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六章-5

 「ああ、 鼻血出て来た」


 ケンジの鼻からドロドロと血が溢れ出てくる。 地味にヒヨリの打撃が効いていた。


 部屋を出た際にブチッという耳障りな音がすると、 そのまま止めどなく血が溢れてきたのだ。 だが、 ケンジはそれを手で拭うこともしない。 床に垂れ落ちるのも気にはしない。


 何故なら、 その血は床に着く前に少しの蒸気と共に蒸発するからだ。


 「そろそろ治るかな」


 ケンジのその言葉通りに垂れ落ちる血は止まり、 鼻の傷は癒える。


 いつ見ても、 いつ感じても。 いい気分ではない。


 いや、 有り体に言って最悪な気分だ。 人間じゃない。 頭に殆ど、 を付けても大して意味は変わらない。


 言い訳してる気分になる。


 自分は十一年前に辞めたんだ。 事実と順番は違うけど、 俺は自分の意思でこの身体になった。 この身体を欲した。


 自分の意思で、 人間を辞めた。


 後悔は……しない。 してはならない。 家族にも、 龍にも、 それでは失礼過ぎる。


 それこそ、 人間じゃなくなる。



 「確か、 部活の時間は四時半まで。 それ以降は許可が必要だっけか。 今の時間は……」


 端末の時計は四時二十五分を表示していた。


 「意外と時間使っちゃったな……。 寮に戻るか」


 ケンジがそう決め、 少し早足で歩き始めると、 ティアリーが目の前を歩くのを見つけ、 駆け寄る。


 「よっ、 ティアリー」


 ビクッと身体を強ばらせ、 ティアリーが恐る恐るとこちらに顔を向ける。


 「ケ、 ケンジさん……? 」


 「お、 名前知っててくれたのか」


 こうして見ると、 本当に人形のようにか弱く見える。 カスミがティアリーを気にかけてたのもこういうところなのかもしれない。 何というか、 保護欲が掻き立てられる。


 「ティアリーはさ、 あ、て かティアって呼んでいい? 」


 「……え? あ、 はい」


 「あれ、 嫌だった? そしたら、 ごめん。 やめるけど……」


 「あ、 いえ。 あだ名なんて付けられたの、 初めてなので……」


 「そっか。 じゃあ、 俺がティアのあだ名付けた人第一号だな! 」


 「……!! 」


 こんな時は多少、 馴れ馴れしく行った方が良いとリンカが言っていた。 最初は本当かよ、 と思っていたのだが試しに元の高校でしてみると意外な程にスラスラと会話出来た為、 重宝している行動になっていた。


 「ティアはさ、 何で昼頃俺のこと見てたの? 」


 「……えっと、 」


 ティアリーは少しの間口をモゴモゴさせていたが、 意を決したように顔を上げると


 「ケンジさんは、 この前の緊急任務で活躍したと聞いてます……」


 「まあ、 自分で言うは変な感じだけど、 評価的にはそうなんじゃないかな」


 「私はまだ中学生なので、 その評価も又聞きです」


 緊急任務に参加、 もしくは招集されるのは高等部以上に限られている。 その為、 ティアリーがケンジの話を詳しく知らないというのも当然のことである。


 「それで、 どうしたいの? 」


 「……私に、 魔法を教えて欲しいんです……! 」


 「魔法って、 今先生方に習っているやつではダメなのか? 」


 「ダメという訳ではありません……。 ですが、 その、 人と話すのが苦手で……」


 確かに、 ティアリーは引っ込み思案な所がある。 分からないところがあっても聞きに行きにくいタイプなのだろう。 前の学校にもいや、 全国的にもこういった大人しくて人と関わるのが苦手な人は多い筈だ。


 ケンジ自身も小学生の時は人と会話できなかった為、 そういう気持ちがわかった。


 「オーケー、 じゃあ、 今日はもう寮に戻らないといけない時間だし、 明日先生から許可取って一緒に練習しようか」


 「! ……はい! 」


 「良い返事だ! 」


 ケンジはティアリーとそのまま校舎を出ると、 寮までしっかりと送ってから帰路につく。 まだ外は明るい時間帯だが、 食堂で夕飯を食べる生徒も多い為、 一度寮に戻り荷物を置いてから校舎に戻るとのこと。


 「許可取るのは、 アンヌで良いのか? いや、 毎日うちの寮に来るとは限らないしな」


 アンヌが自由過ぎて学園長だということを忘れてしまう時がある。


 というよりも「ああ、 アンヌが学園長か。 そう言えば」というふうに基本的に学園長だという印象が無い。 こんなことを本人の前で言うと不機嫌になること間違いなしだろう。



