二章-3
「へえ、 結構立派……てか家だなこれじゃあ」
夜遅く、 午後十一時を過ぎる辺りの頃、 ケンジが来たのは新しくできた自分専用の寮……なのだが、 八階建てで敷地面積もそこいらの家より広いのではないかという謎の大きさだった。
「そ……、 そうですね。 大きい、 です」
その隣ではアカネが寮を全く見ないで下を見てもじもじしていた。
「いや、 寮見て言おうぜアカネ」
「は、 はい」
アカネはなんとか顔を上げようとするも硬直したようにプルプル震えてるだけだ。 顔も赤いし、 もしかしたら疲れてるのかもしれない。
「とりあえず中に入るか」
「! は、 はい……」
足元のおぼつかないアカネを連れてケンジは寮の中に入っていく。 と、
「そこまでです! 」
ケンジたちの足元に突如魔法が放たれる。 ケンジとアカネは紙一重で回避し、 地面に視線を落とす。
地面には亀裂が走っていた。 亀裂とは言ってもヒビが入ってるのではなく、 切れ味の鋭いもので傷付けられたようになっている。
「誰だ! 」
ケンジが戦闘態勢に入る。 メイザーイヴルティーは出さずに辺りを見回す。 と、
「誰だ、 じゃありません! 」
上の方、 具体的に言うとケンジの寮の一番近くにある建物、 確か……運動部の倉庫だっただろうか、 その屋根の上から言葉をかけてきた。 かなりキレてる様子だが、 ケンジには何のことか分からない。
時刻は真夜中で明かりが無いと周りが見渡せないぐらいなのだが、 ケンジは眼球に光属性の魔法を纏うことで相手の姿を視認できていた。 アカネの方も視力を上げる無属性魔法を使っていた。
夕飯中に聞いていたことだが、 魔法使いはそれぞれが自分に適した魔法を扱うことができるが、 それ以外にも「無属性魔法」というものがある。
これはその名の通り「属性を必要としない魔法」だ。 例えば今アカネが使った視力を上げる魔法、 他にも自分の筋力を高める魔法や飛行魔法もこれに含まれる。 ちなみに飛行魔法は風属性の魔法を使うことでも可能となる。
「こんな夜中に女性を自分の寮に連れ込もうなんて、 何を考えてるんですか!? 」
「……へ? 」
ケンジは一瞬何を言われたのかを認識出来なかった。 図星だから……ではなく、 単純に意味が分からなかったのだ。
「何を……、 って何? 」
だから、 ケンジからすれば当然の疑問に、 逆に反応出来なかったのは相手の方だった。
「何を……って、 あ、 アレですよ! アレ! 」
相手が顔を赤らめながら叫ぶ。
「アレ? 」
ケンジが首を傾げる。
「……ケンジさん? 」
後方のアカネから底冷えのするような声が聞こえてきてゆっくりと振り返る。
「ア、 アカネ? 」
「……ケンジさんは、 ここで何をするつもりだったんですか? 」
「え? いや、 普通にアカネがなんか悩んでるっぽかったから話を聞こうか、 なんて……」
ケンジが訳も分からず取り敢えず正直に話すと、
「……なんか、 疲れました」
アカネがぼそっと呟くように言った。 ケンジは何故か全身に冷や汗をかきながらもアカネたちが何を想像していたのかを考える。
「……え、 なに。 何を想像していたの? 」
「いえ……、 なんか、 言いたくないです」
アカネが本当に疲れたように言う。 その時、
「話を聞くだけ、 なんて。 そんなのが通用すると思ってるんですか!? 」
いつの間に降りて来たのか、 相手がこちらに向かって歩いてきていた。
青みがかった髪を腰あたりまで伸ばしている。 目つきは鋭く迫力があり、 堅物の美人という印象が先に来る。
制服がアカネと同じ所を見ると同じ一年だろう。
左手に花束を持っているが、 あれは別に誰かへのプレゼント。 ではなく魔導書の一つなのだろう。 よく見れば魔力が充填されてるのが分かる。
「男性と女性がひとつ屋根の下に、 更に真夜中にと来ればやることは決まっています! 」
そう相手が断言する。 ケンジはしばし悩み、 あっ、 と声を上げた。
「もしかして……、 セ○クス……? 」
ケンジがそのままストレートにその名称を口に出した為か二人が口を開けたまま固まった。
「いや、 その、 流石にセック○はもうちょい親しくなってからじゃないとダメじゃね? 」
と、 ケンジ自身も少し照れながらその言葉を放っていく。
「……も、 もう良いです! 貴方は今から独房に入れます! 」
「独房!? 」
ケンジが声を上げる。 何故学校に独房があるのか。 ここには犯罪者が入ることが前提の施設でもあるのだろうか。
「独房は私たち風紀委員が、 違反者を収容する為の物です! 」
「風紀委員? 」
風紀委員、 それはその名の通り学校の風紀を守る為の組織。 だが、
「……この学校に風紀委員て必要なのか? 女子生徒だけなんだから、 不純なことも起きないんじゃないのか? 」
流石に不純同性交友が全く無いとも言い切れないが、 そんな委員会が必要だとも思えないのだが……
「もしかしたら、 魔法が暴発して生徒が怪我をしたり、 魔法にトラウマを持つかもしれない。 それを防ぐのが我々風紀委員の仕事です」
「ああ、 誰かと思ったらタニカさんでしたか。 こんばんは」
アカネが相手の素性に気付いて挨拶した。 ケンジも風紀委員だから、 俺が男だと言うのを知っていたのかと今更ながらに気が付く。
「こんばんは、 アカネさん。 まさか貴方とこんな現場に居合わせるとは……と思っていましたが、 まあ今回は不問とします。 そこの男子生徒だけを連れて行くので」
