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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
8/80

8.学生寮

お待たせしました。

いよいよ第二章です。

登場する学校名及び団体名、施設名や地名、個人名等、全てが作者の想像の産物であります。

また、本文中に出てくる東京と言う地名は現実のものでありますが

そこに存在していると言う設定のQ大及びその周辺の様子は、実在しないものですので、違和感を感じられても、温かく見守って頂けると助かります。

上記の点を御理解いただきますようお願いします。

 ―――――Q大成沢(なるさわ)女子寮。

 咲良は看板を見て、ワクワクする気持ちを抑えきれず、口元を緩めた。


「成沢女子寮は、お父さんの頃からあって、憧れだったよ」

 咲良の横に立った父親が、感慨深げに言った。

 

 咲良が新生活の拠点として選んだのは、学生寮だった。それも女子寮の中で一番古い、築40年と言う歴史を感じさせる寮だった。

 Q大の学生寮は、いろいろな場所に全部で10棟程あるが、近年建て替えられたり、新しい場所に新築されたりと、古いスタイルの学生寮のまま残されているのは、この成沢女子寮と平川男子寮だけとなった。

 新しい学生寮は、ホテルのような形式で各部屋にバスとトイレ一体型のユニットバスが付く個室だったが、古いスタイルのこの成沢女子寮は、全室2人部屋で、お風呂もトイレも共同だった。しかし、その分寮費が安く、それなりに需要はあるのだった。

 咲良もその寮費の安さに惹かれ、その上大学から徒歩圏内なので、余計な交通費がかからないと言うのも良かった。

 たとえQ大進学が父親の夢でも、家から出る事で余計な費用がかかる事に、咲良は胸を痛めていた。だからせめて、安心もあり費用も安い学生寮へと言う事になったのだった。

 

「咲良、ほら、突っ立ってないで、荷物運びなさい」

 母親が服を詰めたボストンバックと雑貨を入れた紙袋を下げて、咲良に声をかけた。

 明日の入学式を前に入寮日の今日、咲良は両親に車で6時間かけて荷物と共に送って来てもらったのだった。ちなみに両親は今夜近くのホテルに泊まって明日の入学式に出席するらしい。

 大学の入学式にまで親が来るなんてと思ったが、最近はとても多いらしく、その上父親の夢だったのだからと、親孝行だと思って両親の出席を受け入れた。


 (まあ、お兄ちゃんが出席したいって言わなかっただけ良し、としよう)


 女子寮なので男子禁制で、たとえ父親と言えど中に入る事は許されない。なので、咲良と母親は荷物を運び入れるために、父親を残して中へ入って行った。

 成沢女子寮の今年の新寮生は8名で、年々入寮生の数が減っているらしく、定員60名のこの寮が満室になる事はもう無いのかもしれない。

 それでも咲良は、近代的なホテル形式の学生寮より、このレトロで昔の小説に出てきそうな学生寮が、寮費の面だけじゃなく気に入って決めたのだった。

 三階建ての寮の2階の207号室が咲良の部屋で、8帖ほどのスペースにベッドが2つ、机が2つ、両側に分けて置かれ、作り付けの棚とクローゼットがあった。

 同室の人はまだ来ていないのか、何も荷物は置かれていなかった。

 同室の人はどんな人だろうか?

 自分と気が合う人か合わない人かで、これからの大学生活を大きく左右するのだと思うと、咲良は神に祈るような気持ちでいた。 

 荷物を積んだ車と2階の部屋を、荷物を持って何度か往復すると、荷物は全て運び終わった。


「お母さん、お父さんを待たせているから、後は私がやるからもういいよ」

 咲良は、片づけを手伝おうとしていた母親に声をかけた。


「でも……同室の人にも挨拶したいし……それにお父さんはいいのよ。きっと今頃30年前の思い出に浸っているだろうから」

 母親はそう言うとフフフッと笑った。


 (そう言えば、さっきお父さん、この成沢女子寮が憧れだったって言っていたよね)


 憧れの人がこの女子寮にでもいたのだろうか?

