三章-2
「本当にもう! 信じられません! 」
「いや、 ほんと、 ごめんなさい」
アカネが怒りながら歩き、 その斜め後ろを頬を抑えながら歩くケンジはイースト・ステージにいた。
今日は生活用品を買う予定だったのだが、 朝から濃い出来事があったため、 外に出るのを止めようという考えも浮かんでいた。
だが、 アカネが一緒に買い物をするつもりで来た、 と明かしてきたので結局出かけることになったのだった。
しかし、 今朝のことをまだ頭の片隅に置けていないのかずっと怒っていてケンジも萎縮してばかりだった。
「昨日タニカさんに注意されたばっかりなのに……」
「タニカ……って、 ああ。 あの風紀委員か」
昨日の夜に会った風紀委員、 風飛タニカについての話題になった。
「ええ、 彼女は私たちと同じ高等部一年で、 A組です」
「アカネは何組なんだ? てか、 一学年に何クラスあるんだ?」
そういえばこの学園に関する基本的な話を殆ど聞いていないことに気が付いた。
「私はC組です。 カスミさんも一緒ですね、 クラスは一学年それぞれ六クラスです」
「クラスごとの人数は? 」
「最大三十人ですね」
「最大ってのは? バラバラなのか? 」
「一応、 最大で三千六百人という計算になりますが、 まだそこまで入学している生徒が多い訳では無いので……」
「ああ、 まあ確かに校舎の大きさに対してそんなに生徒が居るようには見えなかったな」
昨日街を歩いていても、 確かにそんなに生徒は見なかったような気がする。 まあ、 めちゃくちゃ学園の食堂が美味いという可能性もあるが……。
「そういや、 俺が明日学園に転入? する時ってどういうのやるんだ? 」
「どういうのとは? 」
「普通に教室で挨拶だけして、 あとは普通に授業を受けるのかな〜って」
「ああ、 えっと。 確か、 体育館でみんなの前で挨拶する筈です」
「え? 体育館? 」
なんだかあまりにも挨拶の規模が大きいような気がする。
「魔法使いは一人増えるだけでも、 重要な戦力ですし。 それに、 ケンジさん忘れてるかも知れませんけど、 唯一の男性魔法使いですよ? 挨拶が大々的になって当たり前です」
「ああ、 そういやそうだ。 なんか実感無いんだよな。 唯一とか言われても」
それは正直な感想だった。 街を歩けば普通に男性が暮らしているのだ。 なのに、 一緒にその国に住んでいるというのに自分は男性唯一と頭に付けられればどうしてもしっくり来ない。
まあ、 これはその内慣れるだろうと頭の片隅に置いておくことにした。
「あ、 そうそう。 今日の目的。 生活用品とかって何処で買えばいいんだ? 」
「あ、 それならですね」
「ここから百メートル先にあるホームセンターですわ」
「おう、 ありがと。 ……ん? 」
「あれ? 」
後ろから第三者の声が聞こえて来て、 そちらを振り向く。 何処かで聞いた声と口調。 確か……
「どうも、 こんにちは」
「えっと、 確かカスミだったっけ? 」
「ええ、 羽島カスミですわ。 その節はどうも」
「ああ、 こっちもな」
目の前に居たのは前日試験相手としてケンジと戦った羽島カスミだった。
「こんにちは、 カスミさん」
「アカネさんも、 こんにちは」
二人が挨拶をする。 確かこの二人は……
「そういや、 二人って魔導長……なんだっけ」
二人に確認する。 確かカスミが試験試合の前にそんな名称を口にしていた筈だ。
「はい、 セレストというのは魔導長というゴールドクルーズ内限定の位です」
「選ばれる基準は、 魔法の理論と実技が共に優れているということ、 これだけですわ。 ……まあ、 私の場合は理論が苦手ですけれど、 実戦が優れているということで魔導長入りしているわけですけれど」
「つまり、 二人は高等部の中でも特に強いってことか」
