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1話:強欲の国


 6



 10時30分。アルバは正門にいた兵士の1人に入国許可証を提示した。少々怪しまれ、王国内の統治機関である王城に連絡されたが、入国に問題はなかった。待ち受けるであろう数々の露店にアルバは胸を高鳴らせつつ、門をくぐった。

 だが、目の前に広がる違和感だらけの光景に、アルバは首を傾げた。


「何だか、写真と何となく違うような気がするね……。水はいっぱいあるのに」


 正門から王城への長い距離を1直線に結ぶ道、王門大通り(おおもんおおどおり)では、本来ならば数々の商人たちが出店を構え、客を呼び込むために周りの出店に負けじと声を張り合っているはずである。だが、今では数えるほどの出店しかない上に、まるで活気が感じられない。


 ――おいおい、こいつァ一体何の冗談だ? さっきの白人もそうだしよ。ハンクが言うには安全そうな国だってのによ、物騒にも程があるぜ。

「僕だって分からないよ。今日はそういう日じゃないのかな」

 ――心にもないこと言いやがって。目の前に困ってる国があるんだぜ? 飯食って帰るだけじゃ恩返しもくそもない。


 ラースはいつになく誇らしい声でアルバに言った。だが、アルバはその真意にとっくに気づいている。


「ただの退屈しのぎとか思ってるんでしょ。全く、実際に行動する側の気にもなってよ」

 ――う…………。ん? おい、あそこで何かやってるみたいだぞ?


 言い淀むラースだったが、すぐに周囲に異変を感じた。アルバはラースの指す方向を目を細めて焦点を合わせた。そこには人だかりができており、よく見れば、それらの人々の多くが何かの野次馬であることが分かった。アルバはそれを不思議そうに眺めていると、ラースが神妙な声音でアルバに言った。


 ――おい、あそこの集団、喧嘩だか知らねえが怒りを感じる。特にあの中心からな……。

「え……。喧嘩って……と、止めなきゃ駄目だよね」

 ――勝手にしろ。だが、タダ飯にありつける可能性はあるな」

「そういうのは気にしなくていいの。でも、とにかく止めよう!」


 アルバは半分好奇心、半分正義感でその集団に近寄った。周囲に水がたくさんあるせいか、砂漠にいたときのような耐え難い暑さもそれほど酷く感じない。飯の前の最後の運動だ。


 ――よしきた、やっぱり旅といったら慈善活動だよな。


 ラースのその呟きも本音ではないとアルバは気づいていたが、あえて何も言わないでおいた。いつかその言葉を自ら覆すことになると思ったからだ。

 人混みを掻き分け、アルバが中心に近づくにつれて、ラースがまたいっそう騒がしくなった。近くに怒っている人間がいると、それに共鳴するのかどうかは分からないが、とにかく一段とうるさくなるのである。

 アルバが最前列に到達した。すると、周りの人が急にどっと後退した。


「えっ……?」


 きょろきょろと周囲を見渡すと、アルバの目の前から大きな物体が飛んできた。周りの行動に気を取られたアルバは、あっけなくその物体の下敷きになった。少し遅れて回りの人間たちがざわつき始めた。


「いてて……。って、人……?」


 アルバの上に吹っ飛んできたのは、1人の大柄な男性だった。アルバは何とか男から脱出して、男の体を起こした。男は気を失っているようだった。そのまま仰向けに寝かせ、さらに大声で怒鳴るラースを沈静化させるため、その場の中央に緊張した面持ちで歩み寄った。


 左右にそれぞれ2対3で人間が立っている。どちらも先頭に立っているのは男性で、左側に立っているのは、金色で短髪の髪に、柄の悪い目つきと眉毛をした体格のよい若い男性だ。見た目はどうしようもない人間なのに、どこかカリスマ性を感じてしまう。対して右側に立っているのは、左側の男性よりは髪は長いが、苦労人なのか白髪である。また、身長も左側の男性に比べて低く、老いているように見えた。


