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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第一章:大学受験
7/80

7.卒業

お待たせしてすいませんでした。

やっとこれで第一章が終わりです。

少し長くなってしまいましたが、どうぞよろしくお願いします。

 兄の言葉にしばらく茫然としていた咲良は、我に返ると自嘲気味に笑った。


 (いけない、いけない。又、あの兄に振りまわされるところだった)


 兄の言葉をいつものからかいだと結論付けて、咲良は気持ちを切り替えた。


 そんな事より柚子と会わなくちゃと、今の咲良にとって一番の問題を思い出した。これを乗り越えなければ、心の底から合格を喜べない。

 咲良はドキドキしながら柚子に電話をすると、午後から柚子の家へ遊びに行く約束を取り付けた。

 咲良はそれだけで安心して、その後ゆっくりとQ大のHPを見て、妄想タイムを楽しんだ。


「咲良、おめでとう」

 興奮した母親の声が、受話器越しに咲良の耳に飛び込んできた。

 今日母親のホームセンターのパートは午前中だけのシフトで、仕事が終わって咲良からの合格メールに気付き、興奮して電話をかけて来たのだった。

 そして、今夜は咲良の好きなごちそうを作るから、リクエストして欲しいと嬉しそうに言った。その上、会社近くのパティスリーで咲良が好きなミルフィーユを、父親が買って来てくれる事になっているのだと、教えてくれた。


 皆のおめでとうの言葉に、じわじわと喜びが込み上げてくる。

 本当に合格したんだよねと、確認するように自分の中で問いかけながら、咲良は嬉しさに顔が緩んで行くのを止める事が出来なかった。


 母親が上機嫌で帰って来たので、一緒に昼食を取りながら、咲良は父親からのメールや、大樹との意味不明な電話のやり取りを母親に話した。


「大樹はしょうがないわね」

 母親はクスクス笑いながら言った。


「ホント、お兄ちゃんって、訳わかんないよねぇ。本当に転勤願いなんか出す気ないくせにねぇ」

 

「わかんないわよ。大樹の事だから、本当に出しちゃうかもよ」


「えっ? 嘘でしょう? 本当に転勤して来て、一緒に住もうなんて言い出さないよね?」

 咲良は慌てた。慌てついでにその先まで想像して不安になってしまった。


「フフフ、本当に転勤できたら言い出しそうだけど……会社が社員の言う通りに転勤させていたら大変な事になっちゃうでしょう? それに、大樹は研究職だから、あまり転勤とかはないと思うよ」

 咲良は母親の説明にホッと胸をなでおろした。

 兄は何でも思うようにしてしまう所があるから、咲良は心配なのだ。


 (よかった。いくらお兄ちゃんでも、出来ない事はあるよね)


 今まで兄は、大して勉強なんかしてなさそうなのに、咲良の高校よりも上の県下一の進学校へすんなりと入ったし、大学も関西の大学へ行きたいと言って、某有名国立大学へ現役合格しちゃうし、大学でしていた研究を生かして企業の研究職に就きたいと言って、本来なら院卒しかとらない様な大手企業の研究室へ学部卒で就職してしまうような人なのだ。

 兄のように人生何でも思うように生きられて、悩みなんてないんだろうなと咲良は常々思っていた。


 (だから、私の事まで口を挟むのよ)

 

「お兄ちゃんって、彼女いないのかな?」

 妹なんかに構っていないで、彼女の事を構っていろと咲良は言いたい。

 けれど、あんな偏屈の彼女になる人は可哀想だと、咲良はまだ見ぬ兄の彼女に同情した。


「今はどうなんだろうね。大樹は自分の事は最低限しか言わないから……咲良の事はうるさい位訊いてくるのにね」

 母親はまたクスクスと笑う。


 (ええっ? 私の事をうるさい位にきいてくる? いったい何を訊いているのだ!)


