二章-2
「本当に悪かったな……、 お詫びに俺が夕飯奢るよ」
「え、 良いんですか? 」
「ここってカード使える? 」
ケンジの確認にアンヌが少し面倒くさそうな顔をして説明する。
「使えるけど、 まずここ、 ゴールドクルーズの銀行に金を移さないとな」
「ああ! その手続きもあるのか。 うんじゃあ、 現金か」
そう言ってケンジは財布の中身を確認する。 アカネたちからはよく見えなかったが明らかに財布が分厚い。 その財布にアンヌ以外の全員が注目した。
実はアカネたち魔法使いも魔法使いとしての任務をすれば、 学園から給料として資金が支払われる。
とは言っても全ての任務の給料が同じな訳もなく、 アカネたちが受けとる給料自体は微々たるものである。
その為、 ケンジの財布に好奇心が出たのだ。
そして、 そもそもケンジ自身は高校生なのに、 カードを使ってるということ自体が実は驚くべきことなのだが、 ゴールドクルーズではカードを使っている国民も少なからず居るため、 気付かなかった。
アンヌも自分はカードとキャッシュの両方の為、 ほとんど気にならなかった。
「ケンジさん、 その財布の中身は……? 」
恐る恐るアカネがケンジに聞く。
「ん? ああ、 これ? いや、 別にバイトというか何というか……」
何故かケンジは言葉を濁しながら答える。 本来ならもっと聞きたいところではあるが、 奢ってもらう立場上それ以上は聞けなかった。
ケンジは「夕飯食ってる時にでも話すよ」と言うので、 まずは皆で夕飯を注文することにする。
ここのレストランではどうやら、 本当に学生向けの食事らしい丼物や定食が多かった。
和洋中の他に、 イタリアやフランス物とかなり種類は豊富だったが、 麺類はかなり少なく、 全体の一割にも満たない程で驚いたが、 考えてみれば学生が食事している場面を想像すれば素早く食べるよりも、 友だちと話しながらゆっくりと話してる姿の方が思い浮かぶだろう。
店側からしても早く食べなければ伸びてしまう麺類を多くメニューに取り込む必要も無い。
そんな訳でケンジとアンヌは豚丼定食、 アカネとケイはカルボナーラ、 ハノネは餃子定食、 小学生組はハンバーグだった。
「おお、 結構旨いなこれ」
ケンジは一口食べるとそんな声を上げた。 確かに値段の割に量は多かったが、 味自体はさほど期待していなかったのでこれは素直に嬉しかった。
「そうですね。 本当に美味しいです」
アカネも口元に軽く手を置きながら味の感想を述べていた。
「アカネもここに来るの初めてなのか? 」
「はい、 いつもは学園の食堂で済ませているので」
「毎日レストランとかカフェで済ませてる人は居ないんだよ、 ケンジくん。 食堂だと毎日無料だからな」
ハノネがそんな説明をする。
ということは、 ここは週何回とか、 記念日ぐらいに来るようなお店ということか。
今気付いたが、 ハノネはアンヌ関係なく、 公私を分けて口調を変えるタイプらしい。
小学生組からすれば、 定期的にレストランに行けるというのは実際かなり嬉しかったりするのだろう。
その証拠に小学生組も一生懸命ハンバーグを頬張っている。 その口が汚れる度にケイが口を拭いてあげていた。 まるで本当の姉妹のようだった。 アンヌもハノネも美味しそうに夕飯を食べていく……。
「ケンジさんは、 ご兄弟はいらっしゃるんですか? 」
夕飯を食べ始めてから数分が経って、 世間話をしてる時にアカネがケンジに質問した。 見るとアンヌもさり気なくこちらに目を向けている。
「ああ、 いるよ」
「兄貴か? 」
「いや、 姉と妹」
「なんだ、 女ばっかか」
アンヌが愉快そうに笑う。
「んな、 笑わなくて良いだろ」
ケンジが控えめに抗議してアンヌも笑いを止めるも、 まだ少し笑っていた。
「えと、 お姉さんや妹さんに連絡とかはしなくていいんですか? 」
これはアカネの質問だ。
「まあ、 住んでる家も違うしな。 俺は特に気にしてない」
「そんなんで良いのかよ」
「良いんだよ。 アイツらは。 どっちかっつーと俺から離れた方がいい」
ケンジの言葉の真意を測りかねながらもまた、アカネが質問する。
「お顔はケンジさんに似てらっしゃるんですか? 」
「ああいや、 確かに三卵生の三つ子だからそう思われることもあるけど、 アイツらは父親似だな。 あんまり似てない」
「さ、 三卵生の三つ子? 」
「そんなのがあんのか」
「まあ、 美人なんだろうね」
もう知ってるよ、 と言わんばかりにハノネが肩を竦める。 ケイたちもこっちの話を聞いていた。
「美人かどうかは知らんが、 モテてたな。 かなり」
「やっぱり……」
「まあ、 お兄さんのお姉さんと妹さんと来ればそうですよね」
「そう、 ってなんだよ、 そうって」
ケンジの抗議を軽やかにスルーしながらケイが質問する。
「そういえば、 お兄さんて恋人さんとかっていました? 」
カランッ!
