七章-3
「あ〜、 行ってしまいました……」
「あれ、 ルイビどうしたの? 何かお探し中? 」
「あ、 先輩。 探し物と言いますか、 私からの愛を受け取ってもらえなかったというか」
「アンタの愛は重いからね〜。 あれ、 でも愛ってことはなに男? 」
「重くありません」
「いやいや」
「最新の転入生さんとカスミ先輩ですよ」
「逃げたな? 全く。 て、 なに転入生男なの? 」
「逆に何で知らないんですか……」
「う〜ん、 もしかして私が任務に行ってた時に来たのかな? 」
「そういえば行ってましたね」
「うん、 それで? どんな奴なのさ。 その男ってのは」
「気になります? 気になります? 」
「突っ込まないよ私は」
「……そうですね。 随分と中性的な印象を持ちました。 しかし、 外見はそうでも中身とまではいかない感じですね。 蛇、 いえ龍の印象を何となく持ちました」
「蛇とか龍って……、 アンタがそれ言うと清姫みたいだね。 でも、 ルイビがそう言うってことは一筋縄じゃいかなさそうだね」
「イスラエルの血が騒ぎます? 」
「いやいや」
そう苦笑しながら否定する彼女は、 茶髪をショートカットにしてはいるものの顔は少々外の血が入っていそうだが、 それでも日本人顔で、 イスラエルの面影はない。
だが、 それなりの人生を積んだ者の顔であり、 更に相当な美人だ。 身長もケンジとはそう変わらない程高く、 肩にかけているテニスラケットケースが活発で爽やかな印象を与えている。
「私はイスラエルで生まれて、 そこで育っただけ。 純日本人だよ? 」
「そうでしたっけ」
「そうだよ」
何となくそのやり取りに二人が笑みをこぼす。
「さて、 と。 そもそもその転入生は何しにここに来たの? 」
「部活見学ですね」
「てことは、 ウチにも来るかな? 」
「魔導長全員に会うのが目的。 みたいなことを言っていましたので、 その内行くと思いますよ」
「普通の奴ならオカ研には行かない。 格闘サークルの魔導長は会えないに等しい。なら、 次はウチだね。 時間はまだあるし、 今日来るかもね」
「では、 イツキ先輩また後ほど」
「うん」
「惚れないようにお気を付けて。 あ、 あと、 ちょろインにはならないで〜」
「チョロくないし!? 」
そう言って部活先のテニスコートへと急ぐ橿疚イツキの瞳には「סיוט」の文字が妖しく瞬く。
その文字はヘブライ語で意味は「悪夢」。 イスラエルに属するソロモン諸島出身のイツキ。 ソロモンの悪夢。
そう評された怪人物がケンジが出会うことになる『七』人目の魔導長であった。
ルイビの元から逃げ出した二人は自販機で一息つきながら後の予定を確認する。
「次は……、 テニスサークルか」
「そこに居る魔導長は橿疚イツキ。 姐御肌と言うのでしょうか、
後輩への面倒見は凄く良い人ですわね」
「俺にも優しく接して貰えると良いんだけどな」
「まあ、 そう願うに越したことは有りませんわね」
二人は飲み終えた空き缶をゴミ箱に捨てると、 テニスサークルへと向かう。
アンヌに聞いたところ、 部室はミーティング以外では使わず、 基本的にはテニスコートへ周りに居るため、 そこに向かうのが手っ取り早いと言っていた。
テニスコートは、 部室棟近くの屋外部活エリアに設けられている。
屋外部活エリアには他に、 サッカー場、 野球場(体育の時は普通のグラウンドを使う)、 陸上のトラックフィールドなど、 様々なスポーツフィールドが設けられている。
ケンジたちがその場に行くと、 活動しているのがテニスサークルだけだっため、 真っ直ぐとそこへ向かう。
「すいません、 見学に来たんですけど……」
「あ、 はい。 お待ちしておりました」
「待っていた……? 」
話し掛けた中等部の生徒の言い方に、 違和感を覚えたケンジだったが、直ぐにその理由がわかる。
「待っていたよ。 ルイビから話は聞いたからね。 カスミと、 ケンジ君だったね」
「貴女は……」
爽やかな声音でケンジたちの名前を呼ぶその人物は、 これまた美人の、 しかしケンジがこれまで会って来たどの魔導長とも違う印象を持った人だった。
何しろ、 爽やかなのだ。 如何にもスポーツ系ですよと言わんばかりに日焼けし、 しかしそれでもその肌のキメ細かさがわかる。
「貴女が、 橿疚イツキ先輩ですか? 」
「そうだよ」
「ルイビからってことは、 その……」
「うん? 」
ルイビは独特の人との距離感を持った女性だ。 と言うよりも、 妄想で脳内ストーリーが強烈に進んでしまうタイプだ。 突っ走ってって最終的に壁さえも打ち抜くタイプ。 ……言い過ぎだろうか。
「俺のことをどういう風に言っていました? 」
「どういう風にって……、 私の愛を受け取ってもらえなかったとか。 中性的だとか」
やっぱりそうなのか……、 と若干憂鬱になるケンジ。 どう誤解を解こうかと考えていたのだが
「そして、 蛇とか龍の印象を持った。 そう言ってたね」
「……なるほど、 それは間違ってはいないですね」
「へえ、 なら本当にそういう力持ってるんだね。 私はてっきり、ギャグかと思ってたんだよね」
「ギャグ? 」
「あの子が蛇とか言うと清姫みたいだから、 狙ったのかな〜って」
「ああ、なるほど」
