七章-1
しかし、 この時。 ケンジはあることに気が付くべきだった。
名前が気に入らないとリリス本人は語っており、 自分もその理由を推測出来たのだから、 その一歩先、 何故親はそんな名前を付けたのか。
愛すべき自分の娘に何故そのような不吉で、 不幸で、 最悪な名前を付けたのか。 カインという一族の名に、 その様な名前を付けたのか。
リリスが、 親からどういう扱いを受けてきたのかを。
そして、 それに近い日々を受けて来た筈のケンジは本当に気付かなければならない人物だったのだが、 それ知ることは未だ出来ず。
リリス本人と邂逅し、 その歯車は噛み合い、 物語を紡ぎ出す。 今はその時をただ、待つだけである。
「さあて、 まず最初はオカ研……はこっちが落ち着いてからでいいか」
部活見学二日目、 ケンジは前日にアンヌから聞いていた魔導長が居る部活、 そしてサークルに行く為に、 その順番を決めている所だった。
「最初に文化部から回った方が、 体力的にも良いのでは? 」
そう言うのは昨日と引き続き、 カスミである。
「そうだな。 なら、 茶道部か。 茶道部に居る魔導長は? 」
「中等部三年、 E組の潮鳴ルイビさんですわ」
「ちょうめい、 ルイビか。 中等部なんだな」
「茶道部で、 メイザーイヴルティーも和服。 見た目は完全に大和撫子な感じですわね」
メイザーイヴルティー、 殆どの生徒は単に「服」とか「魔法服」と呼んでいる。
要するに戦う際に魔法使いが着る服のことだ。 普段来ている服を変化させる為、 丈夫な素材で作られている制服から変化させるのが望ましい。
と言うか、 制服状態でも防御力は殆ど変わらないのだが、 戦う際のスイッチの切り替えやテンションを上げる為に服装を変える生徒が多い。
因みに体育の際にはジャージ型のメイザーイヴルティーが支給されている為、 そちらを着用する。 ケンジも転入式の際にアンヌより渡されている。
「大和撫子ねえ……アンヌの言っていた毛色が違うってのはどういうことなんだろうな? 大和撫子って言ったら乙女とかと系統同じ感じするけど」
「私もあまり会ったことはありませんわね」
「同じ魔導長なのに? 」
カスミの発言に疑問を覚えるケンジ。 魔導長同士なら任務や色んな業務等で行動を共にすることもあるだろうと思ったのだが。
「私は産まれた場所がここなので、 高等部まで一貫で来ましたが、 ルイビさんは中学一年生。 私が中学二年生の時にこちらにやって来てましたの。 校舎も離れていますしその時はまだ、 お互いに魔導長では無かったのですわ」
ここ、 というのはゴールドクルーズという国であり、 この島の名称だ。
元は無人島だった場所に黄金の航海者というケンジたちの通っている高校が作られ、 魔物によって住んでいた場所を追われた市民たちがこの島に保護、 又は自分たちで集まり、 その周りに町を築き上げたのがゴールドクルーズという国の始まりである。
現在は魔法使いという表に出ない組織の為、 日本とは別の国に区分されているが、 日本からやって来る市民が圧倒的に多い為、 殆どの法律は日本に準じている。
「へ〜、 じゃあ、カスミは高等部入ってから魔導長になったのか? 」
「そうですわ。 そして同時期にルイビさんも。 なのですれ違っている感じですわね」
「ていうか、 魔導長の中でここ出身なのは誰なんだ? 」
ケンジの質問にカスミが右手の指で数を数えながら説明する。
「まず、 私、 風飛ヒヨリさん。 そして、 リリス・カインさんですわね」
「三人か。 てか、 二人スゲーの混じってるな」
「その点については私からは何も言えないですわね」
カスミが苦笑しながらケンジの独り言に応える。
こうして改めて見ると、 カスミも相当な美人なことが分かる。 髪の色は日本人らしい黒色。 髪型はポニーテール。 実はケンジの好みの髪型の一つでもある。 ストレートも良いけど、 ポニーテールも良いよなあ。 髪色は別に何色でもオーケー。 てか、 自分の髪色も一般的とは言えないし。
「どうしましたの? 」
「え? あ、 いや。 何でもない」
思い掛けずじっと見つめてしまっていたらしい。 ケンジは頬に差した少しの赤みを
「んじゃ、 茶道部行ってみるか! 」
という言葉で多少強引に誤魔化し、 ケンジはカスミを連れて茶道部へと向かう。
「ケンジさん! 茶道部はこっちですわよ!? 」
「へ!? 」
普段のケンジであれば、 こういうあからさまなミスはしないのだが、 かなり動揺しているらしい。 そして、 動揺している自分に気付いて更に動揺しそうになる。
(変わったなあ、 ここに来てから。 全然、 張り詰めた空気にならないし。 俺もこんなに隙が出せるなんて)