「お母さん、お兄ちゃんに私の事話しているの?」


「まあ、大樹に言っても支障の無いことぐらいはね。咲良には憧れの君がいるけど、話しもした事が無いらしいよとか?」

 母親はニヤリと笑った。


「お、お母さん、そんな事までお兄ちゃんに言ったの? やーめーてー!!」


「いいじゃない? それぐらい。何もない方が反対に心配になるでしょ? お母さんとしては、もう少し積極的になってもいいと思うけど……って、もう卒業だしね。そうだ、咲良。憧れの君に制服のボタンを下さいってお願いしたらどう? 高校時代に思い出として」

 母親の嬉しそうな笑顔に、咲良は疲れた溜息を吐いた。


「そんな……彼女のいる人にそんなお願いできないよ」

 咲良が俯いて言うと、母親はしまったと言う表情をした。


「咲良、ごめんね。お母さんが浅はかだったわ。でも、咲良は4月からは都会の大学生になるんだから、今度こそ本当に素敵な恋人が出来るよう、頑張りなさい。沢山恋をして、素敵な思い出をいっぱい作るのよ」

 母親は一生懸命励まそうとしてくれているが、どれも的外れで咲良は心の中で又嘆息した。そして、憧れの君も同じ大学へ行くのだと言う事は、絶対に母親には言うまいと決意したのだった。


     *****


「咲良、受験おつかれさまでした」

 お昼過ぎに自宅に遊びに来た咲良を迎えた柚子は、テーブルにお菓子を並べ、ジュースで乾杯しながら、咲良の受験終了を(ねぎら)った。


「あ、ありがとう」

 心の中に秘密を隠している咲良は、柚子の屈託のない笑顔に、少々怯んでしまった。


「後は卒業式と合格発表を待つばかり……咲良はあんなに勉強していたんだから、絶対大丈夫だよ。神様にもお願いしたし……ねぇ、合格発表の日、一緒に見に行こう? 圭吾も一緒だけど3人で行こうよ」

 解放感からか嬉しそうな柚子は、曖昧に相槌を打つ咲良の様子など気にもせず、次々と話を進めて行く。


「う、うん。そうだね」

 また咲良が覇気の無い返事を返すのを見て、やっと咲良の様子がおかしい事に柚子は気付いた。


「咲良、どうしたの? 何か気がかりでもあるの?」

 柚子の頭の中では、咲良の受験が上手くいかなかったのだろうかと心配が広がりだしていた。


「う、うん。気がかりって言うか……」

 咲良がどう言おうかと思案に暮れて言い淀んでいると、柚子は何かを思いついたのかパッと表情が明るくなった。


「咲良、もしかして、卒業式の日に告白する決心をしたとか?」

 柚子の言葉に驚いたのは咲良の方だった。


「こ、こくはくぅ?」

 思わずオウム返しのように訊き返すと、柚子はニンマリと笑った。


「もう王子の姿を見られるのも卒業式が最後でしょう? だから3年間の集大成に咲良の気持ちを伝えるとか……じゃないの?」

 咲良は柚子の想像を打ち消すように首を左右に振って見せた。そして、今こそ言わなければと自分に発破をかけたのだった。


「あのね、柚子。怒らないで聞いて欲しいんだけど……私、柚子には言っていない大学も受験したの。そこはとてもレベルが高くて、でも、諦めきれなくて、必死で勉強したの。それでね、今日合格した事が分かって……」

 柚子は咲良の話を聞く内に、驚きのあまりに目を見開いたまま固まっている。


「ちょ、ちょっと待ってよ。それって、もうM大にはいかないって事?」


「ごめん、柚子。もしもM大が受かっていても、今日合格した大学へ行きたいの。だから、柴田君の事、報告してあげられない」

 咲良は申し訳なく思いながら、一番気になっていた事を告げた。それを聞いた柚子は不安げに瞳を揺らせた後、真っ直ぐに咲良を見つめた。


「咲良、圭吾の事はいいの。でも、どうして言ってくれなかったの? もしかして、咲良がM大へ行けば圭吾の事聞けるから嬉しいって言ったから、なの?」

 咲良は静かに首を横に振った。確かにそれもあったけれど、Q大を受験するなんて身の程知らずだと笑われるのが恥ずかしかったのだ。


「違うの、あんなレベルの高い大学を受験したいって言うのもおこがましくて……」


「ええっ? いったいどこの大学? そんなにレベル高いのに合格したんだよね?」

 柚子の問いかけに、恥ずかしげに頷いた咲良は、思い切って大学名を告げた。それを聞いた柚子は、絶句したまま、咲良を凝視していた。


「まさか、私をからかって無いよね?」


 (柚子まで担任と同じ反応をするか……って、きっとみんな同じ反応なんだろうな)

 

「こんな事でからかう訳ないでしょ」

 咲良がそう言いきると、柚子はしばらく咲良をまじまじ見つめると、小さく息を吐き出した。


「咲良がそんなに王子の事を想っていたなんて……ごめん。単なる憧れだと思っていた。でも、王子と同じ大学へ行こうと思う程、真剣だったんだね。今まで気づかずにごめんね」

