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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

苺印のホラー作品

釘打ちの空域

作者: パンチラさん

挿絵(By みてみん)

 ロウが受け皿に垂れている。

 蝋燭に深々と刺さった釘、部屋一帯を覆うような大きな懐中時計の針が刻む音、ロザリオを掴んだ天使の人形。デッサン用人形が不気味に笑っているかの様に、闇のまにまに揺れている。

 闇に浮かび上がった顔は、微笑んだ。

 時計の針が十二時を指し示した頃、それの全体が露になった。アンティークの椅子に腰をかけた、天使の片翼かたつばさに頭上のわっか。赤い瞳に映る蝋燭がおぼろげに揺れていた。

 床に着きそうに伸びきった髪は白く、無精髭の様にぼさぼさになっている。服も当然だがシワだらけで、線がついている。

 少女は肘掛けから手を離して立ち上がり、言った。


 「さあ、天使の微笑みを……」



 閑静な住宅街。

 空は青く、照り返す陽を浴びる坂道。その上に立っている少年。

 この地域にある中学校の指定された制服を身に纏い、リュックサックを担ぐ。その姿は見慣れたモノだろうが、どことなく違和感があった。それはその後ろ。リュックサックの後ろ。その先にある"アレ"だ。

 妙な視線が来るのだ。


 「そこで何をしている。小生に用か?」


 物陰に隠れている者に対して問い掛ける。


 「小生、小生って……傲るのやめませんか?」


 「いつも逆だと言っているだろ?」


 「へりくだっていると?」


 「……」


 返す言葉がなかった。

 小生はへりくだった言い方で、自分はそれを誤用していた。それを知っていて使っていた小生も小生だが、それを指摘してくるアレもアレだよ。

 小生は振り返って、アレを見る。婦女がいた。わっかを頭に乗せた天使だ。

 突如として現れた悪魔と戦うだとか何とかでこの世界にやって来たと言って、半ば強引に家に押し入り、居候をし始めたのがこの婦女。自分を天使だと名乗る自称さん。

 ここ最近、後ろから着いてくる事が多い。気のせいだろうが、学校にも出没している気がしている。


 「天使は思うんですよ。悪魔に中々遭遇できない、と」


 「そうだなァ」


 悪魔はどこにでも現れるモノではない。それ故、厄介なのだ。

 歩いて悪魔に当たってたまるかっ!と天使にツッコミを入れようとしたその時、周辺の違和感を感じた。

 頭上を風切る黒い影。人の形をした何かが、空を飛んでいる。

 小生はそれを仰ぎ見て、目で追う。

 ガンッ、と硬い何かが電柱にぶつかり鈍く広がる音。それに小生が歩み寄り、手に取ろうとしたところを天使が駆けてきて手を止めてきた。

 飛んできたそれがピクリと動き、小生は一歩退ける。

 それは黒くてよく判らないが、所々の輪郭がよく判るフォルムをしている。小生がよく使っているデッサン用の動きを知るための人形に似ているが……。それそのものだった。

 人間の様に立ち上がり、紳士の様にお辞儀をしだすデッサン用人形。


 「………っ!?」


 言葉を失ったや否や、尻餅をついてしまう。

 小生は腰が抜けてしまい動けない。それを救いに来ない天使はたっていた。ぽつんと立っていた。

 あの目は好奇心や恐怖、物珍しさなんて含んでいない。小動物や愛玩動物を見る、悲しみの目だ。心の汚れだ。


 「二人を…………連れていけと…………命令がでている…………」


 デッサン用の人形が喋りだした。

 ノイズが混じった声がゆっくりと、区切りながら喋っているせいで焦らされている気がしてならない。それに、連れていけるのだろうか。

 人形に羽が生え、人らしき幻が見えた気がした。



 書斎の様な所狭しと並べられた本の数々。部屋は埃っぽく、世界が乱れて見えている。

 上向けに寝ている小生は顔が横を向いており、目の前に人形が見えている。幻覚も見えているかもしれない。三体の同じ人形が見えるとは……。

 「天使は、居るか?」

 呼び掛けると同時に何かに手を握られた。

 握られた手を確認するために顔を反対側にやると、天使が居た。柔らかそうな頬が少し紅潮している。


 「いますよ……」


 天使は微笑んだ。

 小生は手を握ったまま上半身をゆっくりと起こし、辺りを見渡すが本の山だらけだった。机が数台、それに椅子が数えきれないほど。

 スタンドの淡い色が世界を染めている中、声を聞いた。天使以外の、聞き覚えがある声を。


 「連れてこれたが、どうすんだ?」


 「どうと言われましても……」


 「連れて来た意味が無いよな。私的には」


 謎の人形談話が行われていた。

 手元で行われるそれは自室で行われているのではない、ここで行われているんだ!と、小生は下がらない橋のアレを胸の内で真似てみた。


 「あっ」


 人形たちの声が重なった。

 小生も訳が解らず、声が漏れそうだったが、我慢した。

 人形たちが近付いてき、小生の足元を囲う様に並んだ。そして、口は無いが口を開いた人形。

 「連れてきた」


 「理由を聞くつもり?」


 「そうはなんたらかんたらっ!」


 小生並びに、友たちが言いたかろう。マシンガンの如く、流れるこの会話。ツッコミが間に合わない、この早い打撃!小生は笑えず喋れず………。


 「ああ、連れてきてくれたんだ。来れたんだ。だったら、この場所について………」