アカネがフォークを落とした。 周りの人たちは気付いていないようだったが、 アカネはすぐにフォークを拾って店員に謝っていた。 アンヌも少し顔が曇っていた。
「えと、 アカネもアンヌもどうした? 」
ケンジは取り敢えず、 アカネがフォークを変えてもらい、 椅子に座ってから話を再開した。
しかし、 その前にアカネとアンヌの行動について質問するすることにした。
明らかにいつもの様子とは違った。 厳密には、 いつもととは言っても会ってから、 まだ二日程度なのだがそれでもなんとなくこれまでとの雰囲気が違っていた。
「いえ、 その……」
アカネが口をもごもごさせる。
「ケンジに恋人がいた、 って想像すると気持ち悪くなったんだよ」
「あっ! /// いや、 その……/// 」
しかし、 すぐにアンヌが理由を言ってしまい、 アカネがあたふたする。
「ああ、 なるほどな」
ケンジは少し苦笑した。
なるほど、 気になる相手に昔異性の存在があった、 と考えてると確かに面白くはない。
ケンジは可愛い奴らだな、 と思いながらもそれを言ったらなにをされるか想像した結果、 とりあえず言わないことにした。
しかし、 何故アカネまで赤くなってるのかは分からなかった。
「まあ、 リンカとか姉貴らとよく一緒に居たから、 たまに勘違いされることもあったけど、 誰か個人と付き合ったりとかは無いな」
ケンジがそう言うと一気に場が弛緩した。
ハノネとケイからリンカについての説明を求められ、 簡単に幼馴染みだということを説明をする。
「ふう、 未来の旦那様の昔の女の話なんか聞きたくなかったからな。 いなくて良かったわ。 なあ? アカネ」
「そうですね……って、 いや! あの、 そのべ、 別にそういうわけじゃ! /// 」
アカネのあたふた振りに拍車がかかる。
「アンヌ、 とりあえずそれぐらいにしとけ。 アカネの可愛い姿を見れるのも良いけど、 とりあえず夕飯を食べ終わろう」
ケンジの言葉にそれぞれうなずいたり、 可愛いなんて言わないでください! などの反応をしながら箸を進めていった。
「あ、 そういえばお兄さんのバイトってなんですか? 」
ケイが突如思い出したように聞く。
アカネたちも夕飯の味ですっかり忘れていたが、 意外とケイはそういったものを忘れないタイプらしい。
「ん、 なんつーかな。 俺とリンカらの合わせて四人は親が居ないんだよ。 両親共にな」
「え、 そうだったんですか……? 」
「ん、 ああ、 あまり気使わないでくれ。 俺らは全然あの人たちのことなんか顔も覚えてないから悲しくもないしな」
ケンジの言葉は普通に考えれば悲しさしか無いものだが、 あまりにもあっさりと話すためどうもテンションが追いつかなかった。
「でだ、 俺らは自分で金を稼がなくちゃいけなかった。 ガキの頃からな」
「ああ、 確かにな。 ガキって何歳頃からだ? 」
「親が居なくなったのが、 五歳ぐらいだけど金を稼ぐようになったのは八歳からだな。 親父の妹、 つまり叔母さんが俺らの面倒を見てくれてたからさ」
「ご、 五歳……ですか……」
アカネが少し顔を俯かせる。 ケンジに同情しているのかもしれない。 ケンジはそんな顔をさせてしまったことに心苦しさを感じたが、 顔に出さないよう気を付ける。
