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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
70/80

70.過去からの開放【王子・駿視点】

 噂は生徒たちの口とネットによって、瞬く間に広まった。

 そして、さらに噂は成長していく。



「石川、磯谷に迫って断られたから、別の女に迫っているらしいな。今度は歳上の女か?」

 いつも駿と競い合うようにしていた同じクラブだった一人が、ニヤニヤと笑いながら声を掛けてきた。

 それはまるで弱みを握ったかのように、自信たっぷりな態度だ。


「僕は磯谷さんにそんな事をしていない。それに他の人にもしていない」

 駿は動揺したら負けだとばかりに、きっぱりと言った。


「ふーん。でも、この前の日曜日に石川が年上っぽい女とデートしているのを見た奴がいるんだよ」

 周りに聞こえるような大きな声で言うのは、広める事が目的か。

 駿はこの前の日曜日と聞いて、茉莉江と出かけた事を思い出した。


「あれはイトコだよ。デートなんかじゃなくて、買い物につき合わされただけ」


「へぇ、イトコねぇ。後からなら何とでも言えるからな。磯谷を泣かせておいて、お盛んだね」

 相手の言い分に腹が立ったが、駿はぐっと我慢をした。そして、留美の泣き顔が脳裏をかすめる。しかし、この噂の大元は留美だろうと思うと、情けない気持ちになった。

 駿は留美に問い質したかったが、今の彼女には味方が多く守られているので、近づく事もできなかった。


「とにかく、一緒に居たのはイトコだし、磯谷さんに対して迫った事もそれで断られた事実もない」

 駿はそれだけ言い切るとその場を去った。背後では、「あいつはモテるからいい気になっているんだ」と言っているのが聞こえたが、駿は唇を噛み締めて耐え続けた。



 しかし、幼馴染が言っていたように、世間は女の言う事を信用するようで、今まで駿を憧れの目でみていた下級生女子さえも、まるで女の敵だと言わんばかりの眼差しだ。

 駿は学校中の女子から、総スカンを食らったような状態だった。その手のひら返しは留美の理解できない態度と共に、駿にとって女性は不可解で恐怖すら感じる存在になった。

 別に女子に好かれなくてもいいと思ってはいたが、噂に興味の無い男子達も、あえて駿に近づこうとはしなくなった。ましてや幼馴染やもう一人の友人は別クラスのため、駿はクラス内で孤立しているようなものだった。

 学校へ行くのが辛かった。それでも受験生の駿は、学校を休むと言う選択肢は考えなかった。何より家族に心配をかけるのが嫌だった。



 二学期も終わりに近づいた頃、茉莉江が怒ったように駿の部屋を訪ねてきた。


「駿の変な噂を聞いたんだけど、いったいどうなっているの?」

 茉莉江は隣町の中学校で、駿がクラブの練習試合や大会でこの地区の他の中学校の女子にも人気があったため、今回の噂は駿の中学校だけに納まらなかったようだ。


「え? そんなところまで噂が広がっているのか?」

 駿は驚くと共に情けない顔をした。そして、今回の騒動の元になった志望高校の話をした。もちろん、成績が落ちた原因についてまでは話さなかったが……。


「なにそれ、メンヘラ女じゃないの? 自分が一緒の高校へ行きたかったら、駿のレベルに合わせられるよう頑張ればいいのに。私なんか、純君と同じ高校へ行きたくても、年の差でむりなのに」

 駿はメンヘラ女がどんなものかわからなかったが、いつもの茉莉江のオタク趣味関連だろうとスルーした。そして、駿の三つ上の兄純に一直線の茉莉江には、『同じ高校へ行きたい』はNGワードだった。


「それで、駿は学校で孤立しているの?」


「孤立と言うか、あまり居心地いいものじゃない」

 鋭い茉莉江の問い掛けに、駿は正直に答えた。そして、二学期の期末テストの結果も、芳しくなかった事を伝え、第一希望は無理かもしれないと弱音を吐いた。


「私もね、純君がもう卒業しちゃうかと思うと勉強に身が入らなくて、同じ高校は無理かもしれない。それでね、ひとつ提案があるの」

 綾と純の行っていた高校を二人は志望していたが、何と言っても県下一の進学校だ。内申点があるレベル以上じゃないと難しい。中学三年の二学期の成績までで、受験の最終評価が出る。


