四章-2
「はあ〜、 緊張した」
ケンジは体育館の挨拶を終え、 一度職員室に向かい担任だという人物と教室に向かっていた。
「あまり、 緊張している様子はしませんでしたが? 」
「そう見えましたか、 新井島先生」
担任の名前は新井島ハナ。 現在のゴールドクルーズ学園全体でも、 中堅に入る年数ということだったが、 とてもそうは見えないほど若々しい人物だった。
「ええ、 なんだかとても慣れてるというか、 落ち着いていたというか……」
「まあ、 ステージ横の倉庫でアンヌ……あ、 いや学園長と少し話してましたし、 アカネ、 さんとも話す時間があったので、 それが落ち着く要因になったのかも」
流石に担任の目の前で、 学園長を呼び捨てにするのは、 少し印象が悪いだろうと慌てて言い直した。もしかしたら不良とか、 そう思われたかもしれない。
実際には、 不良なのはどっちかというとアンヌなので、 新井島は違う関係だと思っていた。 また、 アカネさん、 と名前呼びしていたのも少し気になる、 というケンジが考えていたのとはまた、 別種の印象を与えていた。
「そう言えば、 ここは高等部一年生校舎となっていましたが……」
「ええ、 そうです。 一学年に六クラスなので、 一クラスにワンフロアが与えられています」
「それはどうして、 そこまで広い場所が必要なのでしょうか」
ケンジが質問する。 学部ごとに分かれているのは理解できるが、 どう考えても、 学年ごとに校舎が分かれているのは広過ぎる気がする。
「属性ごとに分かれて授業をすることもありますし、 普通授業でも学力によって分けることもあります。 また、 実験等でも用途によって分けているので」
「あ、 なるほど。 普通に学力の方にも力を入れてるんですね。 あれ、 では複数の属性持ちの場合は? 」
「そういう生徒の場合は、 自分の好きな方に行ってもらっています。 ……そう言えばケンジくんは最低でも三つの属性、 そしてそのうちの一つはまだ、 誰にも見つけられなかった属性だとか」
「ああ、 まあ。 そうですね」
反応のしにくい質問だったので、 少し強引に会話を終わらせてしまった。
実際には、 光属性の魔法もアカネとタニカの前で使っているが、 そんなのを知るのは誰もいないので黙っていた。 結局その後は三階まで少し話す程度だった。
「三階は、 何組なんですか? 」
「教室に行けば分かりますよ」
新井島の言葉の通り、 そのフロアの真ん中辺りにある教室にはクラス名を表す、 アルファベットが書かれていた。
(C組……。 あれ、 C組って確か)
新井島に少し待て、 と手で合図され廊下で待つ。 新井島は教室内に入って行った。 そして、 教室内を静かにした後、 さり気なくこちらを見る。
入れ、 ということか。 ケンジは教室内に入って行った。
「キャー! ケンジくん、 このクラス!? 」
入った途端一人の女子が叫ぶ。 途端に教室内が騒がしくなる。 ケンジはその間二人の人物を探していた。
(あ、 いた! )
ケンジが二人に手をヒラヒラと振った。 そしてアカネとカスミも手を振り返してくる。
「はい静かに! ケンジくん、 挨拶を」
新井島に指示され、 黒板の前に立つ。
「体育館でも挨拶しましたが、 三啼止ケンジです。 このクラスでは、 知ってる人も居るので、 学園長辺りが気を利かせてくれたのかなと、 思っています。 その学園長の面子の為にも頑張りたいと思います。 よろしくお願いします」
ケンジが頭を下げる。 教室では拍手と口笛が暫く鳴り響いた。
「ではケンジくんは、 桐中さんの隣に」
見るとアカネの隣の机が空いていた。 ケンジがその机に向かう間ずっと視線に包まれていた。
「隣だな、 アカネ」
「ふふ、 そうですね」
親しげに言葉を交わす二人を、 教室内は少し不思議そうに眺めていた。
結局その日の一時限目は新井島の計らいで質問タイムになった。 新井島は気を利かせて職員室にいる。 随分と気を利かせてくれる教師が多い。
