六章-2
今日から学校が再開される。ケンジからしてみれば、初の学校生活であり、初めて授業を受ける日だ。
ケンジはアカネとカスミから睨まれながら、授業を受けるハメになっていた。
「じゃあ、 これは新しい生徒ちゃんが入って来たらやってることだから。 今回もやるね? 大丈夫、 ケンジちゃん? 」
「 大丈夫です。 ……つか、 なんで、 ちゃん? 」
「生徒ちゃんは皆、 私の可愛い恋愛対象だからね」
「いや、 九里菜先生女では……? 」
「いやん、 苗字じゃなくて名前のキミで呼んで! それに性別なんか関係ないよ! 」
「は、 はあ……」
ケンジが反応に困っていると、 隣の席のアカネが声を掛けてくる。 どうやら、 もう怒りは峠を越したらしい。
「キミ先生は同性愛者なので……。 でも、 魔法に関する知識はかなりのもので、 戦闘力もこの学園の教員三本指には入りますよ」
「マジか……」
いや、 別に同性愛者に偏見を抱いている訳では無いのだが。 逆に、 女性しか居ない環境で男性に恋心を抱く方が難しいだろう。
どっちかと言うと、 ぶりっ子的な人を見るのが初めてだったので、 そちらの方に驚いていた。
九里菜……ではなく、 キミの外見は十代に見える程若々しく、 服装自体もかなり若い。 普通にケンジから見ても、 可愛いと思える美貌だ。 美人よりも、 可愛い。 だから生徒たちにも人気があるのかもしれない。 その証拠にクラスの全員が真面目に授業に集中していた。
「あれ? じゃあ、 何で俺も? 」
「それは……、 ケンジさんが女顔だから? 」
「いやいや……」
ケンジが反論の声を上げると
「もう! 内緒話はダ〜メ! 取り敢えず、 ケンジちゃんは魔法自体に関しては大丈夫よね? そしたら、 テシオン体についてからの方が良い? 」
「あ〜、 確かにテシオン体は……名前しかわからないですね」
ケンジが首肯する。 正直に言えば、 単純に魔法を扱うのに必要なもの。 即ち魔力。 としか考えていなかった。
「OK! じゃあ、 まず基本はテシオン体は魔力と呼ばれています。 これは単純に魔法を扱う際の力になるから。 では、 魔法とは何か? 何だけど」
「魔力と自分自身の身体を媒体に発動する、 超常現象。 でしたっけ? 」
「大体正解。 では、その魔力とは何処から? 」
「え、 体内に流れてるんじゃ? 」
ケンジが疑問の声を上げると、 キミは人差し指を左右に揺らして、 チッチッチと舌で音を上げる。 他の人物がやった場合には、 少々イラっとくる行動だが、 キミがやると、 随分自然に感じる。
「体内だけじゃなくて、 空気中にもテシオン体はあるの。 今、 私たちがこうしている時にも、 テシオン体はあらゆる所に漂ってるわ」
へ〜、 と関心している時。 この話を聞いている際も、 ケンジは全くノートに文字を書いていなかった。 というよりも、 そもそも教科書やノートを持ってきてはいない。
普通授業であれば、 教科書やノートを持ってくるのだが、 魔法に関する授業は特に必要が無いらしい。 理由としては、 信号機の見方をいちいちノートに書きまとめるか? ということらしい。 つまり、 魔法使いにとっての常識をいちいちノートに書く必要は無いとのこと。 これを聞いた時、
ケンジは
「いや、 もっと普通に言えば良いじゃねえか」と思ったが、 というか言ったのだがアンヌ曰く
「こういうのは、 テンションなんだよ! いちいち考えんな! 」
と妙にロックな返しをして来たのを覚えている。
「まあ、 本来はテシオン体は女性の身体にしか流れてないんだけどね。 正確に言うと、 女性の身体にしか定着しない」
「でも、 ケンジさんにはテシオン体が定着している……」
「そう、 そこよ! 」
キミが大きな声を上げる。
「男性であるケンジちゃんに、 何故かテシオン体が定着している……。 この理由を解き明かせば、 魔法使いはもっと増えるし、 認知度も上がる筈! 」
「でも、 魔法犯罪も増えませんか? 男性も魔法使いになってしまったら、 そういった被害が増えてしまいそうですが」
「ええ、 それについては幾度も議論がされているの。 私たち魔法使いの中立機関、 ヴァチカンの間でも五分五分の意見みたい」
「そうですか……」
ヴァチカン……、 魔法使いたちの中立機関。 その中立とは、 魔法犯罪組織も含まれているという。 ヴァチカンからの決定は容易に覆す事は出来ないと聞いた。 それだけ、 権力の大きい組織ということか。 しかし、 権力が大きいという事は、 それだけ内部も腐りやすいということ。 だから、 表向き「全ての魔法使いの中立」を謳っているのだろう。
「で、 ケンジちゃんに質問! 」
「はい? 何ですか? 」
「ケンジちゃんって、 本当に付いてる? 」
「? 何がです? 」
