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六章-3

 「ケンジさんは、 髪を切らないんですか? 」


 一時間目のキミの授業が終わり、 二時間目三時間目と授業が進み、 四時間目の体育の授業の為に移動している途中、 アカネに話し掛けられた。 ちなみに、 休み時間は十五分と少し長めになっているらしい。


 「髪? あ〜、 ちょっと長いか? 」


 「ちょっとというか、 女子の中で普通ぐらいの長さですわよ? それって、 男子の中では相当長いのでは? 」


 「まあ、 向こうの時にも色々言われたな」


 向こう、 というのはケンジが元々通っていた一般の高校である。 ケンジの今の髪の長さは、前髪は目に少し掛かる程度、 後ろも襟足を覆っており両耳も髪に隠れている。 よく頭髪検査でも注意されていたが、 特に気にしてはいなかった。


 「でもまあ、 良いかな。 龍たちとの約束でもあるし」


 「約束? どういうのですか? 」


 「単純に髪はこの程度の長さにしてくれ。 っていうだけの約束」


 「どうしてそんな約束を? 」


 「龍たちって、 なんつうかオシャレ? なんだよね」


 いまいち意図が掴めない返答をされる。 ケンジも言葉が足りないと思ったのか、 続きを話す。


 「えっと、 龍たちもオシャレしたいんだけど、 出来ないから俺にオシャレさせて楽しみたいんだと」


 「……正直どういう状態か良く分かりませんが、 耳に穴が開いてるのもそうですか? 」


 ケンジの耳には、 右の耳たぶ、 通称イヤーロブに二つ。 耳の上部、 ヘリックスに一つ。 左耳にはそれぞれ二つずつと計七つのピアス穴が開いていた。


 「ああ、 これな。 俺が知らん間に開けられてた。 多分、 姉貴たちだろうな」


 「そう言えば、 お姉さんと妹さんが居るんですよね」


 「私は初耳ですわ」


 そういえば試験の後に行った夕食の時以外には言ってなかったかもしれない。


 「姉貴の名前はジュリ、 妹はアリス。 中学の時までは一緒に住んでたんだけどな」


 「高校から一人暮らしですの? それはまたどういった理由で? 」


 「外聞かな。 高校生の男女が同じ家に暮らしてるってのはちょっとな」


 「しかし、 家族ですよね? 」


 「リンカ、 幼馴染みとも一緒に暮らしてたし、俺ら顔似てないしな。 中学の時も恋愛事で色々あったんだよ」


 ケンジが本当に迷惑そうな顔で昔の思い出を語るが、 それはどちらかというと苦笑の割合が強く、 気に障るという意味の迷惑では無いらしかった。


 三人は着替えの為に少し急ぐことにした。



 「こんちわ。 スミル先生、 着替えに来ました〜」


 ケンジが来たのは本来なら怪我などの理由で来る保健室だ。 当たり前だが、 この学園に男子の更衣室がある訳が無いので、 保健室で着替えているのだ。


 「あら、 ケンジくんいらっしゃい」


 保健医の名前は栗李(くりり)スミル。 落ち着いた声音の女性だが、 色気のあるタイプで黒い髪を胸辺りまで伸ばしており、 口元にはホクロがある。 胸も申し分無く大きいが、 不思議と主張感は無かった。


 「んじゃ、 ベッド使わせて貰いますね」


 この発言は別にベッドにはカーテンがしてある為、 そこで着替えたいという意味なのだが。


 「あら、 遂に私とする気になった? 」


 「いや、 しませんよ? てか、 曲がりなりにもあなた学園の職員でしょうが。 学生、 しかも未成年に対しての発言じゃ無いでしょう」


 このスミルという保健医。 腕は確かなのだが、 一時間目の教師、 九里菜キミと仲が良いという時点で察するべきだったかもしれない。 スミルはかなりの下ネタ好きだった。