 「何故?」


 「流れが掴めないね」


 「バカだよね」


 散々言われた。メッタメタに言われた。小生、精神面で潰れてしまう…………。

 人形が慰めている様にも、笑っている様にも見えた。それに、天使が後ろに立って何かを感じさせる。威圧的な何かを………。

 何か、重い何かが………。頭に………。



 重い瞼をゆっくりと持ち上げ、世界を見た。世界は本に埋め尽くされた、最後に見た世界とまったく変わっていないあの部屋だった。


 「ううっ………」


 スタンドの淡い色は目に優しいが、頭があまりにも重い。その為、吐き気も少々………。


 「え?」


 手が動かない。何故だか動かない。

 手を紐で縛られており、椅子に止められている。それに、天使は何をしてきたんだ?

 足音が近付いてきた。

 カッカッカッ、と迫ってくる。その音は靴の音の中でも聞いたことがある、あの天使の足音。


 「起きたの………」


 天使は悲しげな表情をしている。

 そして天使は小生の頬に手を掛け、艶かしく下にへと輪郭上を指でなぞらせる。腰辺りまで行くと、そこで指を離し、本題に入るのだろう。


 「薬、飲んで貰うの。モルモット君」


 小生は気が動転してしまった。今までにそんな素振りもなかったし………。


 「出会った時の場所、覚えている?」


 「家、じゃないのか?」


 「違うよ。だって、押し入ったんじゃなくて、入れてくれたんだよ」


 「へっ………?」


 小生は分からなくなった。今までの何もかもが否定されたようで。


 「それに、出会ったのは昨日だよ?」


 出会ったのは一年前………のはずだ。それが違うのか?

 小生は分からなくなった。この追憶が違っている、その事実。


 「もしも、記憶が書き換えることが出来るのなら、どうだろうね」


 「…………っ?!」


 小生は今までの出来事が偽物だと知った。それが怖かった。小生が今まで得た幸せも不幸も全部含めて、否定された………。小生は、モルモット。モルモット、モルモット、モルモット、モルモット、モル………モット。


 モルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモットモルモット


 小生は…………モルモット。

 頭を抱え込んで、小生は悩んでいる。

 天使は天使でなく、マッドサイエンティスト。狂った科学者。そんな婦女が僕に、また何かをしようとしている。


 「天界から追放されて人間界に降り立ち、魔女扱いされ、地獄に送り込まれ、悪夢を見て朽ち、堕ちた………。堕天使って奴よ」


 小生は錯乱している。

 記憶の残滓が目に映って、辛い。ああ、何故だか目の前が歪んで見える。


 「それじゃあ、準備をするからお人形さんと話していてね」


 天使は出ていった。

 小生を背に歩く姿は、微笑んでいる。それが不気味で恐ろしくて、臆してしまいそうだが、それも仕方ないことだと受け止め、この窮地を考える事にした。

 そこで人形を思い出した。もしかしたら抜け出せるかもしてない。

 小生は人形を探すために回りを見渡す。それは、サイドテーブル居たようだ。


 「話せだとさ」


 「そうですね……」


 「駄弁るの、めんどくさい」


 壊れかけた精神を繋ぎとめただろう。

 この笑えもしないこの会話を、小生は虚ろな目で見ている。しかし、それが微笑ましくて、この世界に引き戻されただろう。

 この人形たちは何なんだ、いったい。


 「それじゃあ」


 「カウントダウン」


 「始めよう!」


 それは唐突に始まったカウントダウン。

 小生は訳が分からない、展開が早すぎて。

 人形たちは数える。


 「9」


 この数はなんだろう。


 「8」


 何を数えて、何を行うのだろう。


 「7」


 それは、夢か。


 「6」


 それは、現か。


 「5」


 それは、幻か。


 「4」


 一刻一刻、その数は進む。

 決して増えている訳ではない。なのに進んでいる。何故だ。時って、何だ?


 「3」


 小生は中学生。

 魔女と呼ばれた天使に拘束され、ここに留まっているだけ。だから、ここには用がない。


 「2」


 どうして、小生が……。


 「1」


 数えきる。

 もうすぐ数え終わる。


 「0」


 数は消えた。


 「楽しんでね」


 「いい夢を」


 「シャブで」


 俺は瞬きをした。

 目を一瞬しか閉じていないのに、その場所は変わっていた。

 大きな懐中時計に、先程の人形たちが針金で浮かされている。それはもう、大きな懐中時計。これは、一種の武器や兵器と言っても過言ではない。

 サイドテーブルが横に据え付けられており、そこには釘の打たれたロウソク。垂れ落ちるロウと、ロウソクの上で溝を作って、そこに水溜まりの様に溜まっているロウ。

 火は揺らめき、俺を嘲笑う。

 瞬く間に変わってしまった世界は、小生に何をしたいのだろう。


 「どう?ここは魔女の館。だから、何でもあり。部屋が変わったり、それと………」


 ロザリオを持った天使は、不気味な笑顔で顔を歪ませ、微笑んでいる。

 急な出来事に酔ったか、目の前が歪んで見える。今までにこんな事はなかった。もしかすると、乗り物酔いかもしれない。しかし、そんな事ができるほどの部屋だろうか。本棚にぎっしりと詰まった本が落ちてしまえば、それだけで大惨事。寝ている間に処理なんか出来ない。