別にそれが悪いとは思わない。 ただ、 慣れないだけだ。 しかし同時に楽しんでもいる。
日常とは、 こんなにも変化が起こるものだとは思わなかった。 知らなかった。
(控え目に言っても、 最高に楽しいな)
ケンジはカスミの先導に従い、 茶道部の部室へと進んで行った。
「あ、 やっぱ茶道部は和室っぽいんだな」
茶道部の部室前へと来たケンジとカスミ。
部室側の壁自体が、 他の部分と違い、 土壁となっており更にその上から漆喰が塗られていた。
端末で茶道部について確認すると、 部員は八人。 顧問は、 中等部の担任らしくケンジはまだ会ったことのない人物だった。
部室の中では、 全員がよく見る茶道の状態。 つまり、 一人が釜でお湯を沸かし、 その対面に生徒たちが並んでいる状態だ。
茶道については心得が無い為(道具の名前についても殆ど分からない。茶筅と茶碗、後は帛紗位だ)、 ケンジはひと段落着くまで廊下で眺めることにした。
「ケンジさんは、 茶道はやらないんですの? 」
「ああ、 いや。 何か心得とか作法とかあるのって苦手なんだよな。 足すぐに痺れるし」
「私は紅茶の方に行きましたが、 最初はこちらに誘われましたので何となくは知ってますわ」
「あ、 紅茶のみじゃなくて、 お茶全般好きなのか? 」
「両親がお茶の葉を仕入れたり、 実際に葉を作っている所へ行って飲んでいたらしいですわ。 今でも似たようなことはしていますし」
「あれ、 この島を出るのって任務とかそういう理由が無いとダメなんじゃ……? 」
「それは黄金の航海者生の場合ですわ。 一般市民からすれば保護して貰っている場所なのは確かですが、 所詮外国に過ぎません。 パスポートさえ持っていれば日本に行けますわ」
「黄金の航海者生の場合? 他の学校なんてあるのか? 」
「魔法使いが身内に居なくても、 避難という形でここに来る人が多いので、 一般の学校もありますわ。 幼稚園から大学院まで、 学校の種類自体は一つだけなので、 クラスによって偏差値を分けている状態ですわ」
「はあ〜。 色々大変なんだな」
何だか適当な返事をした様な感じになってしまったが、 一つの島でそこまでするというのは本当に大変だろうと思う。
魔法使いという立場は一般より優れているという見方、
【確かに事実ではあるがそれは全体を見てはいない】
今は魔法使いは普通の生活をしてさえいれば、 見ることは無い。 そういう存在だからだ。
しかし現に魔物の脅威に晒された人たちを保護するという使命を帯びている。
それをするのが当たり前だという状況になっている。 もし、 魔物が都心を襲う様なことがあれば、 大勢の人が危機に晒される様なことがあれば、 魔法使いが世界に晒される。 保護しきれなくなる。
魔物だけじゃない、 ケンジとアカネが初めて出会った際に戦ったルーシア。 組織名は、 フレグランスだった筈だ。 他に組織が居てもおかしくない。
もし、 そいつ等が都心を狙えば、 その悲劇が起これば。 立場が悪くなるのは魔法使いだ。
「何故、止められなかった」、 「何故、魔法使いを隠していた」、 そして最悪なのは、 「魔法使いとは、人間に害をなす存在なのではないか」。
そう思われることだ。
フレグランスという組織は魔法使いをメンバーに持つ組織だ。 都心の人たちが見た最初の魔法使いがフレグランスであれば、 その疑いを晴らすのに一体どれだけの時間と労力が必要になるだろうか。
もしも、 日本という大国が黄金の航海者を相手に戦うことになったら……。 いくら魔法使いでも多勢に無勢となってしまう。
魔法使いの人数よりも自衛隊の方が多いのだ。 それに、 その危険があるのは日本だけではない。中国や、 アメリカ、 オーストラリア、 ヨーロッパの国々、 その全てにその可能性があるだろう。
(ま、 そこは俺が考えることでは無いな。 この島もまだまだ土地は余ってるし、 ヴァチカンだったか? この問題には真っ先に対処すべき考えも、 金も、 労力も全てが揃ってる筈だ。 それなら、 俺が考えることは本当に何も無い)
「どうしましたの? ケンジさん? 」
考えごとをしていたケンジにカスミが声を掛ける。 どうやら、 難しい顔をし過ぎていたらしい。
ケンジは苦笑しながら否定の言葉と礼の言葉を口にする。 それと同時に部室の方から声が聞こえてくる。 さっきまでとは違い、 学生らしい声の大きさだ。 茶道の時間がひと段落着いたらしい。
「お、 じゃあ行くか」
「はい! 」
ケンジとカスミの二人は茶道部の部室へと入って行った。
お久し振りです。
今回は用語説明に重点を置き、また、ケンジの考える魔法使いの立場について書いてみました。ここに関してはこれから膨らませて行けたらな〜と思います。