鍵盤と果実
15分
お題 彼女の愛した慰め
必須 ピアノ
ニ長調が部屋へと漏れていた、鍵盤は波打って甲高い声が呻いていた。大地を揺るがすグラウンドピアノ、崖の上に建てられた、空が割れている、イカヅチは叩きつけられて、数知れぬ和音が轟いた。
彼女は職人の手によって生み出され、世界にそれが現れたとき、世界は一変する。
民衆はそれを見ていた、その一部始終を。
それにより世界は生まれていった、何もなかった空虚な世界には、芳醇な全てが吐き出されて、そして命の繋がりが始まって、果実を求める運命の頂点を、柔らかい匂い立つその魅惑と蠱惑の熟れた塊は…
ピアニストが正面に座る、見下ろされた彼女はすなわちこれから蹂躙を受ける。鍵盤から弾き出される甘い蜜液、和音と和音のコントラスト、その果てに、絶叫する不協和音がジャングルのように弾き出されていく…
世界に生命と、サバイバルの戦闘が始まり。
鍵盤は千手の指にほじくられ、ぐちゃぐちゃに溶けていく彼女の理性…
快楽とメロディーの渦が、世界の空気を切り裂いて、軈て宇宙へと伝わっていくのか?
彼女の姿はもう溶け崩れてしまい、それにより宇宙はとっくに崩壊していくのだろう。
宇宙は沈みゆく。
パラレルの隅に隠れ潜んでいた猛獣の熱視線、その光線だけでもう彼女は崩壊してしまう。
宇宙が崩れゆく…
バラバラになってグランドピアノは宇宙空間を漂った、彼女が愛したたったひとつの慰みは、破壊された世界の楽譜となりて、次なる世界の崩壊の呼び水となって甘い蜜を落としていた。