 「私としたくないの? 」


 「したい、 したくないじゃなくて、 問題だって言ってるの。 つか、 着替えないと! 」


 急いでケンジがカーテン裏に行こうとするが、 後ろでスミルがまだ話し掛けてくる。 本気か冗談なのかわからないタチの悪いことをこの保健医は言う。


 「もうちょっと色気を出した方が良いのかしら? ……ケンジくん、 君のが、 欲しいの♡」


 「〜!!!? 」


 いつの間にかスミルが後ろに立っており、 耳元に息を吹きかけてくる。 全身に鳥肌が立ち、 動けなくなる。 スミルの右手は太ももの内側に添えられており、 それもかなり際どい。


 「あら? もしかして、 ケンジくんって意外と迫られたら硬直しちゃうの? 」


 「なっ!? いや、 そういうのじゃ……」


 スミルの右手がケンジの股間に近づく。 何故かケンジの身体は硬直しきっており、 ズボンのベルトが外されそうになる。


 その瞬間、


 「ケンジさん! そろそろ授業が始まります……けど……」


 ああ、 いつも思う。 なんてこの娘はタイミングが神がかってるのだろうか。


 アカネが見た光景。 それは保健医である筈のスミルが、 ケンジの股間に手を伸ばし今にも性行為に及ぶかもしれないという、 普通の学校生活で見ることのないものだった。


 「ア、 アカネっ!? これは違うからな! 普通に抵抗してるから! 」


 ケンジの言い訳虚しくツカツカとアカネが歩み寄ってくる。


 「……スミル先生、 ケンジさんが困っているのでその手を離して頂けますか」


 アカネがスミルの腕を掴む。


 「あら、 怒らないんだ? なんか心変わりでもあった? 」


 「別にそんなことは無いですけど……。 取り敢えず離してください」


 ケンジが二人の間で何が起きてるのか分からず、 動けないでいるとスミルがその手を離す。


 「しょうがないなあ。 アカネさんに免じてここは身を引いてあげる。 ほら、 授業始まるわよ? 」


 「いやいや、 どの口が……」


 「ケンジさん、 行きますよ」


 ケンジが反論しようとするのをアカネが手を取り、 そのまま廊下へと出て行く。 スミルがこちらに手をヒラヒラさせるのを見ながら。


 「アカネ、 俺が言うのも何だけどさ、 怒らないのか? 」


 「……スミル先生はいつもあんな感じですし、 それにケンジさんですから」


 「え、 どういうこと? 」


 ケンジの質問にアカネが更に謎めいたことを言ってくる。


 「ケンジさんは、 ケンジさんですから。 まあ、 気にすることはあるかもしれませんが……。 というか、 多分します。 ……、 じゃあ、 こうしましょう」


 アカネがこちらを振り向いて口の前に人差し指を立てる。 まるでいたずらっ子のような笑顔に頬が少し熱くなる。


 「私の居ない所ではしないでください。 私が居ればコントロールは出来ると思いますし。 ね? 約束してください」


 「あ、 ああ」


 そのアカネの魅力的な笑顔に殆ど自動的にケンジが頷くと同時にチャイムが鳴る。


 「あれ、 これって」


 「授業始まりのチャイムです! 」


 ケンジとアカネは殆ど何も見ずにグラウンドへと直行した。



 『センター、 バックしてバックして取りました! センターからセカンドへの送球は、 間に合いません! 』


 「……体育の授業で野球をやるのは分かるけど、 実況は要らないんじゃないか? 」


 しかも普通に中継とかで聞くような実況だし。


 四時間目の体育は野球をやるらしいのだが、 何故かグラウンドの芝生に長テーブルと椅子が置かれており、 そこで実況が始まるという普通の学校では見かけない状況の中、 試合が始まっている。 体育教師は不在。 というか体育の時間は殆ど居ないらしい。


 「二クラス合同とかじゃ無いんだな」


 「授業のコマを調整するのが面倒だからと、 この形態が普通になってるみたいですよ」


 ケンジのぼやきに律儀に答えてくれるのは勿論アカネだ。 因みに、 アカネの打順は一番でポジションはセンターらしい。 めちゃくちゃカッコいいなと思ったのは内緒にしとこう。