ケンジがそう納得するとアカネが首を横に振りながら、
「少し違いますが、 ここで重要なのは、 学年や年齢ではなく、 学園全体の中での位ということです」
「魔導長は全部で八人。 中等部に二人、 高等部に三人、 大学部にも三人居ますわ」
「ああ、 そういうこと。 つまり、 普通に考えてアカネとカスミレベルの魔女があと、 六人も居るってことか」
ケンジは指で数えながら他のメンバーについて考える。 もし、 カスミと同じように戦うということがあれば苦戦は免れないはずだ。
既に試験で二二木を使ってしまい、 多くの生徒に目撃されている。 これ以上龍を見られる訳には行かない。 魔導長については頭の片隅にしっかりと刻みつけて置かなければ。
しかし、 ケンジは二人の顔をふと見て、 あることに思い至る。
「……なあ、 魔導長って美人多いの? 」
ケンジのこの唐突とも思える質問に二人は目を丸くしながらも答える。
「大学部三人は、 それぞれタイプが違いますが……街を歩けば注目を集める美人であることは共通していますね」
「中等部の二人も、 大変可愛らしいですわよ」
「もう一人の高等部の魔導長も癒し系美人ですね」
ケンジが顎に手をついてうんうん頷く。
「やっぱりなあ……」
「やっぱりって何がですか? 」
「いやだって」
ケンジが二人を視界に収めながらその答えを口に出す。
「アカネとカスミ。 二人とも美人じゃん? だったら他の魔導長も、 美人なのかなって」
「…………/// 」
「…………/// 」
アカネとカスミが顔を真っ赤にしながら絶句する。
「……ず、 ずるいですよね/// 」
「……な、 なんか、 さも当たり前かのようにこういうことを、 言うんですの? /// 」
「は、 はい」
「す、 凄まじいですわね」
「……なんだお前ら」
二人でこそこそ話し始めたアカネとカスミにケンジが突っ込む。 と、
(なんで、 アカネさんと男性が普通に話してるのかしら)
(つかあの男誰だよ)
(……彼氏とか? )
(そりゃ無いだろ! )
(カスミさんもいるし……)
(気に食わないな)
通りすがった一組のカップルがケンジたちを見てこそこそと声のトーンを下げて話していた。 少し進んだところで男性が女性に平手打ちを食らっていたが、 それは余談だろう。
「……やっぱ目立つな」
ケンジがぼそっと言葉を吐く。 やはり、 アカネたちはこのゴールドクルーズという国の中でも有名人なのだろう。 周りを見ればチラホラとこちらを伺っている者も少なくない。
「一人で来れば良かったかな。 でも、 そうしたら店とか全然分かんないしな〜」
ケンジが悩ましそうに声を出す。
「まあ、 一人でもケンジさんは目立つと思いますよ」
「へ? なんで? 別に制服とかまだ貰ってないから、 魔法使いって分かんなくね? 」
ケンジがなんで?と言う風にアカネに問う。 すると何故かアカネとカスミの目が細くなる。 口元は何故か微笑のような形に。
これ以上聞くと変な方向に話が進みそうなので、 アイコンタクトで話を戻すことにする。
「……これでも、 人の多いサウス・ステージのホームセンターを選ばなかったんですよ」
「ああ、 そういうことでここにいらしたんですのね」
アカネとカスミがそれぞれ、 ここを選んだ理由とそれについて納得の声を上げていく。 一応配慮してくれたらしい、 というのは伝わって来たので
「そうなのか。 ありがとなアカネ」
アカネに感謝の言葉を口にする。 するとアカネは頬を赤らめながらも
「それはまあ、 私がケンジさんをここ、 ゴールドクルーズまで連れて来たんですから。 それなりに責任感は持ちますよ」
「さすが」
アカネ自身を含めて三人で笑い合う。 その後、 朝食を食べていないことに気が付き、 昨日行ったレストランで食べてから行くことになった。