「あの……」


 アルバが口を開くと、左側の男がアルバを見て強い口調で言い放つ。


「何だクソガキ! 邪魔すんじゃねえ!」


 アルバが喧嘩はよくありませんというようなことを言おうとしたのだが、左側の柄の悪い男性に即座に阻止された。あまりの剣幕にアルバは気圧されながらも、何とか続けた。


「喧嘩は……良くないかなって……。ほら、皆見てるし、はは……」


 アルバは自分でも何を言っているか分からなくなり、全く生きた心地がしなかった。だが、こうでもしない限りラースが延々と騒ぎ続ける。精神衛生上、ラースには少しだけ黙っていてもらいたい。いつものことではあるのだが。


 左側の男性は今にもアルバに殴りかかりそうだったが、アルバはそれを無抵抗に受けるつもりだった。それでこの場が収まるなら、一発殴られることくらい安いものである。そう決めつつも、心の中では来るな来るな絶対来るなと念じていた。しかしアルバの願いも空しく、左側の男性はアルバの目の前まで歩み寄った。そして、無慈悲にも右腕を振り上げた。


「よしなさい。少年に手を上げる気か。馬鹿者めが」


 しかし左側の男性の右腕がアルバに振り下ろされることはなかった。右側の男性がその腕をつかんでいたからである。ありがとう、とアルバはそう右側の男性に感謝するとともに、支持するなら右側だな、などと考えていた。


「チッ……。やめだやめだ。ガキのせいでしらけちまったよ。行くぞ、トロイア。おら、野次馬ども、散れ!」


 左側の男性は、アルバの背後に倒れている男を抱え上げた。そして、トロイアと呼ばれた男とともに路地裏へ去っていってしまった。

 右側の男性は、左側の男性を黙って見送ると、アルバに向き直って自己紹介を始めた。


「場を収めてくれてありがとう、少年。私の名前は隆剛(りゅうごう)。王国保守派の代表だ。君のことを教えてくれるか」


 保守派と聞いて、アルバはハンクの送ったデータを頭に思い浮かべた。となれば、あの左側の男性が革命派の代表ということになる。それならば、不思議と惹きつけられるような彼の風格やこの国の状態に合点がいく。

 隆剛は右手を差し出した。アルバはその右手を握り、同じように自己紹介をする。


「アルバって言います。さっきここに入国した旅人です」

「歳はいくつだ」

「17歳です」

「そうか…………。なら、この国からは早めに立ち去るといい。その歳で命を落とすのは惜しいだろう」


 隆剛は手を離すと、警告とも取れるような口調でアルバに言い放った。アルバはその言葉の真意を掴めず、ただ背を向けて歩き去る隆剛を黙って見送った。


「何があったんだろう……」

 ――さあ、だが王権を巡った争いであることは確かだな。ハンクならこの数年でこの国で何が起こったのか調べてくれるかもだぜ。あんまり興味は無いがな。

「そうだね。今連絡してみるよ」


 そう言ってアルバが通信石を取り出したとき、アルバは突然何者かに声を掛けられた。


 その声は若い女性のもので、条件に当てはまる女性といえば、アルバが人を掻き分けたときに前から2番目くらいで口喧嘩をこっそり覗いていた人物のみだ。


「ねえ、君さ……アルバ君って言ったっけ?」


 ああ、無理にどけたことを怒られるのだな、とアルバは肩を落として振り返った。だが、不思議とラースが怒りに反応しておらず、静かなままだ。腹が減っていれば、こんなこともあるだろうとアルバは勝手に納得した。


「うん、そうだけど……」


 振り向いた先には、栗色の長い髪を後頭部で1つに束ね、小さな顔は鼻筋がスッと通った少女の姿。ちょうどアルバと同じくらいの歳だろうか。端正な顔つきだが、茶色の瞳にはどこか憂いが込められているようだった。