ルイビが清姫かそれはそれは、 お似合いのことで。……いや、 そこまで行くと身の危険を感じるんだが……。
ケンジとイツキが二人で笑っていると、 カスミがケンジの袖をくいくいと引っ張り
「ケンジさん、 清姫とは一体どなたですの?」
「うん? ああ、 清姫ってのは伝説上の人物で……」
清姫とは、 紀州道成寺に伝わる安珍・清姫伝説の登場人物である。
大変な美形であった参拝中の僧、 安珍に清姫という女性が恋をする。 清姫はその想いを抑えることが出来ず、 女性としては似つかわしくない夜這いを掛けてしまう。
参拝中の身のため迫られても困ると告げる安珍は帰りに会うと騙し、 そのまま参拝をしに道成寺へと行ってしまう。
騙されたことを知った清姫は怒り、 道成寺までの道中で追い付く。 が、 安珍は再開を喜ぶどころか、 自分は別人だと嘘を重ね、 更には地元の神に助けを求め清姫を金縛りした隙に逃げ出そうとする。 ここで遂に、 清姫の怒りは自らの姿を蛇身へと変えてしまう。
川を渡り道成寺に逃げ込んだ安珍を追い掛けるのは、 口から火を吹き川を自力で渡る蛇身の清姫であった。 追手を止めてくれるよう他人に頼むも意味は無く、 安珍はやむを得ず道成寺の釣鐘を下ろしてもらい、 その中に隠れる。 が、 清姫はその鐘に巻き付き、火の息で焼き尽くす。
因果応報、 安珍は中で焼け死に、 清姫も入水自殺をする。
「……っつー話。 安珍の正体は清姫を金縛りにしたという熊野権現の化身とも言われていて、 逆に清姫は観音菩薩の化身と言われているな」
「……なんと言うか、 悲しいお話ですわね」
「しかも清姫はこの時十二歳だからな」
ケンジの発言でカスミどころか地味に聞き耳立てていたテニス部員たちも驚きの声を上げる。
「じゅ、 十二歳……ですの? 」
「うん、 小学六年生。 その年齢で夜這いって、昔の日本どうなってんだよ」
「色々な意味で恐ろしい話ですわね」
「まあな。 てか説明して思ったけど、 ルイビが清姫って俺死なね?」
「いや〜、 そこまで忠実に清姫にはならないと思うよ? かけまあ、 相手が美形っていう共通点も見つかっちゃったけどさ」
「美形言われても、 反応に困るんで」
「あれ、慣れてないの? 」
「俺は小、 中、そしてここに来る前に通っていた一般高校では友人居ませんでしたからね」
「え、 そう、 なんですの? 」
カスミが大きく目を見開いて、気遣わしそうにケンジの左手に手を添わせる。
その行動にケンジが少し驚きながらも「ありがとな」、 と笑いながらそっと手を握り返す。
「バカップルだね〜」
「へ? あ、 いやこれは違いますわ!? いえ、 違わないと言いますか、 その! 」
イツキからの無感情な言葉に対し、 あわあわと慌てふためくカスミの対比が面白く思わず吹き出してしまうケンジ。 しかし、
「イツキ先輩違いますよ。 ケンジ君の彼女はアカネちゃんですよ」
「え? 学園長じゃなくて? 」
「まさかの年の差!? 」
「いや、 学園長十九歳だし……」
「三歳差か~。 良いかもね」
「そんなこと言ったらアカネ先輩に失礼では? 」
「いや、 それよりもカスミに失礼だから」
「ケンジ君、 清姫に嫌われるよ? 」
周りの部員の話を聞いたイツキにジト目で死刑宣告を受けるケンジ。
「清姫に嫌われるってシャレにならないですね……」
「そうだね、 ゲームでも清姫はバーサ〇カーのクラスだしね」
「イツキ先輩F〇Oやってるんですか!? 」
「勿論! だって私はイスラエル生まれだからね! イスラエルの王が出るんだから」
「しかも中々にやってらっしゃる! ネタバレに近いのでそこでストップ! 」
「あのゲームの清姫って、 水着姿になるとわかるけどスタイル滅茶苦茶良いんだよね。 胸も大きいし。 その点も、 ルイビと似てるところかな」
「へ、 へ〜。 そうなんですね……」
胸の話をした途端にこちらを睨み付けてくるカスミ。
い、 いやカスミも小さくはないと思うぞ? うん。 アカネとくらべると、 まあ、 うんそうだね。
「何か今とてつもなく、 腹が立っているのですけれど、 心当たりはおありで? ケンジさん? 」
「いや、 無いよ? ほんとほんと」
じ〜と見つめてくるカスミと、 視線を外すことのできないケンジの独特な緊張感が場を支配する中、 そんなの知らんわと言わんばかりにイツキが手拍子で注目を集める。
「はいはい。 そんなのは良いからね。 それよりも、 ケンジ君は私と会って何がしたかったのかな? 」
イツキがそもそもの疑問をぶつけてくる。 しかし、 そう言われると……
「やべえ、 特に無い」
「無かったんですの!? 」
カスミが大きく目を見開いて仰天の叫びを上げる。
「いや、 なんかこれまで会って来た魔導長とも特に何も無いしな〜。 まあ、 カスミとアカネとは一緒に暮らしてるけど」
ケンジがそう言った瞬間辺りが黄色い声に包まれる。
「なるほどね。 なら、 勝負しよう」
「勝負?なんの、てかまあテニスサークルだし、テニスとか?」
「ご名答。 テニスで私に勝ったら、 ケンジ君の寮に入ってあげる! 」
これまた違う歓声に包まれるサークル。
てか悲鳴多いな。 大丈夫か? 倒れる奴とか出て来そう。
「な、 なんでそうなりますの!? 別にそこまでしなくても! 」
「私もケンジ君に興味があるから……ね?」