「男の人に付いてるアレ」
「……? ……は!? 」
まさかの質問にケンジが素っ頓狂な声を上げる。 ピンと来ていなかったクラスメイトたちも、 キミの最後の言葉で赤面する。
「いや突然何言ってんの!? 」
「だって、 ね〜? その可愛らしい顔の下に、 付いてるなんて……」
「いや、 付いてなかったら男じゃないし! 」
ケンジが椅子から立ち上がり、 全身を使ってツッコミを入れる。 突然何を言い出すのかこのぶりっ子変態教師は。
「まあ、 それは後で確認するとして……」
「俺今さり気なくロックオンされたの? ねえ。 下半身見ないで」
キミが下半身をガン見するので、 ケンジは恥じらいながらもツッコミを入れる。 その表情にスイッチが押されたのか、 キミの表情が益々危険な物になる。 そろそろケンジが本当に自分の貞操を死守しようか考えていると
「キミ先生! 授業続けないと時間終わりますよ! 」
アカネが耐えかねたように大きな声を上げる。 ケンジからすれば正に救世主の声だったが、 その顔は真っ赤に染まっている。
「え〜? でも……」
「学園長に言いますよ! 」
「……じゃあ、 次は属性について解説するわね」
「……え? 」
アカネの言葉を聞いたキミが、 あっさりと話を変えた為拍子抜けする。 あのタイプは結構しつこいタイプだと思ったのだが。 実際、 しつこかったし。
「なあ、 アカネ。 何でこんなあっさり? 」
「キミ先生は、 学園長に戦いを挑んで負けたんですよ。 昔ですけどね。 その関係で黄金の航海者の教員になってるので、 頭が上がらないんですよね」
「借りがあるって事か」
ケンジがそう納得すると、 キミが話の続きを始める。 属性の話らしい。
「テシオン体と体質の掛け合わせには、 様々な種類があるの。 その掛け合わせた物を属性と言うのよね。 一般的には、 火・水・風・木・雷・土の六つ。 この内のどれかを持つ人が多いかな。 この内、 木と雷は十五世紀末の魔法使い、 通称 The last Witch off the Century。 世紀末の魔法使いと呼ばれた賢人。 アイリ・カール・ストレイジが見つけたの。 彼女は木と雷以外に、 聖と光の合計四つの属性を持っていたとされるわ」
「四つ……ですか? 」
ケンジがキミに質問する。 四つ……というのは何となく少ない気がする。
「この四つというのは、 記録に残っている。 という意味ね。 あまり情報が残ってないのよね。 魔導王では、 最低五つ持ちだから実際はもっと多かったと思うの」
魔導王についての新たな知識を得たところで、もう一つ気になった点を質問する。
「それと意外と、 属性が発見されたのが、 最近な感じがしますが? 」
「そうね。 魔法自体は千年、二千年、それ以上も前からあったとされてるけど、 まだまだ解明はされてないからね。 ケンジちゃんみたいに、 また新たな属性が見つかるかもしれないし」
アイリ・カール・ストレイジ。 アイリ……、 日本人の様な名前だが、 偶然なのか何なのか。 理由は不明だが、 その疑問がケンジの中に燻る事になる。
「属性そのものを極めることが、 魔法使いの使命。 というより、 目標かな。 極めると、 他の属性に手を出す時間が増える感じだね。 カスミちゃんみたいに、 産まれながらの先天複数属性持ちも居るんだよね。 そこで、 ケンジちゃんに質問ね。 ケンジちゃんは、 幾つの属性を扱えるの? 」
キミからケンジに質問が飛ぶ。 これで何度目の質問になるのか。 まあ、 自分の為に授業を行ってくれているのだから、 文句を言う筋合いは無い。
「えっと、 皆が分かってる、 俺が使った属性を教えてくれる? 」
「ケンジくんの使った属性? 」
クラスメイトが指を折りながら、 数え始める。
「確か……、 雷と金? も入るのかな。 それと、 水の三つ? 」
「あと、 夜に光属性使ってましたよね」
アカネが思い出したように告げる。
「よく分かったな。 さり気なく使ってたのに」
「え、 光も使ってたの? 四つの属性持ちなんて、 この学園にも片手も居ないよ? 」
「大学部の生徒会長と、 学園長の二人ですね。 今の所」
「なるほどなるほど」
ケンジがうんうん頷き、キミに質問しながら席を立つ。
「じゃあ、 属性魔法使ってみましょうか? 場所は何処にします? 」
「場所? だったら、 隣の属性教室だね。 よし! 皆移動しよう! 」
突然のケンジの言葉と行動に疑問を浮かべながらも、 それ以上に好奇心をくすぐられたキミが、 C組に場所の移動を促す。 生徒たちもぞろぞろと隣の教室へと移動していく。
「ケンジさん、 何をするんですか? 」
「何って、 言ったとおりのことだけど? 」
何を当たり前のことを、 と言うような感じでケンジがアカネに問う。 すると、 アカネは首を左右に否定するように振りながら話し始める。