 「薬、また効いてきたかな?」


 「薬?」


 小生は感覚のない、腕を動かしながらいう。

 ロープでいつの間にか縛られており、身動きが取れないように封じられているらしい。

 考えてみれば、俺は一回でも立ったか?

 人形が言っていたシャブ、天使の薬、また効いてきたかな。これだけでも何かはわかった。ようは実験台ってことだと。


 「夢に入って、飛んだり。ああ、薬で得る快楽なんて、想像もできない!ああ、いい結果が見えないかな?」


 「クソ………」


 小生は中学生何かじゃなかった。

 小生はフリーター。しがない一般市民。栄誉も、道徳もない粗大ごみ同然に扱われていた男だ。小生なんてしゃべり方は気に入っていない。癖なんだ。学生時代の黒歴史みたいな。

 小生をモルモットにする理由は、要らないから。


 「権利は、無いのか?」


 「権利ぃ?買い取ったから、剥奪されているのと同然。母親は売ったのよ、貴方を」


 「へっ?」


 「聴こえなかった?」


 小生は唖然とした。

 母親に見捨てられていても、守ってくれるとばかり思っていた。庇護するのが親の役目とばかり、思っていた。

 小生は何だか、嫌。


 「まあ、この薬でラストだからいいか」


 「ああっ?」


 すでに考える事が出来ない体になっていた。

 数秒で蝕まれ、脳を食われた。

 口からは泡を吹き、尚も動く。まるでゾンビ。あるいは、醜態を晒してまで助けをこう、乞食。ああ、醜いもの。

 考えを手放した小生は、理解した。本能的に。

 羽が見えた。真っ白な、かぶりつきそうな羽が。


 「アグゥ………グアッ!ウッ……グアッ!」


 「あれ、もう壊れたの。音も立てずに?軟弱、軟弱。そんなに脆弱な体ではラストですね、本当に」


 小生に薬を差し出した天使。

 小生は縄を無理に千切り、肩の骨を外してでも喰らいに行く。皮膚は破け、肉が露になり、ロープを外そうと足掻くばかり、爪の事を考えずに動いていたせいで、左中指の爪と、右小指の爪は剥がれている。

 小生は理性や、視角、聴覚、嗅覚………全てが奪われた。

 血が体を染め上げ、広がっていく服は貼り付き、行動を邪魔しに来る。そんな服さえも目に入らずに走る。


 「さあ、来なさい!受け止めて上げるわ。快楽を感じるために」


 欲望の赴くままに、動いているのではない。

 目先の相手なんかよりも素晴らしいものがある。羽だ。


 「………ああ、あがっ………だめ、よ。羽を千切っては………ああ!」


 何があったかは分からないが、小生は天使に抱きつき、背中の羽にかぶりついているのだ。

 小生は何があったかは分からないが、いつの間にか病院に居た。

 真っ白で、どうも思わない世界に引き戻されて。

 小生は、未だに子供。だから、親は悲しんで涙を流してくれるだろう。


 「先生!243号室の四村元よむらげん君が、起きられました!」


 病院内に響く声。

 ああ、小生は恵まれている。


 「あーあっ。なんで死んじゃったかな」


 赤い翼をくわえながら、泡を吹いて死んでいる。不気味な笑顔を浮かべて、醜い体を晒ながら。これが、最後だなんて、恵まれない子、だね。


 「これは、焼却しかないね」


 最後は、悲惨。



 ………どうだったかしら。

 世界の醜い人間から、選ばれた一人。うまく狂って死んでくれたわね。憤死、と言ったところかしら。


 「フフフッ………」


 不気味な笑みを浮かべながら、膝掛けに肘を突いている。

 サイドテーブルには、釘が全て落ちたロウソクがあり、もうすぐ消えようとしている。

 大きな懐中電灯を背に、サイドテーブルの横を浮遊する人形たち。

 サイドテーブルには、ロウソクのほかにパンがあり、天使はそれを手に、キリストの最後の晩餐を思い浮かべながら口に含んで言った。


 「不味かったわ。でも、ごちそうさまでした」


 火は消え、世界は暗闇に落ちた。

ファンタジーで書いてみましたが、少しだけ狂っています。行き来するこの感覚は少しだけ癖になりそうですよね

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[一言] 企画お疲れ様です。 浮遊感というか脱力感というか、不思議な感覚がずっと背中に貼り付いているような気分で読ませていただきました。 『要らないから』という言葉が突然、しかも淡々と出てきて、それが…
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