「提案?」


「そう、あのね、二人で大凪北高校(おおなぎきたこうこう)へ入らない? 一応あの高校も進学校だし、それなりのレベルみたいだし。駿の行きたいQ大への指定校推薦もあるみたいだよ。どう?」


「大凪北高校って、共学だろ。僕は第一希望がダメなら、私立の男子校に行こうかと思っているんだ」


「男子校? え? もしかして、今回の事で女が嫌になって、男子に走るとか……?」

 茉莉江は駿の返答に驚いて、突拍子も無い方向へ想像した。


「バ、バカ。そんな訳無いだろ! 男子ばかりの方が面倒臭くなくて良いと思うんだ」

 駿は今回の事で、女は複雑で面倒で怖いと実感したのだ。

 茉莉江は、そんな駿を見て、大きく溜息を吐いた。


「駿、死ぬまで女性と関わらずにいられる訳ないでしょう? 大学へ行っても、社会へ出ても、必ず女はいるんだから。今の内に女性不信を克服しておかなくっちゃ。それでね、私に良い策があるのよ」

 茉莉江はそう言うとウフフと笑った。駿は策士、策に溺れないでくれよと心の中で祈った。


「私は純君一筋でしょう? だから他の男に声を掛けられたり、告白されたりするのは迷惑なの。駿もその外見でモテるから、又同じような思いをするのが嫌でしょう? だから、高校へ入ったら、私と駿が付き合っていることにして、皆の公認になるのよ。そうすれば、誰も言い寄ってこないと思うの」

 茉莉江がウキウキと話すのを聞きながら、駿は『その外見で』は余計だろと心の中で突っ込みを入れる。

そして、茉莉江が言うように、そんなに上手く行くのだろうかと不安になる。しかし、茉莉江は自信満々だ。


「それに、大凪北高校なら、ここから遠いでしょう? だから同じ中学から来る子はいないのよ。と言う事は、私達の事を知っている人がいないと言う事なの。新天地で新たに出直して、駿の女性不信を克服していけばいいんじゃない?」

 駿は新天地と言う言葉にグッと惹かれる物を感じた。しかし……。


「うーん、でもあの高校は遠いから通えないんじゃないかな?」


「駿、何言っているの! 大凪市に今家を建てているじゃない」


「へ? あれは、母さん達が帰れない時のためと、お客様をお招きするための家だって聞いているよ。一応部屋はたくさんあるから来ても良いって言われているけど、姉さんは大学だし、純兄も来年から大学で家から出るし、僕はこっちに居たければお祖父ちゃん達もいるから、どちらでも良いって言われているんだ。だから、引っ越しなんて考えて無かったよ」 


「だったら引っ越しすればいいじゃない。私も引っ越すんだよ。本社移転に伴って、我が家も大凪市に家を建てているの」

 茉莉江の父親は石川酒造の専務だ。母親はパートで事務をしているらしい。


 駿は茉莉江の策に乗る事にした。

 両親に話すと賛成して、喜んでくれた。どうやら本当は、一緒に新しい家へ引越ししたいと思っていたようで、無理強いしたくなくて、駿の気持ちに任せていたらしい。

 第一希望の高校を変えた事は、幼馴染ともう一人の友人のみに話しただけだったので、駿が引越しする事さえ、皆は知らなかった。逃げたと思われても知るもんか。


 その後、駿はこの故郷へ年に数回祖父母のいる家に帰るだけだったので、同級生に会うことは無かった。最後まで駿を信じてくれたあの二人とは今もメールで細々と繋がっているが、それぞれの人生のステージは遠く離れてしまったようだ。

 高校では茉莉江の思惑通りの三年間を過ごせたと思う。茉莉江に「駿は王子って呼ばれているみたいだよ。モテモテだね」と言われても、一度も告白された事がなかったので、実感としては薄かった。

 それでも、男女問わず友達ができ、落ち着いて充実した三年間を過ごせたのは、やはり茉莉江のお陰だと言わざるを得ない。




 駿は今日元カノと再会した事で、過去の事をつらつらと思い出した。 けれどいつの間にか自分の中にあった黒く(もや)のかかった記憶が、ただの遠い記憶へと変化している事に、駿は気づいた。