「では、 ケンジくんたちは八歳から何の仕事をしていたのかな? 」
ハノネが核となる質問をしてくる。
「犯罪者たちから金を盗んだりしてたんだよ」
「……え? 」
ケンジがあっさりと、 とんでもないことを言い放った。
「は、 犯罪者? 」
「ああ、 ヤクザとかそういう奴等からな」
「あ、 危なくないですか? 」
「いや〜、 どういう訳か俺ら全員腕っぷしは強くてさ。 簡単だったんだよ。 それで、 めちゃくちゃ稼ぎまくってたのが、 今も残ってるってだけだ」
「か、 かなりハードな生活をさほど重要そうに語らないんですね……」
「いやまあ、 もう過ぎたことだし」
「過ぎたことって……」
「他にもさ、 まあ普通のバイトしたりとか。 流石に犯罪はしなかったかな。 こっちが生きるために犯罪者になるのは馬鹿みたいだし」
「……まあ、 そうですよね」
「最悪、 俺が金作れば良いだけだしな」
「そう言えば作れますよね……」
ケイが納得するような声を出すが、 明らかに感情の処理が間に合ってなかった。
「まあ、 そんな感じで俺らは生きるために色々やってたんだよ。 料理の方は叔母さんが作ってたのを見様見真似でやってたからなんとかなったしな」
「ケンジさんたちの叔母様はその間、 何をしていたんですか? 」
アカネがケンジに質問する。 確かに、 ケンジの言う叔母は突然登場しなくなっている。 まだ八歳の子どもたちを置いてどこに行ったのか。
「叔母さんは突然どっか行ったんだよ。 何も言わずにな」
「……それって、 行方不明ですか? それとも……」
「あの人は俺らに関して悪意は一切持っていなかった。 そして、 行方不明というのも考えにくい。 なんか思うところがあったんだろうな。 その時から俺らは叔母さんには会っていないんだよ」
「……そう、 なんですか」
「……ホントに同情とかすんなよ? 俺らは気にしてないんだからさ。 さあさあ、 飯食っちまおうぜ」
そのような感じでケンジが一方的に話を終わらせ、 夕飯の丼に食らいつく。 そこからまた、 世間話が始まっていった。
「そういや、 ケンジの寮出来たらしいぞ」
「早くね? 」
さらっとアンヌが報告してケンジが突っ込む。
あまりにも早すぎる。 二日後から通うため、 それまでに一から完成させると聞いた時点で無理があるだろう、 と思っていたのだが何故か一日もかからずに終了したらしい。
「……やっぱ魔法か? 」
「それ以外に何がある? 」
「だよなあ。 便利だねえ魔法ってやつは」
「ケンジがこのあとどこで寝るのかを全く、 考えてなかったからな」
「ああ! 俺も考えてなかった」
ケンジも膝を打つ勢いで頷く。 確かに全く考えていなかった。
「まあ、 オレの部屋に泊めても良いだろって言ったんだが……」
アンヌの言葉にキッ!と目つきが鋭くなるハノネ、 えっ? と目を見開くアカネ。
「そ、 それだったら私の部屋が! 」
「そうなるだろうと思ったから早く作らせたのさ」
アカネの勇気を出した申し出をバッサリと切るハノネ。 アカネはしばしハノネを睨んでいたが、 不意に顔を赤くして椅子に座った。
「……アカネ、 後でちょっといいか? 」
だからケンジの言葉にアカネは今度こそ体が固まった。