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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
75/80

75.王子の来訪【咲良視点】

 咲良は窓の外の青空を見て、溜息を吐いた。


 (王子の家って、どんなのだろう?)


 此の期に及んで、咲良はまだそんな事を考えていた。

 それでも、自分が行かなかった理由を思い出すと、気持ちは一気に急降下する。それに、納得したとは言え、ドタキャンで両親に迷惑と心配をかけた事も、咲良にとっては辛い事だった。


「お兄ちゃん、今頃、どうしているんだろう?」

 咲良の思いがポツリと声になってこぼれた。


「きっと王子に、咲良に近づくなとか、言っているんだろうな」

 一度こぼれ出した独り言は、知らずに次々とこぼれ出す。


「これでよかったんだよね?」

 咲良はもう一度窓の外を見て、誰にとも無く問いかけた。もちろん誰の返事も無く、只咲良の頬を一粒の涙が零れ落ちていった。


 ピンポン。

 玄関のチャイムの音に、咲良はビクッと身体を震わせた。


 (なんだろう? 宅配便かな?)


 目元に溜まった涙を指で拭うと、咲良は部屋を出て階段を下りていった。リビングにはカメラ付きインターフォンのモニターがあるが、階段を降りた所が玄関なのでそのまま玄関のドアに向かった。

 母親がネットショッピングでもしたのだろうかと思いながらドアをそっと開くと、あり得ない姿が目に映り、咲良は慌ててドアを閉めた。


 (え? 何? 今王子が立っていた様な……。もしかして、これは夢?)


 咲良が困惑していると、ドアがドンドンと叩かれる。


「咲良? 僕だよ。石川だよ。開けてくれないかな?」


 (これって、白昼夢って言うやつかな?)


「咲良、話があるんだ。お兄さんにも許してもらったんだ。だから、開けてくれないか?」


 (お兄ちゃんが許したって? ホント?)


 咲良がおずおずとドアを開きかけると、向こう側から強い力でドアを引っ張られた。そして、ドアと共に引っ張られた咲良が前のめりに倒れ掛けたのを、駿が抱きとめる。


「あー良かった。天の岩戸みたいに、ドアの前で踊ったり歌ったりしなきゃいけないかと思ったよ。開けてくれて、ありがとう」


 (踊ったり、歌ったり?)


 咲良の脳裏に、文化祭の時に駿のクラスが舞台で、アイドルのようなダンスを披露したのが蘇る。しかし、再び名を呼ばれ我に返ると現状に気づき、咲良は駿から飛び退いた。


「ご、ごめんなさい」

 咲良は慌てて頭を下げる。そのまま恥ずかしくて、頭を上げる事が出来なかった。


「咲良、僕の方こそ、ずいぶん誤解や辛い思いをさせて、ごめんね」


「誤解?」

 もしかして自惚れた事を考えていた事がバレていたのだろうかと、咲良は不安になり問い返す。


「うん。その事について説明したいから、お兄さんにも許可を貰って、自宅の住所を教えてもらったんだ」


 (お兄ちゃんが許可するって、どうなっているの?)


「お兄ちゃん、石川君に何か言ったの?」


「お兄さんは咲良が誤解している事を教えてくれたよ。でも、ちゃんと説明したら分かってくれて、それで咲良に会いに行くのを許してくれたんだ。今から出られる? 咲良一人のところへお邪魔するわけに行かないから出かけよう」

 え? え? と咲良が混乱している間に、駿は咲良の手を引いた。


「ち、ちょっと待って、出かけるって何処へ?」

 咲良は驚いて手を引っ込めると、問いかけた。


「何処にしようか? 車で来ているから、とりあえず車で出かけよう」

 ニコニコと話す駿を、まだ信じられない気持ちで見つめる咲良は、内心夢なら覚めてと願っていた。



 その後、咲良は困惑しながらも服を着替え、駿の車の助手席に納まった。本当は助手席なんておこがましくて後部座席に乗ろうとしたら、まさかのツードア。どうしたら後ろの席に乗れるのか分からず、言われるままに助手席に座った。


「とりあえず山の方へ向かって走るね」

 駿はシートベルトを締めると、こちらを向いてそう言ってニッコリと笑った。久々の至近距離での王子スマイルに、咲良の心は打ち抜かれ、早く動き出してくれとの願いを込めて、ウンウンと大きく何度も頷いた。そんな咲良を見て駿はスクリと笑うと、上機嫌に車を発進させたのだった。


 「エアコン効いている?」とか「音楽これで良い?」とか「運転怖くない?」とか、駿は運転しながらも、咲良に気を遣ってくれる。それが申し訳ない咲良は、駿得意の『大丈夫』を連発した。

 どんな話があるのかと、少々不安になりながら駿の様子を伺っていた咲良だが、駿は能天気な話題ばかりで、とうとう咲良はその不安さゆえに待ちきれなくなった。


「あの……話って……」


「運転しながら話すことじゃないから、とりあえず森林公園へ行くね」

 そんなに難しい話なのだろうかと、咲良は頭の中で首をひねる。兄達の問題の真相が分かった事は、きっと駿に話しているはずだから、その事だろうか?