 柚子は申し訳なさに頭を下げて謝った。しかし咲良は、柚子のその反応に驚き、戸惑ってしまった。

 柚子の思っている事は、半分は当りで半分は誤解だ。

 咲良は慌てて今までの経緯を掻い摘んで話して聞かせた。


「えっ? 飯島彼方? 飯島彼方って、たしか去年小説がドラマ化されてヒットしていたよね? あの飯島彼方?」


「そうそう、あの飯島彼方よ。私、彼の本、全部そろえているのよ。それでね、最初は王子が行くって言うのでQ大に興味を持ったんだけど、HPで飯島彼方の名前を見たら、王子の背中を見つめながら飯島彼方の講義を受ける妄想が暴走してね。もう止まらなかったのよ」

 咲良は柚子にやっと話す事が出来て、嬉しくなって、いつの間にか妄想の話まで暴露してしまっていた。その話を聞いた柚子は、思わずプッと噴き出した。


「なあに? 咲良って妄想でも王子の背中を見ているの? 妄想ぐらい王子の隣でもいいんじゃないの? まあ、咲良らしいけど……」


「とんでもない! 王子に近づくなんて恐れ多いよ。村娘は遠くから王子を見つめるって相場が決まっているでしょ」

 咲良の言葉に柚子はアハハと笑い出した。そして「咲良ったら、まだそんな事言っているの?」と言うと、急に真面目な顔になった柚子は、真っ直ぐに咲良を見つめて口を開いた。


「咲良、私に黙っていた罰として、大学に入ったら王子と知り合いになる事。出来たら自分の気持ちを伝える事。もう村娘は卒業しなさいよ」


「そんなぁ~」


「ダメダメ。友情を振り切って東京へ行くんだから、高校の時と同じ事をしていてどうするのよ」


「でも、王子には恋人がいるし……」


「あっ、咲良は知らなかったの? Q大の指定校推薦に神崎さんは入ってなかったって。まあ、咲良みたいに一般入試で受験していたら分からないけど……でも、神崎さんの成績なら指定校の枠を取れたと思うのよね。まあ、東京の違う大学かもしれないけど……。それなら、同じ大学の咲良にだってチャンスはあると思うよ」

 咲良は柚子の言葉に面食らった。たしかに神崎さんの進路については知らなかったけれど、同じ大学だからと言って、チャンスがあるとは思えない。


「柚子、神崎さんと私じゃ、ライバルにもならないよ」


「それでもね、地元を離れた大学へ入ると、同じ出身と言うだけで親近感がわくんだって。だから、とにかくまず、王子に同じ高校でしたって、お知り合いになるのよ。それよりいっそ、卒業式の日に同じ大学へ行くのでよろしくって挨拶しておく?」

 ニンマリと笑った柚子は、相変わらず一人で計画を進めていく。

 咲良は慌てて「むりー!」と叫んだが、Q大受験を黙っていた罰だとばかりに聞いてくれず、何とか大学へ入ってから王子とお知り合いになる努力をすると言う事で手を打ってもらった。その代わり、逐一報告をする事(写真付きで)と言う報告義務まで負わされてしまったのだった。


     *****


 3月1日、卒業式当日。壇上には答辞を述べる王子の姿。

「今日で王子も見納めね。咲良と違って……」

 何気に柚子に嫌味を言われて、咲良は柚子をギロリと(にら)む。


「そう言えば、入学式の時も王子が代表で新入生の挨拶をしていたよね。あの時、女子の半分は王子に一目ぼれしただろうね」

 柚子の言葉に咲良も3年前を思い出した。あんなに素敵な人を見たのは初めてで、目を()らす事ができなかった。

 それでもすぐに恋人の存在を知り、その人が美人でスタイルも良く、頭も良いと来れば、誰もがかなわないと諦めたのに、咲良はあんな素敵な人に恋人がいるのは当たり前と納得し、遠くから眺めるだけで満足していた。

 だから、どうして突然、同じ大学へ行きたいなんて思ってしまったのだろうと、咲良にも不思議でならない。


 4月からの大学生活へ思いを馳せると、ワクワクとドキドキと不安で胸が一杯になる。けれど、Q大へ行くためにあんなに頑張った自分に報いるためにも、少しは勇気を出そうと思う。

 見つめるだけの恋から、一歩前へ。

 咲良は春の匂いを含んだ3月の空気を胸いっぱいに吸い込むと、新しい未来を思って空を見上げた。









第二章からは、大学生となります。

更新速度は落ちると思いますが、これからもどうぞ宜しくお願いします。

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