、佳境に入ってきた。
見た目では、お互いに傷を負わない。それがこのフィールドに掛けられた魔法だった筈だが
「いや、まさか出血するとは」
「俺たちの攻撃が、魔法の許容範囲を超えでもしたんですかね」
二人の顔は拳によるカットで血塗れだ。
なぜ防御しないのか。
それは二人のプライドだ。
相手の攻撃を全て受けて、そしてその上で倒す!
いつしか、格闘サークル部室内には、耳が痛くなるほどの静寂が満ちていた。
この人に勝ちたい。ケンジは頭の中はそのワードで埋め尽くされていく。
ケンジが本気を出せば、確かにリンスは倒せる。というか瞬殺だ。だが、ケンジにはそれが出来ない理由がある。
実は、ケンジはこの学園に来てから、百分の一も力を発揮してない。その理由は、ケンジ自信にも解けない封印を施されているからだ。
その封印が解けるのは何時で、誰が解けるのか、それさえもケンジは知らない。
ケンジがリンスと相対し、本気で倒そうと思う時、何かが壊れる。
(ケンジがここまでダメージを受けるとは思わなかった)
そこは暗い闇の中。ケンジの精神内の部屋。
(世界は広いということですね)
その者たちは、それぞれが暗い中に体を隠しているが、それでもその鱗だけは見える。
黄色もいる。青もいる。そして、三人目は赤だった。
(俺の力、少しは使えるか?)
三匹目の龍は、自身の力を少し漏らすことにした。
突然、ケンジの指先が震える。
「!?……ぐっ!」
ケンジは突然苦しみ出す。脂汗をかき、蹲る。
「ケンジくん!?」
イツキが焦り、思わず声を掛ける。
これまでのダメージが一気に来たのか。いや、それにしては抑えてるのが心臓だ。
「ケンジくん、まさか持病でもありましたか!?」
リンスも思わず駆け寄りそうになる。が
「リンスさん、大丈夫……!勝負は、まだついてないっ!!!」
そう言うと、ケンジはゆらりと立ち上がる。その右手は、赤い鱗に包まれていた。
「なっ……!!!」
リンスは思わず後ずさる。
「さ、三匹目の龍!?」
カスミはもう失神しそうになるほど、震えている。
黄色、青、そして赤だ。三匹目の龍の力。
ケンジは明らかに苦しんでいる。それほどまでに力が強いのか。
途端、ケンジの姿が消える。
「えっ……がっ!?」
リンスの体が突如横に吹っ飛ぶ。見ればケンジがいつの間にかリンスの真横に現れ、裏拳を突き出す格好になっている。
その一撃は、リングの半分を壊す。リンスはその一撃だけで、ダメージが深まり、立てなくなる。
「……がっ!?頼む、リンス会長……!降参してくれ……。俺には、この力を制御するだけの力はまだ無いんだ!……殺してしまう!!!」
かくして、ケンジとリンスのスパーリングは終わり、ケンジ自身も腕を元に戻すと、そのまま倒れる。ケンジが目を覚ましたのは、そこから一時間後だった。
後に、リンスは語る。
「命の危機を感じたのは、あれが人生初めて。私は、他の魔導長と同じく、彼と住むことに決めるわ」
お楽しみくださいね