 ――なんだなんだ。美人さんなのに元気ないな。


 ラースがアルバをからかうように言った。アルバは少女が浮かない顔をしている原因が、国の混乱によるものだと確信していた。先ほどの隆剛の警告といい、この少女の瞳といい、それ以外考えられない。


「私は水春すいしゅん、よろしく。それと……ありがとね。喧嘩を止めてくれて」

「ああ……、うん。それは気にしなくていいよ」


 止めなければラースが静かにならないから、と若干の罪悪感に苛まれながら心中で呟く。


「あのさ、旅してるって言ってたよね」

「うん。もう3年くらいになるかな」


 何だか嫌な予感がするが、ここで嘘をつけば先ほどの発言も嘘になってしまう。アルバは正直に、聞かれてもいないことまで答えてしまった。しかし、その返答に対する水春の反応はアルバを瞠目させた。


「その……私も連れてって欲しいの……」

「……は?」


 アルバは耳を疑った。客観的に2人のやりとりを見ていたラースは何となく察していたが、当の本人であるアルバには全く予想だにしていなかった。恥ずかしそうに俯く水春をじっと見つめ、様々な憶測が脳内を飛び交った。


「ちょ、ちょっと……話がよく分からないなあ、なんて……え?」

「私、この国が嫌いなの。もうすぐまた新しい場所を目指して旅立つんでしょ? どこか近い国に置いていってもいいから、とにかくこの国から私を出して!」


 アルバはどうしらよいか分からず、困ったような表情をする。当然だ。見ず知らずの少女に旅に同行したいとせがまれ、どこかで置いていってもいいと言うのだ。どこかに置いていける訳がないし、そもそもいきなりそのようなことを言われて困惑しないはずがない。


 ラースが第3者として、アルバの心にはっきりとした意見を述べた。


 ――駄目だ。足手まといどころか、食料だってどうなるか分からないんだぞ。


 アルバにだってそのことは分かっていた。その食事の消費量からただでさえ簡単に食糧難に陥るアルバなのに、人がもう1人増えればそれがさらに深刻になるのは火を見るより明らかだ。


 ――でも、この国で何があったかくらい聞こうよ。気になってもやもやしてきたからさ。

 ――オーケー。早く済ませてくれ。

「ど、どうしてこの国が嫌いなの? お水も食べ物もいっぱいあって、お金にも困ってなさそうな国なのに」


 アルバは、直接国で何があったか聞かず、この国で何が起こったのかを話すように誘導するように質問した。場合によっては、この国に留まらなくてはならない可能性も浮上してきたからである。今なら、先ほど隆剛が何を言いたかったのかが分かったような気がした。


「水は全て国のもの。お金だって同じ。前までは、財産は皆で分け合って、皆が笑顔で暮らせるようにって…………。王様もすごく優しくていい人だったのに。急に人が変わって……」

「王様が何かしたのかい?」


 水春はやや視線を落とした。


「1、2年くらい前からずっとその調子で、何がきっかけかは分からない。ただ、あまりにも突然で……」


 あまりにも不自然な話である。水春の話を聞く限り、国王がこういう状況になるように虎視眈々と狙っていたとは考えにくい。仮にもしも、王様が本性を現しただけの話だったら、これほどの革新をこんな短期間で起こすだろうか。しかし、それは同時に長年かけて築き上げた国民の信頼を自らの手で破滅させることになってしまう。実際国民の信頼は崩れ去っているのだが、未だに国全体としての秩序は保っている。


 ――どうかな、ラース。

 ――決まってるだろ。そんなつまらん人間はそもそも王になんかなれないだろうぜ。


 ラースも言うとおり、国王が本性を現したという説はないものと見て間違いない。それに比べ、優しい王様が急に抗い難い独占欲に駆られたという方が可能性が高く、自然な話である。