 四年ぶりの元カノも、面倒だなと思うだけでなんの感慨もなかった。もっと、嫌悪とか恐れとかの負の感情が湧き上がるかと思っていたが、不思議と心は凪いでいた。



 その日の夜、茉利江が駿の部屋へやって来た。茉利江の家は駿の家の隣だ。


「今日、お祖父ちゃんの家へ行ったんだって? 私も行きたかったなぁ」

 茉利江は開口一番、不満そうにそう言った。どうやら今日一日、母親の手伝いをさせられていたようだ。


「僕だって、母さんの用事の運転手をさせられただけだよ。おまけに元カノに会ってしまったし」


「ええっ! 大丈夫だったの? 何か言われたの?」

 あの頃の情けない駿を知っている茉利江は、驚きと心配で声を上げた。


「別にたいした事はない。面倒だなって思ったぐらいで、本当に不思議なぐらい彼女に対しては何も思わなかったよ。トラウマとまで思っていたのが嘘みたいだ」

 駿は憑き物が取れた様にスッキリした表情で答えた。


「そうなんだ。良かった。やっぱり綾ちゃんに鍛えられているから、メンタル強くなったんだね」

 ニコニコと言う茉利江に、駿はハハハと乾いた笑いで答えた。


「ところで、昨夜の電話は何の用だったの?」

 茉利江が改めて来訪の目的を思い出し、尋ねた。しかし駿の方は、今日の出来事のせいですっかり忘れていた。


「ああっ、そうだった。どうしよう、茉利江」


「え? まだ他に元カノから何かされたの?」

 頭を抱えた駿を見て、茉莉江はまた元カノ関連なのかと心配になって尋ねた。


「違うんだ。咲良の事だよ。咲良に免許が取れたらドライブに行こうって以前から誘っていたんだけど、どうやら皆でドライブに行くと思っているみたいで……。それで僕が二人でドライブデートをしようと言ったら、ダメだって言うから理由を訊いたら、『自分の胸に手を当てて、よーく考えた方がいいよ』って言うんだ。どういう意味か分かるか?」

 駿はあの時の咲良の低い声を思い出して、不安が募った。目の前の茉莉江は、腕組みをして「うーん」と考え込んでいる。


「それって、恋人の浮気に気づいた彼女が、遠まわしに浮気の事を責めている時に使う言葉だよね。駿、何か思い当たる事ある?」


「ええっ? 浮気? あるはず無いだろ」

 オタク趣味関連からヒントを得る茉莉江のアドバイスは突拍子も無くて、駿は呆れて否定した。


 (茉莉江に訊いたのが、間違いだったか……)


「じゃあ、山野さんは皆でドライブに行くって約束したのに、駿が二人でなんて約束を破るような事を言ったから、とか? もしかして、山野さんは友達を誘った手前、二人ではドライブに行けないと思っているとか?」

 やっとまともな分析を示した茉莉江の言葉に、駿はなるほどと納得した。


「そうか、そうだよな。咲良は友達も誘って良いかって言っていたんだ。だから、今更二人では出かけられないって言う事なんだな」


「うん、その線が一番濃厚かな? とりあえず、最初のドライブは皆で行けば? そして次は二人で行けばいいじゃない。まだ夏休みはあるんだし」


「そうだな。今回は友達にも声を掛けて皆で行って、次に二人で行こうって誘うよ」

 さっきまでの不安そうな表情が、一気に明るくなった駿を見て、茉莉江は溜息を吐いた。


「いいよね、ドライブに行けて。純君は卒研と院試で一杯一杯だから、ドライブなんて口にも出来ないよ」 駿と入れ替わりに表情が暗くなった茉莉江を、駿はどう慰めたらいいか迷った。


「じゃあ、茉莉江もドライブに行くか?」


「え? ホント? ……でも、山野さんに私の事説明した? 言ってなかったら、又変に誤解させるじゃない」

 茉莉江は駿のお誘いにパッと顔が明るくなったが、すぐに今までの事を思い出したのか、苦言を言った。


「あ……そうだった。咲良に本当の事を話すよ」


「ホント? じゃあ、元カノの事も話すの?」


「うん、今日の事で吹っ切れたから、話せると思うよ」


「じゃあ、私と純君の事も話してね。そうじゃないと、私が純君も駿も付き合っていたみたいだから、誤解されないようにしてね。純君の婚約者だって言ってくれてもいいから」

 茉莉江は嬉しそうに勢い込んで言った。

 やっと二人は四年前に狂った道筋を、正す事が出来そうだと、それぞれの胸の中で安堵の息を吐いた。








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