 因みにケンジは野球好きである。 試合が中継される日は毎日見るし、 年末年始にやる野球に関する番組もチェックする程だ。 自分がする時は、 大体クリーンナップバッターで、 ポジションはショート。 ……考えてみればこれ程暗黒感のある組み合わせも中々無い。


 「つか、 指名打者制度使ってるのも面白いな」


 「授業だから、 少しでも多くの人数で試合しなさい。 というのがルールとしてあるみたいですわ」


 四番としてホームランを打ってきたカスミも話に参加してくる。 考えてみれば、 勉強は苦手でも魔導長(セレスト)入りしているのだから、 実技、 スポーツ等の身体を動かす系は得意なのだろう。 因みにポジションはサード。 四番サード。 やばい、 何かテンション上がってくる組み合わせ。


 「球数制限もありますわ」


 「WB〇みたいだな……」


 もしかしたらアンヌは野球ファンなのかもしれない。 そうなれば話が合うのだが……。 そんなことをケンジは考えながら、 そういえばどうして自分は解説席に居るのだろうかと、 隣の実況席に座る密監(しずかみ)ホノカに一応聞いてみる。


 「ホノカさん、 どうして俺は解説席に座って試合を見てるんだ? 」


 「何か学園長から命令があったみたいで、 ケンジくんは男子だから同じ試合に参加するのはちょっと……みたいな」


 「まあ、 そりゃそうだろうな。 でも、 何で解説席? 」


 「この体育の時間は魔法使ってもアリなんだよね。 だから、 その魔法の解説をしてほしいみたいな」


 「魔法とスポーツの組み合わせか……。 なるほどなあ」


 それを単純に野球と呼んでいいのかどうかは敢えて気にしまい。


 目の前で一人の生徒がピッチャーとして球を投げる。 一瞬、 黄色い線が見えた。 投げたと思った瞬間、 キャッチャーミットにズバァン! と気持ちの良い音が鳴る。


 バッターはそれを当然かのように見ていた。 判定は外角低めのストライク。 だが、 バッターの動き的に反応は出来たが、 敢えて見たという駆け引きの様だった。 近くにあったスピードガンを見れば、 球速は百四十五キロ。


 『速っ! つか、 今球に雷の魔法が掛けられてる様に見えたな。 だから、 あんなスピードが出るのか。 もうちょい球持ちが良ければスピードは出るよな』


 折角なのでマイクを使って喋ってみる。


 『これまでのデータを見るに、 彼女の最速は百五十七キロみたいですよ』


 『……偏見だけど、 ノーコンイメージのある最高球速だな』


 『実際コントロールはアバウトだと過去に語っています』


 『期待を裏切らないな! 』


 続く二球目、 これまた雷属性の魔法。 今度は内角高めと投じられる。 それをバッターはしかし、 風属性を使って球の動きを限りなく止め、 それをライト前へと弾く。 ライト前ヒット。 ノーアウトランナー一塁。


 『まあ、セオリー通りに対角を使ったな。 普通なら外からいきなり内へと来るから、 どん詰りしてゴロになるんだけど、 風魔法を上手く使ってヒットにしたのか。 果たして、 これが野球と言えるのかどうかは分からないけど』


 「ケンジさん、 結構野球好きですよね……」


 そこから時間が流れ、 試合も終盤に差し込む。 スコアは五対二。 アカネチームがリードしており、 カスミチームはこれから逆転だという雰囲気にあった。 しかし、 そのまま流れに流れ気付いてみれば、 既に九回裏だった。


 『さあ、 三点のリードで九回裏までやって来ました! ここでアカネチームは、抑えのピッチャー、 波城(なみしろ)を投入! 』


 『抑えのピッチャーも居るのか! 』


 さっきから、 何回かお互いにピッチャー代わってるなと思ってたが、 まさか中継ぎとしての継投だったとは……。 因みに授業時間については殆ど気にせずやってもOKとのことだった。