 独占欲。すなわち――強欲。


 なぜ急に強欲になってしまったのか、答えは1つしかない。


 ――決まりだな。偶然とはいえ、やっと見つけたぜ。


 アルバは弾かれたように通信石を取り出し、即座に握り潰した。そのあまりの真剣さと迫力に、いない者同然の扱いとなった水春は思わず絶句した。


「おお、アルバ。どうしたんだぞよ? そんなに急いで。そうかまた金だな。必殺のお人好しが発動したかの?」

「違うんだ。もしかしたらここに罪牢石、そのうちのグリードがあるかもしれないんだ」


 アルバの報告にハンクは目を丸くして驚いた。その後、ぱあっと表情を明るくして、子供のように好奇心を剥き出しにした。


「うっほォ! 本当か! それで、どうするつもりなんじゃ?」

「その影響でここの国民は大分まいっているみたいなんだ。僕も動いてみるけど、ハンクは最近ハープ・ギーアに何が起きたのかを調べてほしい」

「そうかそうか! 調べてみるが、まあ状況くらいならワシが調べるまでもなくすぐに分かると思うがの。それじゃ、よい結果を期待しているぞよ!」

「分かった。なるべく早くね」


 ハンクは大きく頷いた。アルバも頷き返し、通信を終えた。


 ――ここにあったか。

「空っぽの遺跡。遺跡に最寄りの国。金持ち。飲み水が豊富。半年前に王様の人格が急変。お膳立ては全て揃ってるって訳だね。王様の心にグリードが住み着いているよ」

 ――クヨ遺跡に行っておいてよかったな。

「わ、悪かったよ……。あんなこと言って」


 分かればいいんだ、とラースが誇らしげに言った。


「ね、ねえ、ちょっと……」


 アルバは、目の前にいる水春の存在をすっかり忘れていた。如何せん長い間1人で生活していた身である。周りのことが見えなくなることもしばしばある。

 水春には、アルバが1人で誰かと会話しているように見えて、もはや何が何だか分からなくなっていた。独り言にしても違和感がありすぎる。


「あっ、あの……ごめん。今のは気にしなくていいよ」


 アルバが苦笑混じりに言うが、水春も苦笑するしかない。


「いや、いいよ。続けて?」


 続けてと言われても、全て完結した話である。どう対処しようかとアルバは狼狽した。


 ――ラース。お前、こうなると分かってて僕に話しかけたでしょ。

 ――そんなそんな、滅相もねえでごぜえます。


 何はともあれ、3年も探しても1個も得られなかった秘宝の1つがこの国のどこかにある。これをみすみす見逃す手はない。まして、それが原因で国中が困っているなら尚更だ。いち早く罪牢石を手中に収めなければならない。


 7つの欲をの1つを司る悪魔が宿ったコアを持つには、他のコアと比べて強力な白牢石と黒牢石を同時に所持していなければならない。白牢石と黒牢石と罪牢石の構成が、罪牢石の力を弱めることはハンクの研究によって判明している。そうしなければ罪牢石が暴走し、コアと人間の主従関係が逆転し、主導権をコアに移してしまうことになるのである。つまり罪牢石の内に潜む意思に体を明け渡すことになるのだ。例外はあるが、おそらく王様もそのくちだろう。


「いや、こっちはもういいよ。それと、ここに残らなければならない理由ができたんだ」


 アルバはそう言いながら、頭の中でこの国の勢力図を描き出した。国王の態度が急変したのが1,2年前ということは、革命派結成も同じ時期。それに準じて保守派もできたのだろう。


 革命派は、これ以上横暴な国王に政治を任せるわけにはいかないため、自らが王権を奪い、この国の主権を掌握することを目的としている。そうなれば、若者が筆頭になったメンバー構成になるのは必然だ。