「普通、 魔法使いというのは自分の魔法について実戦以外では、 他人に話さないんです」
「それは、 またどうして? 」
「敵に捕まった時に、 頭の中を覗かれる場合があるからですよ。 自分なら諦めもつきますけど、 他人から漏れたなんて言ったら、 信用問題以前の事ですからね」
「あ〜、 なるほどな。 怖いぐらいに敵を警戒してるんだな。 フレグランス以外にも、 敵は居るってことか」
「ええ、 なので……」
ケンジはアカネの頭をポンポンと軽く叩きながら、 教室を出る。
「別に、 全部言うわけじゃないし良いよ。 それに、 俺の魔法自体は知られても問題は無いしな」
「問題が、 無い? 」
どうしてと、聞こうとするがケンジに促され教室を後にすることになった。
「さて、 ケンジちゃん! 色々見せてもらうわよ〜」
キミが両手の指を動かしながらそんなセリフを口にする。 ……正直言って変態にしか見えないのだが。 風紀委員は仕事をしているのだろうか。
属性教室はパッと見普通の教室だが、 所々に小規模の結界が作られており、 それで外部へと魔法が流れ出るのを防いでいるらしい。
「さ〜て、 じゃあこの前先輩に見せてもらった技を」
ケンジはそう言うと鬼銃剣龍を前方に構え、 魔力を溜める。 そして
「木の盾! 」
突如教室内に大きな盾が現れる。高等部二年の魔導長リーフ・シミッドの使っていた魔法だ。 リーフの物よりも一回り大きく作られている。
『え!? 』
属性教室が驚愕に包まれる。 教室内で話していた四つの属性、 その内のどれかの魔法を披露してくれるものだと思っていたのだが。 まさか、 そのどれでもない五つ目の属性の魔法を使ってくるとは……。 当たり前だが、 想像もつかない話である。
「こんなので驚いてちゃダメだぜ? 」
そう言うとケンジは別の場所にまた、 鬼銃剣龍を構え魔法を撃ちだす。
「輝け! 聖なる霧! 」
今度は視界には映らないものの、 魔法使いならば感じ取れる類の霧が現れる。 その霧は、 特に何もせずにそのまま消えていった。
「えっと、 今のは? 」
アカネがケンジに疑問を投げつける。 聖属性なのはわかったが、 肝心の効果が全くわからなかった。 それは他の生徒も同じらしい。
ケンジが腕を組み、 アカネの質問に答える。
「う〜ん、 一応魔の物に反応するセンサーみたいなイメージだったんだけど。 ここには居ないからダメなのかね。 キミ先生は……魔じゃなくて変態だから、 反応しなかったかな? なんか引っかかるかと思ったんだけど」
「私のことを例外みたいに扱わないでよねえ〜、 ケンジちゃん? 」
「いやいや、 決して蔑ろにしたとかではなくてですね? 」
というか、 そもそもキミは色々な意味で普通の魔法使いでは無いと思うのだが……。
「ケンジさん、 相手の魔法使いに自分の魔法を知られても大丈夫という、 言葉の意味は……」
「ああ、 別に知られたところで、 皆見たことある技だし、 知らなかったとしても容易に真似たり対策を打てる魔法じゃないからだよ」
アカネの質問にケンジが答える。 実は、 ケンジ自身のオリジナルと言える属性魔法は殆ど存在しない。 相手の魔法を相手以上に扱える。 それがケンジの才能の一つだった。
「てかまあ、 こんなところかな? 」
ケンジが両の腕を左右に開きながら、 クラスメイトたちに反応を呼びかける。 途端に属性教室が拍手に包まれる。 ケンジは頭を下げ、 キミにバトンタッチする。
「はい、 今ケンジちゃんが披露してくれたのが属性魔法。 そして他には、 無属性魔法というのもあるの」
無属性魔法……、 アンヌたちにお祝いということで、 連れて行ってもらった夕食の時に、 聞かされた単語だ。
運動能力を上げたり、 視力を上げるといった身体的な魔法の通称だ。 寮の前でタニカに攻撃を仕掛けられた際に、 アカネが視力を上げる無属性魔法を使っていた。
「無属性魔法は身体能力を上げる。 というよりも、 身体に纏わる魔法という方が近いかな。 身体を浮かせて飛ぶ魔法も無属性に含まれるけど、 それは身体能力を上げる、 ということではないものね。
他には、 独人魔法。 これは、 その人個人にしか使えない魔法の通称なの。 ケンジちゃんで言うと、 金を作る魔法。 これは今のところ使える人がケンジちゃんだけだから、 独人魔法に含まれるの」
独人魔法……、 また新しい単語が出て来た。 個人にしか使えない魔法……。
ケンジは心の中でほくそ笑む。 それならば自分は、 独人魔法のバーゲンセールでは無いか。
ケンジは制服の中、 右腕に出来た紅い鱗を擦りながらキミの話を聞いていた。 ケンジのその動きに気付いたものは終ぞ、 現れなかった。
木の盾。 これはイタリア語です。
聖なる霧。これはフランス語ですね。