「あの……お兄ちゃん達の五年前の真相が分かった事、もう聞いたかな?」


「聞いたよ。俺達がした事はお節介だったかも知れないけど、お兄さんは感謝しているって言っていたよ」

 昨夜はあんなに駿対して怒っていたのに、ちゃんと感謝も伝えたんだと咲良はホッと心の中で安堵する。


「そっか、良かったね。石川君のお姉さんの誤解も解けたの?」 


「あー、たぶん。まあ、その辺は後で話すよ。もうすぐ着くから」

 そう言われて、咲良が窓の外を見ると、森林公園の看板が見えてきた。公園の中へ車を乗り入れ、駿は器用に車を駐車させた。

 八月最後の日曜日のせいか、それほど広くない駐車場は八割方埋まっている。


 咲良が車の中で話をするのだろうと思っていると、「降りようか」と駿から声がかかった。

 八月の終わりとは言え、日差しはまだ暑い。しかし木陰に入ると、暑さが和らぎ風もあるせいか、思ったよりも涼しかった。駐車場の脇にある自動販売機で飲み物を買うと、咲良達は歩き出した。

 森の中に続く遊歩道を歩いて行く。子供達の声が聞こえているが、駐車場から見えた遊具のある広場にたくさんの親子連れがいたから、そちらからの声だろう。

 木漏れ日が揺れる遊歩道は気持ちが良く、これは森林浴だなと咲良の気持ちが落ち着いてきた頃、開けた場所に東屋があった。


「ここへ座ろうか」

 駿に促され、咲良は向かい側の椅子に座った。そして、さっき買った飲み物を飲む。二人の間を気持ちの良い風が流れていった。


「咲良、無理に連れ出してごめんね。こうでもしないと咲良はなかなか話を聞いてくれそうに無かったから」

 話を聞きたくなくて断った事を責められているようで、咲良は何も居えずに首を横に振った。


「でも、このままだと、姉と咲良のお兄さん達の五年前のように、誤解からすれ違ってしまうような気がして、どうしても話を聞いて欲しかったんだ」

 咲良は駿が何度も繰り返す『誤解』の意味が分からなかった。


 (やっぱり私が、本当の恋人のつもりで居ると思われているのかな)


 咲良が思い付くのはこの事ぐらいで、ちょっといい気になっていただろうかと秘かに反省した。

 そして咲良は、何も言葉にせず、コクリと頷く事で話を促した。


「実は僕は中学生の時にいろいろあって女性不信になったんだ」

 駿のカミングアウトに咲良は驚いたが、妙に納得もした。それは、モテ過ぎるがゆえに女嫌いになるイケメンの小説を思い出したからだ。それとも、あの女王様な姉のせいかとも疑ったが、姉の誤解を解くために頑張った駿の事を思えば、それは無いと自分に突っ込みを入れる。

 駿が女性不信になる程の事とは何だろうと、咲良が不思議に思っていると、説明し出した彼の話しに又驚かされた。 


「えっ? 同じ高校へ行きたいのを断ったから、なの?」

 同じ学校へ行きたい気持ちは咲良にもよーく分かるから突っ込まないが、自分が行きたい高校に合わせろは無いよねと心の中で盛大に突っ込む。 

 咲良だって誰もが無理だと思っていたQ大へ入るため、凄く頑張ったのだ。そんな努力もせず、自分に合わせろはダメでしょと、咲良はあの頃の気の遠くなるような勉強の日々を思い返して嘆息する。


 (それに、迫られて断ったから別れたなんて噂は、冤罪だよね)


 咲良は不名誉な噂で傷つけられた中学生の駿を思うと、腹が立った。それなのに、入学式で新入生の代表として挨拶した時の駿の爽やかさは、そんな過去を微塵も感じさせなかった。


「中学での噂と孤立している事を知ったイトコがね、噂も自分たちの事も知られていない北高へ行こうって誘ってくれたんだ。新天地でやり直そうって。一時は私立の男子校へ行こうかと思った程、女性はこりごりだと思っていたんだけど、そのイトコが女避けのために僕の彼女のフリをして、皆の公認になれば誰にも言い寄られないからって言うから、その話に乗ったんだ。そのイトコが神崎茉莉江だよ。母の妹の娘なんだ」


「ええっ? イトコ? 神崎さんが?」

 あまりにも想定外の話で、咲良の頭の中は混乱した。あんなにお似合いに見えた二人は、イトコ同士だから共通のオーラが有るのか。


 (でも、でも、イトコ同士は結婚できるはずで、神崎さんは王子の事が好きなんじゃ……)


「あ! 茉莉江は僕の兄の婚約者だから。いずれ僕の義姉になる予定」

 まるで咲良の心情を読んだように、駿が釘を刺す。


「えー、お兄さんの婚約者?」


「そう、茉莉江は赤ちゃんの時から兄一筋なんだ。だからきっと僕の事は、手のかかる弟だと思っているんだと思う」

 赤ちゃんの時から一筋に想い続けているって……と咲良の脳内は妄想が膨れ上がる。そして、王子が弟だったらと言う設定で、再び妄想の花が脳内に咲いた。


「まあ、そんな訳で、僕には高校から現在まで彼女はいません。咲良は茉莉江が本当の彼女だって誤解していただろ?」

 新たな真実に妄想を掻き立てられた咲良は、駿の問いかけに我に返り、神妙に頷いた。


「それで、もう女性不信はいいの?」


 (大学には神崎さんはいないのに、もしかして、私がその女避け役?)


 咲良はそう考えると、ずっと頭の中で引っかかっていた事が、すっきりと納得できた。

 

 



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