 保守派は、革命派に比べて平均年齢が高い、その分、若者より長い時間平和な国を見守ってきたということなのだろう。国王が豹変してから1,2年、その期間は彼らにとってはさほど長い時間ではない。王様の背後で糸を引く黒幕がいる。つまり、その黒幕もしくは事情を炙りだせば国王が昔のように落ち着く可能性がある、という風に考えているのだろう。


「でも、あの人の言うとおりこの国に残るのはオススメしないよ。面倒事は嫌でしょ?」

「嫌だけど、やらなきゃだめなんだ。そうすれば水春ちゃんだってここに居続けられるし、僕も欲しい物が手に入る。おまけに皆が喧嘩をやめる。いいこと尽くめだよ」

「あ、その……喧嘩なんだけどね」


 水春が申し訳なさそうな顔をした。


「あの隆剛って人、私のお父さんなんだよね。お恥ずかしいんだけど……」


 アルバはそれを聞いて、僅かな疑念とともに水春を見つめた。確かに似ている…………名前の感じだけ。雰囲気こそ全く似ていないが、どちらも行動力は高そうだ。

 それにしても、父が保守派の代表ともなれば娘の精神的負担も大きいだろう。その苦労は、ずっとラースと罪牢石を探しながら自由に旅をしていたアルバには到底理解しえない苦しみだ。


「僕はさっきここに来たばかりだからこの国のことはよく分からないけど、さっきの男の人も、隆剛さんも、とてもいい人だと思うよ。この国の将来を喧嘩をするほど真剣に悩んでいるんだ。そうそうできることじゃないよ」


 アルバがそう言うと、水春はくすっと笑った。


「ふふっ。アルバ君だって喧嘩を止めたじゃない。あれだって簡単にできることじゃないよ」

「そ、そうかな……」


 ――よかったな。俺がうるさいおかげで好感持たれて。

 ――はは、少なくともラースは関係ないよ。


 アルバが照れ笑いをしていると、アルバのお腹から豪快な音が鳴った。やってしまったというように、アルバは恥ずかしそうに目を閉じた。それを聞いた水春が、ぽんと手を叩いた。


「あっ、お腹空いてたんだ。もうお昼だしね。うち、一応飲食店やってるんだ。せっかくだからご馳走してあげるよ」


 予想だにしなかったことを言われ、アルバは困惑した。心なしか、水春のさっきまでの憂鬱な表情はきれいに消え去り、可愛らしい笑顔だけが残っているように見えた。


 ――よっしゃ、タダ飯だ。ほらな、俺の言ったとおりに……。

 ――ちょっと黙っててよ!


「いやっ、でもさ。その、お父さんとかが……」

「いいのいいの。気にしないで。いい人なんでしょ」


 そう言われると返しようがなかった。アルバとしては、気の利いた一言を言ったつもりだったが、こんなところでうまく利用されてしまった。心の中は、自らに警告をした隆剛に会う不安でいっぱいである。しかし、他に飯の宛てはない。ついていくしかなさそうだ。


 アルバは水春の後ろについて歩き始めた。それから間もなくして、水春が口を開いた。


「さっき、王様が何かのせいで人が変わったみたいなことを通信石で話してたでしょ? それってさ、王様が元に戻るってことなの?」


 アルバはそれに対し、確かな答えを返すことができなかった。なぜなら前例を知らないからである。もし国王から、国王の体をミリ単位まで、思考の隅まで完全に支配しているグリードを引き剥がしたところで、国王がその後どうなるかは想像ができない。廃人同様になるかもしれないし、それこそ元に戻るかもしれない。


 ――どうなの? ラース。

 ――知るか。俺とお前みたいな対等な関係じゃないなら、俺も確かなことは分からない。何せ、かつて俺が支配していた人限どもが、俺と無理矢理主従を入れ替えた例はないからな。