 「何か嫌なクシャミ出たんだがケンジ分かるか? 」


 「分かるわけないだろ」


 女の勘は怖い。 いやマジで。 というか、 当然の様にアンヌが寮に居るのは突っ込むべきなのだろうか。


 「アンヌ、 お前仕事は? 」


 「ハノネがやってる」


 「え〜……無いわ〜」


 ケンジが非難の声を上げるも、 何処吹く風と言わんばかりの態度をとるアンヌ。


 「そういえば、 ケンジさん。 風紀委員長とはどうなりましたの? 」


 そういえば途中でカスミとは別れていたんだった。 その後が濃すぎて忘れてしまっていた。


 「え、 風紀委員室に行ってたんですか? 」


 生徒会の仕事をしていたアカネと学園長として仕事……していたかどうかは分からないアンヌに対し、 ヘアピンを外して机に置きながら、 ケンジは今日の出来事を説明する。


 「部活見学中にティアが俺のことを見てたから、 その理由を聞いてて」


 「ティア? 」


 「ん? ああ、 ティアリー。 ティアリー・ブラッドだっけ? 中等部の」


 「ニックネームを付けるほど仲良くなってたんですのね」


 「へ〜……」


 「手早いな」


 「……それで、 タニカに、 ティアをストーキングをしようとしていたっていうあらぬ疑惑を掛けられて」


 「あらぬ、 か? 」


 「まあ、 日頃の行いですよね」


 「擁護は、 難しいですわね」


 「ねえ、 何で俺攻撃されてんの? 誰か助けてくれる人が……居ないんだけど!? 」


 何故か現場に一緒に居たカスミからも攻撃され、 自分の居場所を失うケンジ。


 「つか、 風紀委員長と会った=風紀委員室に行った、 ってなんでなるんだ? 」


 先程のアカネの言葉に疑問を持つケンジ。 あの風飛ヒヨリとかいう人物はどういう人物なのだろうか。


 「いえ、 あの人単純に出不精なので」


 「何だアイツ」


 心配して損したというか、 奥がないというか。 先輩なのにボロクソに言ってしまっても別にいいやと思えてしまう。


 「風紀委員長て何歳? 」


 「二十一だった筈」


 「え、 じゃあアンヌよりも歳上なのか」


 「俺より歳上の魔導長(セレスト)は三人居る。 ヒヨリがその一人だ」


 「え、はあの見た目と性格で魔導長(セレスト)!? 」


 「性格関係あるか? 」


 「だって、 俺がこれまで会った魔導長(セレスト)は、 アカネ、 カスミそれにリーフ先輩の三人だぞ? これまでの性格とは系統が違うじゃねえか」


 「性格の系統? 」


 アカネが首を傾げる。


 「大人しい乙女、 もしくは大人しいお姉さん」


 「ケンジさん、 乙女って単語好きですよね……」


 そうは言いながらもアカネとカスミは頬を赤らめる。


 「何だ、 ヒヨリを入れてまだ四人としか会ってないのか? なら、 明日はここに行け」


 そう言ってアンヌはメモ帳に何やら書き出すとそれをケンジに差し出す。


 「茶道部、 オカルト研究部、 格闘サークル、 テニスサークル、 か。 この四つにそれぞれ魔導長(セレスト)が居るのか? 」


 「考えてみればその四人は全く性格が違うかも知れん。 少なくともケンジが会ってきた四人とは毛色が違うだろうな」


 「ふ〜ん。 明日全員に会えるのかね」


 「オカ研は厳しいかも知れません」


 「何でだ? アカネ」


 アカネは黄金の航海者(ゴールドクルーズ)専用端末を取り出すと生徒の情報を表示させる。


 「リリス・カイン……。 コイツがオカ研に居るのか? 」


 「そうです、 中等部の三年生。 極度の人嫌いで、 授業にも参加してません」


 「不良娘か」


 「その言い方オヤジくせえな」


 「うるせ」


 アンヌの軽口に答えてからケンジはリリスが表示されている画面を読む。


 「リリス・カイン。 また、 スゲー名前だな」


 「あ、 気付きました? この名前も気に入らないみたいです」


 「まあ、 だろうな」


 この名前を気に入る人物には恐らく出会えないであろうそんな名前だ。


 「私には分かりませんわ。 解説してくださります? 」


 カスミが頭を横に振りながらケンジに問い掛ける。


 「うん。 まずリリスってのはアダムとイヴで有名な、 アダムの最初の妻とされている悪魔だ。 少年を害するとも言われているな。 夜の魔女、 夜の悪魔とかあまりいいイメージは無い名前だ。 そして、 カイン。 これが厄介だ」


 ケンジはまるで講義するかのようにカスミに説明し、 アカネとアンヌも一言も発さないでケンジの説明を聞く。


 「厄介とは? 」


 「カインてのは、 アダムとイヴの最初の子どもなんだ。 人類で初めて殺人を犯し、 嘘を吐いた人物だな。 弟にアベルってのが居るけど、 ソイツが人類初めての殺された人物だ。 理由はまあ、 省くけど嫉妬だな。 だから、 兄弟間の嫉妬をカインコンプレックスと呼ぶらしい」


 ケンジは一息付くと最後を一気に喋る。


 「だから、 リリス・カインて名前は、 悪魔の名前だし、 殺人者と嘘吐きの代名詞みたいなものなんだ。 だがら、 恨んでもしょうがないし、 人嫌いになるのも道理かもな」


 「でも、 どうにかするのがケンジさんなんですよね? 」


 アカネが期待を込めた目でこちらを見てくる。 ケンジはサムズアップしながら


 「当たり前! 人間嫌いなんて勿体無いし、 名前は大切なものであっても嫌うものでは無いからな。 しつこい位話しかけてやる! 」


 「余計ストーカー扱いされるな」


 アンヌの言葉で寮内に笑い声が溢れる。



 リリス・カイン、 人を嫌っていると自分のことまで嫌いになっちまう。


 そんなの、 ダメだろ。

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