 先頭バッターがボール球を一球見てからの二球目、 それを上手く引っ張りレフト前ヒット。


 『さあ、 先頭バッター出ました! 解説のケンジくん、 今のは魔法を使っては、 いませんよね? 』


 『そうだな、 まあ三点差だしここで体力を使うのもどうかと思うから、 別に良いんじゃないか? 』


 何か、 この状況を見たことがある様な気がするが。 ……、 まあ気のせいだろう。 そうケンジは考え、 試合に集中する。


 次のバッターは左バッター。 ストライクが入ってからの二球目。 波城はどうやら光属性らしい。 光魔法を使って、 目を眩ませるタイプっぽい。 しかし、 それをバッターは目を瞑り、 一塁線を割る強烈な二塁打でノーアウト三塁二塁。


 『おっと、 今のはどういったバッティングなんでしょうか? 』


 『多分、 相手の呼吸のタイミングでバットを合わせる為に、 耳かな。 聴力を上げる無属性魔法で音を聴いたんじゃないかな。 それに、 今のファーストランナーの足の速さ。 ありゃ、 風属性と無属性魔法の掛け合わせか。 なるほど、 ああいう使い方もあるのか』


 ケンジが関心してる間でも、 試合は続く。 次のバッター相手に波城のボールはストライクゾーンに入らない。


 『ここでもし、 ホームランを打たれてしまうと、 一気に同点となってしまいます。 流石に波城、 慎重にならざるを得ません』


 ホノカが本職の実況者とも変わらない様な実況をしている中、 次のネクストバッターサークルに入っている人物にケンジは目を止める。


 『次は、 本来なら濃野橋(ののはし)ソルナだよな? て、 ことは代打か。 つか、 ミサトか? 』


 そこに居たのは、 先日のミノタウロス相手の緊急任務の際、 ケンジにアカネの状態を知らせに来てくれた小鳥遊ミサトだった。


 『小鳥遊が行きますか! 前に出た試合でもホームランを打っています。 良い場面で打ってくれるバッターという感じですね』


 『つか、 代打とかって誰が決めてんだ? 監督誰? 』


 『アカネさんとカスミさんがそれぞれのチームの監督です。 監督兼選手。 魔導長セレストなので、 リーダーとしての力を付けるのと、 戦力の均等な配分ですね』


 『へ〜』


 ここでバッターはフォアボールを選び、 満塁に。 ノーアウト満塁。 ホノカが言うようにもし、 ここでミサトが結果を出せば、 この試合のヒーローだろう。


 (つーか、 認めざるを得ないな。 俺これ動画で見たわ。 二〇〇一年の試合だったな確か)


 そう、 二〇〇一年。 あるチームが優勝を決めた試合にそっくりなのだ。 野球ファンなら、 誰もが知っているあの試合に。


 『さあ、 小鳥遊の代打成績は打率が三割二部六厘。 ホームランが二本という成績を残しています』


 『普通に強打者だな。 一球一球の緊張が誰よりもピッチャーとバッターの方が凄まじいものがある。 ここはもう俺たちは逆に落ち着いて見ることにしよう』


 一球目、 ストライク。 二球目、 ファール。 追い込まれてからの三球目は少し外れてボール。 四球目。


 (ホームランかな? )


 ケンジの予想通り、 ミサトが無属性魔法で筋力を上げ、 下半身をじっくりと溜め波城の渾身のボールをバックスクリーン横へと打ち込む。


 『代打逆転サヨナラ満塁ホームラン! 劇的な最後で勝利したのは、 カスミチームです! 』


 グラウンドが歓声に包み込まれ、 試合が終わる。 ケンジも拍手でカスミチームを祝い、 アカネチームにお疲れ様と、 声を掛ける。


 「お疲れ様、 意外と白熱した試合になったな」


 「でもまさか、 あの場面でホームランを打たれるとは流石に思ってませんでした……」


 「それはこちらもですわ」


 勝者であるカスミも信じられないという顔で話す。


 「事実は小説よりも奇なり。 その言葉が本当に起きるとは誰も思いませんわ」


 「ははは、 そりゃそうだ。 こんなことを予測出来るのは、 流石に神様ぐらいだろうよ」


 ケンジたちは野球道具を全て片付け、 校舎内へと入って行った。

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