 ラースの声は微かに寂しさを帯びていた。

 アルバはもう1度水春の目を見つめた。眩しく輝き、さっきとは違って希望が秘められた目をする水春に、本当のことなど言えるはずもなかった。


「きっと元通りになるよ……。だけど、この国を見る限り、事態は深刻みたいだ」

「お父さんや、蝶義丸ちょうぎまるさんでも何とかならないの?」


 蝶義丸。おそらく先ほどの金髪の刈り上げの男のことだ。何とかなるかは、彼らがどんなコアを持っているかによって状況は異なる。アルバの心中をラースが察知したらしく、彼らのコアについて説明を始めた。


 ――隆剛は、火牢石を1つ持っている。装備型のコアだ。蝶義丸とやらは、変化型の地牢石を1つ。コアだけを見ると、蝶義丸の方が強いな。あの土のコア、俺ほどじゃないがかなりの人を食ってるぜ。だが2人が束になっても、まずグリードには歯が立たないだろうよ。

 ――グリードって、そんなに強いの? 僕も自信がなくなるよ。

 ――おっとっと、誰がお前なら勝てるなんて言ったよ。俺と同じ7つの大罪のうちの1つだ。俺が言うのもなんだが見くびってもらっちゃ困る。しかも俺みたいにオセロコアで弱体化されていない分、その能力は半端じゃない。正直なところ、俺を解放するでもしない限り勝ち目はないぜ。

 ――お前が言うと説得力がないな。それに、お前だけはは絶対に使わないからね。大変なことになるんだから。


 アルバは1度、故郷のツォルンでラースを制御できずに解放を許した。その結果、たちまち我を忘れるほどに激昂し、国中の物という物を破壊し尽くした。幸い犠牲者は出ず、奇跡的にアルバも正気を保ったままだった。その一連の騒動の話は来世、また来世と語り継がれるだろう。その出来事以来、ラースがたまに誘ってくるが、全てきっぱりと断っている。


「それは分からない。でも、絶対に平和な国に戻すよ。平和は好きだから」

「……それって、もしかしてアルバ君も戦うってこと?」

「あっ……えっと……うん」


 アルバは先ほどの発言を後悔した。だが、この調子を維持すれば隆剛たちと情報を共有できる可能性もある。隆剛の歳はおそらく40半ば、もしくは後半辺りだ。良心か仲間意識か、どちらにせよアルバが国に深く関わろうとするのを阻止してくるだろう。それでは罪牢石を回収するのに時間がかかってしまう。とうとう餓死者まで出てしまいそうだ。


「た、戦うよ……多分」


 すると、水春は意外そうな顔で返答した。


「でもアルバ君、そんなに強そうに見えないけど……」


 ――なんだこの女。人を見た目で判断しやがって。失礼な奴だな。


 ラースがむっとして水春を毒づいた。しかしアルバの性格上、そう思われるのは仕方なく、むしろ強そうだと思われていたらこれからの態度を改めなければならない。


「あはは……。まあ、確かにね。でも僕は旅人だから体力だけは自信があるよ」


 アルバが誤魔化しのつもりで言うと、水春がぷっと吹き出した。

 先ほどまでは、どうしてこんなに暗い表情をしているんだろうと不思議に思っていた。ラースも言っていた通り、暗い顔をしていなければ美人だ。罪牢石さえ手に入れれば、こんな風に自然に笑うようになるのだろうか。


 ――余計なことを考えるなよ。敵は確定していないとはいえ、ほぼグリードで間違いねえ。しかももう俺らの動きを察知されてる可能性だってある。目標は絞らねえと。

 

 アルバの心に釘を刺すかのようにラースが言い放った。


 ――うん。目的はグリードの回収。分かってるさ。でも、本当は食糧確保のために寄ったのに、不思議な縁だ。

 ――人間の言う運命ってやつか? どうでもいいっつの。

 ――僕とラースがこうしてるのだって、1つの縁なんだよ。旅人だし、そういうのは大切にしようよ。

 ――……それもそうだな。偶然ってやつはよく分からん。


 ラースは今までの生活を懐かしむように言った。

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