ケンジは質問に答えやすいように黒板の前に立った。
「身長は幾つですか! 」
「え〜っと確か、 百七十六かな? 」
「誕生日は? 」
「九月九日」
まずは基本的な質問から始まって行った。 姉と妹が居ることや、 瞳と髪の色についてなど。
「何処の寮に居るんですか? 」
「ああ、 なんか一番最近に出来たヤツ。 八階建ての」
「あ! あれですか! 」
「好きなタイプは? 」
その質問に教室内が少しざわつく。
「う〜ん、 気の合う人とか? 」
「気の合う人……? 凄い大雑把……。そう言えば、 さっきアカネと親しげに話してたよね」
「カスミとも手振り合ってたし」
突然注目を浴びたアカネとカスミが目を逸らす。
「ケンジくん、 どういうこと? 」
矛先を変えてケンジに質問が飛ぶ。 質問というより何故か、 尋問に近い雰囲気になった。
「いや、 どうって……別に、 俺をこの学園に紹介してくれたのがアカネで、 入学試験の時の対戦相手がカスミってだけだよ」
同じ寮に居るとかは言わない方が良いだろう。 風紀委員に目をつけられるというのも、 この学園で過ごしにくくなるだけだ。
「でも、 昨日一緒に買い物してる所見たよ? 」
「えっ? 」
思わず声が裏返る。 そのせいで更に周りの目が好奇に包まれる。
「えと……」
「それに、 試験の時学園長から 旦那様 って」
「あ、 言ってた言ってた! 」
なんだろうか……。 この物凄いスピードで外堀が埋められていく感覚は……。
「えー、 と、 だな。 アンヌ、 じゃなくて! 学園長とは別にどうもないよ、 生徒と学園長の間で何かあったらヤバイだろ」
「そのヤバそうな雰囲気を出してるのはケンジくんだよね」
「なんで俺!? 」
「そう言えば、 その三人とハノネさんとも試験の日、 夕食食べてなかった? 」
どうやら色々とバッチリ見られていたらしい。 冷や汗がケンジの背中をゆっくりと伝う。
「あ、 あれはお祝い会的なのを少しやってくれたぐらいだよ」
「怪しい……」
クラスメイトの視線がケンジとアカネ、 カスミの方を順繰りと渡っていく。 すると突然アカネがその視線に耐えられなくなったのか勢いよく立ち上がり、
「べ、 別に私たちが仲良くても、 同じ寮に住んでいても、 か、 関係ないじゃないですか! 」
その言葉にクラスの時間が止まった。
「……アカネ、 それ言っちゃいけないやつ」
「え? ……あ、 」
アカネは口を開けて動きを止め、 カスミは後ろの方に顔を背ける。 ケンジは苦笑しながら額に手を置いていた。
結局その後、 担任の新井島の耳に話が伝わり、 決して不埒な真似はしないと固く誓い、 その後アカネたちと寮に帰ることになった。 今日はケンジの転入式ということで一時限だけやって終了だった。
「まさか、 あそこまで興味を持たれるとはな」
ケンジが苦笑しながら呟く。 場所は寮の一階だ。 時刻は午後六時を少し回った所。 昼飯も夕飯も食堂の方で既に済ませてある。
思った通りかなり美味しかった。 種類も和洋中の他にイタリアンやフレンチなど豊富で、 確かに飽きないだろうなと思わせる程の充実ぶりだった。
「す、 すいません」
アカネが頭を下げる。 やってしまった、 といった表情だ。
「いや、 アカネが気にすることじゃないし、 新井島先生も条件付きで許可してくれたんだからイーブンだよイーブン」
「そうですわよ、 アカネさん? ここはもう開き直って堂々とするべきですわ」
ケンジとカスミの二人から気にするな、 と言われアカネも安心した表情になる。
「じゃあ、 俺はテレビでも見てるから、 お前ら先風呂入っちゃえ」
「え、 良いんですか? 」
「俺はシャワーだけで良いから」
そう言ってケンジはテレビの電源をつけてアカネたちに風呂の場所を教える。
アカネたちは部屋に着替えを取りに行くと言ってそのまま二階へと向かっていった。