「よろしくお願いします」
「いやいや! 」
ケンジが堪らず声を上げる。 何故か二人の間だけで自分の処遇が決まっていた。
ケンジの声に二人ともジト目を向ける。
「いや、 なんでそんな目するの!? 」
「いえ別に」
「はあ……」
アカネもツンとした声で対応して、 タニカと呼ばれた相手もため息をつく。
「私の名前は風飛タニカと言います。 先程言ったとおり風紀委員です。 男性の魔法使いが居ると聞いて、 少々どんな人か気になりましたが、 まさかこんな卑猥な人物とは……」
「いや、 卑猥な言動とかなら分かるけど、 卑猥な人物は流石にキツいぞ」
「貴方がキツいかどうかはとにかく、 貴方には取り敢えず独房に入ってもらいます。 話はそこで聞きましょう」
タニカが有無をも言わせぬ雰囲気でケンジを連行しようとする。
「う〜ん、 残念だけどパス」
しかし、 ケンジはそう言うと後方に思い切り飛び退いた。 そしてそのまま寮の中へと入る。
「あ! ちょっと待ちなさい! 」
「ケンジさん! 良いから捕まってください! 」
「良いから捕まって、 とかそんなん初めて聞いたわ! 」
三人はそれぞれ相手に対して吠えるとケンジはそのまま奥へ、 アカネとタニカは急いで寮の中へと入ろうとする。 が、
「わっ! 」
「なんですか、 これ!? 」
そこで二人は見えない壁にぶつかったように向こうへと行けなくなった。 その間にケンジはこちらに手をヒラヒラさせながらそのまま部屋へと入って行った。
「まさか、 結界!? 」
「な!? あの男子生徒、 結界を使えるんですか!? 」
「わ、 私も今初めて知りました……」
アカネたちがぶつかったのはケンジがいつの間にか作っていた結界である。
そこまで強固という程でもないが流石にこんな時間に魔法を使って結界を壊そうとすると音が大きすぎて目立ってしまう。
結局二人はケンジを諦めてそのまま帰路につくこととなった。
「ふぅ……、案外しつこかったな」
寮の玄関から一番近い部屋に咄嗟に入ったケンジは無意識に息をこぼした。
まさか、 アカネがそんな想像をしていたとは……。 男性とあまり会話したことが無いと言っていたが、 何処からそんな言葉を知ったのだろうか。
「でもま、 可愛い奴らだよな」
ケンジはアカネだけじゃなく、 タニカのことも考えていた。
「風紀委員……だっけか。 なら他にも何人か居るんだろうな。 目を付けられたってことは、 まさか風紀委員長ととも絡むことになるのか? 」
そう考えて辟易したが、 取り敢えず他のことを考えることにする。
「明日は、 何しようかな」
改めて部屋の中を見渡す。 電気をつけてなかったことに気が付いてドア近くのスイッチを押す。
部屋自体はおよそ、 四十六畳とバカデカい広さだった。 部屋の中にはスクリーンテレビがある。 百インチ程だろうか、 いやに大きい。 その近くには大量のゲーム機もある。
他には、 一般の物よりも一回りも二回りも大きい机。 これは多分、 魔導書に魔法式を書き込むのに、必要な人は必要な大きさなのだろう。 ケンジも懐から魔導書を取り出して机に置く。
「ああ、 そろそろコイツもメンテが必要か? 」
そう言ってケンジは魔導書、 鬼銃剣龍を叩く。
戦闘中はあまり色が見えなかったが、 こうしてみると全体的に赤い印象があった。 いや、 赤というよりはもっと気高い、 そう紅色だった。
メンテというのは魔法式というよりも剣(この魔導書の場合は刀か)のメンテナンスである。 ケンジは適当に打粉や拭い紙で手入れして鬼銃剣龍を片隅に置く。
そして机から見て斜め向かいにはベッドがあった。 キングサイズよりもデカく天蓋も付いている。
「……これは何を想定して作られたんだよ」
ケンジはそんな独り言を呟きながら風呂に入ることも考え始めていた。
そもそも荷物をこちらに持って来ていないことを思い出し、 どうしようか考えていたがなんとなくクローゼットを開けてみると服と下着がかなりの種類を持って入っていた。
「なんでこんなんあるんだ? つか、 誰かがやってくれていたとしても、 なんで俺がこの部屋に入るって分かってたんだ? 」
ケンジは疑問を口に出しながら服と下着を取り出す。 すると中に一枚のメモ用紙があるのを見つけた。
「これは……、 アンヌから? 」
差出人はアンヌになっていた。 メモ用紙に書かれていたことを要約すると、
・服と下着は適当に服屋とかで買っておいた。
・ケンジが入った部屋に自動的に移送されるよう魔法式をかけていた。
・あとケンジ大好き。 愛してる。
この他にもこの寮の見取り図が書かれていた。 最後のストレートな好意の文に少し頬を和らげながら心の中でアンヌに感謝しておく。 ケンジは着替えを持って風呂へと向かった。
結局時間も時間ということでシャワーだけ浴びてベッドに潜り込む。
「ここからだ……。 リンカ、 お前を見つける。 絶対に見つける。 そして、 もしかしたらあの人にも、 母さんにも会えるかもしれない」
ケンジは壁に貼られた絵を見る。 輪郭も風景自体もぼやけているが仲の良さそうな親子が夕日を歩いている絵だった。
「誰よりも、 そう神よりも、 もっと速く尊い未来に向かって歩き続けなさい……か。 叔母さんも無茶言うな」
ケンジは叔母の言葉を思い出し、 少し笑ったあと目を閉じる。
明日からはまた、 やることがあるだろう。 自分も久しぶりに沢山動いた。 ケンジは目を閉じると一瞬で死んだかのように眠りについた。