 咲良は、父親の遠い記憶へと思いを馳せた。


 (まあ、お母さんがいいって言うんだから、いいか……)


 咲良が母親と共に荷物の整理をしていると、いきなりドアが開いた。思わず振り返った二人は、部屋の入口に立っている女性と目を合わせた。途端に彼女は破顔して「初めまして。同室になった渡辺由香(わたなべゆか)です」と挨拶して、部屋の中へ入って来た。


「は、初めまして! 私、山野咲良です。よろしくお願いします」

 咲良は彼女の笑顔に一瞬見惚れた。そして、我に返ると、慌てて挨拶を返した。彼女はそんな咲良の様子を見て、またクスリと笑った。


 (ああ、綺麗な人だ……)


 渡辺由香は、ショートヘアーで少しつり上がったアーモンド形の目が印象的な女性だった。一見きつい感じに見えるけれど、笑うとそれが緩み、とても感じが良かった。

 咲良は彼女の明るいイメージに、心の中で安堵していた。冷たくて口もきいてくれない人だったらどうしようと、少し不安だったのだ。


「咲良の母親です。どうぞ仲良くしてやってくださいね」

 母親が丁寧に挨拶をすると、由香も「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げている。

 そんな彼女は付き添いが無いのか、一人きりだ。大きなスーツケースと、ショルダーバッグだけで、他には荷物を持っている様子は無い。


「あ、あの、勝手にこちら側にきめちゃったけど、よかったかな?」

 咲良は、二つずつある家具の部屋へ入って右側の方を選び、荷物を片づけていた。


「大丈夫、どちらでも同じだから、気にしないでね」

 由香はさっきと同じように笑顔で言うと、左側のクローゼットの前にスーツケースを置いた。そして、先送りしてある荷物を、寮の事務所まで取りに行くと言うので、咲良は手伝いを申し出て、一緒に階下へと降りていった。

 二人は荷物を運びながら、この寮のレトロな所が気に入ったのだと意気投合した。「もちろん、寮費の安さも、大きな魅力だったけどね」と笑った由香を見て、咲良は益々同室が彼女で良かったと嬉しくなったのだった。


 その後、両親を見送り、部屋へ戻った二人は、片づけを済ましてしまうと、新寮生への説明会の時間まで、とりとめのない会話を続けたが、咲良は由香との新しい出会いに、ワクワクしていた。

 由香は咲良と同じ文学部だったが、専攻は英米文学で、咲良は日本文学だった。


「ねぇ、やっぱり、飯島彼方が目当て?」

 由香がニヤリと意味深な視線で問いかけてきた。


「えっ? 由香さんも飯島彼方の小説のファンなの?」

 咲良は嬉しくなって問い返す。


「あー由香さんなんて他人行儀な呼び方しないで。由香でいいわよ」


「じゃあ、私も咲良って呼んでね」

 咲良は急速に距離が縮まるのを感じた。


「咲良は飯島彼方の小説、好きなんだ? 私も日本人の小説家の中では好きな方かな? 彼の綺麗な日本語を読むと、私は日本人で良かったって思えるの」

 咲良は由香の感性に共鳴するものを感じ、ますます嬉しくなった。


 (人生にこんな出会いがあるなんて! Q大に入れて良かった)


「私もそうなの! 飯島彼方の綺麗な日本語の表現に、癒しを感じるの。ホント、日本人で良かったってわかる!」

 咲良は興奮して言い募る。あまりに興奮して、上手く気持ちを伝える言葉が見つからない程で……。

 興奮している咲良を見て、由香はクスクスと笑っている。


「先輩に聞いたんだけどね、毎年、飯島彼方目当てに入学してくる人が多いらしいのよ。でもね、彼の授業はとても厳しいらしくて、なかなか単位くれないらしいよ」


「えー!! ショック! でも……頑張るしかないよ」

 咲良が情けない顔をして言うのを見て、由香は盛大に笑い出した。


「じゃあ、いいこと教えてあげる。咲良は飯島彼方の顔って見た事ある?」


「えっ? 本の最後のところに載っている、サングラスをかけて俯いている写真しか見た事が無いけど……」


「だよね? 結構飯島彼方って素顔もプロフィールも謎だものね。講義中もサングラスかけているらしいの。でもね、一部にはサングラスを外したところを見た人もいるらしくて、先輩も見たんだって。すっごいイケメンで、年齢も30代ぐらいで独身らしいの。だから、彼の授業を取る価値はあるって言っていた。だけど、媚を売ったり、秋波を送って来たりするような学生には容赦なく厳しいんだって」

 咲良は由香の話を、呆気にとられて聞いていた。自分の中の飯島彼方像がガラガラと崩れて行く。咲良の想像していたのは、50~60代ぐらいの優しい紳士だったのだ。それを今更、若くてイケメンと言われても、彼の表現する世界からはとても想像できない。


 (知らなきゃよかった……)


 咲良は今初めて、Q大を受験した事を後悔しそうになった。

 そんな咲良の表情を見て、由香は申し訳なさそうに「ショックだった?」と訊くので、咲良は神妙な顔付きで遠慮気味に頷いた。




 

 


すいません。説明的な内容で終わってしまいました。

次回こそは王子登場までたどり着きたいです。

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